今日はリニューアルオープンした東都水族館に来ている。
子供達と阿笠博士とを連れての休日レジャーだ。
もちろん親御さんの了承もとっている。
感謝と共に茶菓子なんかもいただいたので、後日子供達とみんなで食べる予定。
東都水族館は大きな遊園地の水族館が一体となった新観光地だ。
夜になれば目玉の二輪観覧車が五色にライトアップされる。
子供達もいるので夜までは居ないつもりだが…ハイエースに乗った子供達は大喜びで騒いでいる。
保護者志保ちゃんとコナン君を添えて。
二人の歴戦の保護者感は半端ないんだよな。
志保ちゃんは、すでにあの時の銀髪マフィアとの邂逅を飲み込んだらしい。
コナン君に「あの時は怒鳴って悪かったわ」と謝っていた。
まだまだ納得できないことの方が多いだろうに、強い子であることだ。
あるいは、コナン君と出会ってこの平和な日々でようやく手に入れた強さであるのかもしれない。
元太君は「キャーンプキャンプ!明日もキャンプ!」と歌って、光彦君に「今日はキャンプじゃないですからね」と突っ込まれている。
その歌少年探偵団のテーマソングか何かなのか?
愉快そうだから別に構わないのだけれど。
しかし、事は車を降りてチケット購入に向かう最中で起こった。
割れたスマホに焦げついたボロボロの服の女性が、ベンチに座って呆然としていたのだ。
しかもぺっとりと張り付く邪悪な呪詛の気配もあり。
呪詛を辿れば、その先は降谷さんにつながっていることが確認できた。
とすると、組織案件らしい。
子供達が一斉に集って「大丈夫かよ姉ちゃん!」「怪我ないですか!?」「お姉さん綺麗な目!」と口々に女性に話しかけた。
女性は困惑して「えっと……?」と首を傾げている。
コナン君が代表して女性に事情を聞いたのだが、女性は分からないらしい。
呆然と首を振るのみだった。
コナン君が俺に視線を映す。
しかし事情を大まかに「ハスターの瞳」で追ったところ、これは下手に記憶を戻すのは悪手であるように思えた。
念話を繋いで、分かった情報をコナン君と共有する。
『この人、なんか組織関連の人みたいなんだよな』
『ッ!?それホント!?』
『降谷さんの位置情報把握の呪詛がついてる。伝染を繰り返して弱まってるから、向こうも正しい位置を把握できてないみたいだけどな』
『………記憶喪失も安室さんの仕業?」
『いや。そっちは事故だと思う』
軽くスキャンしたところ、脳の一部に影響が出たせいで記憶喪失になっているらしい。
しかし何はともあれ、降谷さんに聞いてみないことには話は始まらないだろう。
電話をすると、降谷さんは直ぐに出てくれた。
激務でやや不機嫌そうな声が聞こえてくる。
『なんだ、今少し忙しいんだが』
「実は東都水族館で不審な女性を保護したんだ。降谷さんの呪詛付きの、銀髪オッドアイの人」
『………ああ、そんなところにいたのか』
どうにも妖しい、ふふふ、と愉悦の滲む声で、降谷さんは首肯したようだった。
なんかニャルニャルしてるけど大丈夫か?
俺は「飴舐めてる?」と聞くと、降谷さんはくすくす笑い声を漏らしたまま「なめてるなめてる」と答えた。
本当だろうな?
『ソレは放っておいてくれて構わない。活き餌だからな。組織が回収するならそれでいいんだ』
「でもこの人、なんか記憶喪失だぞ?」
『!!』
そこで初めて降谷さんは少しばかり狼狽えたようだった。
予想外の事態に舌打ちして、「記憶喪失?面倒な…」と吐き捨てた。
俺は確認のため事情を改めて聞いてみることにした。
「どういう予定だったんだ?」
『その女はRUMの腹心の部下のキュラソーという。昨晩警視庁に侵入して、NOCリストを盗んで行った』
「それ大事じゃないか?」
さらっと言うが、NOCリストには世界各国のNOCデータが入っているはずだ。
普通に日本の大失態の類だと思われるのだが。
しかし降谷さんは艶やかに笑うばかり。
悦楽に濡れた吐息を漏らし、ニンマリと笑みを作ったようだった。
『問題ない。ジンからすでに警視庁侵入の予定は聞いていたからな。わざと盗ませたんだ』
「……つまり?」
『内容は全て出鱈目な人名に書き換えてある。組織の構成員の名前を一部加えてな』
「!!」
嘘っぱちのデータを掴ませた、ということらしい。
愉悦を含んだ嘲笑で、降谷さんはぺろりと唇を湿らせている。
「それ、いいのか?」
『表向きは万が一盗まれた時のための対策としてランダムな名前の一覧が……偶然被った。それだけだ。偶然に踊らされた哀れな人間には、ご冥福を祈るしかない』
暗い嗤いがこちらまで漏れ聞こえて来て、俺はつい渋い顔になった。
流石に妙だ。
遠隔で降谷さんの魂をごそごそと探ると、降谷さんが「なんだ、くすぐったいぞ?」と笑った。
また二回りほど魂の存在規模が大きくなっているようだ。
しかし飴魔術はきちんと発動しているし、感情の受け皿もきちんと機能している。
中毒の様子も見られない。
ニャルニャルしている理由が分からなくて、俺はふむ、と訝しく思いつつ手を引くしかない。
降谷さんがいいことを思いついた、とでも言うような笑い声をあげた。
『そうだ。その女の記憶を戻してやってくれないか?魔術で戻すのは面白くないし、こう、優しくな』
「うーん。いいのか?罠の発動が遅くなるが」
『いいんだ。少しでも表で生きる夢を見られるんだから。葛藤と…呵責の中で、それでも組織に生きるなら、その時にこそ罠に食われる。偽りのデータに踊らされ、組織に打撃を与えるんだ』
ははは、と上機嫌に降谷さんが嘲笑している。
絶対完璧にニャルに侵食されてるんだけど、原因が分からないんだよなぁ。
ニャルが小細工したのは間違いない。
可哀想な降谷さんがこれ以上やらかす前に、一言注意しておくべきだろう、
俺は咳払いして降谷さんに話しかけた。
「えー、降谷さんに大事なお知らせです」
『ん、なんだ?』
「自覚はないと思うけど、現在降谷さんがかなりニャルニャルしています。今後後悔しないために自重を心がけましょう」
『!?!?!?』
降谷さんが驚愕に息を呑んだ。
パニックで飴を含む音がする。
『な、な、な、なんでだ!?飴は舐めてるし自覚症状もないのに!』
「原因究明中。解決策がわかるまで愉悦控えめで頼む」
『………まさかとは思うんだが、今回の案件って』
「邪悪な愉悦案件ですね。大変ありがとうございました」
『ッ!?!?ッッ!?!?!?』
自覚症状がないあたりもう致命傷だろう。
彼にとっては普段通り振る舞っているつもりなのだろうが、こうもニャルニャルしいとな。
可哀想だが気をつけてもやらかしは避けられないだろう。
混乱する降谷さんを置いて、とりあえず念話を切る。
少しだけ話を聞いていたコナン君が「ねぇ、まさかさ…」としょっぱい顔をした。
「うん。ニャル谷さんが企んだことだって。この人は組織の女性で、記憶が戻るまで優しくしてやってほしいらしいよ」
「安室さんさぁ……いや、本人は悪くないし被害者なのはわかるけど」
「全部ニャルが悪いんだ。そのうち殴ってやってくれ。ポカッて」
「それは怖いから黄衣さんに任せた」
コナン君は厄ネタには関わりたくないらしい。
やや頭を隠すように逃げ出してしまった。
俺一人に任せないでくれよ荷が重すぎるんだが。
お前の妻だろなんとかしろって?
それはそう……いやでもニャルを俺一人で止めるのは辛すぎないか?
ともかく、俺たちは記憶喪失の女性をメンバーに加え、東都水族館を巡ることになったのであった。
女性は子供たちに囲まれて、少しだけ嬉しそうに眉を下げていた。
・留守番星の精
「ゲタ…ゲタゲタ……」とすごく文句を言いながら無人の事務所でプンスカしている。
やや高いところに設置された犬ベッドに収まって、オモチャを触手でベシッと叩くなど。
なんで連れてってくれんかったんや!!!(星の精の心の叫び)
・降谷さん
青い顔をしている。
で、でも少し愉しいなって感じてたぐらいで、なにも、なにも……!!(パニック)
一昨日、夢にニャルが現れているのだが本人は覚えていない。
ニャル的には攣りがちな左手小指に塗り薬を塗っただけのつもり。