ハロウィン当日、残り一時間を切った。
俺は探偵事務所を動くなと厳命。
もしどうしようもなくなったら電話で呼ぶということで、いつでも取れるようスタンバイとなっている。
コナン君はニャルと一緒に先ほど顔を見せにやってきた。
見た目は普通にコナン君を抱っこする降谷さんだったが。
どちらかというと戦艦を拿捕したみたいな雰囲気が漂っている。
「凄いですねこれ!手作りですか?偏執的に各術式が揃えられてる!キモ!作成にどのくらいかかったんです?」
「放してよ…ねぇってば!」
「折り畳んで体感時間で82億年ほど。つかコナン君が可哀想だろ、離してやれよ」
「ヤです。へー、こここうなってるんですね。おー」
「もうっ!安室さん正気に戻ってよ!」
バタバタと暴れるコナン君からは、拿捕に反応してあらゆる術式が雨霰とニャルラトホテプへと殺到している。
それをニャルがひょいひょいと解体し無効化。
呪詛の残骸がバラバラと事務所へと散らばる。
やはり普通の旧支配者への対応を想定して作ったものだし。
流石にニャルは荷が重いということだろう。
「僕は安室ですよー」「嘘つき!」「嘘じゃないですよ?」などと言い合っている。
この和気藹々を見せるだけのために来たのか。
ニャルはコナン君を抱っこしたままトコトコとそのまま事務所を出て行った。
わけわからん。
コナン君が妙なことしないようにという意味なら、俺を自由にしてることの方がよっぽど影響が大きいはず。
単純に嫉妬……というより。
コナン君に俺とニャルの関係を見せにきた?
どうもよくわからなくて、俺は首を傾げたのだった。
「さて。僕と一緒にゲームがどうなるか見届けましょうね」
安室に連れ回されて、コナンはここまでほとんど抵抗できなかった。
本日も長野県警の彼らと安室、そして数人の協力者とともに捜査を続行していたのだが。
突如。
降谷がふらりと体を傾けて、目眩を堪えるように頭を押さえ。
次の瞬間には、彼は彼ではなくなっていた。
「……松田さんは無事なんだよね?」
「もちろんですとも。ちょっと妙な羽虫だったのが珍しくて、弄り回しただけですとも」
まず近場にいた松田陣平が標的になり、ペンダントを奪った彼はそのままバチリとおかしな音を立ててそれを弄った。
長野県警の三人とジンももちろんその場に居たが、安室はそれを微笑んて静止した。
「僕に構わずゲームはきちんと続けること。わかりますね?」と忠告して。
コナンと松田だけ誘拐されるように安室に連れ去られたのだった。
コナンは後部座席に放られた松田のペンダントへと視線をやってから、安室に慎重に声をかけた。
「ゲームの状況は見なくてもいいの?」
「見てますよ、並行して。でも今回仕込みがちょっと足りなかったから、すぐ攻略されそうで。ならもっと面白そうなこっちを観察していようかなと」
ニコニコと笑う彼の表情は美しく、しかしどこか非人間的な無機質な光が宿る。
「僕のこと焼くなんて酷いと思いません?そのせいで仕込みもできなかったし」などと安室はぶつぶつと文句を垂れた。
しかし、面白そう、というのなら。
「僕のブレスレットのことを言ってるの?」
つい先日渡された制御キーを思い出して問いかけると、降谷はきょとんとして瞬いた。
「違いますよ?そんなの前々から見えてたものですし。君の性能なら正しく使いこなせることぐらい見ればわかります」
「……なら、どうして?」
うっそりと三日月型に表情を歪ませて、ニャルラトホテプはくつくつと邪悪に嗤い声を漏らした。
「ハスターが大事にしているからです。今までずっと腕の中に抱えて大事そうに隠してきたのに、今になって放し飼いにしているから。きっと心境に変化があったんだろうなと。そう思ったんです」
「……変化があったとして、どうするつもり?」
「そりゃもちろん。この際羽虫なんて一掃するか籠に入れるかしてもらいます」
唄うように踊るようにコナンを抱えて、上機嫌そうに安室はコナンを撫ぜる。
一掃する。すなわち人類の滅亡。
籠に入れる。すなわち自由の剥奪。
どちらにしろ最悪だ。
古代においてそのように楽園が作られたとして、今の──あるいは獣のような──人間にそれが耐えられるとは思えない。
「我が親愛なる友の心を惑わす害虫ども。暇つぶしに最適なのはわかりますが、彼は入れ込み過ぎている」
「………」
「いよいよ、最近はそうだ。憂鬱そうに貴方を抱え込んで嘆くばかり。欲深な羽虫どもにも集られて、見ていられない」
「……貴方は、黄衣さんのことが心配なんだね」
優しげに見えるだけの空虚な笑みを浮かべ、安室は首肯した。
「そうですよ。やはり貴方は賢いですね。彼も悲しがりますし、羽虫を駆除しても貴方は残しておいてあげましょう」
「黄衣さんは怒るよ」
「……ええ。きっと怒り狂うでしょう。僕を永劫許しはしないでしょう」
それでも、彼がまたあの時のように我を失うほど嘆き悲しむくらいなら。
────怒っている方が、ずっといい。
そのように、安室は言葉を落としたのだった。
コナンは返事に迷って。
「そういうの、本人とよく話し合った方がいいと思うよ」とアドバイスするに留めた。
爆発時刻まで残りもうあとわずか。
降谷はふと虚空を見つめ、「あ、羽虫が見つかっていま鬼ごっこに移りました!」と嬉しそうな声を上げた。
「どこ!?向かわないと!」
「だめですよこういうのはきっちり観客席でいいところを見ないと。ほら、モニター出しますから」
「ちょっ!?どこからモニター出してるの!?」
「胸元ですが。こういうのってここから出すんですよね?」
「出すのはもっと小さなものだよ!!」
そこでようやく、ペンダントがはっと目を覚ましたようだ。
起きあがろうとするようにカタカタとペンダントが揺れている。
『ッテメェ!!どういうつもりだ!……って、腕がねぇ!?』
「ちょっとうるさいんですけど。あといい加減そのペンダントから出たらどうですか?」
「へ?」と松田が呆然と聞き返した。
それから恐る恐る足からそーっと、ずるりと半透明の松田陣平の姿がペンダントから出てくる。
安室は興味なさそうにモニターを眺めながら言った。
「魂の量はすでに十分補填されているのに、いつまであの6本腕でいるんですか。キモいんですけど」
『いやお前、粘土細工じゃねぇんだから自由自在に変化なんてできねぇよ』
「……はあ。これだから羽虫は矮小でどうしようもない」
安室が深いため息をつく。
しかしそこには若干の親愛のようなものが宿っていて、おや、とコナンは思った。
「これはサービスです。僕の化身が貴方のことを憂慮していたから。気まぐれにカタチを整えてやっただけのこと」
『お、おう。……なんつーか、アレか?ツンデレってやつか?』
「そのまま四肢をもぎ取られたいようですね。構いませんよ。苦痛で自我が壊れるほどゆっくり行って差し上げましょう」
『おわぁぁあ待て!悪かった!ソーリー!』
つまらなさそうにフンと吐き捨てて、安室は腕を組むのみだった。
コナンはそれを見て、やはり隠しきれない違和感を覚えたのだ。
この邪神は本来そんな穏やかなタチのものではない。
人間などという下等生物と軽口なんて叩かないし、興味も抱かない。
だというのに、彼は今ヒトのように語らい冗談を流している。
降谷は嫌そうに顔を歪め、コナンの疑問に答えた。
「今、僕はちょっと弱体化してるんです。そのせいで宿主の化身に引き摺られてる」
「だから黄衣さんは降谷さんを大人しく見送ったってこと?」
「ええ。忌々しいことに。あーーー、どうしてこううまくいかないんですかね。結局、結婚式の演出決まらないし。もう期日迫ってるのに」
『えっ、ゼロ結婚すんの!?誰と!?!?』
「結婚するのは僕と黄衣ハスタです。化身は家族枠での出席を予定しています」
「あっ、ああ…」と松田が動揺しながらなんとか頷いた。
一瞬わけわからん構図が思い浮かんだのだろう。
その途中でこの男が今怪異に取り憑かれていることを思い出したのだ。
降谷は「でも本体たる僕と化身は同一の存在なので、別に間違いでもないのに…どうして皆そこをこだわるのか」と首を捻っている。
そんなわずかに弛緩した空気の中でも、モニターの前で凄まじい大都会追いかけっこが進行中だ。
スクランブル交差点でサブマシンガンを乱射するプラーミャに、由衣刑事が「なんてことを!」と叫んでいる。
例の犯行予告のせいで普段より歩行者は少ないとはいえ、いないわけでは無いのだ。
通行人の悲鳴がこだまし、雑踏はパニックへと変化する。
その中に投げ込まれた手榴弾を、臆せず前へ出た大和警部が直にキャッチして人のいないビル横へと投げ飛ばす。
そうして、プラーミャが高らかに笑いながら歩行者の一人を人質にとった。
と、思ったのも束の間。
それは歩行者に擬態した諸伏景光であった。
彼は幽霊由来の凄まじい腕力でサブマシンガンをもぎ取り、プラーミャを完全に締め上げた。
モニターから視線を離して、降谷は嬉しそうに笑顔を作った。
「お、決着付きそうですね。しかし盛り上がってきました。この後ですよね、この後」
「どういうこと?」
「だって殺さなきゃならないんですよ?爆弾解除のためには。この群衆の面前で」
コナンは思わず、ヒュッと息を呑んでいた。
そうだ。初めからそう言っていた。
逮捕も拘束も無意味。
司法の裁きを受けさせる余裕すらない。
プラーミャは殺されるしかない。
そうでなければ、罪のない無数の命が犠牲になる。
硬直する大和警部の後ろから進み出たのは、同行していた外国人の女性だ。
コナンも知っている。
昨日協力関係を結ぶことになったナーダウニチトージティのまとめ役だ。
彼女は持っていた拳銃を突きつけて、震える腕で銃口を定める。
涙の滲む目で、溢れ出る憎悪とその裏に隠れたあまりにも多くの悲しみを抱えながら。
ただ、復讐を遂行すべく息を詰める。
しかし、悲願を果たさんとしたその時。
女性を乱暴に突き飛ばし、ジンが前へと進み出た。
止める間もなかった。
ジンはあまりにもあっけなくプラーミャの眉間へと鉛玉をぶちこみ。
プラーミャは派手な血飛沫に倒れ伏した。
様子を伺っていた野次馬たちが悲鳴をあげて逃げ出す。
激昂した女性がジンへと詰め寄った。
「な………どうして!どうして殺した!貴様が!私の仇だったのに!あんなに、あんなに私達を苦しめたのに!!」
「うるせえな。時間もねぇのにチンタラやってたからだろうが。殺すならさっさとやれ」
「ッ!!!」
溢れんばかりの憎悪を叩きつけられて、プラーミャを殺すはずだった銃口を突きつけられて。
それでもジンは平坦にタバコを吸うだけだ。
そしてポツリと、言葉を落とす。
「殺してもいいことは何も無ェぞ」
「!」
「とくにテメェみてーな甘ちゃんはな。引き金の重さに耐えきれなくてすぐに泣き喚く。そんなつもりじゃなかった、だなんて抜かすんだ」
「貴様、言わせておけば…!」
銃口を向けられているというのに、ジンは平然と吸い終わったタバコを道に落とそうとして。
少し迷って、懐から取り出した携帯灰皿にそれを入れた。
「そうして自殺した新人は沢山いたぜ?毎晩悪夢に憔悴して。生き残るのは最初から引き金が羽のように軽かった連中ばかりだ」
「………」
ジンは奇妙なまでの真摯さで、女性を見た。
「1秒以内に引き金を引けないなら、やめておけ」
巌の如き声だった。
愕然と、女性は震えて、拳銃を取り落として。
そして泣いた。
魂の全てを吐き出すように、半生の苦悶と苦痛を搾り出すように。
ただひたすら。
泣いて喚いて涙を流したのだった。
・ニャル評価
まあまあいいドラマが生まれましてね。
さらさらとした茶漬けのようなあっさり味付けですが、これはこれで満足です。
というか結婚式の演出まだ決まらないんですけど泣いていいですか?
・ジンニキ灰皿
後ろで高明がギロって睨んでたからしぶしぶ携帯灰皿に捨てた。
ポイ捨て禁止。