今日は皮膚の兄弟団の来日の日だ。
万が一が無いように公安で監視体制を整えていて、ルートから人員まで細かく決められている。
また、兄弟団員は一緒に纏まるよう指示されて、単独行動は原則禁止。
その代わり有事のために降谷さんが直接同行する、ということで話はまとまっているらしい。
星の智慧派と違い、皮膚の兄弟団はガチガチの宗教組織だ。
カルコサ新党の件もあり、公安も無視はできないのだろう。
俺は事務所でまったりしながら、ぼんやりと窓の外を見つめた。
「大丈夫かな……降谷さん」
「あの羽虫ども相手なら大丈夫に決まってますよ。空気みたいな羽虫ですし、僕の化身の敵ではありません」
「うーん」
ニャルの気のない返事に、俺はむむむと唸り声をあげた。
事務所の中で堂々と寛いでいるニャルだが、これも公安と相談して決めたことだ。
皮膚の兄弟団がフィーバーして、「ニャルラトホテプの召喚」とかを実行しても止められるように、ニャルの方を見張ることになったのだ。
彼らは今までそういう迷惑行為は一切してこなかったが、何事も絶対ではない。
突然不躾に呼び出されて、遊び心を出したニャルが暴れては東都が灰燼に帰すことになる。
見張るのは悪い選択肢ではないだろう。
特に俺と一緒にいる時のニャルは極めて機嫌が良いし。
ニャルは瞬時に作り出した椅子を俺の隣に並べ、俺の肩に頭を預けて手を絡めた。
「2人っきり……ですね……♡」
「いやバリバリコナン君おるやんけ。あと星の精」
「羽虫なんて誤差ですよ。というかあの星の精、なんか一回り大きくなりました?」
「太っただけだよ。屋敷にいた時ガリガリだったから」
可哀想に、ストレスで食事が喉を通らず痩せ細っていたからな。
この事務所に来てからはすくすくと食っちゃ寝を繰り返し。
現在ではちょっと肥満体型だ。
そろそろ運動させた方がいいだろう。
ボールに魔術をかけて追いかけっこゲームでもさせるか?
なお、当の星の精はコナン君の腕の中でひたすらバイブレーションしている。
恐怖の大魔王がやってきて全てが終わりらしい。
あらゆる体液を垂れ流して、抱っこするコナン君がぐしょぐしょになっている。
2人ともあとで風呂やな。
ニャルはクスクスと笑って、俺の肩に頬を擦り付けた。
仕草が可愛いんだよなぁ。
俺の方もやや恥ずかしくなって、俯きがちに体温を感じる。
「そう言えば、僕たちそろそろ新婚旅行をしませんか?昨日面白い話を聞いたので、ついそんな気持ちになってしまいまして」
「何かあったのか?」
「昼間、羽虫が三人ほど僕たちの愛の巣に勝手に入ってきたんですよ」
「!?!?」
開幕とんでもない事を言われ、俺はざっと顔を青ざめさせた。
俺は夜にしかいないし、こんなド田舎に誰もこないだろうと魔術的防護をかけなかった。
しかし、豪邸だから金銭目的の強盗ぐらいあるということか。
この世界の治安の悪さを舐めていた。
そう言えば田舎の一人暮らしが狙われるとTVでもやっていた。
トクリュウの類かもしれない、と戦慄する。
「それで強盗の方……じゃない、ニャルは大丈夫だったのか?」
「ええ。田舎の方ですから、野生の羽虫も家に入って来がちなのかも知れませんね」
さらりと言った後、ニャルはもじもじして恥ずかしそうにした。
「それで、デリバリーおもちゃとは気が利くな、と思って全匹瓶詰めにしたんです」
「降谷さん構文じゃん」
「あれは僕の化身ですから僕がオリジナルです」
「それはそう」
俺の同意に満足したのか、ニャルは俺の手を握りしめて頬を染めた。
「羽虫は良い声で鳴いてたんですけど、どうもその一匹が無料バス旅行で高額商品を買わされ、借金を返すために闇バイトに参加したとかなんとか言ってて」
「役満か?誰か消費者センターを教えてやれよ」
「それを聞いてやっぱり旅行っていいなぁ、と僕も思い直したんです」
そうして新婚旅行に行き着いた、と。
どうしてその結論に至ったのか、これがわからない。
その哀れな強盗達は苦しまず死ねる事を祈るしかない。
ニャルが瓶に空気穴を開けるのを忘れて死亡、が一番幸せだろう。
もし次にニャルが見た時に瓶の中で生きていたら、世にも恐ろしい事をされるに違いないからだ。
コナン君はひたすら星の精を宥める作業に従事しているようだ。
こちらに無関心を貫いている。
とはいえ、新婚旅行自体はそんなに悪い選択ではない。
気合を入れて、地球を離れて思い出の星々を巡る旅とかいいかもしれない。
どうやら仕事を終えたらしい降谷さんが戻って来たようだ。
事務所の扉を開けて勢いよく中に入り、ニャルの姿を見て「ギャッ!!」と悲鳴をあげる。
分かってたことだろうに、実際に怖いかどうかは別の話らしい。
なお、恐怖の大魔王が2人に増えて、星の精は触手を全部しおしおにした。
「お、降谷さん帰ってきたんだ、どうだった?」
「一日目は無事終了。ホテルに全員閉じ込めて後を任せてきた。疲れたよ、全く」
特大のため息をついてから、眉間に皺を寄せた。
どうやらかなり気疲れしたらしい。
降谷さんはネクタイを緩めて顰めっ面をしている。
「ただの見張りの僕に対して、みんな一礼して遠巻きに見てくるし、周囲で深呼吸とかするし。息荒いし。僕の姿を描いた手描きイラストとか交換してるし」
「若干キモいけど礼儀正しいじゃないか」
本当は握手したいしチェキ撮りたいし話しかけたいはずだ。
なんなら五体投地して神を讃える儀式とか開きたいし、泣いて叫んでイアイアしたいはずだ。
そうはせず、推しグループの新メンバーと同じ空気を吸うにとどめている。
これ以上なく弁えた信者だと言っていい。
降谷さんは憮然としてソファに座り込み、口をへの字に曲げた。
「空港に現れた時から変で、お揃いのパーカーの背中に燃える三眼、正面は化身のイラストがデカデカと描いてあるんだ」
「日本の伝統的ヲタ活だろ」
「パーカーのフード部分は顔が印刷されてて、みんな顔全部覆うように引っ張って被って、化身になりきって話すんだ」
「気合の入った日本の伝統的ヲタ活だろ。日本の一側面として丸ごと愛してやれよ」
「僕の日本はこんなキモくない……」
アイドルはトイレ行かないみたいな事を言い出した降谷さんを、俺は生暖かい目で見た。
俺が化身と話し出したことが不服なのか、ニャルが全身を膨らませて臍を曲げている。
そろそろ膨れるという動作の正しいやり方を教えてやるべきか。
ともかく、ひとまず初日は終わったし俺たちも家に帰るとしよう。
なんとなしに、膨れたニャルに肩を組んでダル絡みする。
ニャルは瞬時にしぼみ、俺の首に手を回して嬉しそうに俺を見上げた。
不意に訪れたキスシーンに、思わず胸が高鳴る。
俺はチキンなので、恥ずかしくてとても口にはできない。
そっと頬にキスを落として、それで満足する。
ニャルが俺の行為に「???」と疑問符を浮かべている。
しかし少女漫画ゼミを終えたニャルはすぐにそれが何を示すか思い当たったらしい。
ボッと顔を赤くして。
瞬間、素早く俺の首を捻り切った。
「ギャッ!?!?」
「わ、我が夫!!!不意打ちは困ります!!!あっ、頭、頭早く乗せて!それでもう一回!」
「そんな空気じゃないよ!?」
俺は慌ててニャルから首を取り返して、頑張ってデュラハン状態に戻した。
そして膜を再生して頭を繋げていく。
まだちょっとグラグラするから中の触手をいい感じに移動させねば。
コナン君が無の表情で星の精をひたすら撫で続けている。
すまんな、冒涜的ラブコメを展開してしもうて…。
そして反応のない降谷さんは、同じく顔を真っ赤に染めて恍惚として俺を見ていた。
「黄衣君……うん……本体にもう一回さっきのやってくれないか……?」
「洗脳されてる!!!ニャル!!責任取れよ!」
「ねえ我が夫、ほら、今度は口付けで行きましょう?ねぇ、我が夫!我が夫!!」
場が混沌としてきた。
ニャルとニャル化身が2人して頬を染めて口々にキスするよう言い募っている。
なんなのだこれは!一体どうすればいいのだ!
真に賢いものはやはり危きには近寄らない。
半日ずっと気配を消していたチクタクマンは、小声でコナン君にアドバイスをしていた。
『工藤、喋ったらあかん。気をしっかり持ちぃや。空気のように背景に馴染んだまま他の事を考えるんや』
「ああ。……オメーはすげぇよ、服部」
『ええんやで。ともかく三日、乗り切るんや』
なんとなく納得できない気持ちで、俺は羞恥からニャルにそっぽを向いた。
ニャルが回り込んで俺の頬をがっちりホールドする。
また首が取れそうな強さだ。
おお神よ。寝ているのですか。
そんなわけで、本日は無事過ぎていったのだった。
・ニャルラトホテプ
ずっとハスターと一緒で全体的に機嫌が良い。
自分の作ったゲームでハスターが致命傷を負ったので、かなりショックでしばらく何も手がつかなかった。
国民が死ぬのがダメな人用のセーフモードを作成中。
今度は夫も喜んでくれるといいな!
・皮膚の兄弟団
行儀はいいが、かなり盛り上がっていた。
ホテルでは意見交換会という名のヲタ交流会を開いている。
ニュー化身降谷にメロついたり化身達の自作のイラスト公開し合ったりしている。
推し降臨の地を自らの足で行脚し、写真を鬼ほど撮った。
聖地巡礼(真)。
実はヅカファン並みに細かいルールが沢山あり、破ると処される。
SAN値は無いかもしれないが礼儀はある。
・チクタクマン
常識人。
ワイのママン、ごっつ怖いな……。
地味にニャルとの繋がりが薄いので、感情の流入は無視できるレベル。