お正月である!
現在、俺はヨグ=ソトースにひたすらモニュモニュと撫でくりまわされているなり。
こうなったのは、日付が変わると同時のことであった。
俺は特にやる気なく新年の日付の変わり際をベッドでグースカ寝て過ごしていた。
しかし、そこに突如やってきたヨグ=ソトース───いや、かの神は時そのものなのだし、元から居たとも言う───は、なんの脈絡もなく俺を捕獲。
異次元へと引き摺り込んで、虹色の泡で俺を包み込んだ。
ヨグ=ソトースは俺をまじまじと観察しているようだった。
辺りは一面虹色で、その奥から観察する意思だけが俺に無数に突き刺さっている。
虹色に泡立ち、くねり、時間と空間を歪ませる在り方すら定かではない神域にて。
しばらくの無言の観察タイムが続く。
穴が開くほど見られて、俺は触手をしなしなにさせた。
無言でヨグ=ソトースに見られるのは恐怖なんだよなぁ。
体にかかる重圧もすごいし。
そしてゆっくりと、ヨグ=ソトースは以前のように俺を手の中でコロコロした。
長大な時の触手の先っぽでむにむにつつかれ、俺は完全なおもちゃと化した。
ころんころん、と歪む時の坂を右へ左へ転がっていく。
その合間に虹色の触手で俺の頬をつんつん、腹をつんつん。
力加減は人間用として完璧なのだが、いかんせん神体がモロ出しなので1D10/1D100の即死SAN値チェックからは逃れられない。
俺以外にはなんの意味もない力加減である。
さらに俺を包んでから、モニュモニュと撫で始める。
泡が全身を取り囲み、これはむしろ全身洗われているに近い雰囲気になる。
しかしどこか慎重に、潰さないように配慮した様子で。
マーブル模様に遷移する虹色の泡が、俺を恐る恐る撫でている。
うーん。わからん。
俺は首を捻った。
ニャル曰く人間性があるらしいんだが、それもどこまで信用していいのやら。
俺は迷ってから、コロコロされながら正座した。
「えーーー、あーーー、父上、明けましておめでとうございます。本年も変わらぬお付き合いを賜れましたら幸いです」
【!!!!!】
なんか義両親への年賀状みたいな挨拶になってしまった。
しかしヨグ=ソトースの反応は顕著かつ激烈だった。
バチバチ弾けて、全部が虹色に激しく明滅し出した。
わからん。わからんからちょっと怖い。
ゲーミングヨグ=ソトースは俺を囲んだままピカピカ光り、再び俺を凄い勢いでコロコロし始める。
横回転と縦回転を繰り返し、人間ならとっくに吐いているローリング具合だ。
この動作本当に何なんだ一体。
そしてヨグ=ソトースは俺へいくつか加護を付与した。
ゆらゆらぶわぶわした大量の力が俺に流れ込む。
遠慮のない力の本流に、おもわずグエっと声が出る。
なんだこれ。価値の付与?
使い方すらわからん。
うーーーん。謎オブ謎。
まあ。
非常に、非常に好意的に解釈するなら。
俺が地球に来てすぐに、ヨグ=ソトースのうねりに異常が現れた。
そのために大規模な時の乱れとなり、俺たちは終わらぬ一年を過ごしている。
それがたとえば、「俺の観察」をするためにヨグ=ソトースが地球を注視したが故の異常だったとしたら。
ヨグ=ソトースは本来、俺を遥かに凌ぐ極大規模の神性だ。
俺の「光」込みがどうかは知らないが……まぁ、使えない力を換算しても悲しいだけなので考慮しないこととする。
だからヨグ=ソトースの視線はただあるだけでその場の在り方を変えてしまう。
つまり地球の時間の乱れは、ヨグ=ソトースが地球を見ていた証拠にもなりうる。
そうして地球を観察したヨグ=ソトースは、羽虫の在り方を学習した。
わざわざ地球の、しかも日本時間の元旦きっかりに俺を捕獲。
俺を思う存分可愛がり、加護という名のお年玉を渡したのだ。
俺はまじまじとヨグ=ソトースを見た。
ヨグ=ソトースは相変わらず虹色に蠢いている。
何を考えているかはまるでわからない。
………。
自分で言ってて意味不明な妄言だった気がする。
そうだったらいいな、という空想の類だから。
まぁ、気にする必要はないだろう。
ヨグ=ソトースは思う存分俺を転がして満足したらしい。
唐突にぺいと俺を吐き出して、通常空間へと戻したのであった。
朝。
ぬぼーっとリビングに出ると、コナン君はコタツで諸伏さんとポーカーに興じていた。
『どうする、少年?引くか?』
「上等!次こそ勝つ!」
なんか白熱しているようだ。
というか昨日の夜からやってなかったか。まだやってるのかよ。
駆け引きが高度すぎて俺ではついていけなくて、カモになるばっかで一抜けしたんだったか。
途中から寂しくて俺らの家に突入してきた降谷さんも参戦。
コナン君は意地悪な大人たちの洗礼に遭いつつもメキメキと上達していっていた。
この手の駆け引き赤井さんも鬼強そうだけど、公安二人も凄いものだ。
さすがは本物の潜入捜査官、ということなのだろう。
なお、俺は表情筋の操作をやめるという荒技で勝ちをとりに行ってブーイングにあった。
しかし動きが安全を取りすぎて読みやすいらしく、やっぱり勝てなかったというオチ付き。
何で俺が一番勝てへんのや。
俺の格が一番この中で高いんやで。ぶーぶー。
部屋の隅の犬ベッドの中では、まだぐーぐーと夢の中の星の精がぐっすり眠っている。
誰かにナイトキャップをつけられたらしい。
赤いサンタ帽子だけが宙に浮いているように見える。
俺はコタツに潜り込み、机に顎を乗せた。
「んー、二人とも。降谷さんはもう帰ったのか?」
『ああ。警視庁という名のお家に帰ったよ…。俺も午後には出勤予定……』
「Oh、お疲れ様っす」
可哀想に、よく躾けられた社畜には年末年始すらないらしい。
俺表情から言いたいことを読み取り、諸伏さんは煤けた顔した。
『いや、年末も年始もあるぞ。ゼロには』
「その心は?」
『忘年会、新年会という名前の権力飛び交う酒の場は多いってことだ。肝臓の心配しなくても良くなって助かったってこの間言ってた』
「なるほど。よく鍛え上げられ躾けられたパーフェクトな社畜には、年末年始が復活するのか」
勉強になった。というか社会の闇を知った。
その飲み会は間違いなく断れないやつ、というか権力闘争の一環に違いない。
コナン君はトランプを放り、コタツに籠りながら星の精を餅にしながらこねこねし出した。
やる気が削がれたらしい。
その向こうには途中で放り投げたらしいニャル製ゲームがつけっぱなしになっている。
どうやら自力でのクリアは諦めたようだ。
悲しげな墓の画面が映っている。
たぶん5日ごろになれば少年探偵団に散々いじられるに違いない。
俺も冷蔵庫からみかんを取り出して、コタツの上に積み上げておく。
ぬるっと二人の手が伸びてみかんを掻っ攫っていった。
おう、食うが良い。新年のために買っておいたのだ。
祝福してあるからとても冷たくて美味しいはずだ。
冷蔵庫に入れ忘れたペットボトルの飲み物とか、よく祝福で誤魔化して自分で飲んでいたりする俺である。
みかんを一口食べて、コナン君が目を見開いた。
「って、めっちゃ美味しいんだけどこのみかん!?」
『なんだか俺の身体が輝く!』
「謹賀新年バージョンのみかんでーす。美味しく祝福してみた。あと諸伏さんの身体が輝くのは知らん。怖い」
『嘘だろどうしてくれんだこれ。責任とってくれよ』
ペカーと淡く光り輝く諸伏さんが俺を睨んでくる。
いや知らんて。俺のせいではない。
なんかギミックがあったみたいだけど諸伏さんにとっては無害だしええやろ。
俺が構わずみかんをもぐついていると、開き直った諸伏さんが両手を組んで「一発芸、昇天」とかやり出した。
ツボに入ったコナン君が笑いを堪えて震えている。
「おいその一発芸が降谷さんにバレたら俺が本気でシメられるじゃんか」
『間違いなくその場で瓶詰めされるし、流石に俺も言葉は選ぶ。鬼の居ぬ間にってやつだ』
「強かかよ」
だんだんと光が弱くなってきた。
制限時間を感じ取った諸伏さんは「ツタンカーメン!」とか一発芸を立て続けに連発している。
いい加減にしとけ、時空の狭間から降谷さんがポップしたら取り返しがつかんぞ。
ふと、俺は忘れそうになっていた本題を思い出した。
慌てて近くのタンスから封筒を取り出して、コナン君へと両手で差し出す。
「コナン君、お年玉です。どうぞ」
「お、サンキュー!…って、中身わかるように肖像画型に封筒が切り抜いてある」
「万札だしええやろ。ありがたさが増す」
「うん、ありがとう。でも封筒の集中線はいらないと思う」
「よりありがたさが増すと思って」
『なあ俺は?俺の分は?』
諸伏さんがしきりに自己主張を繰り返す。
ないです。ないですから手を出すなや。
「そっちは諸伏警部からもらってください」と突っぱねると、諸伏さんはしょぼんとした。
「明日兄さんちに行くんだけど、本当に貰えそうで…申し訳ない気持ちが…」とブツブツ言っている。
あの人の愛情深さも大概みたいだからな。
でも貰えるものは貰った方が平和だろうさ。
俺はくすくすと笑って、少しだけお正月の邂逅を思い出した。
「いいじゃないか。久しぶりの家族との語らいなんだから、思う存分もらってくるといいよ」
・ヨグ=ソトース
詳細不明。
息子に挨拶されて喜び勇んでお年玉をあげたような気がする。気のせいかもしれない。
なお、お年玉は加護の形をとっている。
ハスターにもよくわからない。
価値の付与であるらしい。
・飲み会祭りの降谷さん
肝臓の心配がなくなって、これ幸いと毎日関係各所と飲み歩いている。
権力基盤は盤石らしい。
しかし冷静に考えたら酒で酔えないのは明確なデメリットでは、と最近気付き始めた。
・光ってる諸伏さん
ちょうどいいタイミングでランクアップしただけ。
みかんのせいといえばそうとも言う。
佐比売党は、人の身で神の力を手にすることを目的とした教団である。
彼の両親は、その企みの犠牲となって死亡している。
考えれば…ここまで頑強な魂が自然とは生まれにくい。
諸伏高明は事件の真相を追っているが、未だ謎は多い。