次郎吉氏は、すでに今日は鈴木図書館にて対キッドの準備をしているらしい。
俺たちは降谷さんに連れられ、鈴木図書館へと向かうことになった。
運転手は降谷さん。
機嫌が悪いのできっちり安全運転である。
「なんじゃ、騒々しい。またお主か」
「失礼します。鈴木次郎吉相談役」
閉館中の図書館中央で、腕を組んで考え込む次郎吉相談役が見える。
警備の人に取り次いでもらって図書館へと入った俺たちは、皆で一斉にペコリと挨拶した。
表情が硬いまま、降谷さんは目を細めている。
相手は極まった我の強さを持つ財界の豪傑だ。
慎重に行くつもりなのだろう。
「本日は三水吉右衛門のからくり箱とムーンストーン『ルナメモリア』を引き渡していただけるようお願いに参りました」
「ならんと言っておるだろうが。怪異とは言っても取り立てて危険はないのであろう?」
「中のルナメモリアは別です。詳しい調査の結果、国防上の懸念が出てきました」
ふん、と次郎吉氏は胡乱な顔をして鼻を鳴らした。
「昨晩は言っておらんかったが。この箱はわしのものでない。これを餌にキッドを釣り上げるために、友寄家より借り受けたものに過ぎん」
「!」
これは降谷さんも初耳だったらしい。
かなり顔を険しくしている。
目立たない端の方で読書をしていた老婦人が、立ち上がってぺこりと挨拶した。
「友寄公華と申します。これは亡き夫の遺品でして。中を開けてもらうことを条件に、鈴木次郎吉様にお貸ししているのです」
「……怪盗キッドを鍵開け師として利用するつもりだと?」
「開け方を知っているのは亡き夫のみ。わたくしは中のものが手に入ればそれで構いません」
このからくり箱を夫さんは日頃からこっそり開け閉めしていたらしい。
その際、開け方を書いた紙を夫さんは隠していたが。
夫さん亡き後探したものの見つけられず、今に至ると言うことらしい。
キッドは宝石を盗み出した後、中身を返すことで有名だ。
奥さんはそれを狙っているのかもしれない。
そして同時に、どこか焦っている様子も見受けられた。
早く中を開けたいという焦りだ。
一応俺も開け方はわかるし、そんなに開けたいなら開けてやっても構わないだろう。
俺はそう思っておずおずと進み出た。
「俺も開け方わかるけど、開けようか?」
「え……な、何を……。昔に夫が買い付けて、大事に保管していた品です。開け方がわかるなど」
次郎吉氏がまじまじと俺を見て、「ふむ、ならば試してみるのも悪くはなかろうよ」と立ち上がった。
財界の大物として、俺の正体を聞かされているのかもしれない。
不安そうな視線を向ける奥さんの前で、俺はからくり箱を受け取った。
これの開け方にはコツがあるのだ。
側面を持って右左左左右下下右上上右下下。
その後反対側を押して円を描くように上下させながらジグザグにスライドする。
最後に蓋の両端を均一に押しながら、5秒以上かけて半分、もう半分を1秒以内にスライドして蓋を取り外すのだ。
もちろん、愛を込めて。
ぱかり、と蓋が開き、それと共に美しい音色が奏でられた。
内蔵された魔術式がオルゴールとなっているのだ。
その箱の中からは、大きなムーンストーンのペンダントと、古びた一冊の交換日記が出てきた。
「ほら。こんな感じだ」
「!!!」
友寄さんが駆け寄って、恐る恐る交換日記を取り出し、そのまま大事そうに抱きしめている。
きっと若かりし頃の夫さんとの交換日記なのだろう。
その眼差しには溢れんばかりの愛情がこもっている。
コナン君が「よくあんな複雑な工程覚えてたね」と囁きかけてきたので、俺は恥じらってそっぽを向いた。
あの動きは古エイボン式魔術式の起動回路動作順になっていて、「永遠の愛」を意味している。
小っ恥ずかしい浮かれホテプなのだ。
降谷さんが「失礼」と言い置いてルナメモリアを覗き込んだ。
それは白く青く輝いて、その中央に美しい月の形を浮かび上がらせていふ。
ただし、その正体はイ=ス人の時間通信機だ。
内側はメカがぎっしり詰め込まれていることだろう。
「この宝石をご主人はどこで手に入れたかご存知ですか?」
「詳しくはわかりません。夫が昔スリランカで買い付けたとは聞いております。純粋な愛を示す石だから……と」
切なさと、それと同じぐらいの愛おしさを込めて奥さんが箱から石を取り出す。
「貴方……」と悲しそうに眉を下げる。
「あの日から毎晩、この箱から夫の声が聞こえているような気がして。早く開けなければと焦っていたのです。……わたくしの気のせいでしたが」
この方は夫は交通事故で亡くなったばかりだ。
そりゃ悲しいし、焦るに決まってる。
しかし俺の想像が正しければ、夫さんは……。
不意に、奥さんの手の中でルナメモリアが淡く輝いて瞬いた。
降谷さんが素早く動けるように重心を落とし、次郎吉氏を庇う位置に立つ。
コナン君も俺の後ろに隠れた。
あっけに取られる奥さんの目の前で、ルナメモリアが一方青く輝いて。
中から声が響き渡った。
『公華さん!聞こえるかい、公華さん!』
「あなた!?」
奥さんはひっくり返った声を出した。
やっぱりか。
俺は納得して一人頷いた。
時間通信機を持っているなら、夫さんがイ=ス人である可能性はそれなりに高い。
イ=ス人は自らのテクノロジーを意外と律儀に回収するし。
一般人が拾ったとか、協力者がとかよりはイ=ス人が本国と連絡を取り合うのに使っていた気はしていたのだ。
俺との長々とした契約条項にも、自らのテクノロジーで人類社会に変化をもたらさないようにする、と記載されていた気がする。
そして、イ=ス人は時を渡る時に人の仮成体を作成して、そこに憑依する。
人との精神交換は俺が許可しなかったからな。
代わりに彼らは仮成体作成装置を各時代に設置して、それを使っているらしい。
そうして人間そっくりの仮の体を手に入れたあるイ=ス人は、人間とうっかり恋に落ちた、と。
『よかった、箱を開けられたんだね!ごめんね公華さん。僕が交通事故に遭ったばかりに…君を遺してしまうなんて』
「あなた、これは一体……」
『本当は君と共に魂が朽ちるまで共にいるつもりだったのだけれど』
夫さんは自嘲を含んでため息をついた。
優しい口調には愛が詰まっている。
そりゃ日頃からあのからくり箱を開け閉めできる人だ。
ニャルも納得の深い愛情の持ち主ではあるのだろう。
『僕はイ=ス人。あるいは他の文明種はイ=スの偉大なる種族と呼ぶもの。この時代には、神の許可を受けて歴史調査のために来ていたんだ』
もちろん、そこで出会った君との愛は本物だけどね。
と、茶目っけたっぷり空笑いした。
奥さんの顔色に僅かばかりの希望が浮かんだ。
「じゃあ貴方は死んだんじゃないの?」
『ああ。肉体が壊れたせいで安全装置が作動して、元の時代に戻されたんだ』
しかし、イ=ス人の時間移動はみだりな連続転移を避けるために一個体につき一往復と決まっている。
俺、旧支配者ハスターとの契約により定められていることだ。
つまり彼は、もうこの時代には戻れない。
『この時間通信機もまもなく機能を終えて自壊する。その前に君と話せて、本当に良かった』
「貴方!」
『誰よりも君のことを愛している。二十年前のあの日に出会ってから、ずっと僕は君のことばかり考えていた。毎日、学生時代の交換日記を読み込んで。僕、今でも全部中身を諳んじられるくらいだ』
「ッ……またこちらに来れないんですか!?生きているのだから!会えるはずです!」
『ダメだ。神の契約は絶対だ。破った時罰を受けるのは僕だけじゃない。時間と、あるいは魂全てに関わる大罪になる』
「ごめんよ、永遠に愛してる」と夫さんは優しく囁いた。
奥さんが堪えきれず大粒の涙を落とし、それが机にポタポタと落ちる。
コナン君のジト目が勢いよく俺に突き刺さった。
愛する二人を引き裂く悪い神様だ!と全力で目が訴えている。
うるせー!わかったよわかりましたよ!!
俺は慎重に後ろから声をかけた。
「あー、失礼。こちら匿名希望。契約の一部変更を提案します」
「なんですの貴方!?」と限られた逢瀬を邪魔されてプリプリする奥さんに対して、夫さんの反応は激烈だった。
「こ、この波長は、嘘だ、そんな馬鹿な!?」と取り乱して雑音をバタバタと響かせている。
向こうで転けたらしい。大丈夫か夫さん。
「痛!!」と呻く夫さんに構わず、俺は言葉を続けた。
「契約変更内容は、『貴方の三回目の跳躍を許すこと』『貴方は奥さんを大切にすること』。以上でーす」
『………ッ、神よ、本当に、本当によろしいのでしょうか…?』
「おうよ。そのイ=ス人らしからぬ純愛を認めましょう。契約するかい?」
『はい!!ありがとうございます、人の神、地球を統べる風の支配者よ』
毎度ありー、と言って契約を更新する。
これで彼は三回目の渡航が可能だ。
もちろん、四回目は許可していないのでこっちで死んだらそれきり。
それをわかっていて二つ返事とは、なかなかに剛のイ=ス人であることの。
どうでもいいがこの夫さんが契約変更を本国に怒られても俺はノーコメントだからな。
彼方にあるこの時代の仮成体作成装置が起動する。
いかなる科学技術か。
この図書館の中央、俺たちのすぐ隣の空間に光を伴って肉体が形成されていく。
すぐに活動できるようにするためだろう。
服付きの男が編み上げられた。
パチリと目を覚ました夫さんに、奥さんはわっと抱きついた。
そっと二人が抱き合い、愛する二人の感動の再会が再演される。
眉間に深い谷間を刻んだ降谷さんに「君、ライブ感が全てなのか?」と睨みつけられた。
「え、なんで!?凄い大団円っぽかったよね!?」
「死んで埋葬された男が蘇ったわけだが、戸籍他どうするんだ」
「………イ=ス人がいい感じにする…?」
「今回の件は彼らにとっても例外のはずだ。制度が無い中、彼らの手も届かない可能性は高い」
「……諸伏さんも同じ状況だし!降谷さんがなんとかするはず!」
「今度こそ遺言か?」
降谷さんがバキボキと指を鳴らしたので、俺はコナン君の後ろに隠れた。
愛を分かち合う夫婦の姿は、次郎吉相談役をも納得させるものだったらしい。
相談役は面白いものを見た、と言う顔で笑って「ふむ。ならば彼奴との勝負には別の餌を用意しておくとするか」と満足げに頷いたのだった。
その後。
さらっとお出しされた別の一般ビッグジュエルにて、怪盗キッドとの対決は予定通りの日程で行われた。
観客にはあの夫婦の姿もあった。
ある意味、怪盗キッドは彼らを繋ぐキューピッドのようなものだったのかもしれない。
後で俺は夫妻からニャルのからくり箱を買い取った。
中に大きな淡い桃色の宝石を入れてみることにしたのだ。
ニャルの術式を真似て作った、「愛に質量を持たせた」ビッグジュエルだ。
いつもありがとうの気持ちを込めて、俺は箱ごとニャルにプレゼントしたのであった。
・イ=ス人な夫さん
すごく変なイ=ス人。愛妻家。賢いが愛で超向こう見ず。
人間として一生を終えようと言うめちゃくちゃ奇特なイ=ス人。
人間で言うなら、ゴブリンに化けてゴブリンの集落でゴブ美と結婚してるイメージ。
ちゃんと賢いので、この機会がおよそ億年に一つの奇跡だと理解して即答した。
本国には後で通信機越しにドチャクソ詰められた。
・イ=ス人
契約一部変更に「!?!?」ってなってた。
あの変人やりやがったんか!?種族ごと吹っ飛びたいんかボケ!?
…という旨の言葉を非常に知的に言い合っていた。
後に偉い人が黄衣のところにやってきて「うちのがご迷惑をかけたようでホンマすみませんでした…」みたいなことを手土産持って沢山謝罪してくる。
・浮かれホテプ
ハスターからのプレゼントを開けて、超超超浮かれホテプへと変身した。
人間の四肢と頭を引っこ抜きながら花占いして好き…嫌い…好き…嫌い……ってやる。
ちょうど五部位なので、好きから始めれば必ず好きで終わる。
嬉しいので沢山やる。
幸せの波動を叩きつけられて降谷さんは三日ほど仕事が手につかなかった。