ニャルはすっかりスーツに身を包み、「秘書!秘書です!!!」とテンション高く宣言している。
もちろん降谷さんは初日に秘書ニャルを目にした途端、「ちょっと仕事が忙しくて」と雑な言い訳でUターン。
そこをニャルに捕縛されて、以後星の精並みにしおしおの状態で事務所に顔を出すようになった。
なお、ニャルは意外と仕事はできるようだ。
敏腕OL並みに漏れなく常識人の皮を被って依頼人からのメールに返信したりスケジュールを合わせたりと細やかな配慮を見せている。
「補佐をしていた時に大体見て覚えました!」とのこと。
推理業務もちらりと目を通しただけでほぼ真相を把握して「ははーん!」と微笑む。
俺の数倍仕事できる案件。ジェラシーの塊、俺氏。
なお、先ほどまで居たはずのチクタクマンは、全ギレしたナイ神父にアプリごと引っこ抜かれてどこぞへと連れ去られていった。
仕事をサボってたことが発覚したらしい。
「ワイは悪くない!悪くないんや!!!」などと叫んでジタバタしていたが、可哀想に異次元に引き摺り込まれてしまった。
俺たちは全員で冥福を祈るなどした。
頑張れチクタクマン、たぶん化身に囲まれてリンチされるが強く生きるんだ!
ちなみに赤の女王の証言によると、こうしてこっそり逃げ出した化身がいくらかいるらしい。
今化身総出で狩り立てているとのこと。
恐ろしいことだ。
この恨み晴らさておくべきかということなのだろう。
と、そんなこもごもよりもコナン君のことだ。
最近、コナン君は悶々として常に悩んでいる。
今日も学校から帰ってきてむむむむ、と眉間に皺を寄せて唸っているぐらいだ。
飽きがちでムラっけのあるニャルの代わりに、ニャル語を翻訳して書類を作成する俺だったが。
その隣の事務机に着席してコナン君は「あーー!」と苦悩の叫びを上げた。
本当に切羽詰まっているらしい。
流石に見ていられなくて声をかける、
「どうしたんだ?何かあったのか?」
「今日帰りに蘭を見かけたんだけど。園子達とお茶しながら『沖田君にも会えるかな?』とかなんとか言ってたんだ……!」
コナン君は煩悶してギチギチと迫真の歯軋りをしている。
話に変なところが見えなくて、俺は首を傾げた。
それって普通に修学旅行だし、京都だから現地民の沖田君にも会えるかな的な話だろうに。
コナン君は沖田君に気が取られて全部頭がパーになっているらしい。
暗黒の炎をたぎらせてガバリと顔を上げて叫んだ。
「許せねぇ…沖田の野郎!蘭に良い顔しやがって!!」
「うーん」
激しくいきりたっているようなので、俺もちょっと口を出しづらい。
ここ連日のコナン君の奇行に、向かいのデスクで仕事する諸伏さんも苦笑するのみだ。
そこで、ソファに寝そべって少女漫画を読み込む仕事に飽きたニャルが、衝撃を受けたような顔をした。
「それは運命の相手がいるのに二心があるってことですか!?」
「……い、いや!そんなはずはねぇ!蘭が沖田のやつに変な声かけられただけで!」
「!!!第三者によって引き裂かれる!?運命が!?!?」
「ああ……あいつ、この間妙に軽薄に蘭に声かけてたし!くそ、今度会ったらそのふざけた脳天吹っ飛ばしてやる!」
「そうですね!!害虫は素早く駆除しないと…!」
ニャルは激しく頷いてから、不安そうに俺の元に擦り寄ってくる。
何やら二人で明後日の方向にヒートアップしているようだ。
「我が夫は大丈夫ですよね?降ってわいたダオロスとかに心奪われたりしないですよね?」
「棒と金属球の集合体はちょっと恋愛対象外かな。いや、悪い人じゃないけどさ」
「よし。でも好きな神が見つかったらまず僕に教えてくださいね。相手を滅ぼしに行きますので」
「ぼ、暴力はほどほどにな……」
ニャルは魔術を込めた触手を出現させて、シュッシュッと振って見せた。
俺がよくやってるシャドーボクシングの真似らしい。
ただし残念ながら殺意が桁違いだ。
込められた魔術の影響で空間組成が揺らいで諸伏さんがバランスを崩しかけている。
相手を物理的に消せば俺のお相手はニャルだけ、とかそういう理論らしい。
暴の化身かよ。
そして浮気に向けて心の準備を整え終えたらしいニャルは「そういえば化身は誰かいい人はいないんですか?」と降谷さんにキラーパスをした。
気配を消してひたすら仕事していた降谷さんは、茶を吹き出してゴホゴホと咳き込んだ。
「いや、あー、僕はそう言う相手は作らないつもりだ」
「言っておきますけど我が夫は僕のですからね。あげませんから」
「それはいらない」
平坦な声で降谷さんが即答する。それはそう。
ニャルが目をまん丸にして「我が夫がいらない…?なんで…?こんなに素敵なのに…???」と宇宙猫になった。
最近ずっと情緒不安定なんだよなぁ。
追加で諸伏さんが「そういえばゼロのタイプって人妻とかじゃなかったか?」と鋭角をエグい速度で攻める発言を繰り出してくる。
降谷さんが再び飲み始めた茶を全部吹き出した。
「ご、語弊がある!!!だいたい!小さい頃の恋愛なんてみんなそんなものだろう!幼稚園の先生とか!」
「え、ならやっぱ化身のタイプは我が夫じゃないですか。変な嘘つかないでくださいよ」
俺氏、人妻だった───?
思わず大宇宙が見えた気がした。
降谷さんも同じく宇宙が見えたらしく、哲学的な顔つきになっている。
諸伏さんが謎のイケボでナレーションを加える。
『それすなわち、恋の予感……!団地妻ハスタを狙う男の影!イケメン警察官が抱いた禁断の恋とは!』
「ヒロ、お前を入れる容器はこれより俺の家の洗濯機とする。心が汚れすぎているからな。一度洗った方がいいと判断した」
『洗濯機で!?!?』
「俺さらっと団地妻にされてるけどなんで?諸伏さんの趣味?」
ニャルが「団地妻ってなんですか?」と俺に話を振ってくる。
そういう羽虫の薄汚れた側面まで学習しなくていい。
とりあえず撫でくりまわすことで誤魔化すことにした。
ニャルは素早く誤魔化され、フニャンと猫のように俺に擦り寄った。
団地妻ハスターか、ふむ。
ニャル夫が仕事してる間に欲を持て余し宅配の黒い風お兄さんと浮気するのか。
でもこれはたぶん、ニャル夫が真面目に仕事なんてするはずがないという重大な前提のバグにより不成立だろうな。
ニャル夫は御曹司なので、仕事とかしないのだ。
俺が変なことを考えているのがバレたのか、降谷さんがギロリと俺を睨みつけてきた。
すまんて。でも俺は本来性別がないから別に問題ない絵面なんやで。
コナン君はまだ沖田某のことを考えているらしい。
ようやく起き上がれるようになった星の精の触手を握って「お前も協力してくれ!!!」と叫んでいる。
病み上がりとはいえ友達の一大事。
星の精は腹に気合を入れて「クスクス!!!」と大きな声を出した。
もう誰も正気の人がいない。
俺はひとまずコナン君だけでも正気に戻すべく、俺が声をかける。
「コナン君、蘭ちゃんが京都に行くのは普通に修学旅行だと思うよ」
「!?あ、ああ、なるほどそういう…なら沖田は案内役か!」
「うん。ああ、もちろん俺が一時的に元の姿に戻すから、安心していってくるといい」
俺がそのように語りかけると、コナン君の顔がぱあっと明るくなった。
よかったよかった、コナン君まで一時的狂気:嫉妬の鬼になられたら手がつけられんからな。
諸伏さんがきょとんとして首を傾げる。
『いいのかゼロ、工藤新一を世に出して』
「組織はほぼ僕が掌握済みだし、ひっそり修学旅行をする分には問題ないさ。全国紙に載るような真似をしなければ動く必要もない」
おお、既にこのニャル化身はマフィアを掌握しきったようだ。
コナン君がむっつりと不機嫌そうに頬を膨らませる。
「安室さん、もうとっくに潰せるだろうにどうして組織を取っとくの?僕ちゃんと元の姿に戻りたいんだけど」
「手続きというものがあるだろう。相手は大富豪だぞ。組織も大きく、協力者も多い。処分してはいおしまいじゃないんだ」
「なら内側から乗っ取って便利に使うのはダメなんですか?」
ニャルが俺の隣に設置された定位置の席に座り、足をぶらぶらして言う。
降谷さんが悩ましげにため息をついた。
「それも考えたんだが、ただでさえ庁内での立場が微妙だし、僕にいらぬ嫌疑が掛かりかねない。やはり解体が安牌だろう」
「ふうむ。羽虫の群れの中で生きるのは大変ですねえ」
しみじみとニャルが頷く。
共感能力が生えたニャルは、その辺の情緒がやや成長してきている。
降谷さんの苦悩も理解を示しているようで、俺も嬉しいことこの上ない。
ただしコナン君は理解はできたが納得はできないようだ。
ブツブツ文句を言いながら「お前もそういうのどうかと思うだろ?」「クスクス!」などと星の精と文句を言い合っていた。
星の精を全肯定BOT代わりにするのはやめなさいね…。
しかし、修学旅行か。
青春という感じで実にいい。
ただ、全国紙に載らなければ別に構わないとのことだが。
果たして工藤新一が出現して京都は事件が起こらず平穏な場所でいられるのだろうか。
若干の心配を抱えながら俺は仕事に改めて集中したのであった。
・チクタクマン
現在、化身に囲まれて化身精神注入棒で教育されている。
夜な夜な、チクタクマンの悲鳴が異次元にこだましてるとかなんとか。
・秘書ニャル
長時間忍耐が続かないが、一件ずつ難しい推理を任せたり怪異案件判定を短時間させたり、細かな雑務を任せたりすれば十分戦力になる。
来客の羽虫にも愛想良くできるようになった。
頻繁に人の仕事を邪魔するのが難点。
およそ仕事能力を得た猫ぐらいの存在。
・ダオロス
なんの罪もない外なる神。
理性的かつ無機質。
「ヴェールを剥ぎ取る」能力を持ち、その関係でハスターも礼を尽くしている。
そのうち無意味にニャルに間男を疑われて食いつかれる模様。
・団地妻ハスター
画像参照、小翠リャマ。
きちんとそれを伝えていれば降谷さんも満更でもない顔をした。
が、現実は普通に黄衣ハスタがわざとらしい顔でナヨナヨしていたので憤慨していた。