最近になって降谷さんの安室透業が復活したようだ。
公安の仕事が落ち着いてきたらしく、表情も虚無顔から随分通常営業に戻ってきた。
また二分割を始めたからの安室透でもあるようだが、業務配分は比較的余裕がありそうでなによりである。
それに伴い、諸伏さんもよく事務所へ顔を出すようになってきた。
公安全体がひとまずの落ち着きを取り戻してきているらしい。
二人は俺の探偵事務所の依頼消化に回ってくれたため、ずいぶんと仕事回りは楽になった。
コナン君が深夜残業するという最悪の児童労働状態は解消されたし。
一応俺がTVの仕事を絞り出したので、INTを上げてコナン君の代わりに対応してはいたのだが。
どうしても人手が足りなかったからな。
俺がジャカポコ二人や三人に増えても依頼人がビビるだけだし。
沖矢さんを「アルバイト」と言い張って動員したりもしていたが、無事乗り切れて何よりだ。
まあ、そのコナン君自体は黒の組織の件で大層荒ぶってしまわれたが。
彼の大目標を奪った罪は大きいらしい。
今のところ、マモーさんの伝手をフルに使って沢山美味しいものを貢いで鎮めている。
それでも思い出したように祟ってくるので、その度にホームズ初版本などで乗り切っている。
鎮まりたまえ。本当にすまんかった。
そんなこんなで、何とか修羅場は乗り切ることができたわけで。
今日もニコニコ警視庁へと事情聴取の日々である。
先日遭遇した殺人事件の事情聴取と、ついでに警視庁に納品する予定の術式看破用メガネの受け渡しをこなすつもりだ。
正直魔術式が読み解けなくては眼鏡があっても意味がないとは思ったのだが。
「ただの人間でも何か魔術が仕掛けられていると分かる」だけでも重要と力説されて、全体配布が決まったのである。
コレはゆくゆくは全国の警察署に配備されるとのこと。
本当は、人類が自ら作れないものを配備するのは俺としては推奨できないとは思っている。
しかし初動捜査で警官の被害を減らすため、と懇切丁寧に頼まれれば嫌とはいえない。
今後人間が自分たちで作れるように、少しずつ教えてゆくほかあるまいよ。
入り口を潜り、受付でビジターカードを受け取っていると、ふと見覚えのある顔を見つけた。
6本腕のペンダントを連れた風見さんだ。
ペンダントは肩掛けバッグに擬態しており、おしゃれな肩掛けバッグがもぞもぞと暇そうに動いている。
「あれ、風見さんだ。どこか調査に行く予定ですか?」
「!黄衣さん。先日も犯人逮捕にご協力いただきありがとうございました。私は現在、留置所より逃走した犯人の行方を追っておりまして」
「え、それ言っていいやつ?」
俺がちょっと引くと、はははと風見さんが笑った。
この人もだんだん俺に慣れてきて、お堅いだけの様子から親しみやすい顔も見せるようになってきている。
「むしろこれは伝える機会があったら言っておいてくれと指示されている案件ですから。ご心配されずとも問題ありませんよ」
『お前マジで口硬ェもんな。ゼロのいうことなんざ適当に聞いてりゃいいってのに』
「そうはいきませんよ。それに今のあの人はほぼ天上人。指示は絶対ですから」
『ふーん』
つまらなさそうにペンダントはもぞもぞと動き続けている。
どうやら中でお菓子を食べているらしい。
風見さんから「あんまり動かないでくださいよ!」と注意を受けている。
風見さんが咳払いして説明を続ける。
「それで、逃げた犯人とは、例の東都タワーを爆破しようとした者のようでして」
『俺と萩をぶっ殺しておいて反省の一つもないなんざ許されることじゃねぇだろ?だからこうしてふんじばってやろうってわけだ』
「いえ私たちは調査を命じられただけで」
『関係ねぇな!手錠かけてパトカーに突っ込みゃこっちのもんだぜ!』
「ダメですダメですからやめてください!!」
面白コンビか?
コナン君が冷静に「いい感じにバランスが取れてるんじゃない?」とのコメントを残した。
ブレーキ役とアクセル役って意味ならはっきりしているが。
でも明らかにアクセル役が暴走しているし、ドゥルルルルって6本腕で走り出しそうな勢いを見せている。
しかし、東都タワーの件となると俺も他人事ではない。
コナン君が大勢の命が己の命かの究極の二択を迫られそうになった一件だし。
そう考えると、いくらコナン君が無傷とはいえ腹も立って来るというもの。
ちょっくら呪ってやろうか、と思案するなど。
すかさずムギュ!とコナン君に足を踏まれて俺は呻いた。
なんでや。
コナン君がポコポコと俺を怒って責め立てた。
「黄衣さんがそんなだから僕が組織戦から省かれたんですけど!?」
「それは大変申し訳なかった。俺からも降谷さんに口添えしておいたから何卒お許しを」
「『それも込みで甘々だからすぐには許可できない。前向きに検討はする』って言われた」
「それはつまりコナンくん参戦お断りってことでは」
俺の要約に、再びコナンくんは荒ぶり始めた。
俺の足へと激しい連撃を加えている。
ホンマすまんかったやで。
一連のコントを面白そうな様子で見ていた松田さんが、ぬっと腕を出して弾んだ声を出した。
『なら今回の件ぐらいは坊主も一緒に行くか?お前も野郎には迷惑をかけられた立場だし、そのくらいならゼロもつべこべ言わねぇだろ』
「いいの!?」
『おうよ。坊主は筋もいいし、ここらでちょいと腕を磨いておくのも悪く、』
「ダメですダメですってば降谷さんに言いつけますよ!」
『おうおうおうゼロの旦那が怖くて幽霊なんざやってられっかよ!テメェも瓶詰めされりゃ分かる!』
「何も分からないです!!!」
やっぱ面白コンビなんだよなぁ。
半泣きの風見さんがバッグを引きずって退散しようとして、抵抗に遭い失敗している。
その瞬間。
突如、建物のすぐ外から激しい爆音が響いた。
腹の底から響くような音ではない。
どこか小さめの、プラスチックがブチ折れる音に似た軽さを含んでいる。
実際大きな爆発ではなかったらしく、警視庁入り口のガラス扉に衝撃波による傷はない。
俺たちが慌てて外へと飛び出ると、そこには炎に包まれる男の身体があった。
特徴的な色合いの炎が燃え盛り、人体をゴミへと変えんとごうごうと音を立てている。
その炎は生垣にまで広がり、火事へと発展する様子を見せている。
通行人がすでに119番、110番通報はしていたらしい。
まもなく到着した消防車が消火作業を始めたのが見えた。
燃えていた男はすでに亡くなっていたらしい。
腕を最初の爆発で吹き飛ばされた影響もあったろうが、詳しいことはよくわからない。
消火が早かったからか、投げ出されたバッグと、炎から逃れようと脱いで投げた服が比較的きちんと残っていた。
被害者である男の調査は捜査一課に任せられるようで。
警視庁前ということで、すぐさま駆けつけた一課の目暮警部が「こりゃあ酷いな」と嘆息したようだった。
一緒にやってきた佐藤刑事が、俺の姿を見て近寄って来た。
「あら、黄衣さんも現場を見ていたの?」
「いえ。俺は偶然警視庁のロビーにいただけで、爆発の音を聞いて出てきたんです」
「そう……そこの公安の風見刑事も?」
佐藤刑事はやや隔意のある堅い声を出して風見さんへと視線を向けた。
どこかで会ったことがあるのだろうか。
いや、最近公安は怪異案件とか色々言って色んな部署に顔を出している。
突然やってきて成果を取られたと怒る雰囲気もあると聞いているし、その方向性だろうか。
それとも小翠リャマの起訴の時にちょっといざこざがあったっけか。
覚えがない。
風見さんが実に事務的に眼鏡を上げて回答した。
「ええ、私も黄衣探偵と同様にこの爆発を聞きつけたに過ぎません」
「ならいいわ。ひとまず本件は捜査一課に任せて…」
そこまで言ったところで、死体のポケットから何かがはみ出ていることに気づいたようだ。
それを抜き出した佐藤刑事の表情が明らかにこわばった。
動揺している。
俺もその小さな何かを覗き込んで、思わず息を呑んだ。
それは、紛れもなく松田陣平の名刺であったからだ。
バッグに擬態したペンダントが動き出し、こっそりと俺と風見さんの服を引っ張る。
何か言いたいことがあるらしい。
俺はコナン君を抱えて佐藤刑事にペコペコした。
「で、では俺たちはこれで。もし何か聞きたいことがあれば電話で教えてください!」
「いつもありがとうございます、黄衣さん。何か進展があったらこちらから伝えるわ」
風見さんも素っ気なく「私も急いでおりますので失礼します。それでは」と離脱する。
愉快な人なのにポーカーフェイス激うまなんだよな、風見さん。
二人で現場を抜け出して、建物横の少し奥まった場所へと移動する。
なお、思わず俺が猫みたいに抱え上げたコナン君はひどく御立腹であった。
今日も美味しい夕飯とホームズ関連グッズの奉納をせねばならないかもしれない。
ちなみに、俺のこの一連の行動について諸伏さんは「猫奴隷仕草じゃん」などと形容している。
コナン君お猫様理論。あながち間違いでもない。
猫に喩えられたコナンくんはシャッッッ‼︎と諸伏さんに激しく威嚇するなどした。
ともあれ。
周囲に人がいないことを確認してから、松田さんが話し出した。
『思い出した。あの名刺、絶対3年前に変な外国人に渡したやつだ』
「変な外国人?」
ああ、と松田さんは無い首の代わりに腕を振った。
少しシュール。
「死ぬ間際のことだったから覚えてる」と少し低めの声で回想する。
『外国人が縛られてビルの一室に監禁されてたんだ。その上、デカい妙な形の爆弾もあった』
「!!!それは例の爆弾犯の…」
『別件だろうよ。あの爆弾は洗練されてた。俺も最後の最後まで解除できないかと思ったぐらいだ』
松田さんの爆弾解体の腕はピカイチだ。
降谷さんも諸伏さんもことあるごとに自慢していて、事実、爆弾が畑から取れるこの東都の爆弾処理班でもトップエースを張っているほどだ。
その彼が「解除できないかも」と思ったのだから、相当な複雑さと独自性を持つ爆弾だったのだと思われる。
『それに比べて観覧車の件は爆弾自体の仕組みは簡単だ。キモくて思い上がった悪意だけは人一倍の、単なるオモチャってわけだ』
「なるほど……とすると、その時の犯人はどうなったんだ?」
『逃げた。すげぇやり手だったらしいぜ。ゼロが伸されたとかそうでないとか。俺は解体に夢中だったから良く知らねぇけどな』
「降谷さんがですか!?」
風見さんが驚きの声を上げる。
ニャル抜きにしても降谷さんは凄腕のエージェントだ。
3年前だからもう少し今より弱いとしても、間違いなくただものでは無い犯人だ。
ふと気になって、俺は松田さんに諸伏さんについても聞いてみることにした。
「というか、諸伏さんはその頃はまだ生きてたのか?」
『ああ。俺とゼロ、ヒロの旦那、班長の四人が集まってた時のことだ。ペストマスクしてたし、ヒロの旦那にも話を聞けば分かるんじゃないか?』
「うーむ。なんか面倒な事件の香りがしてきたな」
東都タワー爆破未遂の例の犯人が留置所から逃走した件。
それと3年前松田さん達が遭遇したペストマスク。
それらが無関係とは思えず、俺たちは苦い顔をして沈黙するよりほかなかった。
・術式看破用の眼鏡
人類が作るのは少々難しい眼鏡型のアーティファクト。
古エイボン式の魔術式のほか、原始魔術の儀式場形成と純粋な呪詛の組成を見ることが可能。
現場配備される時に備えて、運用ルールが検討されている。
・今でも割と降谷さんの右腕の風見さん
便利に使い倒されている。
松田さんがドゥルルルルルって暴走し出した時は代わりに怒られる係。
近いうちに松田さん共々怪異対策課への配属が決まっている。
降谷さんにはネチネチ文句を言われたが、松田さんが「うるせえ陰険パツキンは無視して帰ろうぜ」とか言うから喧嘩に発展した。
めちゃ怖な人外パイン上司に正面から喧嘩を打った英雄として、二人は課内で伝説となった。
風見さんは無言で胃薬を飲むなどした。