本日は工藤邸に来ている。
優作さんにお呼ばれして、わずかばかり飲み食いして話をするのだ。
赤井さん用の禁煙飴を渡さなければならないし、明美さんの健康診断もある。
定期見回りのついでに、俺は工藤邸のお茶会にお呼ばれしていた。
「いらっしゃいハスちゃん!いつ見てもかっこいいわね!」
「あはは。お久しぶりです有希子さん。息子さんにはいつもお世話になっております」
「やだ!私たちこそ新ちゃんの面倒見てもらっちゃってるし。何かあったらいつでも言ってちょうだいね」
有希子さんに出迎えられ、俺はペコペコしながら工藤邸に入った。
いつもコナン君を危険な目に遭わせているからな。
コナン君が自分で突入する側面もなくはないが、それを含めて現在の保護者である俺の責任だ。
持ち込んだ菓子折りをお渡しして、有希子さんについていく。
工藤邸の居間はささやかなホームパーティの準備が進んでいた。
有希子さんの手作り料理が並べられ、非常に美味しそうだ。
赤井さんと明美さん、そして志保ちゃんもいるらしい。
三人ともパーティの料理を手伝いをしている。
優作さんがニコニコとこちらに歩み寄り、軽く手を広げた。
「久しぶりだね。黄衣君。いつもなんの縁もない息子の無茶振りに応えてもらって、どうお礼を言ったらいいものか」
「ははは。俺の方こそ彼には助けられてばかりですし。それに、俺が好きでやってることですから」
軽く笑って、案内された先で一緒に席に着く。
優作さんは雑談がてら、と言った様子で話し出した。
「ところで、だが。君も最近は手広くやっているそうじゃないか。今後探偵業から公的業務にシフトしていくのかな」
「……うーん。それについては少し悩んでいます」
悩ましい気持ちで俺は唸った。
現在俺の業務は三つある。
一つは通常の探偵業。
コールドケースの案件を中心に、持ち込まれた一般的な事件の解決に尽力する仕事だ。
二つ目は怪異対応。
探偵事務所に持ち込まれた怪異案件の他、公安そのほか国家機関に依頼されて怪異に関する対応を行う業務。
そして三つ目が俳優業。
俳優業は正直おまけだ。どちらでもいい。
だが、俺がコナン君のために始めた業務は一つ目の探偵業だが。
最近二つ目である怪異関連が多くなってきているのが懸念点でもある。
俺は腕を組んで、前々から思っていたことを口にした。
「探偵業を整理して、工藤新一としてコナン君を活動させられないかなと思っているんです」
「というと?」
「必要に応じて彼には魔術で工藤新一になってもらって、黄衣探偵事務所を移譲する形ですね」
現在、コナン君を取り巻く環境は大きく変化している。
組織がほぼ降谷さんに掌握され、コナン君の身にふりかかる危険は大きく減少した。
つまり俺の影に隠れ潜む必要性も薄くなったと言うことだ。
また俺の方も怪異対応が増えているから、コナン君を無用な危険に晒すことも増えている。
ここらで黄衣探偵事務所を怪異対応の俺と、事件専門のコナン君に切り分けてもいいと思ったのだ。
優作さんがやや目を細めて言った。
「ふむ。だが、怪異と通常の事件を切り分けるのは困難だ。どちらも人の世に現れた不条理だと思えば、分ける意味も薄いと言える」
「……でも、これ以上コナン君を俺の事情に付き合わせたら、良くないことに巻き込まれるかも知れないですし」
俺の神子として担ぎ上げようとか、その手の話だ。
確かに俺はコナン君を気に入っている。
大切にしているし、死んでほしくないと思っている。
でも、だからこそ彼の「探偵になる」という夢を邪魔したくない。
今は舞い込んでくる全国各地の依頼を俺がよりわけて、彼も楽しくコールドケース推理に集中できている。
だがその量ゆえに児童労働じみてるし、彼の名声をこれ以上横取りするのも気が引ける。
デメリットの方が大きくなったなら、悲しいが別れるのも選択の一つだろうよ。
俺が瞳を伏せると、優作さんは予想外のことを聞いたように瞬いたようだった。
「私は君が息子を手元に置いておきたがると思っていたよ」
「あはは。そんな酷いことしませんよ。俺がヒトに様々なものを与えるのは幸せに生きてほしいからであって、その身を縛るためじゃない」
俺は不器用なので、困ったことにすぐ囲って守ってしまいそうになるけれど。
世の中には危険がいっぱいだ。
悲しいことも苦しいことも多すぎる。
でも、幸せに生きてくれるならそれ以上のことは望まないのだ。
そのように説明すれば、優作さんは苦笑して「これも言うなれば親心、というやつかな」と顔を綻ばせた。
俺は思わずポカンと口を開けてしまった。
親、というのは考えたことがなかった。
似ているかもしれないし、違うかもしれない。
分からないが、俺の抱えるこの感情が、そういう優しいものであったなら嬉しい。
と、話しているうちに食事の準備ができたようだ。
皆が席に着いたので、優作さんが軽い音頭を取ってから食べ始める。
赤井さんたちはイチャイチャの空気を僅かに抑えて、優しく微笑みあっている。
そしてイラついた志保ちゃんに赤井さんが睨みつけられるなどした。
「このジャガイモ生煮え男…」
「昨日はすまなかった。だが味は明美から習ったものだし、火を通せば美味しかったろう?」
「そういう問題じゃないのよ!胡散臭さ全開の大学院生のくせに…院生なら研究室に顔出しなさいよ!」
「それは確かに」
赤井さんが納得して頷き、余計に志保ちゃんをいきり立たせたようだ。
沢山ぶつぶつ文句を言われている。
まだ赤井さんは許されていないらしい。
まあ、姉を見捨てて一人で逃げたのは一生許してはもらえないだろう。
そればっかりは仕方ないか。
明美さんは「まあまあ。秀君も頑張ってるから」とフォローを入れた。
志保ちゃんがしおっと干からびてもそもそとローストビーフを口に入れ始める。
姉が許してるなら自分の出る幕じゃないけど納得できるものでもない。
そういう複雑な心境が煤けた背中に透けている。
迷ったが、一応これを機に伝えておくべきかと思ったので、志保ちゃんに声をかける。
「そういえば、もしかしたら近々アポトキシン4869のデータが手に入るかも知れないって降谷さんが言ってたよ」
「!!!」
志保ちゃんは驚きに目を見開き、次に沈鬱そうに俯いた。
アポトキシン4869は彼女の罪の証だ。
それは喜ばしいことであると同時に、自らの罪と向き合う時間にもなる。
やや興味深そうに優作さんがこちらを見た。
「……そう。ありがとう。私も解毒薬の作成を急ぐわ」
己の服の端を握りしめて、志保ちゃんは精一杯の平静を装って宣言した。
解毒薬を用いずとも、俺はいつでもコナン君を元の状態に戻すことができる。
だが、志保ちゃんが償いをしたいということで、現在はコナン君の完全な回復は彼女に任せている。
定期的にコナン君も彼女の元に健康診断に来ているし、解毒薬の試作品も服用してデータをとっている。
それを志保ちゃんは「醜い自己満足」とかなり後ろめたく思っているようだ。
俺はなんとなく言葉に詰まって、ぽりぽりと頬をかいてしまう。
「そういえば結局、アポトキシン4869ってなんの薬なんだ?ただの毒が検出されない毒薬にしては迂遠すぎるし」
「……そうね。話したことなかったし、いい機会かも知れないわね」
志保ちゃんは改めて、順を追って説明してくれた。
アポトキシン4869と呼ばれるものは二つある。
一つは彼女の両親が作った本来のアポトキシン4869。
もう一つは、その両親の研究データから志保ちゃんが復元した薬だ。
「私の両親は『人の寿命を取り払う薬』の研究をしていたわ。老化を極限まで抑えて、それでもってヒトに永遠を与えようとしていた」
「遠大だね。それは実際に為されたのかな?」
「いいえ」
優作さんの疑問に、志保ちゃんは首を振った。
「寿命を延ばし老化を抑制する効果は確かに確認できた。けれど、どうしても一定の期間が経過するとマウスは怪死して、どうしても実用まで至らなかったそうよ」
「………ふむ。魂だな」
「そうね。今なら私もわかるわ。肉体の寿命をいくら伸ばそうと、魂が持たないんだって」
赤井さんの言葉に志保ちゃんは同意して俯いた。
最初から叶うはずのなかった実験が、最終的に毒薬として多くの死者を出したことが辛いのだろう。
指先が僅かに震えている。
魂を寿命から解き放つのは俺ですら不可能な神の難行だ。
いやテセウスの船とかスワンプマンとか考えなければ全然可能なんだが。
でも人の魂を扱うのにそこを考えなかったら流石に非人道的過ぎる。
というか、科学で魂の寿命を突破するほど肉体を保たせるのがまずおかしいんだけどな。
魔術でも秘奥の部類だぞそれ。
「私は焼失した両親の研究データを元に、現在のアポトキシン4869を完成させたわ。それは不完全で、毒薬になってしまったけれど」
「だが確か、君の研究分野は別にあっただろう。明美から、アポトキシンは君の個人的な研究だと聞いている」
「そうね。でも正直そっちの進捗はイマイチだったわよ」
死者蘇生の薬なんて、どうすればできるっていうのかしら。
そのように自嘲した言葉に、皆が目を見開く。
赤井さんが「だが、シェリーというコードネームは、その代替の利かない功績にあったんだろう」と問いかけた。
志保ちゃんは不機嫌そうに息をついて腕を組んだ。
「体はどこを検査しても正常。なのに目を覚まさない。それを功績って言うのかしら?」
「やはり魂の問題は大きい、というわけか」
いややっぱ薬でそこまでできるのはおかしすぎと思うんだが。
シリアスな空気の中、俺がそれを口にすることはできなかった。
かがくのチカラってすげー。
俺はそう思って頭を空っぽに頷いたのであった。
・アポトキシン4869
拙作オリポトキシン。
人の寿命を取り払う薬。
灰原が作った薬は毒薬になってしまったが、若返りの世にも奇妙な副作用を伴うことになった。
こちらは組織の真の目的ではない。
・本来の目的の薬
拙作オリ薬。
死者蘇生を目的としたもの。
アポトキシンとシステムは似ているが、目的は異なる。
その魂までとは再現しないため、空の肉体を生成してしまう。
組織にとってそれは想定外だったが、空の肉体を作成するのは逆に都合が良かった。
・灰原氏
薬学版阿笠博士。
不思議な薬をなんでも作る。薄い本で大活躍の人。
あの赤井秀一とかいう最低の男はいずれ薬でカエルに変えてやろうと思っている。