ネタバレなし。
再びやってまいりました、夜の東都水族館。
勿論警察が封鎖しているから、俺たちは透明化してひっそりと侵入している。
某児童小説に登場する魔法のアイテム、透明マントを模して作ったアーティファクトを使ってだ。
コナン君の頭にはひっそりと星の精が張り付いている。
置いて行こうとしたら泣き喚かれたので仕方なく。
子供達も一緒だ。
お泊まり会という名目で親御さんたちに許可をとって、全員に透明マントを配布した。
子供達はわいわいと騒いで盛り上がって「すっげー!」「ほんとに透明になってます!」「歩美も!!」と大喜びだった。
いつもは寝なさいと言われる夜に、みんなでこっそり夜の遊園地。
そりゃテンション爆上げ状態にならない方が変というものか。
子供達を連れてきたのは、この子達無くしてキュラソーも踏ん切りがつかないだろうと思ってのことだ。
灰原さんがいつもの5倍は盛り上がってる少年探偵団を宥めるのに苦労している。
「貴方たち、騒いだら大人に見つかっちゃうわよ!静かに!」
「うっ、はい!でも、怪異って言ってましたけど夢みたいです!少年探偵団の秘密道具にしましょう!」
「そーだな!!」
「こらこら。これはこの一晩しか持たないものだ。作るのも大変だし」
「えー!?」と子供達は非難轟々だ。
しかし作るのは実のところめっちゃ簡単だけどな。
こんなもの子供に渡しておけないので方便である。
人の全くいない夜の遊園地はどこか虚ろで、恐ろしさと物悲しさを同時に感じさせる。
開園したばかりの汚れのない遊具たちが、ひっそりと佇み、少し怖くなったらしい子供達は怯えて遊具から距離を取った。
「さて、行こうか」と言って子供たちの手を取る。
コナン君が俺を見上げて首を傾げた。
「どこへ行くつもりなの?」
「観覧車から逃げ出して、あの女性はこの遊具の隣を通るルートを使う。だから、ここで待ってようかと思って」
「……なるほどね」
俺の大雑把な未来視による結論だ。
どういう仕組みかは知らないが、キュラソーは観覧車の中で記憶を取り戻す。
そして観覧車からアクロバティックに逃げ出して、観覧車下で待ち構えていた組織の回収役を昏倒させて。
警察からも組織からも逃げるべく、このルートを通るのだ。
遊具の端っこに座ってしばらくキュラソーの到着を待つ。
子供達はお土産を持ってきたようで、お姉さんに渡すんだと息巻いている。
「俺が選んだんだぞ!!うなぎの蒸籠蒸し!めっちゃんこうめーんだ!」
「と、元太君は言ってますが僕は食傷気味です…」
「歩美もたくさんケーキ食べたい…」
確かに求められるままうな重を連打し過ぎたらしい。
光彦君と歩美ちゃんがしょぼくれている。
うむ。今度は美味しいケーキをたんと食べさせてやるとしよう。
灰原さんが「そう言うことじゃ無いのよね」とため息をついた。
え、ならどういうことなんや…?
しばらく待っていると、10分ほどでキュラソーが到着した。
走り続けてかいた汗を拭いつつ、俺たちの姿を見て驚いたようだった。
「あ、あなたたちどうしてッ!?」
「こっちだ。安全に話せる場所がある」
返事を待たずに透明マントを一着、キュラソーに渡してやる。
困惑していた様子だったが、子供達が得意げに羽織ってその効果を見せびらかすのを見て、驚いて息を呑んだようだ。
そのままおとなしく───子供達に両側を固められて手を繋がれて逃げられなかったとも言う───キュラソーは静かに埠頭までやってきた。
車に乗ってもらい、向かうは黄衣探偵事務所。
俺の事務所のあるビルを見て、キュラソーは僅かに身を固くした。
おそらく組織と敵対している事務所だと情報を持っていたのだろう。
逃げてもいいだろうに、子供達をチラリと見て、キュラソーはおとなしくついてくることを選んだようだった。
事務所の電気はついたままだ。
マモーさんが帰りを待っていたらしく、「お帰りなさいませ」と恭しく俺に一礼した。
キュラソーは静かに背後に大宇宙を背負っている。
たぶん、脈絡なく現れた大金持ちに思考が追いつかないのだろう。
子供達が「あー!マモーさんだ!」「待ってたんですか?」「風邪ひくぞ!あったかくしろよな!」とマモーさんにたかる。
マモーさんは「よしよし。いまおやつを用意しますから、待っていなさい」と跳ねる子供達を宥めた。
なんというか、子犬を可愛がるみたいな仕草だ。
たぶん子猿達を可愛がってるつもりなのだろう。
さらっとキッチンの奥に子供用に用意したと思われる最高級スイーツの箱が見えた。
一箱二万とかするチーズケーキだ。
なお、俺用の夜食と思われる10万円前後のパフェが入っているのがチラッと見えた。
世界でも有名なやつだ。子供達が寝たら食べよう。そわそわ。
キュラソーは、わけはわからないが一応安心できる空間に到着したと分かったらしい。
静かに俺に視線を寄越してきた。
「どうして私を助けたの」
「子供達が会いたがってたんだよ。あんな別れ方だったろ?あいつらも心配してたんだよ」
「でも貴方はきっと、最初から私のことをわかってた」
確信を含んだ言い回しだった。
俺は隠し事は苦手な方だけど、それでも記憶喪失の女性に見抜かれるのは流石にいただけない。
根本的に所作がダメすぎるのかもしられない。
コナン君がしょげた俺の言葉を引き継いで話し出す。
「僕達は知ってるからね。お姉さんは優しい人だって。人は変われるって」
「……詭弁よ。私は貴方たちに庇われるような人間じゃない。あの場所から逃げたのだって自分のため」
視線を落として、キュラソーは己の行いを自嘲したようだった。
そうしているうちに、マモーさんがお茶とお菓子を持ってやってきた。
思い出したように子供達がわあっと寄ってきてから、袋入りの蒸籠蒸しをキュラソーへと押しつけた。
美味しいものの前に渡すものがあると気づいたらしい。
「少年探偵団からのお土産です!」「俺らのお小遣いで買ったんだぜ!」「でもほとんど黄衣さんが出してくれたよね…?」「ともかく!美味しいですよ!」と子供達の笑顔が弾ける。
キュラソーは動揺して、助けを求めるように視線を彷徨わせた。
「なんで……」
「お姉さん、元気なかったんだもん」
「心配だったんですよ!記憶がなかったんですから当然です!」
「だから元気出るようにって選んだんだぜ!」
「………」
恐る恐る受け取って、キュラソーは恐ろしいものでも見たように震えた。
「でも、この子達に、危険が及ぶのは…」と蚊の鳴くような声で不安を口にする。
志保ちゃんがくすりとすこしだけ笑って、キュラソーの手をとった。
「大丈夫よ。この人、あのジンも寝返ったのを見てるんだもの。その上で全ての危険を跳ね除けてる。文字通り、実績があるのよ」
「!」
キュラソーは言うか言うまいか悩むようなそぶりを見せてから。
信じられない、と言ったような声色で「シェリー、ちゃん…?」と口にした。
志保ちゃんは笑みを暗くして、しかし星の煌めきを見上げるようなあどけなさを宿している。
「そうよ。私はシェリーよ」
「………」
「ふふ、効くでしょう、あの子たちの笑顔。心が洗われるようで、自分の醜さを突きつけられるようで。堪らなくなる」
「……そうね」
切ないような苦しいような、キュラソーはただ耐えるようにお土産を握りしめている。
子供達が「どっか痛ぇのか?」「無理しちゃダメですよ!」と口々にキュラソーを心配した。
そのあとは、しばらく落ち着くまでおやつと休憩タイムだった。
初めは勢い付いていた子供達も眠気には勝てないのか、20分も話していれば皆夢の住人となった。
俺は安らいだ顔をしたキュラソーに少し笑いかけて、目を細めた。
「俺が紹介できるのは公安だけだ。悪いようにはしないよ」
「公安?貴方本当に一体……」
その時。
来客を知らせる、エレベーターの到着音がここまで響いてきた。
出てきたのはスーツの一団だ。
どうやら公安警察らしい。
ガラス戸の向こう側で降谷さんが憮然とした顔をしているのが見えた。
複数の部下とともに踏み込んでくる足音は威圧的。
キュラソーが半身を出していつでも動けるように警戒の姿勢を取った。
先頭の降谷さんは、凄く納得のいっていない顔で俺を睨んできた。
「仲間に引き入れるのも良いなとは言ったが、勝手に被疑者を誘拐されるのは困るんだが」
「まあまあ。今のニャル谷さんに引き渡すと酷いことされそうだったからさ」
「そんな状態にしたのは君なんだが!まったく、被疑者を逃して無意味に叱られた公安刑事たちが可哀想じゃないのか」
「それは本当にすまんかった」
頭を深々と下げると、降谷さんはため息をついた。
でも部下たちを叱ったのって降谷さんでは?という疑念が拭いきれない。
いやあれか、結果が全てだし被疑者を逃した以上お咎めは受けてもらうってやつか?
俺らは透明化してたし、やっぱ凄く申し訳ない気持ちが強まる。
威圧的な刑事たちの一番前に立つのは、凄く嫌味な顔標準搭載した風見さんだ。
でも頬が痩けている。間違いなく。
頑張ってるなぁが感想とそして一番先に来てしまうバグに見舞われているようだ。
「で、引き渡してくれるんだろうな」
「んー……」
ちらりと、とキュラソーを見やる。
そして軽い加護を付与してから、傍に退いてやった。
降谷さんの眉間に深い皺が寄った。
これは旧支配者界隈では「丁重に扱わねば戦争やぞ」という意味だからな。マジに。
ニャルラトホテプがあんまりコナン君に手を出さないのもこの理屈が働いている。
あんまり、なあたりがニャルがニャルたる所以だが。
「どうしてここまで入れ込むんだ?所詮は犯罪者だろう?裏社会で生きていたものが表に戻るのは難しい。ドブに住んでいた魚が、清流で生きていられないようにだ」
「子供達がそう望んだからだ。この加護は子供達の想いが代わりに詰まってる。元気で、仲良くってな」
俺はほとほと子供に甘いので、求められれば応えるしかないのだ。
「お姉さん大丈夫だよね、黄衣さん!」と言われたら、おうよ任せとけになってしまわざるを得ない。
降谷さんははぁぁぁ……と魂が出そうな深いため息をついた。
「……君は人間が好き過ぎる。そのうち身を持ち崩すぞ」
「それはもうニャルに億回言われた」
「そろそろ改めてくれって意味だ。人間はそんなに美しくないし、物分かりが良くないし、不完全で、愚かだ」
降谷さんはニャルの延長線上のような言葉で、しかし人としての経験と後悔をはらんで言葉を落とした。
「分かってる」
「わかってない」
俺は淡く笑って、視線を伏せた。
「………よく、分かってるよ」
俺の力だけを目的に騙して親しい人をたくさん殺して、俺を傀儡にしようとした人がいた。
自分勝手な理屈で非道を働いて、俺は悪くないのにと喚く人もいた。
あまりの仕打ちに俺が怒ると、さも道理のわからぬ怪物だと騒ぎ立てる民衆がいた。
嘆いて俺が助力をやめれば、使えぬ家畜だったと憤るものたちがいた。
降谷さんは俺が言いたいことがわかったのか、むすっとして頭をかいた。
「人間は甘やかしても良いことはないぞ。管理と統制でのみ、人は獣性を捨てられる。甘やかしては彼らのためにならない」
「いやまぁ、そこは意見の相違ってやつで。じゃ、この人のことは頼んだぞ」
キュラソーの身柄を引き取渡せば、用は済んだとばかりに公安警察達はゾロゾロと出て行く。
そうして姿を消す直前、降谷さんはチラリと振り返った。
「また楽園を作る気は無いのか」
「うーん。今のところ無いかな」
「そうか。ならいつの日か僕が作ったとして、文句は言わないでくれよ」
それだけ言って、降谷さんは事務所を後にした。
なんとなく気分が沈んだ俺の前に、マモーさんがでかいパフェを出してくれる。
10万円もするパフェだ。すごい。美味しそう。すごい。
マモーさんは何も言わなかったが、きっと彼だって故郷を再興してほしいはずだ。
パフェを一口食べると、舌の上までビターなカカオが甘く苦く香ったのだった。
・マモーさんのハイパーボリアへの想い
再興してほしいかと聞かれれば、メチャクチャ再興してほしい。
でも、心穏やかに神の元で過ごすうち、神が穏やかで支配を好まない優しい性質であることは十分過ぎるほど理解した。
その上で、だ。
もし……もし今の猿どもが「普通の人間」であるのなら。
あの頃のハイパーボリアは。
神の無限の犠牲と献身の上においてのみ、成立するものだったのか…?
・ハイパーボリア補足
ハスターのリソースを割と食い潰して成立していた贅沢な社会。
一部人々の努力により魔術で代替されていた部分もあったが、基本その魔術のリソースのMPはハスターから抽出されている。
現代社会で言うなら、石油資源と天然ガスと電力全てがハスターから採掘されてた感じ。
Google、amazon、Microsoft等ネット運営元も全部ハスターぐらい。
ハスターは激務の猫奴隷としてドチャクソに忙しかった。