その日の夜ご飯は急遽宿で取ることになった。
意外と量もあるし美味しい料理の数々だ。
そしてさりげなく居る〈空手〉96の武神が味わい深い。
つっけんどんな態度ながら、どうにも園子ちゃんに意識が向いているのが丸わかりだ。
諸伏さんいわく、今日ずっと園子ちゃんについてまわっていたらしい。
殺されかけていた園子ちゃんを救ったのも彼だそうで。
園子ちゃんが居るため深追いはできなかったが、逃げる犯人に見事な回し蹴りを喰らわせたとのこと。
犯人はほとんど転げ落ちるように2階から逃げていったらしい。
なお、ナンパ男の方は体調を崩してしまったと先程連絡があったようだ。
それに伴い、レストランでの夕食の予約はキャンセルになった。
まあこんなタイミングだし、言い方は悪いが丁度良かったのかもしれない。
さて。
宿の部屋は二部屋とってある。
部屋割りとしては、女子高生組とそのほか男衆、という割り振りと事前に決めていた。
当初は蘭ちゃんが「そんな、悪いですよ!コナン君はこっちで見ますから!」と言ってくれたのだが。
流石にうら若き男女を同じ部屋に入れるのは間違いが起こってもなにもおかしく無いからな。
「いえいえ、お気遣いなく!」と断ったのだ。
なお、コナン君は異論ありげなくしゃくしゃな顔でむくれていた。
そこを笑顔の降谷さんに「セクハラだよ」と一言囁かれ、「僕何にも言ってないけど!?」と逆ギレする一幕もあり。
部屋に帰った後は諸伏さんと細かい情報共有だ。
布団の敷かれた部屋で胡座をかき、各々の情報をすり合わせていく。
実は諸伏さん、物取りの可能性も確認するため、類似の犯行がこの辺であったか聞き込みしてくれていたらしい。
結果は物取りの記録無し。
近場の旅館のどこをあたっても、最近その手の犯行は無かったらしい。
もちろん、これが初犯という可能性もなくは無いが…。
コナン君が印刷した近辺の地図を広げ、道をなぞる。
「ねえ、昨日の夜花火を見に行った帰りに殺人現場の近くを通ったよね」
『時刻もちょうど犯行があった頃、か。たしかその時園子ちゃんはカメラをそのまま手に持っていたよな?』
「ああ。犯人が犯行現場を写真に撮られたと誤解した可能性は否定できないな。それに、僕の覚えている限りちょうど電車が通っていたからな」
「っ!!!そっか、パンタグラフから出る火花!」
何がそっかなのか全然わからないが、そっかということらしい。
俺は皆に合わせて頷いた。
とりあえず俺のINT(知性)でも、園子ちゃんの持っていたカメラを狙った可能性があることぐらいは分かったし、よしとしよう。
『とすると、園子ちゃんの身が危険だな。俺だけじゃ限界があるし、明日は安全のためにも俺達と捜査本部に来てもらった方がいいと思う』
「………それもいいが、それよりずっと手っ取り早い方法がある」
降谷さんがしばしの沈黙を挟んだ後、静かに俺へと視線を合わせた。
「君が犯人を捕まえることは出来ないのか?」
『!』
諸伏さんが小さく息を呑む。
どこか剣呑な空気だ。コナン君も黙ったままことの成り行きを見守っているようだ。
「君の魔術なら、犯人も、その動機も、証拠も、これまでの足取りも全てを白日の下に晒すことができる」
「……うーん、まあ、できるけど」
「これ以上の被害者を出さないためにも、手段を選んではいられないはずだ」
強い視線が俺を射抜いている。
降谷さんなら当然その思考に行き着くよな、と俺は頷いた。
若干心配そうにコナン君が目を細めているのが目に入って、俺は居たたまれない気持ちになった。
俺がその手の介入を拒んでいたのを、聡い彼には知られてしまっていたのかもしれない。
俺は努めて軽く声を出した。
「あー、断る」
「何故?」
「俺、その手のことをして大失敗してるんだよ、昔」
かつて、ハイパーボリアにて巨大な王国が栄えた時代のこと。
俺は人類文明の神として君臨していた。
その際に「ハスターの瞳」を基本とした超巨大魔術式でハイパーボリア全土を覆い、人類に自由にアクセスする権利を与えてもいたのだ。
それらは物流から行政、コミュニケーションまであらゆる社会活動の基盤となり、高度に発達した経済活動全てを支えていた。
正直言って、現代社会と比較しても遥かに栄えていたと言っていいだろう。
ほぼSFだったからな、あれ。マジックパンクともいうべきか。
しかし旧支配者クトゥルフの到来によって、全ては崩れ去ることになる。
クトゥルフによって俺と人類の魔術的繋がりが寸断され、ハイパーボリアは致命的な社会的混乱に陥り。
そこを180万にも及ぶ深きものどもとダゴン、そしてクトゥルフが強襲。
王国は海の底に沈むこととなった。
つまり、俺が何から何まで面倒見すぎて滅びてしまった、ということである。
クトゥルフはマジでまだ死ぬほど恨んでいるが、同じくらい俺の軽率さも恨んでいるのだ。
降谷さんは少しだけ眉を顰めると、やや刺々しい声色を出した。
「すまない。あまり人類の問題に君を巻き込むのも迷惑だったな」
『お前なぁ、実績作りとはいえ、心にも無いことをいうもんじゃ無いぞ?』
「え、実績?」
『たぶん今後公安で魔術の存在がバレた時、「前に協力要請して断られた」って言い訳するための実績が欲しかったんだよ、コイツ』
どうやらわざと憎まれ口を叩いていたらしい。
諸伏さんがニコニコと解説するので、降谷さんが無表情で肘打ちを入れた。
俺が過剰に利用されないように牽制してくれる、ということか。
なんとも、律儀というか優しい人であることよ。
というか、先程からコナン君が口を突っ込まない。
チラリと横を見れば、すぴょーと寝息を立てるコナン君の姿が……!
小学一年生の体に夜更かしは難しい、ということなのだろう。
そーっと力尽きた彼の体に布団をかけてやる。
降谷さんは諸伏さんを無言で攻撃するのをやめ、若干むっつりとした様子で早口で言い訳を述べた。
「というか、君ほどの怪物が一般人のふりしているということ自体が危なっかしくて仕方がない。近いうちに僕の方で公安で保護させてもらうからそのつもりで!」
『え、組織はいいのか?』
「良くない。良くないがこれは放っておくと本気で日本消滅案件だ。何事も優先順位というものがある」
どう返事しようか若干迷ってから、俺は最低限だけ教えてあとは公安信者さんに全て投げようと決意した。
どうも降谷さん、自分の上司がハスター信徒だと気づいてないっぽいからな。
なんというか、変なことが起こる前に何とかしないと大爆発する可能性もある。
「ええと、その件に関してはそっちの上司の君永さんと話し合ってからにしてくれ」
「……そういえば君は課長の協力者だったな。一体どういう経緯で知り合ったんだ」
「あー、んー、それも含めて君永さんに聞いてくれると助かる。俺からは言いづらい」
降谷さんは不審そうな顔をしているが、これ以上俺から言えることは何もない。
あとは信者さんにテレパシーで話を通しておいて、二人で話し合ってもらえればそれでいいだろう。
つまり、俺は何も知らぬ!作戦!
その晩、底知れぬ降谷さんの視線が突き刺さるなどしたが、知らぬ存ぜぬを突き通したのであった。
翌日。
全員で旅館の大広間で朝食である。
バイキング形式であり、たくさんの美味しそうな軽い海鮮料理やパン、ハムエッグなどが並んでいる。
蘭ちゃん達は朝から大浴場に行っていたらしい。
浴衣姿で風呂のどこがよかったかを語り合いながら、パンをいくつかトレイに乗せている。
「ねえ聞いて蘭!今日道脇さんにお昼でレストランに行かないかって!」
「え、ほんと!でも今日は私たちみんな捜査会議で出ちゃうし…」
「うん。それで断ったら、『貴方が行ってしまう前に二人っきりで会いたい』って連絡が来て!」
園子ちゃんがうっとりした様子でスマホを握りしめている。
蘭ちゃんの方は昨晩あんなことがあったせいか、「大丈夫かなぁ」とちょっと心配そうだ。
と、そこに降谷さんがずい、と笑顔で間に乱入。
朗らかだが押し返しづらい勢いで女子高生組に話しかけた。
「へぇ、どこで会われる予定なんです?」
「えっ、その、この間花火大会のあった河原の辺りで…」
『そうかそうか!良かったじゃないか園子ちゃん!』
反対側から諸伏さんも顔を出してニコニコしている。
諸伏さんも降谷さんも笑顔の圧がめちゃくちゃに強くて、ちょっと怖いぐらいである。
コナン君も牛乳の入ったグラスを持ったまま、鋭い眼光のまま不敵に微笑んで見せた。
「なら、僕らは園子姉ちゃんが帰ってくるまでお宿で待ってるね!」
三人の視線が一瞬交わり、何らかの合図が交わされる。
女子高生組は困惑している。なお俺も困惑している。
だからなんでみんな俺を置いて分かり合うの…。
しゃがみ込んでコナン君の服の裾を無言で引っ張るなど。
コナン君は呆れたような半目で視線の意味を答えてくれた。
「バーロー。昨晩言ってただろ、あのナンパ男のズボンの裾に泥が跳ねてたって」
「え、雨が降ってたからって言ってたけど」
「旅館前の道路は舗装されてるけど?」
つまり……どういうことだってばよ。
疑問符を散らせば、コナン君がため息をついた。
INT(知性)が低くてすみませんねぇ…。
「あのナンパ男が昨晩園子を襲った犯人である可能性が高いってことだよ」
「つまりあの人が連続殺人事件の犯人?」
「まだ証拠はないけどな。でもこのタイミングで動き出したんだ。黒と踏んで動いた方がいいだろうな」
なるほど。
道脇さんとかいうナンパ男が犯人で、園子ちゃんを呼び出して殺そうとしている可能性大、と。
だから降谷さん達が急に圧の強い笑顔になったということらしい。
蘭ちゃん達がデザートのフルーツを山盛りして自分の席へと帰っていく。
俺は潜入捜査官ペアをちょいちょいと呼び寄せ、ひそひそと提案した。
「ふむ。なら俺はずっと園子ちゃんを『見』張っていようか」
「いいのかい、あまり入れ込みすぎるのは君の立場からしても良いことではないだろうに」
「このぐらい手を出すにも入らないっての。俺見てるだけだし。犯人の制圧は任せた」
昨日の件を引っ掛けて、意地悪に微笑んだ降谷さんに俺もにやっと微笑みで返した。
第一印象ではかなりとっつきづらい人に思えたが、打ち解けてみると意外と気安い人のようだ。
諸伏さんが負けじと間に入ってくる。
『任された。まあゼロがいるし、俺の出る幕もないかもしれないけどな』
「ああ、ボクシング…というよりあれはマーシャルアーツか?なんにしても78もあったし、一般人相手なら十分だろうな」
そんな俺たちの雑談を作戦会議だと思ったらしいコナン君が、必死でジャンプして話を聞こうと努力している。
そこを降谷さんが流れるように抱っこするものだから、コナン君が屈辱に塗れた顔でほぞを噛んだ。
降谷さんはそれを分かっていてやったらしく、ニヤニヤとニャルラトホテプみたいな悪辣な笑みを浮かべている。
「僕を除け者にするなんて酷いと思わない?」
「小学生探偵は大人しくしていようね、というかあのあらゆる法律に違反していそうな麻酔銃は一体何なんだい?ん?」
「……僕こどもだからわかんなぁい」
『これ、最近の少年の常套手段なんだよな。どう思います、現場のゼロさん?』
「こういうクソガキは将来公安でしっかり躾けてやらないとな。そうだろう?」
「あ、僕将来探偵になるんでそういうのはちょっと…」
「どうして真顔でハシゴ外すのかな君は!!!」
俺たちの様子をこっそり見ていたらしい蘭ちゃんがこちらをチラチラと確認してはにっこりと微笑んでいる。
そして優しく笑って、「コナン君、楽しそうだね!」と園子ちゃんと話していたとか何とか。
ちなみに、その後。
犯人は園子ちゃんを人質に取ろうとした所を、茂みから飛び出した野生の武神によってフルボッコされたことをここに追記しておく。
気配を消して園子ちゃんの後を追っていたらしい。
俺たちが駆け寄る隙もなかった。
よく確認すると昨晩京極さんに蹴られたためか左足を骨折していたらしい。
よくその足でめげずに園子ちゃんを殺そうと奮闘したものだと感心するなど。
そうして園子ちゃんの新しい恋に落ちる音をBGMに、伊豆2泊3日の旅行は幕を閉じたのであった。