今日は貸しスタジオで女子高生新バンドが練習をする日だ。
あれから準備を整え、皆気合い万全。
園子ちゃんが楽器を揃えたらしく、米花町カウントダウン演芸大会の出場申し込みもバッチリだ。
貸しスタジオの予約は世良さんが行ったらしい。
楽器を運び込んでいて、あとは練習するだけだ。
スタジオ内に設置した楽器を前に、蘭ちゃん達が頭を下げた。
「うう。今日はお願いします安室さん。私女子高生じゃないですけど!」
「私たちもしっかり練習するわよー!気合い入れてくるわよー!」
「ちょっと緊張するかも…園子、練習終わったらパフェ食べに行かない?」
女子高生達も気合い十分のようだ。
若干一名、気が引けてる成人女性がいるが気のせいだろう。
園子ちゃんは女子高生バンドと豪語していたし。
梓さんは女子高生。間違いない。
「よーし、みんな譜面は軽く目を通してくれたか?」
「バッチリ。黄衣さんが音源まで付けてくれたからな。蘭君は大丈夫だったか?キーボード、ちょっと難しかったろ」
「大丈夫。見た目より弾きやすくてびっくりしちゃった」
女子高生達も練習してきてくれたらしい。
嬉しいことだ。
演芸大会が近かったし、素早くかつ工夫して作った楽曲だ。
事前に譜面と見本曲を蘭ちゃん達に送ってあるし、今回で音合わせ練習までできるだろう。
この曲のテーマは「楽しく弾けてポップな気分になる」だ。
演奏を通して、音楽に触れる楽しみを思い出してもらえると嬉しい。
園子ちゃんがふと、俺を見て問いかけてきた。
「ねえこれ、なんてタイトルなの?楽譜には載ってなかったけど」
「あー、作ってすぐ送ったから乗せるの忘れてたな。『優れたるもの』だよ」
「格好いい…博識多才なアタシにぴったりな曲ね!」
園子ちゃんが胸を張って、蘭ちゃんに「もー、園子ったら!」と言われている。
園子ちゃんなりに周囲を鼓舞しているのだろう。
本当にいい子達で心が和む。
なお、スタジオの端っこにはコナン君と諸伏さんもいる。
コナン君に関しては、蘭ちゃんの練習が聞きたい欲と、あと自分の彼女が他の男と一緒に長時間いるのが許せない気持ちが少し。
「俺は既婚者なんだが」と言ったのだが。
ジト目で「そういう問題じゃない」と嫉妬全開の目で訴えられた。
可愛いかよ。
でも俺もニャル化身と密室は心配してついていくので仕方ないか。
諸伏さんは純粋な野次馬である。
何はともあれ、二手に分かれて梓さんの練習と、他の皆の軽い譜面練習からスタートだ。
降谷さんが安室の仮面をかぶって、梓さんを丁寧に指導していく。
自主練習はしているようなのだが、やはり初心者だから分からないことの方が多いだろうし。
梓さんは可哀想に、若干どころでなく不安そうにべそべそしていた。
「私、本当に高校生の制服着せられちゃうのかな……」
「ははは、大丈夫ですよ。園子さんもそれは勘弁してくれるはずですから」
「私だけ初心者だし、足引っ張っちゃったら嫌だし。うーー!今からでも遅くはないので代わりに安室さんどうですか!?!?」
「頑張ってください梓さん。応援してますから」
降谷さんは笑って流した。
親身なようでいて、面倒臭いから嫌、の気配が全開である。
梓さんは言葉の裏を読み取って激しく威嚇するなどした。
まあ、普通に女性バンドとして出場する手筈になっているから、梓さんが心配するようなことは何もない。
園子ちゃんも流石にそこまで鬼ではないのだ。
しかし、降谷さんこそ珍しいこともあったものだ。
こんな音楽練習に時間を割くとは。
どうせいつもの困り顔で「すみません、少しクライアントの予定が詰まってまして」とか言って回避すると思ったのに。
と思ったが。
どうやら俺の音楽魔術に興味があるようだ。
梓さんに指導しつつ、女子高生達の練習を横目で鋭く確認している。
正しく弾ければ普通の人でも発動する技術だからな。
何か警察でも取り入れられればと思案しているのだろう。
というか、音楽魔術ってちょっと噛み合わないところがあるのだ。
単に発動させるだけなら不協和音が最適解、という……音楽と魔術の取り合わせの悪さが少し。
このため、音楽魔術を曲として成立させるのは意外と難しかったりする。
ともあれ、弾いてみるのが一番だ。
世良さんが指の動きを確認しながら、俺に話しかけてくる。
「なあ、あの送ってきてくれた見本曲、もしかして全部黄衣さんが弾いたのを録音したのか?」
「いや、俺はDTM…つまりパソコン上で音源を組み合わせて作ってるんだ。だから楽器は使ってない」
正確には魔術DTMとも呼ぶべきものだが。
普通のDTMの機能を持ちつつ、そこに音楽魔術作成用の周波数コントロールや術式外観解析などを入れたオリジナルソフトウェアだ。
昔から俺が自分用に地道に作ってた魔術プログラムなので、UIは最悪だったりする。
自分が使えればそれでいいとしてるからな…そろそろ改修すべきか。
世良さんは「ふーん」とだけ頷いたようだった。
もしかしたら俺の弾いてるところが見たかったのかもしれない。
弾いてもいいが、俺はこんな人前で分裂できないし、またの機会にしてもらおう。
高校生組の練習風景を見る限り、意外ときちんとした素養があるらしい。
幼い砌に音楽を学んでいて、かつ家でもきっちり練習してきてくれたようだ。
「じゃあ、体が温まってきたところでドラムを中心に音を取る感じでいくか?」
「行くわよ行くわよー!ドンと来い!ね、蘭!」
「う、うん!」
15分ほど練習したが、結構いい感じで形になっている。
楽しんでる、みたいな爽やかな笑顔で園子ちゃんが口を開く。
「なんかこの曲、すごく体がノるっていうか、弾いててすごく気持ちいいのよね!」
「分かる!自然と指が動くって感じで!」
「僕もそれは思う…な、黄衣さん?」
俺の魔術を知る世良さんがニヤッとした視線を送る。
「よしよし。楽しんでくれて何よりだ。俺もそう目指して作った甲斐があったよ」
そのように返事して、俺も笑顔を返した。
そう。この曲は弾いていて楽しい、を標榜して俺が作成した。
大雑把で音が外れていても発動するよう、工夫して音声魔術を編み込んであるのだ。
それは気分を乗せるとともに、演奏者をより良いフォーム、より良い弾き方、演奏の仕方へと導いていく。
繰り返すたびに魔術は発動し、演奏は洗練される。
そしてそれは魔術が終わった後も経験は蓄積して。
楽器演奏の腕を上達させる近道となる。
これ即ち、初心者のための曲。
ハノン・ピアノ教本……原題「60の練習曲によるヴィルトゥオーゾ・ピアニスト」を尊敬して名付けたバンドの導入曲。
曲名を「優れたるもの(ヴィルトゥオーゾ)」というわけだ。
基礎の基礎さえ押さえてしまえば、梓さんもこの曲を弾いてもらった方が話は早い。
降谷さんにもそのように伝えてあるから、そのうち弾くことになるだろう。
へなへなの様子でコードを押さえる練習をする梓さんは、大層苦戦しているようだ。
一応事前に園子ちゃんからサイレントギターを押し付けられて練習していたようだが。
「指が、指がーー!」と嘆いている。
痛いのはな、それはそうなんよ。
なんとかしてあげたいが、急になんとかなったら変なのが葛藤を助長する。
仕方なくこっそり痛みの軽減を発動すれば、ちょっとだけ梓さんの肩から力が抜けた。
降谷さんが目ざとくそれを感じ取り、術式をなぞるように指を動かした。
そんなこんなで一通り練習は終了。
後半梓さんも曲を弾くのに参加してヒィヒィ言いながら頑張っていた。
しかし曲さえ弾けば、音楽魔術が動きを導いてくれる。
驚くべき速さで動きに慣れ───しかし指の筋肉はついて来ず。
もどかしさに梓さんは再び苦しんでいた。
うーん。これもガチの素人用としては要改善だな。
その後は休憩所でちょっと飲み物を購入してから帰宅するのみ。
の、はずだったのだが。
別のスタジオから絶叫が聞こえてきて。
そこで絞殺された死体が発見されたのである。
マジでどこでも死人が出るな米花町。
あとコナン君含め探偵諸君は急に機動力すごい。
というかコナン君世良ちゃん降谷さんに諸伏さんって、頭脳役が飽和状態なんだが。
そのように、本日もまた警視庁のお世話になる俺たちなのであった。
・入門曲「優れたるもの(ヴィルトゥオーゾ)」
初心者用練習用の、軽快かつノリやすい曲調のバンド曲。
音が外れていても、大雑把にでも弾けば発動する音楽魔術が売り。
人の心を楽しくさせるとともに、弾き手に導きより洗練された技巧をもたらす。
正しいフォームが身につくサポーターのようなもの。
・降谷さん
音楽魔術に興味があったが、「使うのは楽だが作成は神業が必要」として導入見送った。
これは魔術知識の真髄の奥の奥を、贅沢に使って小規模の効果を齎す嗜好品みたいな魔術である。
特に素人でも弾けば魔術がどこでも発動できる譜面なんて、全て手作業で作る一点もののスマホみたいなものだ。
羽虫には荷が重い。
同時に、数曲人の世に語り継いで厄祓いなど儀式的に弾くのはいいかもしれない、と思うなど。