世良さんに誘われてお家にお邪魔しているのである。
招かれたのは俺とコナン君の二人だ。
場所はホテル杯戸プライド。
比較的高級なタイプのホテルで、先日誘拐事件があった割には賑わっている。
広いプール付きなのも売りらしい。
ドアをノックすると、「はーい!」という声と共に世良さんが出てきた。
比較的顔色も良く、アレから精神的に回復できたらしい。
下半身肉塊事件は酷かったからな。
元気そうで何よりである。
彼女に案内されて部屋に上がらせてもらう。
シックな普通の二人部屋だが、俺たちを出迎えるように佇む影が一つ。
見知らぬ少女だ。
世良さんに良く似ているが、それ以上にどこか見覚えが……って、これは!
目を見開いて俺は思わず声を上げた。
「アポトキシン4869!君、飲んだのか!」
「っ、分かるのか」
俺の指摘に驚いたらしく、少女はゴホゴホと咳き込んだ。
少女───否。実際の年齢は50歳前後の女性だ───は、病弱そうに背をやや丸め、苦しそうにしている。
恐らくはアポトキシン4869の後遺症なのだと思われるが、詳しい機序はよくわからない。
付いてきたコナン君も、まさかの三人目の服薬者に驚愕をあらわにしている。
しかし、この歳の女性で、世良さんと同居。
「ということは、そうか!世良さんの母親だな。道理で赤井さんにも似てると思ったよ」
「えっ、赤井さんと何か関係してるの?」
「言ってなかったっけ。ほら、赤井さん、羽田名人、世良さんの三兄妹ラインだよ」
「初耳だけど!?!?」
俺の呟きを拾ったコナン君に目を剥かれてしまった。
言った気になっていたが、そうか、言っていなかったらしい。
失敬失敬。
ニャルを見習ってテヘペロと誤魔化すと、コナン君にギロリと睨みつけられてしまった。
まあ良いではないか。大勢に影響なしだべ。
少女に「あの死んだ愚息と知り合いか?」と問われたので、俺はチラッとコナン君に視線を向けた。
念話での相談大会である。
『どうしましょう先生。ここではどう答えるのが正解ですか』
『先生って何。というかこの沈黙自体が雄弁な答えだよ』
『マジか。INT高い界隈って怖いんだな…』
『INT高い界隈って何』
まったりしている間に「……ふん、まあいいさ」と少女は話を流してくれた模様。
いやこれ高INT語で「知らないフリしてやるから貸し1な」って意味だわ。
俺もだんだんパターンが分かってきたのだ。
わざわざコナン君が沈黙で返したのは、生存を後々伝えるための布石というか、含みだろう。
相手方も何か事情があることを察して、「より良い返事を頼む」という意味も込めているはずだ。
それにしてもなんて難しい世界なのか。
ニャルと俺なんて昔、外なる神ウボ=サスラの端っこを千切ってどれだけバレないかチキンレースして馬鹿笑いしてたのに。
INT高くなり過ぎるとただの馬鹿になるという良い例である。
なお、ニャルが一抱えほど千切ったあたりで激怒されて二人で逃げた。
ヨグ=ソトースのいい感じの窪みに逃げ込んだ俺は助かったが、ニャルは溶かされて100年ぐらい水溜りとなっていた。
水溜りは俺が責任持って桶に入れて持ち運んだが、水たまりは不満げにぶつぶつ文句を言っていた。
完全なる馬鹿ガキ界隈の話である。
ともあれ、この少女の話に集中しよう。
世良さんが進み出て、少女について紹介してくれた。
「なんか知ってたみたいだけど、この子は僕の母親の世良メアリー。用があったのは母さんの方なんだ」
「イギリス秘密情報部、通称SIS所属の世良メアリーだ。よろしく頼む」
「こちらこそ。探偵の黄衣ハスタだ」
ちらり、とコナン君を見てからメアリーさんは俺に視線を戻した。
「まず初めに、礼を言わせてほしい。娘を助けていただき感謝する」
「そんな、あれは半分以上俺のせいだったし。むしろ俺が謝る方だ」
「だがコレには無鉄砲なところがある。そちらの誘いがなかったとして、怪異に単独突入した可能性は高い」
「…………」
「その時、娘は間違いなく死んでいただろう。いや、死より強い苦痛を伴う状態となっていたかもしれない」
メアリーさんは深く頭を下げている。
厳しい言葉のようだが、その裏には母親としての確かな愛情が籠っていた。
俺も表情を緩め、その言葉を受け取った。
「なら、礼を受け取るよ。俺も助けられてよかった」
「………そうか。それと、今後についての話もしたい」
するりと声の温度を取り払って、メアリーさんは頭を上げた。
ここからは組織の一員、あるいは代表者としての話になるのだろう。
硬質な声が耳を打つ。
「できれば、そちらとは我が国ともより良い関係を持てたらと考えている。もちろん待遇は最高のものを用意している」
「あー。それについては既に日本とズブズブの関係だから、そっちと交渉してもらいたい」
「…なるほど。やはりそうか。とはいえ、何か日本との付き合いに不満が出たらぜひ我が国のことを思い出してもらいたい。いつでも英国は門戸を開いて貴殿を待っている」
ははは、と俺は苦笑のみを返した。
纏わりつくような蛇の気配というか。
甘く苦い陰謀感バリバリのお誘いで、やっぱ政治界は怖い以外の感想はないのである。
メアリーさんは咳き込んでから、「次に」と言葉を繋いだ。
「この忌々しい薬を開発した組織について、壊滅のために協力を願いたい」
まっすぐな視線は、コレが彼女としての本題であろうことを感じさせる強さに満ちている。
なんかこんな重要な話を立て続けに断るのは気が引けるが。
これも降谷さんと話がついているので、俺としては引かざるを得ない。
俺は眉をハの字に下げて謝罪した。
「実は、そっちはニャルラトホテプの管轄だから俺は基本手出ししない約束なんだ」
「ニャルラトホテプ?」
「あなたの国の博物館にある『生きている肉塊』の大元みたいなやつ。超強い」
「!?!?」
愕然とした顔でメアリーさんが息を呑んだ。
この表現で伝わるかな?とちょっと不安だったが、どうやら伝わったらしい。
正確にはその化身だが、人間にとってニャルラトホテプもその化身もそう大して違いはない。
アリにとってキングギドラとライオンを区別する必要はそんなにないのだし。
メアリーさんは険しい表情で口を開いた。
「それはつまり、奴らが組織的に超級の怪異と結びついていると?」
「うーん。逆かな。彼も組織壊滅を目論んでて、もうすぐ壊滅できそうだから俺は手出ししなくていい、と言われてるのが正解か」
「なに?」
訝しげにメアリーさんが片眉を上げた。
それ以上に訝しげな表情をして、コナン君が口を挟む。
「何それ初耳なんだけど!」
「あれ、これも言ってなかったっけ。なんかやっとボスを見つけたらしいよ。RUMがボスの在処を探してるのに便乗して呪詛を乗せて特定したって」
「えっえっえっ、じゃあもう壊滅作戦スタートしてる?」
「分かんない。あれ、コナン君に話来てない?」
「来゛て゛な゛い゛!!!!」
「めちゃくちゃ荒ぶるやんけ」
コナン君は怨念の炎を燃やして全てを呪い出した。
そんな怒らなくとも。
いや、コナン君的には自分抜きのクラスLINE作られてたみたいな状況だし、怨念を燃やしても仕方ない状況なのか。
俺はとりあえず懐を探したがいい感じのものはなかった。
なので、その場で美味しい飴を生成。
「飴いる?」と言って差し出すなどしてみた。
コナン君は「……いる」と言って飴を口に含み、ぶっすりとした表情のまま虚空を睨みつけた。
ちょっと納得してくれたらしい。
すごく美味しい飴だし、俺を怒るのはやめたようだ。
メアリーさんの方も若干動揺があった。
「怪異が組織壊滅を目論んでいるのか?一体何のために」
「本人は私怨だって言ってたけど」
「アレらにとって、人の群れなど水たまりに湧くボウフラと大差なかろう」
それはそう。
俺が常に水たまりの前で威嚇してるので、若干伝説のボウフラと化している側面もあるが。
基本は旧支配者にとって人間なんて地を這う虫以下の存在である。
メアリーさんはため息をついて「まあいい。なら、できれば我が国のエージェントを巻き込まぬよう伝えてくれると嬉しい」と俺にお願いしてきた。
それぐらいなら問題無いだろうし、「伝えておくよ」と返答しておく。
誰がMI6のエージェントかは俺がサラッと見て確認すれば分かるし。
手間でもない。
メアリーさんからの話はそこまでだった。
帰り際、世良さんは意味ありげにコナン君を見て笑った。
「君も、そうなんだよね?」とだけと言って視線を交わす。
コナン君もふっと笑って「さあね」と静かに返事をしたようだった。
今はそれだけでお互いよかったのだろう。
話はそこで終わったのだった。
なお、ホテルを出る際に、何故か入り口で屯する警察と遭遇。
このホテルのプールで妙な溺死体が見つかったとのこと。
俺たちは探偵役として、もう少しホテルに滞在してから帰宅することになったのであった。
・ウボ=サスラゲーム
どっちが怒られずによりデカい肉片を千切って盗めるかの勝負。
デカすぎて肉片が落とし子化したら失格。
馬鹿用のゲーム。
前の前の宇宙の頃は暇つぶしによく開催していた。
しかし32回ほど遊んだある時、ウボ=サスラさんが迷惑そうに結界の奥に引っ込んで出てこなくなってしまったので、以後は中止となった。
・組織壊滅作戦
こっそり進んでるけど後回しにされがち。
降谷さんは後でコナン君にめっちゃ恨めしげな顔された。
そして「でも君を動員すると黄衣君が暴発するかもしれないし」と言われて全てを恨むなどしていた。