取り調べが終わった後、帰りは夜遅くになった。
事件の管轄は公安に移されたらしい。
とはいえ、俺達が事情聴取を受けるのは変わりない。
捜査一課の面々を追い出して取り調べ室に残った風見さんは、可哀想に干からびきっていた。
何日も帰れていないのだろう。
その上ひょい、と気軽に降谷さんが取り調べ室まで現れて。
カラカラのミイラの目に絶望が灯った。
追加エントリーした降谷さんは、「かーざーみ!」とニタニタ書類を持っている。
キャラが若干どころでなく可笑しいが、ニャルっていることを思えば通常通りだろう。
追加の仕事だと思われるが、分量がすごい。
俺は念のため降谷さんに指摘した。
「降谷さん、またニャルニャルしてるぞ」
「嘘だろ!?この程度で!?」
「降谷さん……帰れると思った絶妙のタイミングを狙って追加業務を置いていくのはもうやめてください……」
ついに風見さんはしくしくと泣き出した。
降谷さんはどうも許されざる遊びに興じていた様子である。
これは流石にギルティだろう。
「サイテー。人の所業とは思えない非道。許されざることだぞ」
「そこまでか!?僕だって一週間は帰れてないのに!」
「体力無限にある降谷さんと一緒にしないでください!!」
風見さんがエグエグと涙を拭っている。
許されないニャル野郎だ。
しかも降谷さんは本当に体力が無限にあるし、寝なくても問題ないと来た。
胃薬を渡しながら俺は降谷さんを睨みつけた。
降谷さんは「いやでも、ほら、どうせ渡すことが決まってた仕事だし、いつ渡しても違いはないというか」などと言い訳している。
俺は「外道!このニャル野郎!」と非難した。
「ニャル野郎はあまりに酷いだろう!ライン超えだぞ!!」
「残念ながらライン超えてニャル遊びしてるのは降谷さんなんだよなぁ。自覚無いかぁ…可哀想に」
「本気めに同情するのもやめてくれ!!」
見ろよこんなカラッカラに干からびちゃった風見さんを。
哀れだとは思わないのか。
俺が風見さんを指差せば、降谷さんは反省したのか沈鬱に項垂れた。
この際だし、もう一度じっくりと降谷さんの魂を確認したものの。
やはり変わったところは見受けられない。
手元まで魂を引き摺り出せば、向かいの風見さんが目を白黒させた。
でっぷりと太った魂は人間の規格とは大きく外れている。
化身としての魂をかき分けて、核である人格部分を確認する。
うーーーむ。
自身の異常が自覚できない、ということは一般常識とか基準点に似たものへの干渉があるのだと思われるが。
わからん、この部分かな?と思いつつ試しに弄ってみるわけにもいかず。
とはいえ不安は不安なのか、降谷さんも緊張した顔で「どうだ?」と聞いてくる。
俺は頷いて魂を体に戻した。
「処置無しですね。安静にしてお過ごしください」
「見捨てないでくれ!!自覚がないんだ!やらかしたら遅いんだ!!」
顔面蒼白で迫真の叫びを上げる降谷さんである。
ダンジョンでのやらかしがトラウマになっているのだと思われる。
俺は降谷さんの魂をスキャンした結果を反芻しながら、眉を顰めた。
「んー、でもなぁ。降谷さんの状態って、意外と複雑というか…」
「どういうことだ?」
「そもそもの構成が脆すぎるんだ。人間の人格を骨子にニャルラトホテプの化身となった。これは…言い方は悪いが豆腐を基礎に家を建てたに近しい」
人格を司る部分は未だ人間のまま。
これは明確な脆弱性だ。
周囲の外なる神ニャルラトホテプたる部分に圧迫され、常にひび割れ損傷している。
人外としての自己修復力で賄える範囲内ではあるのだろうが、小さい疲労とダメージはどうしても蓄積していく。
「……それは、俺の命は長くは持たないということか?」
「いや。『生きる』分には宇宙の終わりの向こう側まで。ともかく、明日までに処置を準備しておくから。明日探偵事務所に来てくれ」
「わかった。頼んだ、黄衣君」
俺たちの会話を風見さんが不安そうに見守っている。
特にキュラソーのことについて聞かなかった。
こちらはコナン君が聞いているだろうし、俺が手を出せる話でもないからな。
子供達を送るべく帰ろうとすると、ちょうど諸伏さんも一緒になった。
子供達はわいわいと騒いで、キュラソーへの心配や差し入れの相談などをしていた。
子供達を送った後は、事務所にいる星の精を迎えに行った。
玄関の扉を開けて、諸伏さんが星の精へと声をかける
『ただいまー…フベラッ!?』
【ゲダ!!!!!!!】
怒り心頭の星の精が諸伏さんの顔面に貼り付き、触手をバシバシと叩き始めた。
『痛い、痛いって!なんで怒ってんだよ!?』
【ゲダ!!ゲ!!ダッ!!!!】
もう絶対許さないらしい。
泣きの入った声を絞り出している。
魔術で出しておいた美味しい血液も全然飲んでないようだ。
たぶん一日静かに事務所で不貞寝して、そのままニャルに虐められる夢でも見たのだろう。
目が覚めたのに一人だったのがかなりこたえたようだ。
こんなナリでも、星の精も睡眠をとる。
というか、この宇宙の成り立ち上の問題だな。
寝る必要はなくとも寝ることはできるし、夢を見ることもできる生物が大部分を占めている。
星の精も例外ではない。
可哀想に悪夢を見て、一人震えて毛布をかぶって俺たちの帰りを待っていたようだ。
諸伏さんの顔面に張り付いて離れなくなってしまった星の精をそのままに、自宅へと帰還する。
透明なので前を見るのに支障はないし、幽霊なので息をする必要もない。
傷付いた星の精は「クスクスッッッ!!」と憤ってずっと文句を言っている。
コナン君が少しだけ暗い顔をして助手席に乗った。
キュラソーの今後について話を聞いたのかもしれない。
俺もそろそろニャルに降谷さんの状態について詳しい話を聞くべきだろう。
運転しながら適当に念話を送る。
『おーい、ニャル、今いいか?』
『問題なく。ちょっと化身の調整をしていたところですから。なんですか?』
『まさにそれの話だけど!?!?』
ちょっと驚愕のあまりひっくり返った声を出せば、ニャルが訝しげに眉を顰めたようだった。
『何ですか急に』
『いやいやいや、降谷さんに何したんだよ。またニャルニャルしてたじゃんか!』
『僕の名前を動詞にしないでください。というか、別に傷んでたので普通に調整しただけですよ?』
『………あー』
俺も少しだけニャルの言葉に思い当たる節があったので、答えを濁した。
『人類の終焉ぐらいは問題ありませんが、あの精神の形ではそれ以上長持ちしないですから。壊れても再生するとは思いますけど。それでは困るのでメンテナンスしただけです』
『…………まあ、な』
降谷さんの性格は、根本的には常に悲観的だ。
常に過去に積み上がった後悔と幸福の山を背に、それを前へ進んでいく原動力としている。
このままいけば、遠からず山がデカくなりすぎる。
遥か未来に日本が崩れ去った時、その精神が持つとは思えない。
それは俺も危惧していたところだが。
しかし、精神を弄られその前提を崩されたとき、それを降谷さんは同じ自分だと言えるかどうか。
信念を取り上げられてまで生きたいと思えるかどうか。
そのあたりは、ヒトの尊厳を関わるが故に俺に断言できるところではない。
『んーーー、要相談。ちょっと人間の倫理観的に問題があるので、戻しておいてくれ』
『え!?嫌ですけど!?僕ずっとこの化身の部分が痛くて鬱陶しくて!治療ぐらいいいじゃないですか!』
『なら一時無効化。明日話し合うから』
『……仕方ないですねぇ。別に化身ですよ?そんな気遣わなくても』
ぶつくさ文句を言うが、これでも素直に聞いてくれるあたりニャルもいい奴なのである。
しかし、困ったことだ。
怪物と人間では、その精神性は大きく異なる。
降谷さんは気づいていないが、それは全てにおいて言えることだ。
こう見えて、諸伏さんも生前とはだいぶ違う。
肉体を持たぬ、意志でもって人を侵食する怪物としての在り方に適応しているのだ。
今はそれを自覚していないだけ。
抱え込む呪詛を無作為に振り撒く、歪んだ亡霊こそが彼の本性である。
降谷さんとて同じこと。
もうすでに彼はニャルラトホテプの化身なのだ。
本能に従い、そのように振る舞った方が本人も楽ではあるのだろう。
人としての感性を保とうとするから、こんなふうに齟齬に苦しむのだ。
ニャルとしては普通に化身の在り方の歪さを我が身として感じていて、それを「痛い」と形容した。
奴が痛いと言うほどの状態なのだから、降谷さんにとっても、自覚があるかどうかは別にしろかなりの苦痛を伴っているはずだ。
なんとも、ままならないものだ。
家に到着すれば、暗い室内にぱちりと電気をつける。
まだ離れる気はないらしい星の精が「クス…」とやや不安げに諸伏さんの頭を抱えて触手をしっかりと巻き付けた。
どうやら怒りがおさまって、だんだんまた一人にされるんじゃないかという不安が湧き上がってきたようだ。
諸伏さんが顔面にサランラップ巻いた人みたいになってモゴモゴ言っている。
俺は少しだけ悩んでから、彼に直接話を聞くことを決意する。
「───諸伏さん、聞きたいことがあるんだけど」
『ブオブオブオブオ』
「うん、星の精は離れようか」
星の精を引き剥がすと「ゲダッッゲダッッッ!!!」と激怒した。
星の精を一人にするのは絶対許さないらしい。腕に巻きついて怒っている。
仕方ないので俺が抱っこして揺らしてやると、「グス……グス……」と変な鳴き声を漏らした。
その程度で騙されんぞ!!みたいな威勢を感じる。
だが悪くはないようで、だんだんむにゃむにゃしてきたようだ。
トロンと体を垂らす星の精をあやしながら、諸伏さんへと問いかける。
「あのさ、降谷さんについてだけど」
『ゼロがどうした?』
「諸伏さんは、どんな降谷さんでいて欲しい?」
諸伏さんは少し考えるそぶりを見せてから、ニカっと快活に笑った。
『そりゃ、アイツが望む自分の在り方でいて欲しいに決まってるよ。自分の在り方は自分で決めるもんだ』
「……そうだね。その通りだ」
コナン君もうっすらと、きっとキュラソーのことを考えていたのだろう。
「そうだね」と静かに同意したのだった。
・降谷さん
人間の魂を改造して作った化身なので、少し構造が脆い。
疲れやすさ、情緒の不安定さ、頭痛などの諸症状が起こっているようだ。
降谷さん自身はそれらを激務による過労と思い込んでいる。
明日の大手術にむけて、現在ハスターが本気出して準備しているところ。
・諸伏さん
自覚はないけどしっかり悪霊。
心が割と広いので対象者がいないだけで、祟り、呪い、呪詛で人を害すことに躊躇がなくなっているようだ。
悪霊として成長中。内側に呪詛をたくさん溜め込んでいる。
・ハスター
外神としての魂が変質して、一部ヒトのようなカタチをとっているように見える。
転生者。
神の魂を変性させるだけの、外より来たる極大規模の力。
いくらか神々に吸われて弱まっているが、依然として夢の終わりすらも跳ね除ける強い力を持つ。