暗黒の怒気をたぎらせる君永副総監の姿に、チクタクマンはヒィヒィ恐怖の声を上げた。
『堪忍してや!ワイに話を通さず直接プログラム起動させたらワイも拒否できへんねん!!すまんかった!すまんかったから!!!』
「そのプログラム実行者と作成者の名前は」
ドスの効いた声で問われ、チクタクマンはやや逡巡したようだ。
すごく後ろめたそうにもごもごと言葉を口の中で回した。
『グレースさんや。ワイの製造者さんの一人やし、こないなこと言いたかないんやけどな。なんや悪いこと企んどんであの人』
「な、彼女が!?優秀な技術者の彼女が一体何故そんなことを」
『局長は気づいとらんかったと思うけど、あの人変装しとるで。最近もよう分からん外部のやつを引き入れてこそこそ話しとったわ』
混乱する牧野局長に、チクタクマンは重いため息をついたようだった。
『ほんまはこうなる前にワイが注意するべきやったんは間違いない。でもワイはみんなに話しかけて怖がられるんをビビっとった。意気地なしや』
「パシフィック・ブイ……」
『せやかて、ワイも局長さん達の仲間やと思っとる!これからは包み隠さず、相棒として付き合っていけたらって思っとるんや!』
チクタクマンは敢えて明るい声を出して皆を元気付けようとしている。
コナンはモニョモニョして視線を逸らした。
何なら服部本人より真人間だ。
黄衣や安室などの人外勢を知る身としては、ちょっとばかりコメントしづらい。
一応君永副総監の方も、真犯人は別にいるということでトーンダウンしたようだ。
殺気のこもった視線を振り撒いている。
降谷さんが咳払いして話をまとめた。
「ともかく、実行者はおそらくパシフィック・ブイに紛れ込んだピンガだ。これ以上面倒事を起こされる前にアイリッシュ共々捕縛する必要があるだろう」
「そうですね。牧野局長、構いませんか?」
「あ、ああ。今彼らはどこにいる?」
『一般執務室やで。怪しい新顔は今トイレ掃除しとるわ』
アイリッシュは本当に清掃員もしていたらしい。
ちょっと突っ込みたい気持ちになりながら、コナンは難しい顔をした。
まず、皆でピンガの方に向かうこととする。
魔術が使えるらしいピンガの方が、厄介度としては上だ。
執務室に入ると、休憩中なのかいく人かのプログラマが輪を作って談笑していた。
入ってきた牧野局長の姿を見て、プログラマの一人が手を振った。
「よーボス!さっきの謎すぎる館内放送何?誤爆過ぎてみんなで爆笑してんだけど」
「笑ってたのはお前だけだろうがエド。それより来週だろ、全世界の監視カメラ開通は例の進捗まだなのかよ」
「そっちは大丈夫。老若認証+でうまくドキュメントを纏められたから」
わいわいと仲睦まじい様子で、そこには組織の人間が紛れ込んでいる気配をまるで感じさせない。
その中の一人、コーヒーを飲む女性に牧野局長が声をかけた。
「グレース。すまないが、別室で話がしたい」
「え、それなら5分ほどいいでしょうか。やり残した仕事が少しだけあるので」
降谷が静かに目を細めたのが見えた。
5分の間で、PCに何か仕込むつもりかもしれない。
コナンにチラリと視線が向けられたので、それに応えて周囲に防壁の魔術を張り巡らせようとして。
その前に君永副総監が恐るべき早さ、そして精密さでもって防御を張った。
コナンがしようとしていたものと違い、個々人の体に薄く張り巡らせるような魔術・物理兼用の防御壁だ。
コナンがPCで打った文字をコピー機で印刷したのだとすれば。
彼女はそれ以上の速さと正確性、美しさでもって毛筆を使い作品を仕上げたに等しい。
恐るべき職人技だ。
あのグレースという女もピンガであるということは魔術を使うはずだが。
特に術式を見ても反応が無いようだ。
まさか見えてないのか?とコナンは訝しみつつ油断なく構えた。
安室が威圧的に話しかける。
「君には外部への情報流出と魔術使用の嫌疑がかけられている。我々と一緒に来てもらおうか」
「え、その、いったい何の話を……」
グレースとやらは困った様子でオロオロと助けを求めるように視線を周囲に這わせた。
友人らしきポニーテールの女性が前に出て、グレースを庇ったようだ。
「突然なんなんですか!?グレースが何をしたっていうんです!」
「彼女はこのパシフィック・ブイの機密情報を外部へと流出させた。また、プログラムを介して他人に危害を加える魔術を使用したこともわかっている」
「魔術って……いったい何の話を……」
明らかにポニーテールの女性は困惑したが、庇うのをやめる様子はない。
少なくとも、片方向には確かな友情が見受けられる。
そしてそれはやはり、片方向でしかなかったようだ。
背後から女性を羽交締めにして、グレースと呼ばれた女はせせら笑った。
「ぐ、グレース!?何を…!」
「おいおい、外部流出って、お前が言えることかバーボン?」
「意味のわからないことを抜かすなよ、犯罪者。大人しく直美・アルジェントを離せ」
「チッ、やっぱテメェは気に食わねーわ」
取り出したバタフライナイフを女性の首に当てて、グレース……組織幹部・ピンガは鼻を鳴らした。
「グレース…!?ねえ、貴方自分がいったい何をしてるか分かってる?」
「ハイハイ。俺が外へ逃げるまで大人しくしとけよ?人質は生きていてこそだからな。間違っておっ死んじまったら大事だ」
そしてもう片方の手でスマホをタップする。
同時にプログラムが作動して、何らかの魔術が───。
展開されない。
チクタクマンがむっつりとしながら宣言した。
『魔術式はあらかじめ解析して工藤に投げとる。阻止ぐらいお手のものってわけや』
「は……?」
己のスマホから響いた関西弁に、ピンガが間抜けな声を漏らした。
どうやらパシフィック・ブイの区画を一部爆破して、混乱に乗じて逃げようとしたらしい。
コナンがあらかじめ魔術式を装填して打ち消すように展開していなければ危なかったかもしれない。
チクタクマンは実行を止められない。
しかし作成した中身を自由に閲覧する権利を持つ。
それが故の裏技だ。
君永副総監が巌のような声でピンガの前にあった。
「テロ容疑で逮捕します。決して、その場から動かぬように」
魔術が発動する。
恐るべき複雑性と構築速度を兼ね備えた、人外の域に達した職人技だ。
それはあっという間にピンガを縛り上げ、行動を封じた。
ピンガが倒れ込み、それによって解放された女性プログラマが肩で息をしている。
「ちっくしょう!どうしてこんなホンモノがポンポン居るんだよ!」とピンガが喚いた。
ひとまずこれでピンガの方は一件落着だ。
あとはアイリッシュの捕縛が残っている。
降谷が踵を返そうとした、その瞬間である。
派手な轟音がパシフィック・ブイを揺らした。
同時にチクタクマンが悲鳴を上げた。
「いっだぁ!!!めちゃくちゃ痛いでホンマ!!!」と泣き言を言っている。
取り押さえられたままのピンガが目を見開いて「あの野郎!俺置いて逃げる気かよ!?」と叫んだ。
とすると、あの音はアイリッシュがパシフィック・ブイを爆破した音!
牧野局長が唇を戦慄かせて周囲を見渡した。
「どこで爆発したんだ!?」
『二階層上のトイレや!廊下まで広範囲が燃えとる!早よせんと下の人間が脱出できへんようになる!』
「何!?そ、総員退避を連絡しないと!!いや、スプリンクラーは作動していないのか!?」
『手動で栓を閉められとる…!この間の防火点検でやられたみたいやな』
コナンは「犯人の捕縛は僕がする!君永副総監は消火をお願い!」と叫んだ。
片方を捕まえたところで、もう片方が逃げ出すことは予想の範囲内。
今度こそ逃げられないためにコナンとてこれまで準備を進めてきたのだ。
黄衣が、ふと視線を動かすような気軽さで遠隔で魔術を発動していたのは何度も見てきた。
星一つ丸々織りなすような神域の絶技を、幾度も幾度も。
おそらく全能に限りなく近い秘奥を、コナンは見てきたのだ。
同時に、その構成はよく整備されていて、コナンの使うブレスレットにもよく似ていた。
君永が同時に魔術発動の体勢に入る。
コナンもあらかじめ編み上げてあった、犯人捕縛の魔術を発動する。
まず居場所の把握。
このパシフィック・ブイ全域をサーチして、一つ一つチェックしていく。
次に捕捉した人物を魔術的データに落とし込んで、標的として設定。
最後に、無力化と捕縛の魔術を空間を超えて発動するのだ。
一つずつの工程を丁寧にこなしていく。
コナンはこれまで単純な魔術の放出ばかりだったから、ここまで精密性が要求される魔術は初めてかもしれない。
つくづく、あの魔術の神がいかに埒外かを思い知った心地であった。
発動した魔術が、確かにアイリッシュを捉えた手応えを返した。
これで心配はいらないだろう。
同時に、隣を見ると君永副総監はすでに魔術を発動し終えていたらしい。
ピンガに手錠をはめている後ろ姿が確認できた。
事前に準備していたわけでもあるまいに、凄まじい発動速度だ。
コナンはブレスレットによってとんでもなく下駄を履かせてもらっているというのに。
さらにその上を行くとは。
何故か残念そうな声色のチクタクマンが「なんや、なんで自分らみんなワイに何とかせいって命令せんのや。気合い入れとったのに」とブツブツ文句を言っている。
自分が活躍したかったらしい。
コナンがアイリッシュの捕捉場所をみんなに伝えようとして。
その時、2度目の爆発がパシフィック・ブイを揺らした。
チクタクマンが大慌てで叫んだ。
『あ、あかん!区画の壁が壊れて水が入ってきおった!う、海の底に沈んでまう!!!』
・アイリッシュ
逃走のために時間差で爆弾を十個ほど仕込んでいた。
やるべきは消火ではなく爆弾探知と解体であった。
魔術による爆発を防がれると踏んでせっせと準備してた。
あと、「この軍事施設セキュリティガバガバか?」と訝しんでた。
・ピンガ
知らん関西弁が会話に紛れ込んでて謎of謎。
それが老若認証だとは気付いていないようだ。
・チクタクマン
魔術超上手いマン。
独自の魔術言語により、素早く魔術をAIコーディングで提供できる。
「チクタクマン!火を消して!」ぐらいの命令でいい。
チクタクマンはやる気を出して『任しときぃや!』と言ってくれる。
なお、爆破でめちゃくちゃ焦っている。
『死ぬーーー!!!死んでまう!!!』
『わ、ワイは水浸しになったぐらいで死んだりせえへんけど、中の人間が皆死んでまう!!』
・その頃の旧支配者ハスター
あまりに心配でずっとニャルにウザ絡みしている。
「ああ、大丈夫かなコナン君…なあなあニャル!ニャルってば!」
「話、無限ループしてますよ」
「だって!心配で!!!」
「そんなに心配なら覗けばいいじゃないですか」
「見たら手助けしたくなる…勝手に手を出したら嫌われる……」
「羽虫まじウザ。絶滅させよ」
・みんなの魔術事情(手芸編)
→公安信者さん&兄弟団本部党主
純粋な職人。手作業で緻密かつ素早く魔術を織り上げる伝統的プロの技。
→コナン君
才能ある電子ミシン使用者。工夫して皆があっと驚く作品を作るようだ。
→降谷さん
今二枚の布を縫い合わせたところ。家庭科。
そろそろミシンが欲しいと喚きたくなってきた。
→ピンガ
オーダーメイドで作ってもらってた。
要望を職人に図解で伝えるのが上手い。