「うわぁぁあん羽虫潰す!絶対潰す!我が夫のこと怖がらせた!!!」
「ニャル待ってステイ、どーうどうどうどう!」
慌ててニャルの様子を見にいけば、ニャルはガチギレ燃え上がる三眼で、今この瞬間にも暴れ出そうとしていた。
間に合って本当に良かった。
アイディア成功で俺に声をかけてくれた降谷さんに感謝しかない。
ニャルを羽交締めにして警視庁まで行けば、降谷さんにきつく注意されてしまった。
「こんなところに爆発物を持ってこないでくれ!」
「仕方なかったんだ!置いといたら爆発するし!」
「手元にあっても爆発するだろう!」
降谷さんのツッコミに俺は重々しく頷いた。
それはそう。ニャルはどこにあっても爆発する。
だが、こればっかりは仕方あるまいのだ。
俺も早急に相談することがあったし、こんなニャルをマンションに置いておいたら大惨事になりかねない。
不満たらたらの超不機嫌ニャルをパイプ椅子に座らせて、降谷さん、公安信者さんと相談会を開くこととする。
部屋に入ってきた公安信者さんが、ニャルの様子に慄いて身を固くしている。
「そのように荒ぶる這いよる混沌を、神は制御しておられるのですね…!」
「いや制御ってか撫でて機嫌取ってるだけ。おーよしよしニャル、我慢できてえらいぞ!」
「本当ですか!?そろそろ羽虫全部潰していいですよね!?!?」
「そんなわけないね。よーしよしよし。鎮まりたまえニャル」
ニャルはブツブツと文句を言って拗ねて丸まってしまった。
この辺の廊下には、立ち入り禁止の物々しい札が掲示されている。
廊下も封鎖されてKEEPOUTの紐で閉じられ、怪異対策課のメンバーが立って見張りをしている。
万が一ニャルが悪いことをしても被害が少なくなるようにとの配慮だ。
「それで黄衣君、話というのはなんだ?」
降谷さんが目を細めてから、ゆっくりと問いかけてきた。
俺は少し躊躇いながら言葉を落とす。
「今回の一件、俺が神罰を下しても問題ないか確認したくてな」
「………今回の犯行が国家的な攻撃と見做している、ということか。我々に裁くことは不可能だと」
「まあ、神として振る舞う俺を直に狙ってるんだから、ちゃんとしないと流石にまずいだろ?国民が俺の力に不安を抱いたら、国内の怪異への恐怖が制御不能になる」
この短い間に、俺襲撃の一報は世界各地で大ニュースになっている。
今日の式典の関係者がヘマをしたらしく、動画が拡散したのだ。
既に該当関係者は確保されているが、既に銃撃される俺がヘリから無傷で下手人を確保する動画は大きく拡散。
回収不可能な状況になってしまっている。
東都内でも不審な黒い戦闘ヘリが写真に収められていて、SNSは大騒ぎ。
近隣から銃撃音と煙が上がっていたと目撃証言も上がっていて、TVは緊急ニュースで持ちきりだ。
こうなってしまえばもう、報道規制は不信感を増幅させるだけ。
ネットには流言飛語が飛び交っているが、概ねその意見は一致している。
国民の論調は「裁きを!」の一言だ。
日本を馬鹿にしている、神に銃口を向けるなんて罰当たりにも程がある、これは国家への攻撃だ、などなど。
SNSの過激なところでは死刑を望んでいる声も多く、過熱の一途を辿っているらしい。
このままいけば「早く処刑しろ」になり、「なぜ処刑しないのか、政府の怠慢だ、神は神罰を下すべき」になり、「もしかして神に神罰を下す力がないのか?」という疑念に変わりかねない。
降谷さんは大きなため息をついた。
「確かに。僕としても最悪の事態は避けたい。だが現状、銃の使用や密入国はともかく、君への攻撃は大した罪にはならない」
「『器物損壊』に近くなるんだったか?怪対関連法では」
「ああ。怪異に権利は認められていない。今回捕縛された被疑者も、毒で強要されての犯行だった。罪は軽くなるだろう」
難しいことだ。
あまりに罪が軽ければ国民は納得せず、俺に神罰を望むだろう。
俺は国民の恐怖を抑えるため、力無き神だと思われるわけにはいかない。
「それに…政界の対応が少し面倒だな。君の話だと、タランチュラに依頼を出したのは某国党幹部なんだろう?」
「おうとも。党もそのことを把握済み、というか依頼を出すよう指示してる」
「とするともし君が神罰を下すとして、議員の一部が喚くかもしれない。国際関係を悪化させるべきではないなどと嘯いてな」
「うーーん。内憂外患なんじゃよ」
俺は頭を押さえて肩を落とした。
もう俺が怒ったことにして、独断で神罰を下しちゃおうかな。
そうすれば人間はどうしようもなかった、ということで選択の責任を免れるし。
ニャルはだんだんつまらなくなってきたらしい。
ハンドスピナーをシャーーと回転させ始めた。
ビロビロ俺の触手がパイプ椅子に当たっている。
俺は咳払いして口を開いた。
「君永さんのほうは黄色の印の兄弟団を対応してもらってたと思うけど、状況はどうなってるんだ?」
「既に呪殺の準備は整っております、神よ。米国本部と日本支部双方より同時に、この世の全ての苦しみを煮詰めた呪詛を送る手筈です」
「待って待って待って!!!」
公安信者さんの言葉数が少なかったのは力を溜めててだけだったらしい。
轟々と煮え立つ炎をたぎらせながら頷いて、公安信者さんは拳を握りしめた。
絶対仕留めるという意気込みを見せてくれているらしい。
やめて。仕留めないで。
俺は決意して、自身の両頬をはたいた。
この何を選択しても責められる局面で、人に責任を押し付ける方がかわいそうだ。
俺が怒りのあまり独断で動いたことにしよう。
「うん、決めた。俺が勝手に、直接神罰を下すから黄色の印の兄弟団は手を出さないこと!」
「神自ら下手人を介錯されるとは、なんと慈悲深い…!承知いたしました。神のお言葉を信者全てに伝え、その御心の深さを知らしめます」
降谷さんの表情がFXで全部有金溶かした人みたいになっている。
たぶん公安信者さんのキャラが崩壊しているのに言いたいことが山ほどあるのだろう。
俺は全肯定BOTムーヴしか見たことないが、それ以外では完璧辣腕鬼上司らしいからな。
ちなみに、俺襲撃の一報を受けて、各神話組織の動きは様々だ。
星の智慧派は一斉に肉体を精神生命に置換して、ドリームランドに避難したらしい。
智慧派の内部では、怒り狂った旧支配者が羽虫を蹂躙するのだともっぱらのうわさとのこと。
皮膚の兄弟団は「夫さんが酷いことされて傷付いたニャルラトホテプたんを想って泣く会」を開催中。
歪みねぇ奴らである。
大英博物館はいつもの通り「怪異なんてない」の姿勢を堅持している。
英国では今回の事件も「行きすぎた信仰心が生んだ珍妙な事件」として報道されているようだ。
これも一つの賢者の形だろう。
ニャルが情けない顔で俺を見上げている。
ちょっと目がうるうるして、泣きそうに見える。
俺はニャルを優しく撫でた。
ニャルはゴロニャンと甘えて、俺に擦り寄った。
「羽虫、族滅していいですよね?」
「ダメ」
ニャルは瞬時にひっくり返って泣き喚き、部屋の窓ガラスを全部割った。
・ニャルニャル
ハスターが内心実は深く傷付いてるのを理解している。
大切に想ってひたすら奉仕していた羽虫に「不要だ、居なくなって欲しい」と悪意をぶつけられて。
すごく辛いんですよね、我が夫。
大丈夫、碌でもない羽虫共は僕が全部片付けますから(燃え上がる三眼)
・旧支配者ハスター
繊細さん。
羽虫に殺されかけるたび、ペットに突然唸られた犬飼い並みに凹む。
神罰の内容マジで悩んでる。
何故か血糖値が上がって食事制限しなければならなくなる呪いとかでいいかな…。
・ダゴン秘密教団
大歓声拍手喝采。汚いヤジが飛んでる。
だがこの程度ハスターにはなんの痛痒も与えられていないのは理解しているので「飼い犬に手を噛まれてるwwwダッサwww」「流石猿、信仰する神を攻撃するとか低脳過ぎワロタ」と煽り散らすに留める。
こいつらには近々ハスターの瞳を通して強烈な呪詛が直撃する。