黒い風は画面の向こうで大暴れしている。
惑星をすっぽり覆うほどの黒い雨雲を展開。
そこから不潔な雨を降らせている。
その極寒の環境ゆえに、コロニーにある熱発生装置外では水などは存在し得ない。
しかし黒い風は原理を超えた「不潔な疫病の籠る雨」という現象そのものを強固なルールとして成立させているようだ。
しとしとと降る雨が、冥王星を侵食していく。
わざと冥王星全土を包む暴風は発生させていないらしい。
獲物を嬲るのを愉しむように、降谷さんは空に身を踊らせた。
【はあ……ふふ。ふふふ!】
首都たるコロニー上空に4本の大型の竜巻をゆっくりと出現させ、恍惚と吐息を漏らす。
それは巨大で、まるで旧支配者の触手の如き力が満ちている。
そのままぐるりと、都市の郊外を撫でるように竜巻で撫でていく。
石造りの尖塔のようなものがいくつも並ぶ大都市は、それだけで円で溝を刻んだように軌道に沿って更地になっていく。
ブザー音と、ピカピカとした発光。思念波による悲鳴が街中にこだまする。
一旦風を上空に上げて、降谷さんは猫のような仕草で満足げに口角を釣り上げた。
風の中には砕かれた建造物の破片が轟々と舞い踊っている。
この惨状に、ミ=ゴの社会は大混乱に陥ったようだ。
混乱のまま逃げ出すミ=ゴのキノコと蠍が合体したようなおぞましい群れが街に溢れ出す。
映像を見た沖矢さんが「Oh Jesus!(なんてことだ!)」と驚愕して気味悪そうに身を引いている。
あらかじめSAN値減少防止魔術を画面にかけておいてよかった。
銀髪マフィアはゴールデン君を撫でながら、苦虫を噛み潰したような顔をした。
あれほどに大量のミ=ゴが地球に攻めてきたら勝てないと思っているようだ。
人類は俺が守るから心配いらないのに。
降谷さんが再び尖塔付近で人間体を形成した。
ぺろりと唇を湿らせて、崩れた都市を眺めてニタニタと悪辣な笑みを浮かべている。
ニャルがEXPカウンターを確認して、よし、と頷いたようだ。
そしてタロットカードの束のようなものを俺に差し出した。
「ではこのデッキから三枚引いてください」
「物理で引くんか。おう、よし」
「その三枚の中から好きなパークを選んでくださいね!」
ニャルの声を聞きながら、引いたタロットカードに目を通していく。
しっかりコーティングされた高そうな紙だ。
重厚なデザインはおしゃれだし、印刷したら高いだろうなぁ。
後で頼んだらくれないかな?と他事を考えるなど。
引いたカードは下記の通り。
一枚目が「HP超増加」。
二枚目が「新権能獲得:化学汚染」。
三枚目が「基礎存在規模増加I」。
俺はニャルに質問した。
「なあニャル、この新権能獲得って何だ?」
「これは黒い風の権能範囲を拡大するものです。通常黒い風は自然的な疫病しか操れませんが、それを科学汚染にも拡大するんです」
「なるほど。便利そうだな」
科学文明を使うミ=ゴ相手なら使う機会もありそうだ。
なによりこのイベントの後、降谷さんも万が一の時の日本での除染作業とかで活用できそうだし。
よし、と頷いて「新権能獲得:化学汚染」のカードをニャルに渡した。
ピコン、と電子的な音と共に三枚ともカードが消え去る。
ああ、かっこいい俺のカード……。
尖塔の上で恍惚と風を舞わせていた降谷さんが、ピクンと肩を跳ね上げた。
そして上空を見上げてうっとりと目を細める。
「んっ、本体。新しい権能を僕に授けてくださったんですね。はい、ただいま使います」
風が再び再駆動する。
瓦礫を内包した凶悪な風が蠢き、杭のような鋭い歯を持つ見上げるほどの巨体をもつ大嵐の蛇が形成されていく。
大嵐の蛇は、上空から街の中央にむけて踊りかかった。
大きな軌道エレベーターの根元が吹き飛び、栄えた尖塔が次々と紙屑のように破壊されていく。
音は遠い。
ただ、遠雷のように轟音が街を揺らしているのみだった。
大嵐の毒蛇がその権能を解放したようだ。
その吐息から大量の毒ガスじみたものを吐き出している。
毒ガスを浴びた逃げ遅れたミ=ゴ達が、グズグズと溶けていく。
「あは、ははは!」と堪えきれないといったように降谷さんが腹を抱えて嗤っている。
しかし瞬間。
超遠距離から放たれた高出力電流が、降谷さんの立っている位置丸ごと蒸発せさた。
諸伏さんが「ゼロ!!!」と悲痛な声をあげる。
ミ=ゴの持っている電撃銃の軍用版だろう。
いつのまにか、光学・音波迷彩を備えた大量の戦闘ユニットが降谷さんのいた塔の周辺を包囲していた。
有機的な見た目のやどかりのようなそれがジー、と特殊な音波を照射している。
ミ=ゴは生物的には光が苦手で音をメインとした空間把握を行うから、そのためだろう。
実際ここはコロニー内で温度こそ20℃前後だが、ほぼ光は存在しない暗闇の世界だ。
ニャルの魔術で送られてくる映像は魔術的に加工されたものにすぎない。
降谷さんの死亡を確認するためだろう。
多数の戦闘ユニットが音波を照射しながら、周辺を探索している。
だが残念。
その人間体は、降谷さんにとって単なるデコイに過ぎない。
不意に空から降りてきた細く鋭い風の杭が、30機ほどいたそれを全て刺し貫いて内側から蹂躙した。
再び人間体を空中に作成した降谷さんが、妖艶に微笑んで興奮に震える吐息を漏らしている。
「ふふ。ふふふ。僕が術者だとでも思いました?やだな。おかし、ふふふ。あはは!」
ケラケラと笑って、空を泳ぐ二体目の毒蛇を出現させる。
本物の降谷さんは、この惑星全土を覆っている大気そのもの。
黒い風、疫病の嵐こそが本質なのだから、それを倒したくば風という現象そのものを止めるより他にないのだ。
降谷さんは世にも美しくも悍ましい笑みを浮かべる。
嵐の毒蛇で街を更地に変える作業を、心の底から愉しんでいるようだ。
そうしているうちに二度目のパーク獲得をしたらしい。
ニャルに差し出されたカードから三枚を引いて吟味する。
次は少しばかり悩ましかったが、順当に「魔術抵抗増強」を取得した。
やはり黒い風に攻撃を通そうとしたら、星ごと爆破するか魔術で退散させるかの二つだからな。
防御を固めるなら魔術への対策は必須だ。
新権能獲得は次にしようか、などと算段を立てつつ画面を見守る。
ニャルが「ちちんぷいぷい!」と可愛い掛け声と共に降谷さんに新しい力を授ける。
受信した降谷さんが天を仰いで「えへへ。本体、ありがとうございます」と蕩けた顔で幸せそうにした。
うーん、興奮と悦楽のあまりキャラ崩壊しておられる。
再びミ=ゴの攻撃がくる。
恐らくは陽電子砲の類による飽和攻撃だろう。
どうやって軌道を曲げているのだろうか。
別の拠点からと思われるとてつもない長距離からの攻撃が降谷さんに突き刺さった。
再び人間体が吹き飛ばされるが、そんなもの何の痛痒にもなりはしない。
降谷さんは風の軌道による逆探知で、攻撃位置を特定したようだ。
暴風雨にてピンポイントで八ヶ所の基地を消し飛ばした。
そしてふわふわと笑いながらくすくすとこちらに語りかけてくる。
『本体、そろそろここは飽きましたし、次のコロニーに行っていいです?』
「許可します。一面ステージクリアですね。うーん、思ったよりあっけなかったですね……」
『まだ反撃態勢が整っていないのでしょう。相手方の態勢が整うのを待つのを兼ねて、ゆっくり移動しますね』
「はーい。なら、少し惑星周辺の時間を巻きましょうか」
「チクタクチクタク!」と言いながらニャルが冥王星全体に時間を早回しにする魔術をかける。
どうやらニャル─ニャル化身連合の総意として、ミ=ゴが最大戦力を整えたその上で、叩き潰すつもりらしい。
理由はその方が愉しいからとかそんなんだろう。
一連の惨状を観察しながら、沖矢さんがなんとか沖矢昴の皮を被って問いかけてくる。
「黄衣さん。彼が駆除しているあの化け物は一体?」
「んー、まあ人間の敵って感じかな」
大雑把な括りだが、間違っていないはずだ。
仮想敵国みたいなものだし。
銀髪マフィアが何か言いたそうに画面に映る降谷さんを見たが。
結局何も言わないことにしたような。
ゴールデン君をそっと撫ぜて、目を伏せたのであった。
そうして、降谷さんはゲーム終了までに八つのパークを獲得。
冥王星のミ=ゴは一掃されたのだった。
滅びゆくミ=ゴ決死の「黒い風の退散」の魔術を嗤いながら跳ね除けて、降谷さんはテンションMAXであった。
「それぐらいで帰ってはあげられませんね♡」と夜の褥みたいな声で嘯くのだ。
しかも降谷さんは途中から丁寧な作業をすることを思い出したらしい。
宇宙船による脱出を封じて、かつ風による生体検知で一人残らず一匹残らずチマチマ潰していった。
そのためタイムスコアはボロボロになったが。
ミッションはコンプリート。
帰還した降谷さんは二回りほど存在規模が大きく成長していた。
新権能もそなえて、だいぶ強くなったようだ。
そのうえ思いっきり暴れられてめちゃくちゃスッキリ。
肌をツヤツヤさせて、興奮冷めやらぬ様子で茫洋と視線を宙に彷徨わせている。
ニャルがパンパカパーン!と派手なクラッカーを鳴らして得意満面の顔をしている。
「ゲーム終了!お疲れ様でしたー!どうでしたか我が夫!いい催しだったでしょう!」
「ああ、ありがとうニャル。楽しいし、凝ってて凄かったよ。このカードもかっこいいし」
「えへへ!!」
ニャルは俺にドリルみたいに頭を擦り付けてきた。
俺が削れるからやめなさい。いや形容ではなく物理で。
念のため降谷さんにも状態を聞いてみることとする。
「降谷さんの方は大丈夫だったか?」
「んー、だいじょうぶ。ふふ。またやりたいですぅ…ふふふ」
まだ頭がふわふわしているらしい。
心底幸せそうに揺れながら、しかし一抹の不安が胸を満たしていたのかもしれない。
焦点の合わない目で、それでも銀髪マフィアをしっかりと捉えた。
「ぼくはヒトの倫理にもとるこーいはしていなかったか?」
「…………」
銀髪マフィアが少しだけため息をついた。
それは間違いなく同情で、心配だった。
言葉を迷ってから、銀髪マフィアはこのようにそっと返事をしたのであった。
「心配ねぇよ。テメェは害獣駆除をしただけだ。責められる謂れはねえさ」
・降谷さんの獲得パーク一覧
新権能獲得:科学汚染
新権能獲得:科学汚染〈放射能汚染解禁〉
新権能獲得:黒い恒星風
魔術抵抗増強
基礎存在規模増加I
基礎存在規模増加II
演算領域拡張
HP超増強
黒い恒星風に関してはハスターも協力してその権能を授けたようだ。
HP超増強は物理無効の黒い風に意味はないが、「日頃から仕事で疲れてると思って」という理由で取得された。
・ジンニキ
スッキリはしたんだろうが、己のこれが倫理的に間違ってないか、己が怪物になってしまっていないか不安で仕方ないんだろうなと理解している。
飲みに誘うか、と予定の空きを確認している。
同時に、神々にとって人間と化け物の違いって存在するのだろうかと恐怖を覚えた。
人間をどうしてそうも贔屓にするのか。
次の瞬間、人間がああならないとどうして言える?
・ニャル
夫といっぱい遊べて大満足。
化身も調子良くなったみたいだし、かなりいい催しだったしまたどこかでやりたい。
・ミ=ゴ
ニャルの気まぐれによる当たり前にある種族の終焉の危機に、各採掘拠点のミ=ゴはとてつもなく怯えている。
疫病が蔓延して冥王星に着陸もできないし、生き残りを探すこともできない。
偉大なる神ハスターに祈ったが、祈りは届かなかった。
やはり先日の事件により神に見捨てられたのか。我らミ=ゴは今後どうすればいいのか。
社会不安は続きそうだ。
・ハスター
純粋に人間ガチヲタクなだけで、ミ=ゴへ向ける態度のほうが平常値。
ニャルの知ってるいつものハスターはこっちになる。
でも人間ガチヲタなので人間には絶対こんなことしないし、存在してるだけで偉い100点満点中一万点!!な激甘態度になる。
これにはビヤーキーも悔し涙。