「一週間ください。我々が総力を挙げて解決します」
あの後、情報を整理した俺たちが助けを求めた相手は、ナイ神父であった。
俺がコピーした術式を手渡して、解析の手掛かりが掴めないかと調査してもらっているのだ。
俺も読解しようとはしたのだが。
何故か根性が無くなってて、術式を読み込もうとするとやる気みたいなものが急激に無くなっていく症状に見舞われたからな。
ちっとも解読が進まなくて困っていたのだ。
仕方ないのでチクタクマンにちまちま解析を続けてもらいつつ、ナイ神父にレスキューに来てもらったと言うわけだ。
ナイ神父は一眼で俺たちの惨状を理解したらしい。
絶望の表情で立ち尽くした。
そんな神父の様子を申し訳なく状況を説明して。
ナイ神父は苦悶の表情で長く沈黙した後。
冒頭のセリフを発言したのであった。
「ふむ。とすると、ナイ神父の方から化身達に連絡をとってくれる感じか?」
「はい。魔術に詳しいものを呼んで、術式を解析いたします。チクタクマンはまだ若く、有機的な魔術解析に慣れていないでしょう」
神父が冷や汗を流しながら「急ぎます」と断言した。
そんなあかんかったんか、と俺は困惑した。
俺もニャルニャルしているとはいえ、人格が変わったわけではない。
暴発するにしてもまだ時間があるだろうに。
俺が訝しんでいると、後ろで椅子に座る降谷さんが恐々と俺を見ていた。
「つまりだ。黄衣君は本体よりずっと根が几帳面だ。化身の管理はしっかりするし、人類の管理も同様だろう」
『!!しかも、邪悪な感性でそれをやろうとするわけか!』
「ボロクソ言うな二人とも。俺になんか恨みでもある?」
恨めしげに言ってみるものの、たしかに思い当たる節があった。
緊急事態ゆえに今までそれどころではなかったが、落ち着いて内部を見返すと化身の紐がとっ散らかりすぎてかなり不愉快だ。
俺が普段化身をなるべく作らないタイプだから、余計にそう思うのだろう。
特に俺の状態に言及することなく、ナイ神父は視線を逸らして口を開いた。
「ひとまず術式は受領いたしました。読解完了まで今しばらくお待ちください」
「ああ、頼んだよナイ神父。わざわざ来てもらって悪かったな」
わざわざ遠くから来てくれたナイ神父に、俺は頭を下げた。
神父は怯えて、「いえ、私如きが御身の力になれるのであれば」と言ってから、そそくさと退散していった。
一刻も早く出て行きたいと言う気配が丸見えの動きであった。
なんでそんな爆弾を相手にするみたいな反応をするんや。
ニャルはほえー、と言う顔をしたまま俺に腕を絡めて言った。
「その辺にほうっておいた化身も役に立つことがあるんですね」
「ニャルお前、前から思ってたけどズボラすぎないか?片付けぐらいちゃんとしたほうがいいぞ?」
「でももしかしたら使う時が来るかもしれないし」
「片付けできない人の理論」
俺が指摘すると、ニャルはむくれて俺の腕をつくつくとつついた。
なんかひたすら可愛いんだが、どうしたニャル。
なお、降谷さんは諸伏さんに取り付いて「ヒロ…俺はもうダメかもしれない…」と震えている。
まじで理解しかねるんやが。
ニャルから俺に管理者が変わったのは明確なプラスやろがい。
変な化身遊びもしないし。
しかし、いろいろあって疲れた。
ご飯を挟んだとはいえ、全体的な疲労は拭いきれない。
何かつまめるものはないか、と立ち上がって事務所の冷蔵庫をガサガサと探る。
と、そういえば昨日ニャルからクッキーを貰ったんだったか。
冷蔵庫から箱を取り出して俺は頷いた。
生モノなので冷蔵庫で保管していたんだったか。
机にクッキーの箱を置けば、ニャルが喜色満面の顔になった。
「あ!僕の作ったクッキー!食べてくれるんですね!」
「ありがとなニャル。いただくよ」
ざっと素早くコナン君達が距離を取った。
チクタクマンが「ほーん、手作りお菓子のプレゼントとはえらいラブラブやんなぁ」とのんびりした声をあげている。
しかし、のんびりしていられたのはそれまでだったらしい。
箱を開けると悍ましい大絶叫が事務所内に響き渡った。
【オ゛ァ゛ァァアアアアア!!!!】
「おお、一日経ってるのにすごく新鮮だな」
「生チョコクッキーですから♡新鮮さにこだわりました!原点回帰して、前のパウンドケーキと同じ工程も含んでるんです!」
「へぇ!そりゃ凝ってるな!」
姿は煮え立つチョコの塊に鋭い歯のある口が一つずつ付いている感じだ。
手足が生える様子はないが、チョコクッキー達は隣人が気に食わないらしい。
悪態を吐き合って喧嘩している。
時々口を伸ばして隣人に噛みついて、さらにヒートアップしていく。
叫びには人間のSAN値を減少させる効果がありそうだ。
でも減少値0/1とかその辺なので問題ないだろう。
コナン君達は全員衝撃に備えるべく重心を低く落として、物陰に隠れながらこちらを伺っている。
別に爆発とかはせえへんから大丈夫やで。
よし、ともかく腹が減っては戦はできぬ。
一つ摘んで、絶叫しながらトロリととろけるそれを口に放り込む。
俺はその味わいに驚き、目を見開いた。
「!!!美味しい、美味しいよニャル!!」
「本当ですか!」
「ああ、肉も濃厚でとろける旨みがあるし、生きのいい意思の味わいも素敵だ!仮想の魂が少し封入されてるのかな?」
「アクセント程度ですけど、よく分かりましたね!」
「ニャルは料理がうまいなぁ!」
人間の味覚全然機能してへんけど!
外神の味覚だとニャル菓子ってこんなに美味しかったんか!
よしよしとひたすら労わってニャルを撫でくりまわす。
ニャルはこの世の春みたいに頬を染めて俺に擦り寄った。
可愛いのう可愛いのう。
まだクッキーは喚いてお互いを憎しみあっているようだ。
コナン君が「音量!!近所迷惑になる!!!」と叫んだので、俺は慌てて蓋をした。
これは大事に食べるので取っておこう。
冷蔵庫にしまうと、「こいつ事務所の冷蔵庫にしまったぞ!」という非難の視線が方々から突き刺さった。
俺はそれをつとめて無視した。
こんな美味しいものを捨てるなんてとんでもない。
降谷さんが至極迷惑そうな顔をして口をへの字に曲げた。
「それで、今後の仕事はどうするつもりなんだ?君も結構多忙の身だろう」
「一応黄衣ハスタの姿に化けて仕事は続けるよ。念のため、なるべく事務所にニャルも一緒にいてもらうつもりだけど」
「なるほど。僕は事務所には近づかないようにすればいいと言う話か」
「違いますけど???」
真理に気付いたみたいな様子で頷く降谷さんに、俺は苦言を呈した。
ついでにふと思い立って、化身を繋ぐ回路を拡張して干渉してみることとする。
細長いパイプがたくさん伸びているから、そのうちの一つを太いパイプに取り替える感じだ。
その上で、繋がりを念話代わりに使えないかと声を吹き込んでみる。
瞬間、降谷さんはピクンと震えて、それからトロリと眉尻を下げた。
「黄衣、君……なに…を………」
「あれ?普通に念話代わりのつもりだったのに。うーん、俺の念話聞こえる?」
「……、………はい、きこえます」
「やっべ」
みるみるうちに降谷さんの意識が混濁していったようだ。
俺の前に跪いて、ぼんやりした意識のまま従順に命令を待っている。
思考も流れ込んできているが、どうも外なる神の存在規模に直接接続した喜びが優って、現状をうまく捉えられていないらしい。
俺は慌てて回路を縮小して繋がりを元に戻した。
降谷さんがハッと意識を取り戻し、瞬時にしわしわピカチュウみたいになった。
終わりだ……という顔をしている。
「わ、悪かったよ降谷さん。もうしないから」
「面白いおもちゃが見つかったって思ったろ」
「………」
俺は沈黙して視線を逸らした。
隣でコナン君と諸伏さんが黙祷している。
ニャルは俺の腕に手を絡めたまま「ああ、その化身、遊ぶと楽しいんですよね、分かります」と頷いた。
降谷さんはこの世の苦難を全部集めたみたいな顔をして、しくしくと顔を覆ったのだった。
・ナイ神父
いつかやらかすんじゃないかと思っていました…!(迫真)
急いで赤の女王や暗黒のファラオなどに連絡を取って緊急対策会議を開いた。
適当ゆえに自由にやれるニャルと違い、ハスターを主人に据えると「邪魔」の一言で処分されかねないゆえに怯えている。
加えて。
外なる神の冷酷さとハスターの元来の律儀さが合わさった時。
人類も化身も皆虫のように管理・繁殖させられるだろうと推察している。
・生チョコクッキー
おいしい!!!
人間が食べると、瞬時に生チョコクッキーに取り込まれてデカい生チョコクッキーに変身する。
生チョコクッキーは同族が嫌いなので、人間生チョコクッキーは人間を攻撃すべく蠢き出す。
ある程度大きくなると、小さい子生チョコクッキーを産み落とすので養殖が可能。
ただ、同族が嫌いすぎて一箇所にまとめて置いておくと喧嘩してだんだん鮮度が落ちる。
・降谷さん
新しいおもちゃ。
繋がりが拡張されると「ニャルラトホテプの体の一部分」という側面が強調され、どんどん従順になる。
指が脳の指示に意見しないように、反抗を思い付かなくなるようだ。
・ニャル
人間の感性を獲得し、思ったより普段ハスターが細やかにビッグラブを示していたことに気づいてこの世の春。
超浮かれホテプ。やってよかった入れ替わり!
魔術使えない分ハスターがすごく手取り足取り世話してくれてもうずっとこのままでもいいかもぐらい。
本来の目的、光の解析を忘れかけている。