カドクラが宿泊するホテルに向かう最中、キッドのハンググライダーを俺たちは見かけることになった。
彼が向かっているのは函館中央埠頭のようだ。
諸伏さんがちらりとキッドのハンググライダーを見上げて、表情を険しくする。
『……予定を変更してキッドを追うが構わないか?』
「頼んだヒロ。少し聞きたいこともあるしな」
渋滞する道を左折して、急遽行き先を埠頭に変更する。
流石にどんなに急いだとして、空を飛ぶハンググライダーに比べて街を走る車の移動速度は落ちる。
俺は魔術でフロントガラスの端にキッドの位置情報を地図とともに表示した。
カーナビみたいなものだ。
これでキッドの姿を見失うことはないだろう。
しばらく走った後、近場に車を停めて現場に急行する。
この先、埠頭の廃材置き場にキッドがいるはずだ。
見通しが悪いそこを進み、角を曲がったところで争うような音が聞こえてくる。
どうやらキッドは絶体絶命らしい。
刀を持った不審者に襲われて、そのしなやかな身のこなしでなんとか避けているがかなり劣勢。
研ぎ澄まされた刃がキッドの首に迫る。
咄嗟に踏み込んだのは服部君だった。
持っていた刀の鞘で相手の刃を受けたようだ。
ギリ、と金属のぶつかり合う鈍い音がする。
おお、斧江財閥からの借り物の刀で受けないで……!
と思ったらチクタクマンの方で保護魔術をかけているらしい。
服部君と彼が持つ脇差の両方に、強固な物理障壁が張り巡らされているのが見えた。
ついでに俺も刀に目釘を物質化する魔術を付与。
それ、キッドに盗まれた時に咄嗟に使われないようにと目釘がはまってないのよね。
「ッ……なんやこいつっ、バケモンみたいな怪力してんで!」
力負けした服部君がたまらず後ろに下がる。
特徴的な魚のお面で顔を覆った不審者が、するりと刀を構え直す。
不審者の靴は大きく、大きなミトンのような手袋をはめた手はごわついている。
ちらりと覗く袖口から、鱗に覆われた皮膚が見えた。
間違いなく深きものどもだ。
深きものどもは歯軋りとともに歪な声を落とした。
【斧江の宝に手を出すな】
「ッ……」
深きものどもが服部君に切り掛かる。
間違いなく相手も剣術の達人だ。
達人同士の息つく暇ないせめぎ合いに、後ろに下がったキッドも照準が定まらない
人類の武術は本来、深きものどもには合わないのだが。
そいつは頑なに武術にこだわり、自らの怪物性を使用しようとはしないようだった。
ただ冷えるような剣線のみが鋭く空気を震わせている。
と、そこで術式構築を終えたマモーさんが魔術を発動。
深きものどもの手がゴキリと嫌な音をたて、無理やりに回転させられる。
生物体を起点にした呪詛だ。
素早く動く対象には非常にスマートかつ効果的に力を発揮する。
しかも術式発動者が分からないように巧妙に隠蔽している。
デバフをかけ続ける際に標的にならないようにという細工だろう。
流石、経験ある魔術師の立ち振る舞いというべきか。
刀を取り落とした深きものどもは、手を押さえて左手で刀を拾い、撤退していった。
その後ろ姿を眺めながら、諸伏さんが心配そうに口を開く。
『な、なあゼロ!?あいつは逃がしてよかったのか?』
「黄衣君が手を出すなと言うんだ。仕方ないだろう」
「え、俺?」
ちょっと身に覚えがなくて、俺は首を傾げてクエスチョンマークを連打した。
降谷さんは憤慨して俺に詰め寄った。
「風を出そうとした僕を君が金縛りにしたんだろうが!流れ込んできたぞ、君の意思が!」
「えっ、うーん。無意識だわ。すまん」
「………君、ニャルラトホテプとは180度違う方向に理不尽だな」
ジト目で睨みつけられ、俺は身を縮こめてペコペコ謝罪のポーズをとった。
もしかしたら、あの深きものどもがあまりに人間っぽいから、無意識のうちに躊躇ってしまったのかもしれない。
それに、ダゴンを復活させたいなら欲深い人間に渡したほうが可能性があるし。
それを防ごうとする動きは不可解だ。
諸伏さんがほっと息をついて「咄嗟に呪呪呪って呪ったけど、解除しなくて良さそうだな」と胸を撫で下ろしている。
凄いな、呪詛の起動タイミングが分からないほど自然に呪ってたのか。
ともかく、皆で一旦休憩することとする。
適当な廃列車に入り込んで、情報交換タイムといこう。
というか、これは情報交換と言うよりキッドの尋問会だな。
位置取りは一列俺達、対面にキッドの圧迫面接スタイルである。
まずコナン君がじろっとキッドを睨みつけた。
「なんで斧江のお宝なんて狙ってんだよ。公安にマークされてるぞお前」
「え?なんで公安?まさか怪異案件とか?」
『バリバリの日本滅亡怪異案件だぞぉ。お兄さん達と仲良くお話ししような』
「ああ。僕も話を聞きたいなぁ。いい場所を用意しよう。口も滑らかになる、狭い個室に卓上ライトの専用空間だ。嬉しいだろう?」
公安二人の圧の強い笑みに、キッドは「ヒェ……」と掠れた悲鳴をあげた。
取調室にぶち込まれる想像をしたのか、バタバタと手を振って自分の無実を言い募る。
「いや違っ、俺はただおやっ、じゃない、ある男が盗もうとして盗まなかったお宝が何か知りたかっただけだって!」
「盗まなかった?」
降谷さんの問いかけにキッドがこくこくと頷いた。
「とんでもないお宝って話だったのに、わざわざ盗むことなく姿を消した。それがなんでなのか個人的に調べにきたんだよ、俺は!」
「あんなもん誰でも盗むの止めるだろ。盗むとか言うレベルの話じゃねーよ」
「……その口ぶり、もしや名探偵はすでにお宝を見た?」
コナン君は深々と頷いた。
やや死んだ目で視線を逸らす。
「おうよ。山みたいにデカい魚の化け物。古代王国を滅ぼしたのと同じ怪物だ」
「お……おお………なんか悪かったな…」
「それで、あの魚面の不審者について何か知っているのかな?」
降谷さんの質問に「いや、心当たりもない」とキッドは困ったように眉を下げた。
諸伏さんが腕を組んで俺に話を振る。
『なあ黄衣、あいつは怪異だったのか?』
あいつ、とは先ほどの不審者のことだろう。
それならば話は早い。
俺は頷いて諸伏さんの質問に肯定した。
「そうだな。あれは深きものどもだ。人の中で生まれ落ち、老化と共に変貌して精神まで異形と化す」
人間体から変貌する年齢は様々だ。
変貌の段階もばらつきがある。
個体によっては人間のうちから魚面になったり、ひょこひょこカエルのように歩くことになることもある。
その点、あの深きものどもは完全変貌していたため人間としては老齢であることは間違いない。
深きものどもに寿命はないから、年齢を考察するのは無意味なことではあるが。
そして苦手な陸地であるにもかかわらず強くしなやかに立ち、あの手足を抱えながら服部君とやりあえるほど剣技にキレがあった。
俺がやや目を細めて思考に没頭していると、降谷さんが面倒臭そうに息をついた。
「それは、昼の君たちの深きものども目撃情報を踏まえて、人間社会にかなりの数が紛れ込んでいると考えていいな。早急に国をあげた対策を講じる必要がある」
「私もそれに賛成です。奴らは人類社会に蔓延る癌だ」
「だが方法は問題だな……下手に情報公開をすれば魔女狩りが始まりかねない」
頭が痛そうに頭に手を当てて眉を顰める。
確かに、隣人がもしかしたら怪異かも、なんてパニックになったら碌でもない殺人事件が起こりかねない。
その時はもしかして俺過労死案件かな。
全国民チェック終わるまで帰れません開催間近。
なんにせよ、深きものどもは駆除一択だ。
あれは人間社会に害しかもたらさない。
コナン君が不機嫌そうに星の精をポッケから出して、ひたすらなでなでしている。
キッドが「名探偵、前も思ったけどそれ何???」とドン引きした。
星の精はふよふよと近づいて、【ゲタ?】と言って友達の証の握手をしようと触手を伸ばした。
前の悪事は反省したようだから仲良くしてやろうと思ったらしい
キッドが驚いて全身総毛立たせながらのけ反って逃げ出した。
友達の証を初めて拒否され、星の精は深く傷付いたようだ。
しばらく無言で震えたあと、星の精はわっと泣き出した。
【ゲ タ ゲ タ ゲ タ !】
「キッドテメェ!星の精が泣いちまったじゃねぇか!」
「いやその臓物の塊何!?!?俺の首絞めてたよね!?」
「俺が面倒見てる子だよ。賢くて小学校の授業もついていけるようになった」
「この臓物小学校に出るの!?!?」
キッドのゾッとしたような声に、星の精は余計に泣いた。
「ゲタゲタゲタゲタッ!!」と喚いてコナン君の胸に張り付いている。
こいつ星の精の悪口言った!
星の精が小さくて弱くてみんなと違って手足がないから、小学校にはふさわしくないって言ってる!!
星の精に酷いこと言った!!!
コナン君が目を三角にしてキッドを睨んだので、キッドは平謝りしたようだ。
軽く仲直りのマジックを見せている。
パッと現れた国旗の橋に、星の精は泣き止んでクスクスと笑ったようだった。
・福城良衛
元高校教師にして居合の師範。
肉体が完全変貌してもまだ正気だが、時間の問題。
斧江忠之の意思を受け継ぎ、ダゴン討伐を目指していた。
自らの父が変貌して自身の運命を知った頃には、すでに小さな息子がいた。
変貌する前に妻とともに心中したが、己だけ怪異となって生き残ってしまった。
息子のところに帰れないのが心残りだが、一応早いうちに死んでおいた方がいい、子供は絶対に作るなとは伝えてある。
実はまだマモーさんと諸伏さんの呪詛が効いていて手が使えない。
・呪呪呪
諸伏さんの最も得意とする呪い。
お前は無価値だ。何も成せない。何も成せないまま自ら死ぬのだ。
俺のように。
バッドラックの呪い。あらゆる判定でダイスを五回振って、一番悪いものを採用する。
呪いの内容を知ったら全降谷さんが号泣する。