犯人達が逃走して行き着いた場所、神奈川の下道を通った警察署近くに到着した。
車は電柱に衝突して停車しているようだ。
速度違反で警察に声をかけられて、慌てて逃走したらしい。
うっかり前方不注意で電信柱に衝突して、派手に車が大破。
そのまま車体が歪んだ拍子にロックの甘かったトランクがパカリと解放し。
縛られて撃たれた人が顕になってさあ大変、という流れを辿ったように見える。
コントみたいな状況だが、これも上手く諸伏さんの呪詛が決まったおかげだ。
諸伏さんもこれには満足顔ダプルピースしていた。
被害者も無事で、現在病院に搬送されているらしい。
一件落着っぽいようで何よりである。
俺たちが満足して帰ろうとした、ちょうどそのあたりで応援の警察官が駆けつけたようだ。
白バイから降りて、女性警官が大きく凹んだ犯人の車の前に立った。
そしてふとこちらを振り返り、大きく目を見開いた。
諸伏さんが「あ、萩原のお姉さんだ」とやや気まずげな様子を見せた。
一瞬なぜ気まずそうなのか分からなかったが、珍しく俺もアイディアがクリティカルしたようだ。
三年前に死んでから、萩原研二の墓参りに行けていなかったのを気に病んでいるのだろうと気づくことができた。
実際はきちんと霊体のまま行っているだろうが、そんなの生者には分からないからな。
今年はあの爆弾犯の事件の後皆で行っているはずだが、お姉さんには会わなかったらしき。
萩原さんが長い髪を靡かせてこちらへとやってくる。
「久しぶりだな。聞いたぞ、君も幽霊になったんだってな。まったく、研二もそれぐらい根性があったら良かったんだが」
『ブッ』
「君も含めて、黄衣探偵事務所が仇を取ってくれたんだろう?本当に、なんと礼を言ったらいいか分からない」
萩原さんはにこやかにに諸伏さんの肩を叩いてカラカラ笑った。
快活そうな人だ。
諸伏さんは派手に咳き込んでから、なんとか言葉を紡いだような。
『それネタ元はどこですか!?』
「あのバカだよ。松田。突然現れたと思ったら付き合ってくれって告られて、流石に仰天したな。私は重吾がいるって言う名目で断ったが」
『松田ッッッ』
「お前…!お前……!!!」と諸伏さんがか細い悲鳴をあげている。
ん、とすると警察官夏の大三角関係が形成されているのか。
佐藤刑事は松田さんが好き。
松田さんは萩原姉が好き。
萩原姉は重吾…誰だろ、さんが好き。
凄いな、やはり警視庁恋物語は見応えがあると言わざるを得ない。
耳をダンボにして話を聞こうとすると、諸伏さんに「今は俺の幽霊バレの話だろ!!!」と怒られてしまった。
そういうシリアスな話はいらないから、恋バナだけ聞かせてくれたまえ。
萩原さんは俺に向き直って手を差し出した。
「私は萩原千速だ。神奈川県交通機動隊の小隊長を務めている」
「どうも、萩原さん。探偵の黄衣ハスタだ」
「会えて光栄だ。君には死んだ人の魂をこの世に留める力があると聞く。それだけの力を持ちながら驕った様子がないのは、人格の表れだろう」
「ははは。所詮俺は人を生き返らせられるわけじゃない。見えるようにできるだけだ。眼鏡屋と大して変わらないさ」
力強い握手だった。
強く光の籠った閃光のような眼差しは、彼女が強い女性であることを示している。
諸伏さんがヤキモキしていたので、ついでに情報入手状況を聞いておくとしよう。
「それにしても、松田さんからはどこまで聞いてるんだ?」
「ん、ああ。あいつと諸伏が幽霊であること、降谷が化け物になったこと、君が魔法使いであること、例の爆弾犯は君達で捕まえたこと、ぐらいだな」
『それってつまりほぼ全部───!』
「あと探偵事務所に謎の大富豪が出入りしていて美味い高級菓子が時々出る、と」
マモーさんが「私のことですね」とブスッとして答えた。
出入りする大富豪ではなく、常にいる大富豪になりたいらしい。
全生活オーガナイザーのスケジューラーを確認して舌打ちしている。
隠居も楽ではないということか。
るーー、と諸伏さんが涙を流して「黒い風が荒ぶる黒い風になる…」とシクシク泣いている。
コナン君と星の精が元気付けているようだ。
星の精の触手が諸伏さんをヨシヨシして、中から血液グミを差し出した。
元気出せ、星の精のグミいるか?美味しいと元気出るぞ。
諸伏さんがしげしげとグミを受け取って口に放り込む。
「ウェッブッッ!?!?」と謎の苦悶の声を上げて飲み込んだようだ。
そして「美味かったよ、ありがとう」と梅干しみたいな表情で星の精の触手を握り返したらしい。
星の精は喜んでクスクス笑ったようだった。
萩原さんが少しだけ目を伏せて俺に声をかける。
「ところで、僅かな間だけでも弟を呼び戻すのは無理だろうか。一発怒鳴りつけてやりたいんだが」
「………少し、難しいな」
俺はできるとも言えず、言葉を濁した。
過去という時間から抽出すれば、それは過去の世界に紐づいた人間だ。
複製すればよく似た別人、並行世界も言わずもがな。
呼び出したとして、あるいは残像としてその時の未練を引っ張ってくることぐらいか。
だが、それでは逆に残酷だろうさ。
俺の返事に萩原さんは「無理を言ってすまないな。忘れてくれ」と軽く話題を変えた。
最初からそれができるとは思っていなかったのだろう。
だから先ほどの言葉はちょっとしたわがまま、心残りから来る駄々だっただけ。
おそらく強く美しいだろう女性の、ほんの少し見せた弱さのカケラでしか無いのだ。
あー。やはり作るかー、あの世。
そんなふうに悩みつつ、俺たちは千速さんと別れてその場を後にしたのだった。
そして今、激怒の黒い風の前に正座させられる松田さんの姿がある。
風は大荒れ。
探偵事務所内には黒く色付いた風がザワザワと書類の束を揺らしている。
紙が飛びそうだし、俺は無言で自分の紙束の上にセロハンテープの台を置いて文鎮がわりにした。
降谷さんは仁王立ちで松田さんを見下ろしている。
「申し開きはあるか」
『好きなやつに隠し事をする趣味はねぇ』
「………よろしい。今日から1ヶ月、お前の任務は黄昏の館の監視とする。森の様々な虫達に囲まれて、山奥で不眠不休でいつ爆発するともしれない不発弾の見張りをすること」
『テメェには人の心ってもんがねぇのかよ!!!』
「待って俺らの家そんな扱いなの!?!?」
初耳の情報に俺と松田さんは同時にいきりたった。
確かに定期的にニャル関係で物理で爆発するし、危険な生物が野に放たれたりするけれど!
山奥だし、その度に俺がせっせと直して危険生物を捕まえてるから問題ないと思ってたのに!
最近だと、ニャルが作った旧危険度7相当(十段階中)の手作り怪異が5万匹ほどわっと逃げ出したりしたか。
人里に降りる前に俺がすぐに全部処分したし、問題はないはずなのだが。
いやダメか。ダメだったらしい。
俺がしおっと項垂れると、コナン君が「いいわけないよね」とスマートにトドメを刺していった。
いいんだいいんだ、俺には星の精がいるから。
その辺でまったりしていた星のせいをギュッと抱きしめて不貞腐れる。
星の精は「ゲタゲタゲタッ!」と喜んだ。
そのまま俺の頭の上に乗り、その高さに「ゲタッ!」と喜んだのも束の間。
若干しゅんとした様子のコナン君を見て、慌てて飛び降りてコナン君の頭に張り付き直した。
「クスクス、クスクスクスクス!」と何やら言い募っている。
ごめんね、星の精は友達を捨てたりしてないよ!星の精と友達はずっと一緒だよ!
コナン君はニコニコして星の精を撫でくりまわした。
その間に松田さんの刑は決定したらしい。
諸伏さんの黙祷の中、両側を他の公安メンバーで固められて連行されていくのが目に入った。
うむ。俺もなるべく大人しくしておくとしよう。
でも、多分明日あたりニャルの作った愛情たっぷりパウンドケーキ第N弾が来るので、その時にちょっと爆発するかもしれない。
まあ、その時はその時ということで。
・萩原千速
本当は弟を抱きしめたかった。
松田みたいにひょっこりと帰ってきて欲しかった。
松田はいるのに弟はいないのか、なんて一瞬でも思った自分をぶん殴りたい。
・パウンドケーキ第N弾
今度はニャルラトホテプ自身をたくさん練り込んだ意欲作。
今、パウンドケーキはハスターの嫁の座を巡ってニャルラトホテプとガチバトルしている。
ハスターが帰る頃には決着がつき、パウンドケーキは「まあ我が夫と一つになるのもそれはそれであり」と納得する模様。
結局むしゃくしゃしたニャルラトホテプが全部食べたため、ハスターの分は無くなったらしい。
・あの世再実装計画
100年ほど第二の人生をまったり過ごしてもらうだけなら可能。
ハイパーボリアの人口が二億人ほどなので、あの世を本格稼働した場合、単純計算当時の40倍以上のハスターのリソースが喰われる。
ニャルラトホテプ激怒。