無事、星の智慧派の皆は帰国していったようだ。
俺の講習会は大好評で、早くも「どうか第二回を開催してほしい!」という要望が殺到しているらしい。
俺も鼻高々である。
意外と俺も魔術講師の才能があったのかもしれない。
大昔に人間に教えたら「何を言ってるんだお前は」みたいな顔で見られて、傷付いてそれからは教える側に回ったことはあまりなかったけど。
まあそれはともかく。
今日はレンタカーを借りて、静岡まで皆で出張だ。
助手席の降谷さんが、本を睨みつけながら唸っている。
俺が増刷した古代ハイパーボリアの新人用魔術指南本だ。
「どうだ、降谷さんわかるか?」
「残念だがさっぱりだ。日本語もおぼつかないのに時候の挨拶の作法を教えられてる気分だ」
「だめかー」
その心は、まず基礎を押さえないことには意味不明、と。
降谷さんはパタンと指南本を閉じて、苛立たしげにため息をついた。
古代ハイパーボリアの出版であるため、オール現代日本語だから学習における壁は極めて低いはずなのだが。
やはり現場指南本はまだ難しかったらしい。
ブスッと臍を曲げた様子で降谷さんは腕を組んだ。
「遅々として進まない僕の一方、コナン君の魔術補助機能はどんどん万全になっていく。ズルくないか?」
「あはは……服部はほら、四者間契約成立までの間だけだし」
コナン君のフォローの甲斐もなく、降谷さんはますます臍を曲げて不機嫌になっていく。
自分の力で魔術を使いたい。でも結果はすぐ上げたい。
そんな我儘なジレンマがこちらにまで伝わってくる。
ニヤニヤとチクタクマンがコナン君のスマホから声を出した。
『なんや同胞、ワイのことラブなんか?力を貸してやってもええで?ん?』
「こんなちゃらんぽらんな化身が僕より魔術上手なのが納得いかない」
『なんやてコラ!出るとこ出たろか!?』
「言ってやるなよ。ちゃらんぽらんさも魔術上手さも本体ニャルが一番上なんだから、むしろ比例してるのが正だよ」
俺のフォローに一瞬納得したらしい。
降谷さんは深く頷いたあと、やっぱり正気に戻って眉間に深い谷間を刻んだ。
「魔術とは…ちゃらんぽらんとは…」と哲学に思いを馳せ始めた。
俺も魔術上手いだろ。
つまりそう言うことだよ。
チクタクマンが「ワイなんか悪いことしたんか…なぁ工藤?」としょぼくれている。
コナン君が「ラーニング元がな」とだけ答えた。
そんな、服部君は真人間さはこの中のメンバーの誰よりも上なのに。
なお、そんな会話の間中ずっと、犬用キャリーケースに入っている星の精(チワワの姿)はキュウキュウと鳴いて出してもらいたがっている。
コナン君が星のチワワを出して撫でてやると、星のチワワは激しく尻尾を振って喜んだ。
チクタクマンが「やっぱ見るたびびっくりするわ…エラいもんペットにしとんな工藤…」とドン引きした声を出した。
そりゃガチガチの星の精だしな。
誰にも構われず放って置かれた降谷さんがどんどん拗ねていく。
こういうとこニャルにクリソツなんだよな、降谷さん。
見かねた諸伏さんが、話を元に戻そうとした。
『なあゼロ、今回キュラソーが事前調査したんだろ、俺らがいく必要がある案件ってことか?』
「……ああ。魔術式は見つけられなかったが、近隣の家や畑で目撃証言が相次いでいる」
なんでも、静岡の山奥に「鵺」が出たらしい。
場所は埋蔵金伝説のある宿里村周辺だ。
行方不明者も何人か出ているらしく、騒ぎになっているようだ。
降谷さんが少し眉を顰めた。
「たしか君の見立てでは『次元を彷徨うもの』とかいう怪異の仕業だと言っていたな」
「ああ。別名『空鬼』。非常に発達した空間転移能力があるから、通常ひとところに滞在したりしないんだけど」
空鬼は、次元を行き来しながらいろんな生き物を狩って食う、賢い肉食動物だ。
もちろん人間も食う。
行方不明者が生きている確率は低いだろう。
魔術の痕跡がないため、地球に来たのも偶然なはずだ。
地球に留まっている理由は謎。
今のところ被害は出ていないそうだし。
ちょっとだけ賢いため、念話で話しかければカタコトで応じると思われる。
それを利用して理由を聞いてみるのも一興か。
しばらく車で山道を進んで、到着。
待ち合わせに指定されたのは、山の中の古びたホテルである。
村長がいるというホテルの前には複数台の車が停まっている。
『意外に人気なホテルなのか?』
「いや。単に村おこしで埋蔵金伝説を深掘りしているらしい」
そりゃこんな立地だと下手すりゃ近いうちに消滅する可能性だってある村だ。
村おこしは彼らの死活問題だろう。
などと、東都の一等地区住まい、長野の豪邸にも住みつつ本宅は黒きハリ湖の俺は高みの見物をするなど。
車を降りると、とことこと犬が一匹やってきて俺たちをお出迎えしてくれた。
もさもさの老犬だ。
犬種はわからないが、まったりしていて非常に愛嬌がある。
下ろしたキャリーケースの中の星のチワワを、老犬は挨拶するように鼻で嗅いだ。
星のチワワは老犬を美味しそうだと思ったらしい。
「ギャンギャンギャンッッ!!」と出せの合図をした。
食いもんじゃありません!!!
騒ぎが中まで伝わったのか、村長さんらしき人物が慌てて外に出てくる。
「ああ、貴方たちが例の怪異調査の方ですね!お待ちしておりました!こんな田舎までお越しくださりありがとうございます!」
「いえいえ。それでは、状況を改めて伺っても構いませんでしょうか」
俺が代表者として挨拶すると、小太りの村長さんはペコペコと頭を下げた。
中に案内されると、そこは意外と綺麗に掃除されているようだった。
上から来客の様子を伺って幾人か人が降りてくる。
それは服部君と和葉ちゃんであった。
服部君は目を見開いて声を上げた。
「お、おい!?どういうことや!なんで黄衣サンがいるんや!?」
「なんや平次、そないに驚いて。おんなじ探偵やし、この事件調べとるんやないの?」
「アホ吐かせ!黄衣サンは今は怪異案件扱っとるんやぞ!」
「ちょ、ちょっと平次!?」
ドドドド、と勢いよく階段から降りて来て、俺に「どうなんや!?ここは危険か!?」と問い詰めてくる。
俺は沈鬱に頷いて、まっすぐに平次君を見た。
「やや危険。次元移動する人喰い熊がうろついてる感じ」
「帰るわ」
「でも次元移動するし、アレが見てたらどんな遠くに逃げても隣にいるのと変わらないかも」
「今日はここに泊まるで和葉。黄衣サンと同室や」
服部君は素早い決断力を見せ、和葉ちゃんはただただ困惑しているようだ。
村長さんが「こ、このあたりで熊被害が出たんですか!?」と慌てている。
いや、それはそれで大事件だがちょっと違うというか。
一括りにすれば間違ってないとも言うか。
今まで黙ったままだったチクタクマンが、やや感動を滲ませながら言葉を漏らした。
『ワイ、運命の出会いを感じるやで。この気持ち……パパン……?』
「ん?なんやこのエセ関西弁は」
服部君にバッサリと切り落とされ、チクタクマンは激しく傷ついたようだ。
『え、エセ……?』
「工藤お前誰かと通話しとんのか?そうや。『感じるやで』って、なんやそれ。『やで』ってつければ何でも関西弁になるわけないやろ」
『そうなん!?』
多分それは俺の関西弁解像度が低かったが故のことだから、チクタクマンは悪くないのだが。
まあ今更言っても仕方ないか。
降谷さんもやや真顔で「確かに妙にネットインチキ関西弁臭いとは思っていたが…」と呟いている
どんどんチクタクマンは傷付いて、スマホはうんともすんとも言わなくなってしまった。
コナン君は流石に哀れに思ったのか、「服部?大丈夫、俺らそんなの気にしてないって!」とトンチンカンな方向に元気づけている。
もはやあまりに傷付いたのか返事もない。
服部君(真)がやや眉を上げてコナン君のスマホを見た。
「なんや工藤、そいつも服部言うんか」
「ッ!!あ、ああ。最近知り合ったやつなんだ」
「………ほんなら、同じ服部のよしみや。正しい関西弁っちゅうんを教えてやらんでもないわ」
『…ホンマか?』
いじけた様子のチクタクマンが蚊の鳴くような声を出す。
「勿論男に二言はない。俺が一人前の大阪の漢にしたるわ」
『パパン……!』
「いやパパはちゃうやろ。いつ俺が産んどんねん」
『どっちにしろパパンは産まんやろがい』
HAHAHA!と二人が笑い合っている。
諸伏さんが「新たな相方を見つけた感じあるな」と納得したようだ。
エラいことになってきおった。
コナン君は真面目な顔で「俺はどっちを服部って呼ぼう…」と悩んでいるようだ。
困り果てた村長さんが俺たちに声をかけてくる。
「あの、こちらで座って話でもしませんか」
「お、おう。ひとまず行こうかみんな……って、あれ!?」
俺が身の回りの荷物を持ち直そうとしたら、床に置いた星のチワワを入れた犬ゲージが開け放たれ、中が空っぽになっているではないか!
どうやら頑張って中から開けたらしい。
コナン君がびっくりして辺りを見回す。
「え、星の精逃げたの!?嘘!?一体どこに!?」
「外を確認しよう!逸れたら大惨事だ!」
慌てて外に出れば、星のチワワはすぐに見つかった。
どうやら老犬と一緒にいたらしい。
「キュウン……」
「アウ」
そして星のチワワは、老犬にしっかり教育を受けていた。
おそらく星の精の元の姿のつもりで老犬に飛びついて噛みついたのだろう。
そして老犬にガブっと噛まれ、怒られている、と。
もう老犬は怒っていないようで、ペロリと星のチワワを舐めている。
星のチワワはショックで震えている
コナン君の姿を見つけ、「ヒィーーーーン、ヒィーーーーーーン」と泣いて縋ってぺしょぺしょに耳を下げた。
こんな見た目だが犬よりずっと賢いし、今後はケージには気を配らないといけないな。
ううむ、と今後の連れ回しに悩みつつ。
和葉ちゃんは「へぇ、チワワとか飼い始めたんやね」と星のチワワを覗き込むなどしていたのだった。
・空鬼、次元を彷徨うもの
野生の人食いグマぐらいのもの。
子育て中で、そのために地球に滞在している。
鵺の目撃証言のもと。
・ハスター
別に怒ってない。
人喰いグマの事件が起きても、痛ましさは感じても怒り憎しみはしないのと似たようなもの。
ただ駆除はする。
・空鬼の子供
別名、老犬。
16年前に死んだ飼い主をずっとずっと待っている。
空鬼に自分の子だと誤解されている。
老犬は新しい友達ができたぐらいの気持ち。
・殺人犯(予定)
全然別件で鵺の噂を聞いて、死んだ夫の飼っていた老犬を使って殺人を計画してる。
本当に鵺がいるとは思ってもいない。