ずぶ濡れのキッドを匿っているなり。
部屋を一つ余計に取って、俺たちはKIDと服部君を放り込んだ。
服部君は帰れる距離にいるが、今から家に帰ってとなると大変だろうと思ったからだ。
キッドは星の精に絡みつかれてしおしおになっている。
ずぶ濡れになった服を着替えて、ラフなシャツ姿のキッドはちょっとばかり新鮮だ。
そしてシルクハットの代わりに星の精が頭に張り付き、肩あたりまで絡みつかれている。
星の精はゲタゲタ笑った。
星の精は悪いやつ捕まえた!悪いやつ観念した!!ゲダ!!!
「このっ!」と頑張って剥がそうとするも、星の精はしっかりと張り付いて全然離れない。
キッドはべしょべしょに泣いて落ち込んでいる。
謎の第三者に狙撃されてモノクルも破損しているし、落下の際にハンググライダーも壊れてしまった。
うまく受け身を取ったがあちこち体を打ちつけたし、体力もデッドライン。
つまり満身創痍というわけだ。
「名探偵…こいつ力強い……」
「星の精はいい子だし、人間を齧ったりしねーよ」
「でもこんな鋭い乱杭歯生えてる…」
ゲタゲタっと笑うたびにぞろりと耳元に牙が当たり、キッドはしくしく落ち込んだ。
降谷さんがベッドに腰掛けて足を組み、するりと手を細めた。
「それで、そろそろ僕たちも詳しい話を聞きたいんだが」
「俺も事情を知ってるわけじゃねーよ。元々とある人物の足跡を追っていたら、スコーピオンと呼ばれる強盗に行き着いただけだからな」
なんでも、スコーピオンというのはロマノフ王朝の遺産を狙う専門強盗らしい。
いつも右目を狙い、殺された富豪も多いという。
今回は香坂家というロマノフ王朝の細工師一団に弟子入りした人間の家系に伝わるお宝を狙っているらしい。
「紅子によると、スコーピオンは悪魔を呼び出そうとしているらしい。お宝を集めてるのも、そのためじゃないかってさ」
「狂信者かぁ。厄介だな」
俺は息をついた。
変な神話生物を呼び出そうとする狂信者は多いが、本当に困るんだよなぁ。
まともな旧支配者なら、俺のいる地球に来たりはしないけど。
降谷さんが険しい顔をして口を開く。
「日本に入国したということなら、偽名などは把握しているか?」
「いや。紅子の魔術に引っかかっただけだから、正直特定はできてない。あんまり派手に探査すれば向こう側にバレるかもって言ってたし」
とすると、相手は逆探知ができるちゃんとした魔術師ということか。
とはいえキッドにすでに魔術的痕跡が残っているし、俺の方で身元確認はすぐできる。
現在、エッグはひとまず鈴木財閥に預けている。
キッドを狙撃してエッグを強奪しようとした人物がいる、という注意喚起も伝えてあるから、捜査二課による護衛もついている。
キッドは逃走中にスコーピオンとやらによって攻性魔術もかけられているからか。
非常にシンプルな四肢を不能にする「手足の萎縮」の魔術だ。
紅子さんの護りによって弾かれたが、そこで改めて犯人は狙撃という物理手段を取った。
銃弾はキッドのモノクルを破壊し、キッドは海に落下したというわけだ。
降谷さんが片目を開けて俺を見た。
「黄衣君、犯人の特定は可能か?」
「おうよ。魔術を仕掛けられてるんなら、その痕跡から十分に追跡が可能だ。いよいしょっと」
空中に画面を表示する。
ロマノフ王朝の歴史研究家である浦思青蘭の顔を大映しにする。
すると、服部君のスマホのチクタクマンがピコっと起動状態になった。
『補足やでー。ロシアに国籍あったから、データを追加表示するやで!』
「お、流石にその辺りは機械の化身、仕事が早いな」
『ハスター様のが得意やろがい。情報量の神様がわい持ち上げても痒くて敵わへんで』
照れ照れぇ、と頭をかくゆるキャラを表示しながら、チクタクマンはデータを追記していく。
どうやらスコーピオンとやらはラスプーチンの遠縁らしい。
丸裸にできたそれに、降谷さんがすうっと冷徹に表情をいてつかせる。
諸伏さんが肩をすくめて笑った、
『公安で張らせようにも、相手は魔術師か。流石に普通のメンバーに対応させたら何されるか分からないし難しいな』
「やるとして、僕が直接当たるしかないだろう。まだ証拠がない段階だ。銃刀法類違反だけで引っ張るのは弱すぎる」
『ことが起こってからでは遅いし、かと言って野放しにしては意味がない。魔術師は本当に厄介だ』
公安二人は悩んでいるらしい。
なんにせよ、危険があるから服部君はここでお別れしたほうがいいだろう。
チクタクマンが付いてるからよっぽどこのことがない限り大丈夫だとは思うが、コナン君みたいにガチガチに守られてるわけじゃないし。
服部君が風呂上がりの頭を乾かしながら頷いた。
「まあ、東京の方は任せた。俺は学校あるし………工藤、お前出席日数大丈夫なんか。留年する高校生探偵は推理の信用度が問題になるで」
「いやマジトーンで心配すんなよ!大丈夫、もうダメだから」
「ダメやないか」
「最後まで言わせろ。ダメだから課題提出でなんとかなるよう交渉済みだっつの」
哀れな高校生探偵工藤新一、留年の危機ということらしい。
そりゃそうか。普通3分の1欠席で留年の危険があると言われているから、もうとっくにアウトに決まってるか。
コナン君はブスくれて星の精の触手を握った。
星の精は友達が握ってくれて嬉しいのか、キッドの上でさらに上機嫌になった。
おお、キッドが反比例するように萎れていく…。
留年探偵の話はいいとして、明日はエッグに傷がないか確認するため船で東京に帰ることになっている。
今日はそろそろ寝たほうがいいだろう。
「じゃあ俺はそろそろ…」と退散しようとしたキッドは、降谷さんに素早く首根っこ引っ掴まれる。
降谷さんは圧の強い笑みを浮かべ、にっこりとキッドを覗き込んだ。
「君はこれから僕とじっくりネッチョリお話がある。君の判断でできる限り最善を尽くしたことは誉めるべきだが、やはり大阪広域停電はな。うん。ルームサービスでカツ丼が頼めるらしい」
『俺も同席するぞー。逃げたら障壁通るまで呪呪呪だぞー』
「未成年だから八時間の聴取の後に10分休憩をやろうな。嬉しいだろう?」
「ヒェ………!たすけ、助けて名探偵!!」
部屋にか細い悲鳴がこだまする。
可哀想な怪盗キッド。
たぶん未成年だからすぐに寝かせてもらえるだろうが、ネッチョリ詰められるのは本当のことだろう。
俺とコナン君は無言でナムナムした。
星の精もキッドを離し、静かにコナン君の頭の上に移動してナムナムした。
ここにいると危険だと判断したらしい。
偉いぞ星の精。
危機管理能力に優れている!
翌日、鈴木財閥所有の金庫付き特別船が出航することになった。
メンバーは俺たちいつメンと変装済み怪盗キッド。
怪盗キッドはコッテリ絞り上げられてヒョロヒョロになっているようだ。
薄っぺらくなってしまったキッドを引き連れて、予定通り乗船する。
比較的小さいから揺れはあるが、豪華でゆったりとした内部だ。
俺たちはレンタカーを返却して、船で一緒に東京に帰還するつもりである。
また、エッグを狙う連中も同席しているようだ。
法で取引が禁止されているっていうのに、各々思惑があって乗船してきている。
ロシア大使館の方はおそらく魔術品の回収のため、本国から違法な手段も問わないと強く言い付けられているだろう。
古美術商さんは盗む気満々。違法とわかって海外の好事家に流そうとしているに違いない。
映像作家さんは映像が撮れればそれでいいようだが、何か事件が起きないか、もっと撮れ高の良い映像がないか探しているようにも見える。
そんなふうに、彼らも十分にきな臭いわけだが。
その中に浦思青蘭の姿もあって、降谷さんがするりと目を細めた。
同様に浦思青蘭がすれ違う俺と降谷さんを見て。
驚愕に目を見開いた。
「…………ッ!!!」
一瞬。
間違いなくこちらが「何」なのかを察したのだろう。
揺れる肩と震える唇を必死で隠し、浦思青蘭は動揺を振り払って何事もなく廊下を歩いていく。
彼女の姿が見えなくなってから、降谷さんが舌打ちした。
「……思ったより腕のいい魔術師のようだな。一目で俺たちの存在がバレるとは」
「仕方ないさ。俺の系譜は身を隠すのが下手だし。ニャル傘下の降谷さんなら完璧に人間のふりができたかもしれないけど」
「代わりに人間性がお陀仏だったろうに。奴は雲隠れすると思うか?」
「狂信者ならそのまま計画を続行するかな。賢いなら雲隠れする。もっと賢いなら逃げられないことを理解して命乞いしてくる」
「賢しらでいてくれれば面倒がないか」
『神様たちの暗黒会話で笑う』
後ろにいた諸伏さんに茶化されて、降谷さんはむっつりして黙りこくった。
コナン君は星の精をポケットに入れたまま、興味なさそうにヨシヨシしている。
なお、キッドはモブAとして冴えない顔の男性のふりをしてそっと星の精と手を繋いでいる。
るーーと涙を流しているようだ。
昨日黒い風と大怨霊に絞られたわけだが、しおしおになったところを星の精に慰められたからだ。
優しい星の精はしょげかえったキッドを心配して寄り添ってくれた。
お前悪いやつだけど元気ない!
元気出せ!星の精がヨシヨシしてやる!手繋ぐか?
キッドは相変わらずしおしおのままポツリと言った。
「名探偵…こいつ優しいな……」
「そうだ。星の精はこんななりだけど下手な人間より優しくて可愛いんだ。オメーもなるべく遊んでやれよ」
「優しさがすーっと効く…。あの人外オッサンども、ずっと俺のこと虐めるんだ……」
【ゲダ!】
可哀想な怪盗キッドが星の精に癒やされているのを見ながら、俺は人外オッサンの暗黒会話に戻ったのであった。
夕方。
俺が一人で気分転換にデッキへ向かうと、なんだか場の空気が緊張していた。
映像作家さんがこれみよがしに皆に指輪を見せていて、それを巡って浦思青蘭や古美術商の人らがギクシャクしていたのだ。
どうやらやけに価値のある指輪を、映像作家さんが持っていたらしい。
「これは、どうされましたか?」と俺が声をかける。
浦思青蘭がやや焦って指輪を映像作家さんに返却してから「これをどこで!?」と詰問した。
映像作家さんは「さあな」とだけ言ったっきりだ。
どうやら答える気はないらしい。
わざと危険を冒してまでこの場所で価値のあるものを見せびらかすということは、映像作家さんの方にも何らかの思惑がありそうだが。
今は見せ札、誰にも渡す気はないらしい。
せっかくなので俺も見せてもらうこととする。
「俺も見せてもらっても?」
「どうぞ、探偵さん。もっとも、アンタが興味のあるものかは分からないがな」
受け取った指輪は、微弱な魔術を纏っていた。
持ち主の運気をわずかに上昇させるもので、クトゥルフ神話TRPGで言うなら技能値補正+1、と言う程度のもの。
そこまで強力な効果はないだろう。
俺は映像作家さんに指輪を返却して笑みを作った。
「ありがとう、シックでかっこいい品ですね。でも怪異品の所持申請は忘れずにしてくださいね」
「……へぇ、わかるのか。俺のとこにも書類が来たよ」
「探偵として怪異品を扱うことも多いので、多少知識がある程度ですよ」
「ま、面倒だが法なら仕方ないか。まだ期日は先だからゆっくりやるさ」
そう言って、ピラピラと手を振って映像作家さんが自室に戻っていく。
公安に捕捉されている品なのを理解して、古美術商さんやロシア大使館の人も同様にゆっくりと自室に戻るようだ。
周囲の視線が散ったのは、エッグほど大物でもないのに売り買いが面倒なのは割に合わないと思ったのだろう。
その中で一人、静かに殺気を纏う人物がいる。
デッキに二人きりになった段階で、俺はそっと浦思青蘭に声をかけた。
「くれぐれも、軽率な真似はしないように」
「なんのことを……おっしゃっているんですか?私はただ」
「───俺も人には慈悲深く接しているつもりだけど、限度はあるんだ。わかるよな?」
慈悲を込めて、俺の肉眼で彼女をそっと覗き込む。
俺は人を許すし、その罪を許容する。
俺へのどんな無礼だって、たいていのことなら許すだろう。
でもまあ、限度はある。
例えば、俺の与えた加護や品物で、人を殺したりだとかは。
厳重に罰すると決めている。
浦思青蘭が、青ざめて俯いた。
食いちぎらんばかりに噛み締めた奥歯がギチ、と音を立てる。
いい反骨精神だ。
「じゃあ、よくよくその辺理解しておいてくれよな」
「……………ッ」
その三時間後。
映像作家が部屋で亡くなっているのが、発見されたのであった。
・旧支配者ハスター
慈悲深いため地雷を踏む前にたくさん忠告してくれる。
メモリーズ・エッグの魔術は「ハスターの瞳」から魔術解体理論を取得しており、エッグが作動するごとにハスターの瞳に接続され、最適な形で敵性魔術の解体が行われる。
ハスターの瞳に接続してシステムを利用しているので、自動神罰機構が適用される。
・自動神罰機構
人類の総意に基づき、その罪に応じた罰が与えられる、「ハスターの瞳」の基本機能。
実は罪の上限が定められていないため、信じられないぐらい悪いことをすると反動で人類が滅ぶ可能性がある。
ハスターは「そこまで悪いことはせえへんやろ!」と思って放置している。
本作8話「原作開始」より。