今朝早く、俺の家に不法侵入者が来た。
正体は無形の落とし子だ。
黒いスライム状の生き物で、魔術師に召喚されて俺たちを襲ってきた。
狙いはコナン君だったようだ。
高セキュリティのマンションだったし、家に機密書類なども特に置いていないから最低限の侵入者探知魔術しかかけていなかった。
そのため寝ていたコナン君が悲鳴をあげる事態となった。
襲いかかる無形の落とし子は、しかし他には目もくれなかったようだった。
外の廊下には黒々とした粘液の跡が残っていたが、それだけだ。
受付の警備員さんもSAN値が減った衝撃で気絶していたが、襲われることはなかったらしい。
それだけは不幸中の幸いと言えるだろう。
現在は現場検証の真っ最中だ。
公安案件になるらしく、見知らぬ公安刑事さんが周辺の調査を行なっている。
俺の連絡を受けて駆けつけた降谷さんと諸伏さんは、現場を確認して眉間に皺を寄せている。
『それで、この化け物は「親」がいるんだろ。親はなんて言ってるんだ?』
「そっちはすでに和解済み。世間知らずな個体が邪悪な魔術師の召喚に応じただけだから、迷惑をかけたことを謝罪するって」
『え、すごく冷静』
無形の落とし子は旧支配者ツァトゥグアの奉仕種族だ。
旧支配者ツァトゥグアは、ヒキガエルとナマケモノを足して二で割らない感じの方である。
非常に温厚な旧支配者で、腹が減っていない限り、信者を摘んでパクりと食ったりはしない。
実は地球にも教団があり、俺もその存在を例外的に認めている。
ツァトゥグアは普通に礼を尽くせば人間にも気軽にまっとうな加護を与える。
彼としては人間に興味はないが、返礼を信者に与えることには真摯であるべきというスタンスらしい。
そういう意味で、人間にも大きな現世利益のある神なのだ。
そして加護を授けるたび、俺に「いつどこでどんな奴にどのような内容の加護を授けたか」を通知してきてくれる。
俺のシマを慮って非常に律儀に対応してくれる常識人……いや、常識旧支配者だ。
なので俺も人間への干渉を見逃している。
まあ、ツァトゥグア自身は人間の見分けなんてついてないから、加護を渡した奴の情報なんて「二足歩行のひょろっとした奴」ぐらいの内容しか来ないんだが。
俺の解説を聞いて、コナン君が考え込んでいる。
怯えた星の精は未だコナン君の懐で小さくなっているらしい。
襲ってきた無形の落とし子にビビり散らかしていたもんな。
いやお前、星の精なんだし小さくとも結構強いだろ、などと思いつつ。
コナン君が顔を上げて俺を見た。
「……なら、この怪物を召喚した魔術師の目的って分かる?」
「うーん。そもそもの話、これは人間が召喚したものじゃない」
「怪異が怪異を召喚したってこと?」
俺はんー、と首を捻って、どう説明すべきか悩んだ。
「いや。プログラムだよ。あえていうなら、この無形の落とし子は機械が召喚したんだ」
かなり大規模なプログラムのように見える。
召喚も遠隔で、監視カメラ越しに俺たちの住む近辺に召喚されたことがわかっている。
降谷さんが訝しげな顔をして戦闘跡の確認のために座り込みながら口を開いた。
「魔術をプログラムで起動するなど、本当に可能なのか?当時はなんとも思っていなかったが、今なら俺もかの板倉某のプログラムがどれだけ異常か分かる」
「俺もあの板倉ってプログラマの人ので初めて見たよ。でも……これもその系譜だと思う」
構成に類似点が多々見受けられる。
あの奇跡的な構成を取り入れて、より洗練させたというべきか。
大元に板倉さんのプログラムがあるのだろう。
俺は解析結果を空中にホログラムの図解で示して、地図の一点を指差した。
「アクセス元は海の上だった。パシフィックブイというらしいな」
「!!!八丈島のICPO関連施設か!」
「詳しくはわからんが、なんかかっこいい秘密基地みたいな奴だよな」
俺も「ハスターの瞳」越しに見たんだが、めっちゃかっこいいSF系の施設であった。
インターポールが技術の粋を集めて作った監視施設らしいが、見た目がとても良いのでちょっと不覚にも見入ってしまった。
「プログラム自体の作成者・実行者は直美・アルジェントって言うらしい。でも、その人物を含めた複数者が開発に関わってる。まぁ、チーム作業だし全員に悪意があったかは定かじゃないってわけだ」
もっと細かい部分は、下請けを含めてたくさんの技術者が関わっているだろう。
実のところ、人の心を読む魔術を解禁すれば、真犯人は簡単に分かる。
だが俺はポリシーとして人の心だけは見ないように決めている。
面倒臭いが、丁寧にことに当たることにしよう。
降谷さんは考え込む様子を見せた。
「……パシフィック・ブイには組織の一員が紛れ込んでいる。幹部で、コードネームはピンガ。恐らくは、そいつがコナン君を狙ったんだろう」
「!!!じゃあ俺が狙われた理由は…!」
「ああ、アイリッシュが関係している可能性は高いはずだ」
二人は深刻な様子で沈黙した。
俺が説明を求める顔でじっと見つめれば、コナン君が少しづつ説明してくれるようだ。
「俺が黄衣さん達と別れてから、松田さんと一緒にアイリッシュの捕縛にかかったんだ」
アイリッシュとやらは銀髪マフィアを恨んでいる。
銀髪マフィアを追い落とす手段を常に探しており、それは自らの父と仰ぐピスコを殺した銀髪マフィアへの復讐のためらしい。
ぴくんと諸伏さんが反応したが、しかし何も言わずに先を促した。
あの時、アイリッシュはコナン君と松田さんと偶然にかちあった。
死んだ犯人からメモリーカードを奪取しようとして、ちょうどその場面をコナン君達に見られてしまったと言うことらしい。
そこで攻防戦に発展。
松田さんもコナン君も物理無効だが、あそこには大量の民間人がいる。
公安刑事達も気絶させられて倒れていた。
そうした人々を盾にするように動かれて、意外と取り押さえるのに苦戦したらしい。
そこに、銀髪マフィアが現れた。
銀髪マフィアは「コソコソ動き回っているアイリッシュが気になって来た」とコナン君に語ったようだが。
間違いなくコナン君救助のために動いていたはずだ。
銀髪マフィア参戦に、アイリッシュは自らの力での捕獲を断念したらしい。
ジンに肩を撃ち抜かれながらも、何者かの手引きで逃亡したと言うことのようだ。
諸伏さんが肩をすくめてコナン君に視線を向けた。
『その何者か、がピンガであり、魔術師である可能性があると』
「厄介だな。現在、組織に於いてアイリッシュの立場は複雑だ」
降谷さんが眉間に深い谷を刻んでほぞを噛んでいる。
アイリッシュは松田さんもコナン君に追われるにあたり、警察官に顔を見られている。
だから銀髪マフィアは「任務失敗」としてアイリッシュをメモリーカードごと消そうとした。
表向きにはそのように組織に報告されている、と降谷さんは語った。
対してアイリッシュは工藤新一を殺し損ねたことを隠蔽していると、銀髪マフィアを糾弾しているらしい。
「そこにピンガが加わるとなると、難しいな。ベルモットを引き込むとして、RUMの反応が読めない。やはり手っ取り早く全員呪殺するか?」
『俺も俺も!呪いなら任せろー!バリバリ!』
コナン君にジト目で見られて、呪い軍勢はしおっとした。
ダメな大人なんだよなぁ。
コナン君は大人達を睨みつけてから、静かに俺を見上げて眉を下げた。
「……怒ってる?」
「何が?」
「犯人のこと」
「…………」
怒ってるよ。
とっても。
『俺が面倒を見てる子供を誘拐しようとするなんて』。
俺がニコリとコナン君に笑いかければ。
コナン君は息を呑んで、そして眦を強く俺を睨み上げた。
「この事件は俺の事件だ。俺が解決してみせる」
「………そっか」
強い光だ。
かつて見た強い意志の光が俺を射抜いている。
あまりに残酷な光だ。
俺を置いて行って、鮮烈に輝いて消えていく、人の光。
弱いくせに。無力なくせに。
百年も経たずいなくなってしまうくせに。
俺の心に何十億年でも残る、ひとでなし達の光。
俺はコナン君を撫でて、大きなため息をついた。
降谷さんが大切なものを瓶詰めにしたい気持ちもわからんでもない。
手の中でおとなしくしていて欲しいし、危険な目にも辛い目にもあって欲しくない。
俺はため息をついて、コナン君の望むままにすることに決めた。
「わかった。でも危険な時はすぐに呼ぶこと。いいか?」
「……ああ、約束するよ」
・ツァトゥグア
別に落とし子がどうなろうと知ったことではないが、狂神にカチコミされるのは避けたかった。
祈られればどんな生命体にも加護を授ける律儀なタイプ。
宇宙中の弱小生命体に人気の神格。
なので人間にも加護を授けるが、怖いのでハスターには報連相を欠かさない。
・ピンガ
老若認証に板倉氏の作ったプログラムを混ぜた。
目的は精度向上のためだったが、思わぬ効果を発揮した。
特に気にせず便利に利用しているつもり。
・パシフィックブイ
混ぜられたプログラムを元に、外なる神が降りて来て一つの超巨大機械神格と化している。
今は普通の建造物として振る舞っているが、それはパシフィック・ブイ側が意図してそのようにしているに過ぎない。
チクタクマン。