なんでも、既に二人の犠牲者が出てしまったかもしれないとのこと。
元々、諸伏さんが調査に行ったのはおよそ三日前。
一ヶ月前の不審な焼死事件の調査と、勘哲という僧侶が突然行方不明になってしまった件の聞き取りに行ったのだ。
一ヶ月前に焼死体で発見されたのは、仏像研究家さん。
直前にこの寺の仏像に文句を言っていたそうだから、それが紅蓮髑髏の気を引いてしまったのかもしれないとのこと。
勘哲さんに関しては、行方不明になったのは五日前。
隠れてタバコを吸っていたから折檻部屋に入れたそうだが、それから姿が見えなくなってしまったらしい。
一通り探したものの、諸伏さんの方では行方不明者の発見はできなかった。
不安そうな和尚さんが「やはり紅蓮髑髏を祓うことは不可能なのでしょうか…」と気落ちした顔で俯いた。
俺はキッパリと宣言した。
「まず、その二件は紅蓮髑髏の仕業じゃないですね。諸伏さんを襲ったのは間違いないですけど」
「………え!?!?」
俺は出してもらった茶をすすりながら頷いた。
これには諸伏さん達も驚いたようで、目を見開いて俺を見ている。
降谷さんが素早く化身としての思念を繋げて「先に言ってくれ!」と苦言を呈した。
すまんかった……。
和尚さんが困惑して眉を顰めた。
「で、ですが確かに人魂が浮かんで…」
「うーん。紅蓮髑髏の纏う炎は、実際のところ温度のある火じゃないですから。神域を持たないから人を攫うこともない」
何のトリックを使ったかは定かではない。
だが間違いなくその二件は人の仕業だ。
そしてさらに重要なのは、神のテリトリー内での殺人は間違いなく紅蓮髑髏の神罰対象だということ。
犯人は間違いなく紅蓮髑髏に狙われているはずだ。
「犯人の保護を急いだほうがいいでしょうね」
「だが、もし殺人犯がいるとするなら、既に紅蓮髑髏に食われているんじゃないか?」
降谷さんが冷静に発言する。
確かに一件目の殺人は一ヶ月前のことだし、通常なら既に襲われている頃だろう。
しかし、俺はその意見を首を振ってそれを否定した。
「猶予期間をもらってるはずだ。紅蓮髑髏は旧神だ。祈れば、それだけ猶予期間がもらえる」
「……罰を先延ばしにできるということか?」
「そうだな。そう長くは待ってくれないけど、一ヶ月は持つと思う。悔い改める時間をやろうってな」
そう思うと結構慈悲深い性質の旧神だ。
肌感覚での裁きだが、文書化できる程度には定量的だし。
一族郎党裁いたりせず、魂を丸呑みにした後無闇に苦しめることもしない。
今は失伝してしまっているようだが、猶予期間のうちに償いとして一定の儀式を済ませれば減刑も可能だったりする。
諸伏さんが襲われたのは単に重罪過ぎただけだろう。
紅蓮髑髏の基準はイマイチわからないが、死者の恨みは割と重罪として扱われがちだし。
諸伏さんが難しい顔をして眉間に皺を寄せた。
今は俺が魔術でコーティングしているので紅蓮髑髏に襲われることはないだろうが、やはり思うところがあるはずだ。
『一ヶ月か。もうギリギリだな。償いがなされなかったら魂を丸呑みにされるって、具体的にはどうなるんだ?』
「魂は純エネルギーに変換されて消滅。抜け殻の死体が残るだけだな。旧神にしては非常に穏やかな性質だよ」
『なるほど。こりゃ時間との勝負だな』
和尚さんがナムナムと祈って「おお、なぜこのような罪を犯すのか…!」とまだ見ぬ犯人に祈っている。
そして二人のお坊さんのうち一人が、顔を真っ青にして震えている。
自白と捉えてもよろしいので…?という土気色の顔だ。
まあ、自ら罪を告白しないなら死ぬだけだ。
そこまでは面倒は見きれない。
というか、複数人殺してるしギリ自白しても法の元で死刑はありうるか。
一旦俺たちは現場の検証をするという名目で、和尚さん達と離れることとする。
まだ外では雨が降り続いているようだ。
シトシトとした雨音と土の匂いに、都会とは違う安らかな空気を感じる。
チクタクマンがふーむ、と実に疑問符を散らばらせながらスマホから音声を出力した。
『なんで人間はあないな無害なモンをわざわざ封印したんやろか。チマっこくて便利な治安維持機構やないか』
「アホ吐かせ。人の守る法を人が決めんといてどないせい言うねん。誰にとっても禍根が残るだけや」
『あぁーー。そりゃそうやな』
「あとチマっこいって何や」
服部君のツッコミに、俺と降谷さんは静かに頷いた。
あれは確かにチマっこい。
俺たちが客間で話を聞いている時も睨んできていたが、頑張って人間に威嚇しているカマキリであった。
チクタクマンも、人の智慧の結集たるパシフィック•ブイそのものを身体となす超巨大神格。
今でこそ海底に沈んでいるが、自己改造で地表の文明を蹂躙するぐらいわけないサイズの存在だしな。
さて。
折檻部屋は薄暗い、灯りのない小部屋であった。
足を一歩踏み出すたびにギシギシと音が鳴る
俺は入ってすぐにその異常に気づいて、壁に駆け寄った。
「この壁の向こう!人が死んでる!」
「なに!?隣の部屋に入り口はないし、隠し扉の類か……少し待ってくれ!」
降谷さんが少し手を振れば、内側からギシリと壁が動く。
どうやら風で内側から押したようだ。
取手のない外開きの扉なら、これが一番早いだろう。
中にはお坊さんが一人、縛られたまま横たわっていた。
コナン君が脈を確認して「もう亡くなってる…」と目を伏せた。
同じくポッケの中の星の精も震えながら触手を出してナムナムしている。
この大きいの動かなくなった…怖い…と星の精は死の概念に怯えているようだ。
情緒が順調に育ってきていて何よりである。
ただ身の回りに殺人が多すぎて、動かなくなる=悪い奴にそうされた=白黒の車が来る、の図式が染み付いてしまったようだが。
いや他殺の方が死の原因として珍しいはずなんだけどね。
コナン君界隈がスリルショックサスペンスすぎるのがいけない。
と、俺がよそごと考えている間にも、コナン君が死体の状況を見てため息をつく。
「間違いなく監禁されて、その間に脱水で死亡したんだ。これは怪異の仕業じゃなく、人間の───」
瞬間。
下からお坊さん達の悲鳴がこだました。
俺としても少し予想外だ。
前回の顕現から三日しか経ってないのに、よくもまあその中途半端な封印された状態で再顕現できたものだ。
よほど頑張ったのだろう。
全員、全速力で現場へと駆けつける。
道中チクタクマンが服部君に防護魔術を掛け直していたから、俺もそれに合わせて諸伏さんへ再度加護を付与した。
これで狙われてもそうそう酷いことにはなるまいよ。
現場に入ってすぐ目に入ったのは、燃え盛る二メートルほどの頭蓋骨だ。
非物質的な炎が燃え上がり、空間を揺らしている。
巨大な歯がカチカチと鳴り、罪人にその意思を伝えた。
和尚さんが腰を抜かしてお経を唱えている。
もう一人も恐怖に動けないようだ。
紅蓮髑髏は犯人の前で赫赫として炎をたぎらせ、虚ろな眼光を向けた。
【裁き。───苦しみ。解き放つ。──炎】
「ヒィィイイイ!お助けを!お助けを!!私が、私が殺しました!だから!だから!!」
【裁き】
目の前でギラつく口蓋をガバリと上げた。
魂を吸い出そうとしている。
素早く降谷さんが間に割って入り、それを風でもって拘束した。
規模としては降谷さんの方が断然上。
身動き取れない紅蓮髑髏が、ジロリと降谷さんを見る。
【裁き。裁く。苦しみ】
「生憎と、服部君の言うとおり人を裁くのは人の仕事だ。神の出番じゃない。……いくら、神が完璧だったとしても」
少しの迷いと決意、人の意思をもって降谷さんが断言する。
その間に俺が再封印を張り直し、青仏の封印を完璧なものへと結び直す。
これで、当面は青仏の修繕も直しも必要なくなるだろう。
紅蓮髑髏は封印に吸い寄せられながらもギチギチと歯を鳴らし、諸伏さんへと視線を向けた。
その何もない眼孔に、何故だか、慈悲が籠っているように見えた気がした。
【苦しむ。解き放つ。汝、罪に苦しむもの。その苦しみから解き放つ。命を捨てよ。くるしむまえに】
『ッ………』
その言葉を最後に。
紅蓮髑髏は姿を消した。
再封印が成ったのだ。
SAN値の喪失により失神した犯人以外に、紅蓮髑髏は何一つ傷つける事なく去っていったのだ。
・旧神、紅蓮髑髏
これは魔物としての呼び名で、神として祀られた名前は別にある。
断罪の神ではなく、罪人を憐れむ神。
その罪に苦しむ前に、命を終わらせてやろうとする神。
猶予期間を与えるのは悔い改める猶予ではなく、自ら命を断つ猶予。
その間に償いをして心が軽くなれば、死ぬ必要なしとして見逃してくれる。
人の心が理解できているわけではないため、人を嬲ってヘラヘラする生粋の悪党相手でも「可哀想に、罪を犯して苦しいだろう」と命を奪ってくる。
この魂は生者を恨んでいる。自分の死を恨んでいる。大切なものを恨んでいる。
恨みは罪だ。
きっと苦しいだろう。苦しむ前に死ぬといい。
私が介錯をしてやろう。
・星の精
死の概念を学び出した。
しかし他殺が多すぎて生き物は殺されるまで死なないと思ってるところがある。
友達は星の精がずっとずーっと守る!
そうすれば友達は星の精とずっと仲良し!ゲタ!