降谷さんは手術台に腰掛けて「凄く体が軽いな!」と驚いている。
まあ、今まで魂へのダメージが蓄積していたからな。
体もとっても重かっただろう。
諸伏さんが「ゼロ、無事か!?」と降谷さんに駆け寄った。
「ああ。ずっと意識はあったんだが、なんか思ったよりずっとあっけなかったというか。あのやらかす時特有の己が裏返る感覚もなく」
『良かったじゃないか!ということは俺を瓶詰めにする計画も?』
「鋭意進行中。瓶の中のレイアウト選定してるところだ」
『ダメじゃん』
諸伏さんが不満げに俺を睨んだ。
それは成功しても失敗しても進行してただろうから俺の責任ではない。
降谷さんは今や完全なニャルの化身と化してる。
APPもさらに一段上がり、爽やかそうに微笑む姿もゾッとするような美しさを伴っている。
ニャルがニヤッとして降谷さんに「少し僕のお遊びに付き合いませんか?羽虫を使った簡単な実験ですが」と声をかけた。
降谷さんは困ったようだ。
軽く頭を下げてその誘いを断った。
「いや、俺はこの後仕事があるからすまないな。羽虫遊びは楽しいが、日本の資源を消費することはあまりしたくない」
「仕事……ですか。僕の化身のくせにそんなことに打ち込むんですか?」
「勿論だ。俺の誇りだからな」
降谷さんは優しく、しかし強く微笑んでいる。
なんかいいこと言ったふうだが、残念ながら人間を資源と見る人外のそれである。
その上で、人としての揺るがない信念を秘めている。
ニャルは宇宙猫の顔であった。
こう、微妙に歪であることは否定しないが。
それでも、降谷さんの譲れない一線であることは俺にも理解できた。
ちょっと失敗よりの成功だったかな、と思わんでもないけれど。
降谷さんがはたと気付いたように周囲を見渡した。
「あ、飴!」
「もう飴はなくても大丈夫ってか意味ない感じだよ」
「………やらかす心配はないのか?」
「うーん。あー、人間のことどう思う?」
「羽虫。有益な資源。この星の霊長類」
「諸伏さんや松田さんのことは?」
「親友」
「お大事になさってくださいね」
「だから見捨てないでくれって言ってるだろ!!!」
降谷さんが憤り出したようだ。
でもこれ以上はもうどうしようもないじゃんね。
プリプリ怒った降谷さんは、目についた星の精の触手を毟ろうと手を伸ばした。
そしてコナン君にさっと星の精を隠されてしまう。
「コナン君、ちょっとそれ貸してくれないか?」
「触手引っこ抜くからダメ」
「やだな、僕そんな酷いことしないよ」
「ダメ」
頑として譲らないコナン君に、降谷さんは「ケチだな。良いだろ別に下等生物つつくぐらい」とブツブツ文句を言っている。
そして強張った背筋を伸ばして、猫のようにあくびを噛み殺した。
星の精はすっかり心を射抜かれ、コナン君にひしと張り付いている。
降谷さんは立ち上がり、「帰る、邪魔したな」と言った。
そのまま庁舎に戻るつもりのようだ。
扉の前に立ち、こちらを振り返る。
「ああ、そういえば今夜キュラソーを東都水族館に連れていくつもりなんだが」
「記憶を戻すのか?」
「罠を作動するには記憶が戻ってもらわないとな。本当は、記憶が戻ったらこちらの包囲網を突破して組織に帰還してほしいと思っているんだ」
そのためにわざと人員を薄くしてある、と淡い嘲笑を浮かべて降谷さんがせせら笑う。
コナン君が顔を顰めて問い返した。
「組織が奪還に動くことはないの?」
「いまジンが表向き奪還作戦を練っているところだ。おそらくキュラソーが自分から抜け出さなくとも、東都水族館で組織が回収に動くはずだ」
「その時の被害は?」
「ブレーカーは壊されるだろうが、人命は狙わないように、そしてあまり派手な被害を出さないように言ってある」
暗闇に乗じての誘拐、ということらしい。
たしかにそれなら最低限の人員のみを送り込むだろう。
コナン君は重ねて問いかけた。
「キュラソーがこちらへの寝返りを望んだら?」
「………」
予想外のことを聞いたのか、降谷さんはぱちくりと瞬いた。
しかし無いわけではない、と思ったのだろう。
難しい顔をして考え込んだ。
キュラソーの様子は部下から聞いているだろうし、割とある選択肢だからな。
「彼女が二重スパイになるというなら、より大きな成果が期待できそうだ。ふむ。仕込みは無駄になるが、悪くはないか」
「人は変われるよ。償うこともできる」
「……そうだな。なら、キュラソーにも僅かばかり期待するとしようか」
降谷さんは少しだけ所在なさげに視線を左右に彷徨わせた。
もしかしたら銀髪マフィアのことを思い出していたのかもしれない。
そのまま彼はきた時と同じように、あっさりと帰って行った。
ニャルも見どころが終わったのか、コナン君の頬をムニムニとつつきながら大欠伸をしている。
星の精で遊べないからだとは思うが、絶対コナン君引っこ抜いたりするんじゃないぞ。
「あの化身作る時、どうして『光』を使わなかったんですか?」
「使い方がわからないんだよ。前も言ったけど」
「夢さえ越える甘美なるあの『光』を使えば、真の不老不死なぞ容易いでしょうに」
ニャルは嘆息したようだ。
俺は「使えたなら使ってるよ!」とニャルの背を引っ叩いた。
ニャルは「あっあっ!暴力!いま僕に暴力振るいました!!許されない!!」とブスブス言って、空間転移でひょいと去っていった。
あの愉快なニャル野郎ホントなんなんだ一体。
コナン君が「光って?」と首を傾げた。
「俺の奥の手的なやつ。でも制御不能」
「危険じゃない、それ?」
「今までで一度も発動したことないから大丈夫。俺がとち狂っても願ってもうんともすんとも言わん…」
『光』は俺の中にある謎のエネルギーだ。
いつからあるのか、なぜあるのかも不明。
これまで発動できればとメチャクチャに願ったことも、殺意全開で使おうとした時もあったが。
俺の中に収まり沈黙したまま一度として派手に駆動したりはしなかった。
カタログスペックはイケイケなのだが。
こう、俺の長い生のうち一度として自分の意思で使えたことがないのがどうもな。
これでは片手落ちというか、もうほぼ存在を忘れがちな力である。
マモーさんは「それは神が唯一無二である理由、その一つに過ぎないでしょう」としたり顔をした。
マモーさんに神論を語らせたら長いぞ。
この辺にしておいてもらうべく、俺はガラガラと手術台を退けて事務所の復旧を始めた。
「心配だし、今夜はこっそりキュラソーのことを見にいくか」
「え、いいの?」
「コナン君だって心配だろ。俺もあの優しい人がニャルの餌食になるのは可哀想だと思うし」
コナン君が頷いた。
なんにせよ今夜で決着はつきそうだった。
・『光』によって出来る事
真なる不老不死
輪廻転生の実装
夢を越える
旧支配者の殺害
などなど。
でも一度として使えた試しがないので、机上の空論である。
ニャルはこの力を多くの外なる神・旧支配者から守護している。
別に力などどうだっていいが、それによって親友たるハスターが損なわれでもしたらと思うと、耐えられなかったので。
・降谷さん
概ねややニャルってる降谷さん。
魂が全て神性のものに置き換わったので、権能の取り回しが非常に良くなったほか、在り方によるものなのか旧神的性質が芽生えている。
基本的な加護と呪詛のほか、人類種からの認識による在り方の変容などを一部受けるようだ。
これは本人が「日本を守る人外ってことは、俺は…和御魂的な奴なのでは…?」と思ってい影響が大きい模様。
せやで(ハスター談)