長野県警に来ているなり。
本日は「天狗の御燈」への対処のために、車で遠出しての遠征となっている。
出迎えてくれた諸伏兄は出先から帰ったばかりなのか、スーツの上にグレーのトレンチコートを着て佇んでいる。
やはりイケメンの兄弟なんだよなぁ。
「ようこそ、黄衣探偵。わざわざお越しくださりありがとうございます」
『兄さん!そっちはどうだった?』
「問題なく。景光も、健勝だったか?」
諸伏さんの真実を知っているとはとても思えない和やかな顔で、優しい挨拶を交わしている。
降谷さんもぺこりと一礼。
大和警部も由衣刑事も一緒らしく、「よぉ、この頃もご活躍みてぇじゃねぇか」と声をかけられた。
「仕事が来すぎて大変だよ。公式に公安の相談窓口も開設してるのに俺のところに相談に来るし」
「怪対課窓口は頼りにならねぇって噂になってるからな。藁にもすがる思いなんだろうよ」
「公安は人員が少なくてずっとパンクしてるからなぁ」
降谷さんもため息をついて「今後対策本部を設置して、体制の再編を検討しています」と憂鬱そうな顔をした。
もう全く回ってないからな、怪異対策課。
人員はどんどん辞めてくし、問い合わせは山盛りだし、油断すると死ぬし。
何もいいことがないとはこのことだ。
「それでも、この間は忙しい中にありがとうね。素敵な式になったわ」
「いえいえ。由衣さんも綺麗でしたよ!」
二人は先日、ついに結婚して夫婦となり。
結婚式を挙げたのだ。
俺もコナン君達と一緒に参列して、お祝いに食器類一式をプレゼントを渡すなどした。
俺手作りの食器だ。
頑丈で軽く電子レンジ食洗機対応なだけでなく、常に魔術を伴って、盛られた料理に「健康維持」の効果を付与する。
お腹にお子さんがいる場合はそちらにも効果が付与されるので、母子の健康を守る役目も果たす。
もちろん魔術品なので、こちらで契約書を整理してから管理だけ譲り渡す形にした。
煩雑な手続きは贈り物に相応しくないからな。
大和警部が少し困った顔で頬をかいた。
「おい……ああいうもん人にポンポン与えてねぇだろうな」
「もちろんだとも。大和警部達には世話になってるし、特別中の特別さ。それで、使い心地はどうだ?」
「料理を盛るのに使うと、食べた瞬間明らかに疲れが取れて風邪気味だったのも吹っ飛んだ。由衣も子のために体に気をつけなきゃならねぇし、ありがたいぜ」
「!!!おめでたなのか!良かったじゃないか!!」
コナン君が「おめでとう由衣さん。名前とか考えるの?」と由衣さんに話しかけた。
由衣さんは「まだ考え中。予定は来年六月だから、コナン君は二年生の頃かな」とやや照れ気味に微笑んだ。
この歪んだ時空で来年六月っていつのことだ……?とちょっと首を捻りつつ。
なんにせよめでてえ、大変めでてぇなぁ。
見たことないぐらいニコニコしている諸伏兄に案内され、長野県警の建物へと案内される。
諸伏兄達にあらかじめ取ってあった会議室に通されて、情報共有タイムに入る。
ちょっと軋んだパイプ椅子に皆が座り、ホワイトボードに資料がマグネットで留められる。
最初に口を開いたのは諸伏兄だ。
「天狗の御燈は五ヶ月前から確認されています。初めは人魂を見た、という目撃証言のみ。目撃者はだんだんと増加し、三ヶ月前ついに火災が発生しました」
「それからは加速度的に出現が増えてる。おとといなんかは街中に出やがった」
「ふーむ。山に出るとされる老人火が街中に、かぁ。伝承変化かな。面倒臭いな」
人の噂の内容から己のルールを変化させるのは妖怪系怪異の特徴だ。
怪異としてのルールが弱く、定まっていないが故の自由性というべきか。
目撃場所のマップを作ってくれていたらしく、由衣刑事がホワイトボードに広げて見せてくれた。
「今のところ、山間の小規模な村や集落での出没が多いみたい。これとか、同日に遠く離れた別の場所で見つかっているわ」
「複数体いるってことか、それとも増えたのか。噂の流布に伴って増えたと見た方が妥当かな」
諸伏さん眉間に皺を寄せ、地図を眺めながら唸るように声を出した。
『これはあえて人を殺す怪異なのか?それとも、偶然建物が燃えて死者が出ただけなのか?』
「どちらかというと人を殺す怪異だな。畏れを喰らうから、人を積極的に狙うんだ。弱い時は怖がらせるだけで大した危険はなかっただろうけど」
『今は畏れさせるために殺すかも、ってことか』
「ならは被害が少ないうちに対処すべきだな」
降谷さんが難しい顔で言葉を繋いだ。
今後、妖怪系怪異の情報統制を行うことを考えているのかもしれない。
人の噂で氾濫するなら、噂の大元を規制しなければ意味がないからな。
とはいえ、現実には難しいだろう。
イギリスのように妖怪系が多い土地ならば、完全に怪異を否定することで抑制が可能だが。
現在の日本で同様の対処は余計な不安と憶測を生むだけだ。
情報をシャットアウトして統制できる時期は過ぎた。
コナン君が憂いを含んだ顔で、星のオウムを抱っこしながら顎を撫でてやった。
平然と長野県警に連れ込まれたオウムに、大和警部がすごくツッコミを入れたい顔をしている。
星のオウムはうつらうつらして、非常に眠そうだ。
「ともかく、老人火は駆除、封印、この場への召喚、なんでもできる。どうする?」
そのようにできることを列挙してやれば、諸伏兄は少し悩んで俺に質問を投げかけた。
「天狗の御燈に意思はあるのですか?」
「あると思うよ。話もできる」
「ならば、まずは交渉するのが人の理性というものでしょう。この場に呼んでもらえますか?」
「おい高明!!」
大和警部が声を荒らげた。
そりゃ、県警本部になんの許可もなく怪異を呼び出すのは躊躇って然るべきだ。
「危険だろうが。呼ぶにしてもまず装備を整えて場所も用意して!」
「黄衣探偵がこの場にいる今が一番安全です。しかも降谷警視正もいる。これ以上ないタイミングです」
「……ああもう!お前の暴走特急はなんとかならねぇのか!」
ガミガミと怒る大和警部の様子をまるでスルーして、諸伏兄は明後日の方向を見てとぼけている。
仲が良いようで何よりである。
同時に「上に報告すれば止められるのは間違いない」という合意はあるらしい。
長野組はだれも報告しに行こうとはしなかった。
みんな共犯やんね。
なお、降谷さんは「危険な怪異は処分したほうがいいのでは」というような冷徹な顔をしている。
が、黙って口出ししないことを選んだようだ。
それはこの諸伏兄の選択が、諸伏さんのためであると理解しているからだろう。
危険な怪異相手でも交渉で終わらせた実績を積もう、すぐに処分しない実例を作ろうという兄の想いだ。
「危険な怪異」というのなら、大怨霊たる諸伏さんだって当てはまるのは間違いないから。
一通り言い争いを終えた後。
椅子と机だけ脇に寄せて、俺はその中央に立った。
天狗の御燈の招来だ。
床に魔術式を書き込むのは後片付けが面倒なので省略。
術式を軽く構築し、魔力を注入。
投網のように魔術を振り撒いて、近場にいた天狗の御燈一体をひっ捕えてずるずると引き摺り込む。
通常の招来魔術と違って、相手方に拒否を許さない形式だ。
不穏な空気にうつらうつらしていた星のオウムが飛び起き、「なにやつ!?かかれ!かかれぇ!」と叫んだ。
時代劇を見たらしい。
ポン、と。
現れたのはみすぼらしい身なりをした、ホームレスっぽい髭もじゃのお爺さんであった。
伝承ではボロ布を纏った半裸のお爺さんとして描かれるが、現代においてはアップデートしているらしい。
ダボダボのフリーサイズの服を着て、擦り切れたジーンズを履いている。
横にはチラチラと消えない火の玉が浮かんでいる。
お爺さんは「!?!?」と驚愕したままキョロキョロと辺りを見回し、術者たる俺の存在に気づいたらしい。
カッと目を見開いた。
「ッひぇぇえーーー!?!?お助けをぉぉお!」
ダバダバダバッと部屋端まで尻餅をつきながら後退りして、お爺さんは土下座の姿勢をとった。
・結婚祝いの食器一式
世が世なら、大帝国の王が至宝として扱う食器。
盛られた食事に魔術的効果を付与し、料理を食べた人間を健康な状態へと回復させる。
これは病ではなく不都合な身体不調全てに適用される。
そのため悪阻、難産、産後の不調、ストレスによる睡眠不足、単純な疲労、遺伝病、悪性腫瘍、感染性疾患等全てに効果がある。