ニャル壺を掘り起こして事務所に持ってきたなり。
事務所のソファに座って、現在開封作業をしているところだ。
多重封印の解除。カプセル状の時間歪曲膜の除去。その他諸々。
そうして露出した壺の蓋をぺろっと剥がしてやる。
瞬時ににゅるん!とニャルが飛び出て来た。
黒髪褐色肌のミニスカ女子高生だ。
なんか若返っているが、おそらく気分だと思われる。
ネトフリで学園ものでも見たのかもしれない。
ニャルは腰に手を当てて決めポーズした。
「完・全・復・活!!!愛してます我が夫!大人しくしてた僕を褒めてください!」
「よしよし、いいニャルだな!半日に一回脱走してたけど!」
ともかく誇らしげなニャルをたくさんヨシヨシしてやる。
ニャルは上機嫌で俺にドリル頭突きを喰らわせた。
ゴフッ、マジでドリルやんけ。
俺は脇腹に穴を開けながら、手作り壺をニャルへと手渡した。
「ニャル♡ハスター」な俺の手作り壺は大事なのか、ニャルは受け取っていそいそと懐にしまった。
懐にしまうサイズではないんだが、ニャルは気にしないらしい。
ぐにゅんと空間を歪曲させて壺を神域へと隔離する。
ちなみに、事務所にはフルメンバーが揃っている。
ヘルメットをかぶって衝撃に備えるマモーさん、壁の向こうでありったけの防護魔術を装填するコナン君。
星の精と降谷さんが手を取り合って震えている。
君ら仲良くなったんか。いいことだ。
ほぼ爆発物みたいな扱いだ。
いや実際油断すると物理で爆発するし、間違ってはいない対応である。
本来なら皆には逃げててもらうのが一番だったが。
今回は降谷さんの件もあるから念のため一緒にいてもらったのだ。
俺は咳払いして、本題を切り出した。
「なぁニャル。折り入って頼みがあるんだが」
「ん?なんですか。我が夫の願いならなんだって聞きますよ」
「降谷さんを俺の化身としてコンバートしたいんだ」
降谷さんとの相談して決めたことだ。
先日のコンバートの話で一度は全ての希望を失った降谷さんだが、やはり悩みは尽きなかったらしい。
毎晩現れるニャルに、夢の中で非道のかぎりを尽くされるとか。
現実でも高頻度でオモチャにされるとか。
悶々と悩みに悩んで。
降谷さんは翌日、「なんでもするから黄衣君から本体を説得してほしい」と俺に美しい本気の土下座をして来たのである。
つまり俺がこの域に達したの20代後半とか、そういう土下座だ。
もしコンバートしてくれるなら、政界の対応は全てこちらで引き受ける、とまで降谷さんは言った。
それは俺にとっても願ってもないことだ。
俺は政治に関わらなくて済むようになるし、降谷さんを化身として派遣すれば角も立たない。
降谷さん自身、公に日本を守るために力を振るうことができる。
八方よし、というやつだ。
俺が切り出した慎重な言葉に、ニャルはむむむ、と少し悩んだようだった。
「うーん。我が夫の頼みといえど、夫のそばに置くための僕の化身ですし、遊ぶと結構楽しいですし…」
「そこをなんとか!俺も化身渡すから!」
あらかじめ考えていた対価を提示すると、ニャルはぴくんと肩を跳ね上げた。
「え、夫の化身をくれるんですか!?どれです!?」
「どれがいい?好きなのあげるけど」
ニャルは目を輝かせてうーんうーんと悩んでから人差し指を立てた。
顔が喜色で煌めいている。
「『略奪するもの』にします!ください!」
「え、あんまりいい化身じゃないけどいいのか?」
「略奪するもの」とは、昔勝手にできてしまった俺の化身だ。
俺の憎しみと怒りが化身として形を得たもの。
非常に攻撃的で、赤黒い触手の塊が手当たり次第に破壊を撒き散らす厄介者だ。
暴れて手がつけられないので、基本的には形を与えずに封印する形をとっていた。
その権能は復讐の代行。
俺の極めて人間的な感情を凝集した、醜い憎悪そのものである。
俺が眉を下げて確認すると、ニャルはそっと寄り添って甘やかな声を出した。
「僕は貴方と共にありたい。どこにも行けない貴方の悲しみと怒りを、代わりに晴らす役割が欲しいんです」
「………ニャル」
「クトゥルフと戦った時も一人だったでしょう。呼んでくれてもよかったのに。僕、何があっても駆けつけましたよ」
我が夫。どうか、貴方の復讐を代行する権利をください。怒りを晴らす手伝いをさせてください。
何者にも、貴方が傷つけられないように。
そのように幸せそうに微笑んで、降谷さんを手元に転送した。
降谷さんがバタバタ空中で暴れるのも虚しく、降谷さんは光球へと変えられる。
俺も手の中に球体を生み出した。
契約成立だ。
「俺の憎しみ、即ち『略奪するもの』を渡そう。これでお前は俺であり、俺はお前として扱われる。二人で一つの神だ」
「!……ええ。僕たちは永遠に共にある。僕の『黒い風』を受け取ってください」
光球を交換して、お互いに繋ぎ直す。
権能は正しく接続され、俺の体の一部となった。
俺は降谷さんに素早く顕現する権利を付与し直した。
ポン!と黒い風が再び元の形を取り戻した。
降谷さんは「!?!?」とバタバタ自分の体を確認して、ほっと息をつく。
ニャルはといえば、受け取った俺の権能をパクりと口に入れてもぐもぐ。
そのまま飲み込んで、ぐるんと裏返るようにその中に身を潜り込ませてしまった。
「今俺の化身食った!?!?」
「だ、だってこんな大切なもの外に放っておくのは勿体なさ過ぎて!でも安心してください!今の僕こそが化身、略奪するものですので!」
「ニャルが俺の化身になった???」
ふふん!とニャルが胸を張った。
見た目は変わらないが、それは間違いなく俺の化身「略奪するもの」の在り方を纏っている。
意味わからん状態だ。
たぶん俺の渡した「略奪するもの」の概念の中に本体を無理やり詰め込んでいるのだろう。
そんな化身をパツンパツンにして、破裂したらどうする気だよ。
まあ、ニャルが幸せそうだからいいとするか。
逆に降谷さんは気持ち悪そうにうっぷと顔を青白くしている。
「うっ……か、風が荒れ狂って吐きそう……しかも体が凄まじく窮屈…」とのこと。
変化が苦手なうえ、風の神格たる俺の化身となり、疫病の風の権能が大幅に強化されたのだろう。
黒い風を人間体にしまっておくのが苦しくなってしまっているが、こればっかりは慣れるしかあるまい。
諸伏さんがマモーさんの安全ヘルメットを借りて駆け寄った。
『大丈夫かゼロ!?』
「ああ。特に体に問題は、……ッ!!!!」
突然ビクリと体を震わせて、降谷さんが立ち尽くした。
次いであわてて胸元から小瓶を取り出す。
中には人間が三人瓶詰めされていて、皆気を失っているようだった。
諸伏さんが「おまっ、それ昨日の晩だろ!ゼロお前またやったのか!?」と目を三角にした。
「い、いま解放する!そんな、俺どうして、こんな非人道的なこと、」
「なら俺が解放しとくよ、ほら」
軽く降谷さんの手から小瓶を受け取る。
気を失った人間三人は瞬時に交番近くに転送。
その上でおかしな魔術のかかった瓶自体を処分しておく。
降谷さんは青ざめてカタカタと震え出した。
ニャル化身の衝動性が、俺の化身に切り替わったことで解消されたのだろう。
加えて俺の中の光が動いた感じも少しあった。
限りなく本来の降谷零の人格に立ち返ったことで、己の怪物としての振る舞いに気づいてしまったのだ。
こんなことなら早くコンバートしてあげるべきだったか。
でも流石に人間体にもなれず黒い風のまま過ごせっていうのは酷だしな。
光が動いたのもマジで偶然だし、やはり人間への変化のために時間をおくのは必要な処置だったと思う。
うーむ。
降谷さんは今までの自分の所業を思い返して、愕然と土気色の顔で荒い息をしている。
もう全然黒い風に興味はないのか、ニャルが頬を染めて俺の腕に手を絡めた。
「それより…僕、今後は狐耳の巫女服で活動した方がいいですか?」
「………、…………えっっっ」
突然横っ腹を致命傷が襲った気がして、俺は言葉が出てこなくて固まった。
何何何、突然どうした待って。
ニャルは柄にもなく恥じらって、黒い長髪を手でくるくると弄んだ。
「あの時間の大神が僕を狐耳の巫女服にしたのは、我が夫の好みに合わせてのことでしょう?」
「ブッッッ」
「だったら僕も、夫の好みの服装で過ごそうかなと思ったんです」
「待って待って待って、公開処刑は流石に人道に反してる!!!違うんだ、何かの勘違いで」
「え………嫌いでしたか、狐耳の巫女服」
─────好きですッッ……!
俺は血涙で崩れ落ちた。
俺の負けだ。殺せよ。
でも、ということは何か?
父なる神ヨグ=ソトースにも見透かされて、仕事場で堂々と暴露されてたことになるのかこれ。
なるほどね。早く殺せよ。
マモーさんが「狐耳の巫女服、か」としみじみ頷いた。
魔術で狐耳カチューシャを作って、スチャリと装着した。
そうじゃないんよ。本当にそうじゃないんよ。
そのままマモーさんが配った狐耳カチューシャが事務所に行き渡る。
星の精と諸伏さんが装着した。
星の精はみんなとお揃いの装備に喜んだようだ。
クスクスと触手に絡めて胴体にはめた。腹に狐耳生えたスターヴァンパイア概念。
星の精は非常に満足そうだ。
【クス?クスクス!】
『くすくす!』
諸伏さんが嬉しそうな星の精に合わせて、カチューシャをつけたまま忍び笑いした。
多分これはジュネーブ諸条約と二つの議定書に反している非人道的な行いだと思われる。
俺は素早く魔術を発動。
諸伏さんの狐耳カチューシャを、そのまま本物の狐耳に変換してやった。
突然神経が通った感覚に驚いて、諸伏さんが頭を押さえて叫ぶ。
『ぅおおおおお本当に狐耳生やすことはないだろ!!ごめんって!ゼロ!助けて!!』
「おれ、今まで…人殺しを、娯楽に……」
『ごめんやっぱなんでもなかったです』
諸伏さんは狐耳と狐尻尾を全部しおっと垂らした。
実は狐尻尾も生えているのだが、まだ気づいてはいないようだ。
俺は「ニャルーーー!」とニャルを抱きしめて泣いた。
ニャルは素早く俺の理想の巫女服狐っ子になり、「可愛いでしょう!」と胸を張った。
俺はシクシク泣いて顔を覆い、「可愛いです…」と声を絞り出したのだった。
・降谷さん
何百話ぶりに完全な正気に戻った。
組織に潜入するとき心を保つための言い訳「相手は殺されても仕方のない犯罪者だ」が、いつのまにか本心からの言葉として人類をおもちゃにする免罪符になっていた。
そのあまりの非道を理解して、警察官にあるまじき、警察学校で彼らと誓い合った正義にあるまじき行いに、大幅にSAN値が減っている。
・略奪するニャル
「復讐する」性質を獲得した厄介ニャル。
降谷さんが正気に戻ったのを差し引いてあまりある厄介の塊。
とはいえ、常時夫に包まれて浮かれホテプなので上機嫌ではある。
ハスターがキレた場合、素早くいきり立って暴れ出す模様。
・諸伏さん
狐っ子幽霊お兄さん。
何度謝っても狐耳取ってくれなくて今困ってる。
そんな、ちょっとからかっただけなのに。
国際人道法違反。
・旧支配者ハスター
いいから殺せよ。