死んでいたのは先ほど仮眠に行くと言って30分前に出て行った演出家さんであった。
起こしに行こうとした脚本家さんが扉の前で焦っていて何かと思ったら。
扉が塞がれて少ししか開かなかったらしい。
それで念のため窓側のベランダに梯子をかけて、中を覗くことにして。
「あ、我が夫じゃないですか!ねぇ見てくださいよこれ!」
そのように死体を覗き込んで首を傾げていたニャルラトホテプを発見したのであった。
後から心配したプロデューサーさんも登って来たのが更にまずかった。
室内にいるニャルを見つけて、その脇に倒れて動かない演出家さんを確認して気が動転。
「誰だ!?ま、まさか株本さんを…!?」と騒ぎ始めたのだ。
羽虫がわけわかんないこと言ってんなー、と言う顔で、ニャルが内側から窓のロックを外して開けてくれた。
入り口の扉は死体があって動かない。
窓ガラスは施錠されてる。
密室の中でニャルが死体と一緒に元気にしてる。
終わりだ………。
俺が絶望していると、黒田管理官が現場を確認のために室内に上がり込んだようだ。
続いてコナン君もしれっと突入。
死体の様子を確認して淡々と推理を述べていく。
「青酸系毒物か。ペットボトルの水に混ぜて飲ませたのでしょうな」
「警察は僕が呼んでおいたよ。すぐに京都府警が来てくれると思う。あと、密室だけど副毒自殺じゃないみたい」
「ふむ。ペットボトルの口の様子か。ならば他殺の線は十分に考えられる」
コナン君と黒田管理官の会話に、騒ぎを聞きつけて他のメンバーもそろりそろりと梯子を登ってくる。
プロデューサーさんは慄いた顔で「やっぱり殺されたのか!なら犯人は…なんてことを…!」とニャルを青白い顔で見た。
ニャルは不愉快そうに腕を組んで目を細めた。
「はぁ?僕はこの羽虫で遊んだりしてないですけど。第一、さっき小芝居して羽虫に毒入り水を飲ませたのはそこの奴じゃないですか。見てましたよ」
「なにを…そもそも君は誰だ!?なんでここにいる!」
指差されて狼狽えた脚本家さんが憤って吠える。
もうなんも収拾つかん。
顔色の悪い服部君が「こらあかんのとちゃうんか?」と言って俺とニャルを交互に見るなどしている。
そうだよ。終わりだよ。
チクタクマンは静かに気配を消してニャルの視界に入らないようにしているようだ。
最近のニャル化身全員そうだよね。
あらゆる技術をフルに使って忍者になっていると言うか。
さて。
そのあたりで俺は時間停止魔術を発動した。
俺と関係者の時間を俺が賄って、こっそり相談タイムに入るためだ。
ニャルの不愉快さが閾値に達して、今にも無実のプロデューサーさんをプチっとやってしまいかねなかったからな。
ここまで我慢してくれているだけ、俺の光で成長していると言えるだろうが。
時間を捻出したのは俺自身に加えてコナン君、服部君、黒田管理官、ついでに星の精の四人分だ。
ニャルは自分でなんとかするし、問題なかろう。
「相変わらず気持ち悪いほど息子贔屓ですよね。ホイホイ言うこと聞いて」とニャルは感心したように言った。
ヨグ=ソトースは今回も俺を転がし回したあとに律儀に止まってくれたし。
感謝するばかりである。
俺たちは寄り集まって、とりあえず相談を始めた。
黒田管理官がまず一礼する。
「黄衣探偵の奥方ですね。先日は素晴らしい結婚式にお呼びいただきありがとうございました」
「へぇ。弁えた羽虫ですね」
「また今回罪を犯した人間は私どもの方できちんと裁きを下します。あなたをご不快にさせたこと、心より謝罪いたします」
「……僕は手を引けとは、大きく出ましたね。でもいいでしょう。今の僕は上機嫌なので特別に許します」
「ありがとうございます」
薄氷の上を渡るような会話に、俺は全身汗ぐっしょりになった。
おそらく最低限人間側が引けないラインを最初に提示して、ダメそうなら殺されることで引かざるを得ない理由になろうと思ったのだろう。
「説得を試みた警察官が殺害されているから、もう諦めるしかない」という人間側の結論をスムーズに導き出させるために。
体張りすぎである。が、話はシンプルかつ最速だ。
最良の結果を引き出した黒田管理官を崇めるべきだろう。
ニャルも俺の光を得て多少丸くなってるし、賭けとしても悪くない期待値だったかもしれない。
おお、でも俺の肝は縮み上がったよ……。
ニャルは会話を終えるとシュンっと移動して、俺と腕を絡めて恋人繋ぎをした。
頬を染めて猫のようにうっとりと俺に擦り寄る。
「ねえ聞いてくださいよ我が夫!前にいなくなったナイトゴーントが見つかったんです!」
「へぇ。それは可哀想に……じゃなくて。ええと、どこにいたんだ?」
「アメリカで羽虫に飼われてたので、摘んで持って帰りました。今僕たちの家の水槽に入れてあります!」
「空気ぐらいは確保してやろうな。溺死しないように」
俺の言葉にニャルはハッとした様子を見せた。
どうやら忘れていたらしい。
軽く手を動かしてからしばらく魔術を遠隔で捏ね回してから、ニコッと笑顔を作る。
「蘇生しておきました!まったく、羽虫はこれだから軟弱でダメですね」
「ウン……」
「これを報告に来たんです!そしたら羽虫が羽虫を一生懸命潰そうとしてて笑えちゃって。それであそこで見てたんですよ」
「なるほど」
ニャルの証言によると、どうやら犯人は脚本家らしい。
わざとゴムボールを使って部屋のドアがロックしたように見せかけて扉を塞ぎ。
俺たちがベランダに回るうちにゴムボールを外して侵入、殺害。
平然と部屋を出たと言うわけだ。
コナン君が「とすると、ゴムボールを包んだセロハンテープから指紋が出れば犯行は立証可能か」と目を細めている。
全部ネタバラシされてややモニョモニョしているが、迅速な解決は必要だと心を切り替えたようだ。
まあ今回は偶然目撃者がいた殺人事件とそう違わないしな。
服部君が眉間に皺を寄せて難しい顔をする。
「せやかて、最大の問題は黄衣サンの奥さんやで。密室トリックは暴かれとるから、犯人である必然性はない。けど、どうしてそこにいたのかっちゅー疑問が残る」
「僕は夫の元に転移しただけですよ?」
「普通の人間は弱っちくて転移なんてでけへんのや。アンタみたいな強いやつへの想像力もない。おまけにアンタの存在は秘されとるから、変な勘繰りする奴がぎょうさん出る」
ニャルは服部君の解説にため息をついたようだ。
そして「羽虫弱すぎて可哀想……」と純粋な憐れみを見せた。
弱いものへの同情が生まれているようで何よりである。
俺は頭をかいて結論を出した。
「ともかく、目撃者の記憶は俺の方で整合性が取れるように書き換えておくよ。あんまりいい手ではないんだが仕方ない」
「ご助力感謝します。事件自体は京都府警に任せて、万が一のため公安と情報を共有しましょう」
「うーん、ニャルはあの部屋に来てから何か痕跡残したりした?」
「部屋がボサかったので模様替えしました。椅子に座る時に椅子自体もいいのに変えたかな?最後に影に良さげな場所があったので駆り立てる恐怖を一匹置いておいて。それぐらいですね」
「失礼、本件は公安で巻き取ります」
素早く前言を翻して黒田管理官は頷いた。
まったく、とんでもねぇニャルラトホテプだ。
・駆り立てる恐怖
ニャルラトホテプが飼ってるコオロギぐらいのもの。
姿はコウモリの翼が生えたデカ蛇。
実はニャルに飴玉のシェアみたいなノリで何匹かハスターももらっている。
賢いのでしばらくハリ湖の宮殿で飼っていたが、数万年前に寿命で死んだ。
今は墓に自身の落とし子を置いて弔っている。
・ニャル
夫がいるといつも上機嫌。(説得に+20)
光を受けて丸くなっている。(説得に+40)
結婚式を褒められた!(説得に+20)
羽虫の言葉には耳を傾けない。(説得に-80)
部屋は僅かでも滞在するには見窄らしかったので空間的にリフォームしてある。
本棚に駆り立てる恐怖を押し込んで満足した。
今無理やり本棚に押し込められた蛇が本棚でしおっとしてる。
・ナイトゴーント
アメリカの研究施設でのんびりやってたら連れ戻されて鬱鬱の鬱。
そっと溺死して蘇生されて、檻の中で震えている。
放し飼い犬テュフォンは革張りのソファで黄衣からもらった高級ジャーキー食ってる。