弾き出しに諸伏さんを巻き込んでしまったなり。
毎度恒例、世界からの弾き出しが起きたのだが、偶然規模が大きく買い出しで一緒だった諸伏さんを巻き込んでしまった。
咄嗟に俺の神域に隔離しなければ、諸伏さんは移動の衝撃で消し飛んでいたことだろう。
場所はどこぞの山奥だ。
よくはわからんが、人が周囲にいないのは幸いである。
早めに足場を組んで帰るとしよう。
どこか淀んだ空気が漂い、木々は不気味にざわめき薄暗い。
というかシンプルに気の重くなるような陰鬱なエネルギーが、辺り一帯に立ち込めている。
買い出しのビニール袋を下げたまま、諸伏さんがキョロキョロした。
『いやどこここ?というか空気が美味しい。すーはー』
「吸わないで薄汚れた空気沢山吸わないで!!」
諸伏さんをべしっとはたけば、「え、汚れてんのこれ?桃の天然水みたいな匂いだけど」と困惑した顔をした。
悪霊的にはいい感じの空気に思えるらしい。
アメリカザリガニに住みやすい水もある、ということだろう。
『で、何処なんだここ。普通の森じゃないと思うんだが。異界の類か?』
「俺たちの住む世界じゃないのは確かだな。重なり合う別の宇宙、遠い枝葉の先だな」
何処ぞの世界で「異聞帯」と呼ぶものに似ているか。
並行世界にしては遠すぎて、外宇宙に片足突っ込んでいる。
まぁ大体の理は一緒だから、そこまで深く考えずともいいだろう。
時間のルールは相変わらずヨグ=ソトースだし、結局のところアザトースの夢のうちだ。
そう説明すれば、諸伏さんは「はえー」とだけ言った。
そんなバ ナ ナみたいな顔しなくても。
と、そこでガサリと茂みが音を立てた。
静かに振り向けば。
そこには、奇妙に歪んだ人の死体のようなものが佇んでいた。
怪異だ。
どうやらこの辺に満ちているエネルギーが凝り固まってできたものらしい。
首吊り死体のような形をしたそれが、歪んだ笑い声とともに呪詛を吐き出した。
【ぎゃははははははは!!!!】
俺と諸伏さんの首に、呪詛が具現化した縄がかかる。
荒縄がぎゅうと締まり、鋼鉄のような毛羽立ちが首を掻きむしる。
だが正直、諸伏さんの五分の一と言った程度の規模感だ。
面倒な怪異だが、呪詛の規模は諸伏さんの方が遥かに上。
試しに吊られてみようか、と無防備で受けようと棒立ちになる。
そこで、吊られる前に諸伏さんの呪詛が完成したようだ。
片手で吊り縄を掴み、諸伏さんが叫ぶ。
『無意味に死ぬのは一度だけでいいんだよ…!黄衣!決め手は頼んだ!』
「あいよー」
展開されたのは諸伏さんの十八番、死にたどり着く不運の呪いだ。
よくよく観察してみれば、どうやら「この不運から解放されるには自ら死ぬしかない」と相手に思わせる付属効果もあるらしい。
非常に悪質なそれは、諸伏さんが相手を認識するだけで発動条件を満たす。
怪異は絡みついた呪詛から逃れようとして、足が木に引っ掛かって体勢を崩したようだ。
物質透過ぐらいできるだろうに、「それを忘れる」という不条理な不運が怪異を縛る。
よし、と俺も動き出す。
触手を亜空間からちょろっと出してペシャリ。
それだけで、怪異は跡形もなく霧散した。
『なんだったんだあれ…』
「わからん。変な怪異。とりあえず早く帰ろう」
『そうだな。今日は刺身定のつもりだし、早く冷蔵庫に入れないと傷む』
まったりと相談しながら、帰還のための足場をせっせと構築していく。
えっさ、えっさ。
諸伏さんもいるから丁寧に作らねば。
さて。
そこに不意をつくように、俺たちに声をかける影が一つ。
「そこの二人、人間じゃないよね。片方は呪霊っぽいけどなんか変だし、もう一人は……何?」
そのように首を傾げて、目隠しをした銀髪の男性が木陰から出て来たのだ。
男性の容貌はまるで日本人らしくないが、話しているのは日本語だ。
もしかしたら俺たちがはちゃめちゃ人外バトルしているのを見られたかもしれない。
いや、こんな山奥の不吉な場所ににわざわざ来ると言うことは、この世界における怪異ハンター的なやつだと思われる。
ならば早く帰ることを伝えれば穏やかに終われるかもしれない。
俺はパタパタ手を動かしてからぺこりと会釈した。
「あー、すまん。俺たちは遠い別の場所から来た者で。今すぐ帰るから見逃してほしい」
「凄くふんわりじゃん」
「いや説明しようとすると概要だけでも新書一冊ぐらいになるんよ。ともかく俺らは消える世は全てこともなし。オーケー?」
目隠しさんはうーん、と審議中みたいな顔をした。
そして頷いて「良いわけないんだけど、戦闘もこう、気が乗らないと言うか」と困った様子を見せた。
「君何?呪力でないものを纏っているよね。あとその奥に何か空間が続いてるような、妙な感じだ」
「いやぁ、俺は人間じゃなくてぇ。先っぽを人間に化けさせて、チョウチンアンコウみたいに本体を隠してるだけでぇ」
「呪霊の生態じゃん露骨に危険で笑う」
ジュレイとやらが何かは知らないが、ともかくいい意味ではないのは間違いない。
俺はむしゃくしゃして黙り込み、そっと諸伏さんに慰められた。
目隠しさんは次は諸伏さんを見た。
「そっちは過呪怨霊かな。でもこっちも呪力の質が妙、と」
『怨霊なのは間違いないが、俺たちのいるところとは文化圏が違いそうだな。俺らは帰るし、そっちの迷惑にはならないよ。というかむしろ同業者側だし』
「うん?」と目隠しさんはきょとんとした様子を見せた。
「呪霊なのに呪霊を狩るの?」
『いや俺自認人間だし』
「俺も自認人間」
「警察官を名乗る人物から詐欺電話かかって来た気持ち」
目隠しさんはふーむと再び審議中の体勢に入ってしまった。
すごく失礼な言われようだが、ちょっと否めねぇ部分もあり否定できない。
目隠しさんはもう一度俺たちを見て、考え込んで、また俺たちを見て、うんうん唸り出した。
すごく迷っているらしい。
このまま見逃すのは危険な気がするが、敵対するのは嫌な予感が拭えない、ぐらいの雰囲気感だろうか。
額に手を当てて悩みに悩んだ上で、キリッとした様子でピンと人差し指を立てた。
「ちょっと手合わせしない?ちょっとだけ。コツって技当て合うだけ」
「なんで!?!?!?戦闘民族!?!?」
「いやぁ、危険度測りたいなって気持ちと、なんかあった時のために記録に残したいのと、純粋な好奇心」
『俺パス。端っこで見てるだけでいい?俺か弱い一般幽霊だし戦闘なんて怖いことできない』
一抜けしようとする諸伏さんをむんずと掴んで縋りついた。
ヤダヤダ俺が戦うのは嫌でござる!
「いやそれを言うなら俺だって無害な一般旧支配者だろ!!」
『巨大イカ怪物がなんか言ってる』
「と言うか諸伏さんこそ行くべきだろ!俺は出力がデカすぎて殺さず戦うのは無理!殺さないようにアリを踏むのは力の加減が難しいんだって名言を知らんのか!」
『そんな名言あったっけか』
「うーん、僕からマジレスさせてもらうとそれは怪物側の力の制御がカスなだけ。アリを殺さず転がして一人前でしょ」
ボロクソ言われて俺は倒れ伏した。
怪物目線でのご批判全くもっておっしゃる通りです……。
「ちょっとだしプロレスみたいなもんだって。殺しは無し。異文化交流会だよほら、二人とも構えて」と目隠しさんに促される。
俺たちはしぶしぶ、のっそりトロトロと位置についた。
やっぱ無視して逃げて帰ろうかな、と思うなどする。
だが、目隠しさんの今後のためにも、ここは受けておいた方が良さそうだ。
彼は自然に己を怪物の立場に置いていた。
怪異を討伐する仕事を生業としてなお、己と比肩する相手がいないという証左だ。
そりゃあまりに危険だろうよ。
羽虫プチプチするだけの怠惰な旧支配者が俺の敵ではないように、同格同士での経験の不足は致命的な隙を生む。
そう言う意味で、彼の経験のためにも少し力を見せてやるのは悪くない。
彼自身こうも手合わせにこだわるのは、俺たちの力が自分に比肩するそれかどうかを確かめたい、無意識の孤独感によるものだろうし。
彼の総合戦闘能力は初期段階の降谷さん、すなわちニャルラトホテプの化身・黒い風ほどもある。
あと何らかの概念的な護りを纏っている。
人間とはとても思えないほどの規模なのだ。
早々比肩する人間など現れまいよ。
お互い構えて、まず目隠しさんが宣言する。
「じゃ、始めて」
クイ、と手を軽く引いてかかってこいと合図する。
カッコいいなそれ。俺もやりたい。
諸伏さんが再び最速で呪詛を組み上げた。
今度は死に至る付属効果は抑えてるようだ。
意識を通して伝播する悍ましい出力の呪詛が、目隠しさんの前でパッと弾けるように霧散した。
諸伏さんが困惑に眉を下げた。
『あ、あれ?手応えがない。届かなかったのか、この距離で?』
「だろうね。あの目隠しさんの体の周りには概念的距離が敷き詰められてる。仮想の無限、というやつかな。諸伏さんは遠く離れた太陽系外の対象に呪詛を撃ったに近いんだ」
『なるほど!めちゃくちゃズルくないかそれ』
「僕の術式を敵が術式開示する方がズルくない?僕の縛りにならないんだけど」
むっつりして目隠しさんは口を曲げた。
どうやら彼の呪詛はその内容を明らかにすることで簡易的な威力向上の機能を担う機能があるらしい。
というか、人間の身で呪詛を扱うって、すげー気分が沈むと思うんだけど。
戦ってる最中ずっと鬱々としたこと考えて、負担にならないのかなと心配する俺である。
目隠しさんは「じゃあこっちも!」と動き出した。
ターン制コンバットらしい。いよいよプロレスだ。
派手に吹っ飛んでやらねばならんかな。
目隠しさんが瞬間移動で俺の前に出現。
コンマ単位のわずかな時間で、何らかの強力な衝撃波を発する。
おそらくは斥力だろう。
食らったら俺の人間体がミンチになってしまうし、吹っ飛ぶのは無し。
斥力へと干渉してエネルギーの方向操作。
エネルギーを曲げて背後に散らしてやる。
俺を避けたエネルギーが、木々をいくつも薙ぎ倒していく。
衝撃波の威力は中々のもので、森には巨大怪獣が爪を立てたような跡がついた。
諸伏さんが「お助けー!お助けー!!!」とか細く悲鳴をあげて小さくなっている。
こんな兵器みたいな出力の技を様子見で出されては、そりゃ諸伏さんは怖かろうよ。
目隠しさんは謎の力で己の術が干渉を受け、びっくりした様子を見せた。
俺も目隠しさんに手を伸ばし、術式を組み上げる。
加速した時間の中、目隠しさんが防御を固める素振りを見せた。
ともかく、何にしても無限は解除すべきだろう。
戦いにおけるセオリーは、最初に敵の概念を一刻も早く剥がすこと。
呪詛の組成を細かく分析していく。
どうやら彼の呪詛は距離の概念と密接に紐づいているようだ。
ならばその無限の距離を、無限の時間をもって踏破すればいいだけ。
無限同士の戦いはリソースの勝負。
リソースで俺が負ける道理は無し。
パチ、と小さく手の先から光が散る。
瞬間、彼の体に敷き詰められた無限が崩れ落ちた。
「ッ!!!」
「解除完了。丸裸だぞぉ!」
『さすが黄衣!そこに痺れる憧れる!』
「もっと褒めたまえ」
遠くからヒューヒューと歓声を上げる諸伏さんに、俺は鼻高々になって胸を張った。
数々の旧支配者とバトってきた俺にとって、概念勝負は得意中の得意である。
というか諸伏さんサラッと逃げてんじゃん。
構築しても構築しても、端から解除される守りに目隠しさんはますますむっつりした。
臍を曲げているようだ。
「いややっぱズルくない?僕の無下限をどうやって突破した感じ?」
「ガード値を削り切っただけだよ。無限は無限で突破できる理論。守りが一枚だとこうやって突破されるから、最低でも10枚は着といた方がいいと思う」
「なるほど。多重無下限ね……」
「あと個人的にはただ遠くするより、距離を使って入り組んだ道を纏うのもありだと思う。そのままだとまっすぐ走るだけで突破されるし」
「うーん、ちょっと脳のリソースが足りなさそうかも」
「なら仕方ないか。あと空間干渉系とか世界干渉系が来ると一撃死するから気をつけてね。ワープとか。もしもの時のために無限を道以外の形にする方法を練っとくといいよ」
ふむ、と目隠しさんは何やら思考を巡らせている。
諸伏さんが相変わらず遠くから「怖い話してる?」と聞いてきたので「別にしてない」と答えておいた。
単に若かりし頃のヤンチャ経験から、喧嘩の流儀を教えただけだ。
今もヤンチャじゃんって言ったやつは一列に並べてケツバットな。
俺も一時期、無敵バリアーしてた経験はある。
でも大抵概念対決になって意味なくなるんだよな。
最終的にはじゃんけんだ。
相手に合わせてどれだけ有効な概念を繰り出せるかの格ゲーというべきか。
そうして。
最終的に、お互いの技術交流会へと移行した。
やはり目隠しさんは怪異ハンターだったらしく。
諸伏さんの存在に訝しみつつ、見逃すことにしてくれた。
同格対戦向けの俺のアドバイスもたくさん教えたし、学びになっているといいな。
目隠しさんには「ねぇここに滞在しない?職場斡旋するし、授業料も払うから」とお願いされたが。
俺達には帰るべき場所があるからな。
ノウハウを本型のアーティファクトとして印刷して目隠しさんに渡して。
俺たちは帰ることになったのである。
無下限術式とかいう呪詛は非常に面白かったので、俺も理論を保存しておいた。
彼がこれからも元気にやっていくことを、俺は願うのである。
・諸伏さん
呪術界では「相手を不運にする術式」と解釈される。
自立する魂そのものなので、真人と同じく魂に干渉しないと攻撃できない。
近接戦は人間程度なので、虎杖に殴られるだけでしめやかに死ねる。
か弱い一般悪霊。
・ハスターの適職
実は能力バトル界の王者がいちばんの適職。
一対一での能力バトルにおける瞬間瞬間の判断・解析力がずば抜けている。
その力は存在規模で遥か格上のニャルときちんと喧嘩できるほど。
クトゥルフ戦も存在規模ではクトゥルフの方が上だったが、足手纏いの羽虫を守りつつ、猛攻を全部捌いて勝利できる程度には格ゲー巧者。
戦って結果的に世界を救う、ドラゴンボール孫悟空的な才能の方向性である。
・五条悟
まだ乙骨とは会っていない、0より前の時間軸≡はまだ遠い。
新しい知見を得てふむふむと新技を考えている。
黄衣のことは途中から先輩って呼び始めた。怪物の先輩。
貰った本は概念対決の基礎がみっちり詰まっている中級者向け(ハスター談)の本で、大切に読み込んでいる。