村長さんから話を聞いて、話をまとめると。
空鬼はこれまで四人の人間を攫っていたようだ。
事件は2ヶ月前から起きているとのこと。
村の人間が突然行方不明になったとか、見慣れぬ巨大な獣が彷徨いているのを見たと言う人がいるとか。
最初は熊の見間違いかと思われて、猟友会を呼んだらしい。
しかし、それらしい姿は見当たらず。
今に至るのだと言う。
猟友会の巡回中に空鬼と遭遇しなかったのは幸運だった。
いくら銃を持っていても、出会い頭に爪の一撃を喰らったら、人間はそのまま死にかねない。
加えて、皮が分厚いので撃っても一撃では仕留められない可能性も高い。
とはいえ意外と足が遅いから、人間でも頑張れば逃げられるとは思う。
うちの星の精が順調に大人になれば、空鬼よりは強いのは間違いない。
むむむ、と俺が悩んでいると、同席した和葉ちゃんが「ひぇ……!」と視界の端で震えているのが見えた。
会うたびに思うのだが、結構怖がりな子らしい。
和葉ちゃんが服部君の手を取って引っ張った。
「平次!平次!アタシら帰ったほうがいいんとちゃう!?」
「あかん。せやろ、黄衣さん」
俺は「まぁ……」と頷いて眉を下げた。
「空鬼は狒々みたいな真っ黒な生き物で、クマより大きい肉食動物だ。空間転移能力があるから、被害を出す前に駆除するしかないだろうな」
「で、でも行方不明になったんはこのあたりの人ばっかなんやろ?みんなで避難すれば…」
「正直、空間転移の力を持つ空鬼がここの人ばかり襲うのは謎なんだよな」
人間で言うなら、机の左端からばかり料理を取ってるみたいなもんだ。
右にも手を伸ばせばすぐに届くのに、そうする必然性がない。
降谷さんが厳しい顔つきで俺を見る。
「現在の空鬼の居場所はわかるか?」
「今は次元の狭間にいるみたいだ。でももうそろそろ出てくると思う」
「何ッ、その場所は!?」
「この別荘の外あたり」
俺の言葉に、皆に戦慄が走った。
俺は立ち上がって「ここの客には家から出ないように言っといてくれ」と村長さんに声をかける。
村長さんが皆に注意を促すため、慌てて上に駆け上がっていく。
俺はコナン君、降谷さん、諸伏さんをともなって外へと向かう。
服部君が「頼んだ、黄衣さん」と真面目な顔で俺へと声をかける。
その背に庇うように、すっかり怯え切った和葉ちゃんの姿がある。
何かあったら守る、という明確な意思がそこにはあった。
いいカップルだ。
チクタクマンが小声で「なんやえらい別嬪の姉ちゃんやで…ワイ、胸が苦しゅうて…な、名前確か和葉言うたよな?」とコナン君に話しかけている。
どんな姿になっても君を愛すの概念やん。
コナン君が「和葉ちゃんは先約済みだ。諦めろ」とコソコソ囁く。
チクタクマンは「何ィ!?どんな男や!?」と激しくいきりたっている。
この場面見たら明白やろがい。
諸伏さんが難しい顔をして咳払いをした。
すまん。
『どうするつもりだ?仕留めようとしてもまた空間転移されたら取り逃す可能性がある』
「問題ないよ、あの程度の低次元な転移、封鎖するぐらいわけないからな」
くるくるっと人差し指で円を描けば、チクタクマンが『流石ハスター様やで!!』とヨイショしてくれた。
降谷さん以外のニャル化身は、みんな隙あらば俺をヨイショしてくるので良くないんだよな。
俺が無限に調子に乗ってしまう。
玄関から外に出れば、老犬がまったりと木陰で伏せているのが見えた。
俺たちの姿を見て尻尾だけパサパサと振っている。
犬の避難は……まあいいか。
無理やり移動させたら可哀想だし、別に空鬼程度攻撃に移る前に処せる。
ちなみに、星のチワワは一人にすると泣くのでコナン君が抱いている。
先ほど老犬に怒られたことを根に持っているらしい。
星のチワワは老犬を見るなり、コナン君の腕の間に顔を突っ込んで隠れようとした。
俺は秒数をカウントして、皆に注意を促した。
「あと30秒ってとこか。各員戦闘準備」
『よしよし、了解』
「問題なし。任せてくれ」
『別にハスター様一人に任せとけばワイらは何もせえへんくてええやろ』
雰囲気を台無しにした罪で、チクタクマンはコナン君にスマホ体をぺち、と叩かれた。
『なんでやワイ何も間違うてへんかったやろ!?と言うか犬、犬保護せなあかんと!』
「そこまで、来るぞー」
目の前で、チカチカと光のようなものが明滅する。
そしてずるりと、その姿が定まる。
巨大な、真っ黒い皺だらけの皮膚にまばらな毛が生えている。
爪は鋭利で、ナタのように大きい。
四つ足に見えるが、どこか人型にも似てガリガリに痩せ細っていた。
空鬼、あるいは次元を彷徨うものの出現である。
俺は素早く次元封鎖した。
同時に建物に結界を張って、間違って宿泊客が出てこないようにしておく。
怖いものが出たと思った星のチワワがコナン君の腕の中で振動している。
お前も十分すぎるほど怖い生き物やで。
空鬼はまず、目の前の犬の前に立ち。
目の前に人間の死体を放り投げた。
「………ッ!!」とコナン君が息を呑む。
死体は半ばまで食われており、見るも無惨な状態であった。
顔もほぼ剥がれていて、あれでは人物の特定は服装とDNAに頼らざるをえないだろう。
コナン君が思わずと言った様子で俺を見たので、手で制す。
空鬼が襲うなら、犬に傷がつくより先に処分できる。
今はこの奇行を見守ろう。
【─────、────!!】
「ワウ」
空鬼が吠えるのに合わせて、老犬はもごもごと文句ありげに口を動かした。
犬は死体を嗅いで、そして「ヒィン」と悲しげに鳴いた。
空鬼はちっとも「餌」を食べないその姿を見て、人間の死体を削り取って、老犬の口に擦り付けた。
老犬はプイとそっぽを向いた。
それから再び「アゥ…」と悲しげな声を出した。
流石にこの行動は謎だったようで、諸伏さんも「なにを…やってるんだ?」と困惑をあらわにした。
確かに妙だ。
俺が前に進み出ると、空鬼はそこでようやく俺たちの姿を視認したらしい。
どうも随分と耳が遠いし、弱っているように見える。
ガリガリだし、もしかしたらあまり餌を食べていないのかもしれない。
威嚇する空鬼に、俺は念話で話しかけた。
『そいつは何だ?』
【!?───!!】
『へぇ、子供か。その手に持っているのは何だ?』
【………───】
『飯か。食った後のゴミはどうしたんだ?』
【??…───】
なるほど。犠牲者の骨は空鬼が食ったらしい。
肉の方は食事を全然しようとしない「子供」の方にやっていたとのこと。
この辺に残飯が落ちてないか、警察を呼んで捜査する必要がありそうだ
つまりこの空鬼は老犬を自分の子供だと思っている。
ガリガリになるまで拒食の子供に餌を与え続けていた、というわけらしい。
なんでこんな妙な思い違いをしているのか。
犬の方はきちんと肉付きがいいし、普通に人間から餌をもらっていたはずだ。
本物の子供は死んだか何かしたのだろうが、偶然「似ている代わり」を見つけてしまったが故の奇行だろうか。
まあ、可哀想だがちゃちゃっと駆除しておくとしよう。
空鬼は間々現れる神話生物だし、今後のために皮だけ剥いで公安に見本として保管してもらう。
俺が魔術を組み立て終えた、その時。
突然、犬が激しく吠えて森の中に向かって走り出した。
同時に犬を追って慌てて空鬼がヨタヨタと走り出した。
その先には、宿泊客と思しき男性がいる。
手にメッセージカードのようなものを持っていて、犬の吠え声でようやくこちらに気づいたろうだ。
空鬼の姿に驚き腰を抜かした。
【────ッ!!!】
犬に危害を加えるつもりだと誤解した空鬼が不協和音のような咆哮を上げる。
降谷さんが風の刃を射出するより前。
コンマ秒にすら満たぬ間に、俺は装填していた魔術を発動した。
何か重いものがドシンと落ちるような音がした。
皮を残して、鉤爪を振り上げた空鬼は中身をごっそり消失していた。
ドシンという音の正体は、木に叩きつけられた空鬼の中身だ。
皮を剥ぐのは面倒だったためこうさせてもらったが、死は一瞬だ。
特に苦しむことなく死ねたことだろう。
何故か森にいた宿泊客はしめやかに気絶していた。
まあ空鬼を直視してしまったしな。
SAN値がガクッと減っただけだし、コラテラルダメージということにしておこう。
犬はしばらく空鬼の皮の周りをウロウロした。
それからキュウキュウと鳴いて、毛皮だけになった空鬼を鼻でつついた。
キュウキュウ。
キュウキュウ。
ヒイヒィ。
ヒィーーーー。
犬がどこまでわかっていたかは定かではない。
少なくとも、呼び出した公安刑事がこの皮を回収するまで。
老犬はずっと、空鬼の亡骸に寄り添って鳴いていたのだった。
・コナン君
後から空鬼の話を聞いて少ししんみりしたのに「ともあれ今後のために皮剥いどいた」のためにあのむごい殺し方する黄衣にサイコパスみを覚えている。
「黄衣さんってさ、やっぱやばくね?」
『まぁ言うて旧支配者やしな。ワイの本体より全然話通じる優しい人やで』
「それはそうかも」
・殺人鬼
仕込みが不発で殺陣計画中止を余儀なくされた。
2階の自室から空鬼に「殺せーッ!殺せぇぇええ!」って念を送ってた。
実は犬が走り出したのはこの人の仕込みで、音に反応して森の中にある立て看板に犬を誘導する芸を覚えさせていたから。
というか犬使って全然別のトリックするつもりだったのに意味不明なことになったやんけ!!!
しかもアイツ死んでないし。クソ。
十六年前に夫を見殺した奴らはまた別途殺しに行くからな……。
・被害者の宿泊客
後にきちんと殺し直される。
コナンワールドの犯人の執念深さを舐めてはいけない。
・老犬
怪異案件ということで公安が引き取った。
老犬は納得しておらず、隙あらば脱走しようとしている。
まだ主人が帰ってきてないのに。急に動かなくなった友達も心配だし。
あの場所に帰りたい。
・空鬼
この辺で死んだ子供を探すために留まってた。
犬が実の子ではないとわかってたような、分かってないような。
でも取った餌は全部老犬にやっていた。
そうしてゴミクズのように裂かれた四人の遺体が、森の中に散らばっている。