待ち人来たらず。
港で落ち合う予定だった鳥羽美佐さんとは会えずじまいだったため、俺たちは手紙に記された送り主の住所へと向かうことにした。
こんな警告じみた手紙を送っておいて約束に遅れるのは少々考えづらい。
既に危機的状況にあると見て良いかもしれない。
が、この異界では「ハスターの瞳」の効果対象外。
繊細な調査はすぐにはできないが、魔術的探索の結果を見るに一応まだ生きているようだ。
彼女の家のあるゆうやみ小路へ行けば、お土産屋がたくさんあった。
地酒も置いてあるようで、特徴的なデザインの酒瓶が並んでいる。
うむ。降谷さんだけじゃなく、毛利探偵へのお土産にしても喜ばれるかもしれない。
「後で毛利探偵の分と降谷さんの分を買っておこうかな。あれ、あのとっくり型の酒瓶のやつ」
「いいんじゃない?降谷さんは最近お酒好きになったみたいだし」
「祠でハマったっぽい。旧神的な性質が出てるのもあるけど」
降谷さんは「日本を守る」という自負からか、旧神的性質も意外と強くなってきている。
つまり「お酒好きで、気まぐれで、割と理不尽」みたいな神としての性質を持つと言うこと。
まあそれを本人が厳に律しているから困ったことにはならないが。
お土産に関しては喜んでくれることだろう。
「どうしたんだ、風花堂はすぐそこだぞ?」
「あ、悪い金田一君。すぐ行く!」
鳥羽美佐という子の家は土産屋の風花堂と言うところらしい。
こじんまりとした土産物に顔を出すと、もそもそと店主さんが商品の整理をしていた。
「おや、お客さんかな?」
「いえ。実はここに住むと言う鳥羽美佐さんの依頼でここに来ました。俺は黄衣ハスタ、探偵です」
「!!ドラマの人!TVで見たことありますよ私!」
「これは……嬉しいな」
お土産屋の店主さんはぱあっと顔を明るくして「ちょっとサイン色紙を持ってきますので!お待ちください!!」と言って奥へと引っ込んでいった。
うーむ、まあ捜査が円滑に進むならいいことだ。
なお、周囲を威圧するのでジンには外で待機してもらっている。
ちょっと営業妨害気味だが、少しの間だし許してもらうとしよう。
「これです、店名を風花堂と入れていただければ!」
「勿論。それと、彼女についてなのですが、姿が見えないようで…今どこにいらっしゃいますか?」
「………それが」
暗い顔で店主さんが俯いた。
どうやら鳥羽さんはここで住み込みで働いていたそうなのだが、三日前から行方不明になってしまっているのだという。
島の駐在さんに探してもらっているが不安だと、店主さんは心配そうにしている。
「彼女は神隠しにあったんですよ」とは、同じく女性従業員の浜田さんの証言である。
金田一君と剣持さんが同時に「神隠し…!?」と表情を厳しくする。
「最近の島の噂です。人が消える神隠しだって、ただの噂だとばかり思っていたのだけれど」
「実際、美佐ちゃんが三日前から行方不明になっている。早く何事もなく見つかってくれればいいけど」
二人の様子に、金田一君が考え込んだ。
「神隠しなんてありえない。だけど、実際に美佐が消えているということは、何かの事件があった可能性が高い」
「そうだな。俺も同意見だ」
剣持さんが頷いている。
それを尻目にチラリとコナン君が俺に視線を向けたので、念話で話すなどする。
『神隠し、あるよ。神域を持つ存在なら誰でもできる。俺も降谷さんもできる。シンプルに誘拐だからやらないけど』
『なるほど。黄衣さんが良い触手で良かったよ。』
『良い触手は少ないから、コナン君は気をつけろよ。世の中悪い触手ばっかりだ』
『ゲタ…?』
なんか念話に星の精が紛れ込んでしまったようだ。
星の精の悪口言ってる?と不機嫌そうにむすっとしている。
ごめんごめん、星の精は良い触手だからな。
金田一君たちは調査に入るようで、人の集まりそうな場所の聞き取りや詳細な島の地図などを購入しているようだ。
不安そうな店主さんに向かって、「オッサンは警視庁の警部だからな!」と励ますように金田一君が紹介している。
やはり警視庁の警部の肩書は大きく、店長の顔にややホッとした様子が浮かぶ。
……隣の浜田という女性従業員は、なんだか無表情で俯いている。
剣持警部はやや気恥ずかしそうに、隣にいる金田一君の肩を叩いて笑みを作った。
「それなら、こいつも金田一耕助の孫。まぁ、この手の仕事なら血筋も実力もピカイチだ」
「!?!?!?」
コナン君が驚愕のままに「実在するの!?!?」と素っ頓狂な声を出した。
ずい、と眉間に皺を寄せた金田一君がコナン君にガンをつける。
「あん?俺のじっちゃんを非実在人物みたいに言うんじゃねーよ」
「でも昭和の伝説的名探偵って言ってたし、このぐらいの子ならおとぎ話だと思っても変じゃないわ」
「うーん、まあ、美雪の言う通りか。可愛げのないガキだと思ってたけど、意外と子供っぽいところあるんだな」
「は、ハハ……」
コナン君が顔を引き攣らせてカタコトの笑いを漏らしている。
自分の方がモノを知らない奴扱いされてプライドが傷ついたのかもしれない。
そりゃ、金田一耕助と言ったら探偵小説の金字塔だからな。
コナン君だって当然履修してるし、俺もコナン君に勧められて読んだことはある。
なんとなく陰鬱で、事件より先に怪異の存在を警戒してしまう雰囲気の小説だった。
が、異界では実在の人物というだけの話だろうよ。
あるいは、異界を夢などを通して作者が観測したのか。
あらかた店長さんから聞き取り調査を終えたら、あとは足での調査になる。
こういうのは瞬く間に人の信頼を得られる毛利探偵の得意とするところだが、俺も頑張らねばなるまいよ。
有名な海上レストランの周りや商店街の人通りなどなど。
聞き取りを続けていく。
概ね、皆「噂は知っているが本当だとは思ってなかった」という反応に終始した。
なお、ジンも聞き取り調査に参加していたのだが、精一杯の凶悪な笑顔で「オイ」と一声かけるだけで観光客が凍りつくのですぐ出禁になった。
当然なんだよなぁ。
金田一君がジンのことを胡乱げに見ながら俺に話しかけてくる。
「ところで、あの人いったいどんな立ち位置なんだよ。預かってるムショ帰りの人?」
「いや違くて、ただの従業員だよ。顔を見ただけで硝煙反応出そうな凶悪さは漂ってるけど」
「硝煙反応出そうな顔って喧嘩売ってんのか」
ジンに突っ込まれてしまったので素早くお開き。
俺は口笛を吹くなどして誤魔化した。金田一君は気配を消しておっかなびっくり剣持警部の後ろに隠れる。
盛大な舌打ちをした後、ジンがタバコを吸う。
コナン君が目を三角にしてピシャリと言った。
「歩きタバコ禁止。危険だよ」
「チッ。携帯灰皿はすぐに一杯になるし、吸えるところは少ないし、不便で仕方ねぇ」
「これを機に禁煙したら?黄衣さんが禁煙用飴出せるよ」
「ライも吸ってたアレか。いらねぇ」
「しかもコードネームみたいな名前出るし。聞き損ねたけど、この人の名前は何なんだ?」
「ジン……え、本名なんだっけ?」
「黒澤陣だ。テメェも雇用主なら覚えとけ」
素早く金田一君に突っ込まれてしまったが、ジンのフォローによってことなきを得たようだ。
「別に…いいけどさ……」としょっぱい顔で金田一君が引き下がる。
これがコナン君と立場が逆なら地獄の果てまで追求されただろうに、金田一君は優しいなぁ。
口に出さないだけで疑ってはいると思うけど。
その後は聞き込みを続ける中、この島で駐在を務める巡査さんに出会うことになった。
この島は昔は炭鉱の島で、二十五年前に金塊が発見されて今のリゾート地になったという情報を貰うことができた。
地図にある郷土資料館に行けば分かることだろうが、島民にもよく知られた情報であることがわかったのは収穫だろう。
「江戸時代に政府に秘密で貿易を行い富を得た、その名残じゃと言われておる」
「ううむ、他の貿易品なんか残っていたりしませんかね」
「さて…あるとしたら郷土資料館かの」
海外の魔術品を貿易で入手していた可能性はなくもない。
それでチャコタの製造方法、飼育方法を知った、という可能性もある。
俺が考え込んでいる間に、剣持警部がガンガン切り込んでいる。
神隠しについてだ。
少し怒り気味に駐在さんは話を否定したが、それは俺たちの島での聞き込み調査を通して、割といくぶんかの島民が同じ反応を返していた。
巡査さんはむっつりして「けしからん!」と言い切った。
「あれは島の若いもんが面白半分で流しとる悪い噂だ。信じちゃいかん!」と憤りをあらわにしている。
そして「でも鳥羽美佐が行方不明になったのは事実なのに?」と金田一君に切り込まれ、口を噤んだ。
ジンが嘲笑するような口調で口角を上げた。
「観光業が主のこの島で、実際に人が行方不明になったっつー話が出回れば島民の産業に大きな被害が出る。テメェらはそれを懸念してる。そうだろう?」
「……それは……その通りじゃ。だが…」
「大をとって小を捨てる。小魚の生存戦略だ。人道を守るにも強さが必要だ」
「何が、言いたいのかね」
「いや。こじんまりとした島のこじんまりとしたサツにはお似合いの話だと思っただけだ」
俺はジンの髪を引っ張ってやや彼らと距離をとった。
「いや、聞き込み相手に喧嘩売るなよ!?」
「気に食わねぇんだよ。ああ言う中途半端な輩がな」
「降谷さんだってああいう倫理的問題はよくぶつかってるだろ?」
「だからその度に尻蹴っ飛ばしてんじゃねぇか。表の人間のくせにウジウジしやがって、鬱陶しい」
ジンは鼻を鳴らして至極不愉快そうにした。
どうも表の人間には正しい道を歩いてほしい、歩いていなければ嘘だという思いがあるようだ。
あるいは、「自分は裏を歩まざるを得なかったのにお前は自ら道を踏み外すのか」という強い憤りか。
で、降谷さんと喧嘩になると。
ううむ、よく怒り狂った黒い風が猛烈に俺の事務所で仕事してるのはジンのせいだったのか。
シンプルに迷惑でござる。
話はこれまで、と逃げるように去っていく警官の後ろ姿を見ながら、俺たちは郷土資料館へと向かうことにした。
郷土資料館では、超おしゃべりのフリーライターさんの話を聞き流しつつの調査になった。
妙なのは、炭鉱の資料がほとんどないことだ。
その上、かつての江戸時代の貿易品の話はかけらほども出てこない。
金田一君が視線を鋭く口を開く。
「坊主はどう思う?」
「そうだね。炭鉱で見つかったって言う金塊発見当時の話すらほとんどない。こんなに大きな歴史の転換点なのに」
「炭鉱にまつわる汚職や事故、か?」
「うん。それもあるけど…炭鉱のこと自体をこんなに隠そうとする意図がわからない。何かもっと大きな秘密がありそう、とは思う」
「やっぱあの探偵より頭が回るんじゃないか?」
「どうだろ〜僕子供だし〜」
雑な子供のふりで化けの皮が剥がれかけている。
あとこの短時間で俺のポンがバレそうになっている。
なんたること。
ともかく、ずっと喋っているフリーライターさんの証言によると、この島で過去に起きた事件が関係しているらしい。
二十五年前の惨劇、と呼ばれているが、詳細はライターさんと島民も知らないらしい。
というか、この人俺が相槌打つと無限に喋るんだけどそろそろ誰か代わって。
フリーライターさんはずっと上機嫌にニコニコしている。
「いやぁ、なにはともあれ、代わりに何か掴んだら教えてほしいんだが、いいよな?」
「そう言う意味なら、うーん、命が惜しくば次の船でここから出るのが吉、ってところくらいか?」
「えぇ!?なんでだよ!?」
「神隠しは人為的なもの。人への危害性あり。それを追ってるフリーライターは次の神隠し候補でーす」
「そりゃあんたたちだって一緒だろ!」
「あのヤクザさんを見てくれ。俺たちには身を守る力がある」
「ああ………」
フリーライターさんは深く納得してしまった。
うーむジンニキパワー強い。
そんな感じで一通りの調査を終えて、一日目の夜である。
奇しくも俺たちは同じ民宿立花の隣の部屋。
情報交換は捗った。
食事後に、金田一君が俺たちを部屋に招いて静かに話し出す。
「俺はオッサンと夜中、郷土資料館へ行く予定だ。その間、美雪を見ていてやってほしい」
「ふーむ。あまり大所帯で行ってもバレやすいしな。ならそっちは任せるよ」
不安そうな七瀬さんを安心させるように笑いかけて、俺はポケットからペンダントを取り出した。
魔術的なアーティファクトで、念話による通信機能付き。
「これ、通信機になってるから首にかけて持っててくれ。万が一のためのものだ」
「すげぇな、小さくて軽い…!ボタンは?」
「無い。話しかければ通じる」
「というかあんた、やっぱり普通の探偵じゃないだろ。これ完全にスパイ道具だし」
「うーーーん、何言ってるかよくわからない。俺は一般的探偵ダヨ」
「まあいいけどさ…」
やっぱり追求しない、というかトドメを刺さない金田一君の慈悲深さよ。
そうして金田一君を見送って俺らは大浴場でまったり。
風呂前に少しだけ海を見に行って、星の精はベトベトの精になった。
星の精はこんなベトベトになるとは思っていなかったらしく、しおしおのしょぼしょぼで個室の風呂で洗われたのだった。
緊急連絡に備えて俺は不寝番。
髪の毛に絡んで爆睡する星の精にジンはすごくむっつりしつつ、時折優しく撫でてやっていた。
その後。
朝になっても二人が帰ってくることはなかった。
・ジンニキ
怪しい一般マフィア。
島の注目の的。
爆速で黒幕の耳にも入る。
・降谷さん
忙しいけどそれ以上に心配で仕事に手がつかない。
コナン君に手を出されてキレた旧支配者ハスターが降臨とかなりそうで胸が張り裂けそう。
せめてコナン君は置いていって欲しかったが、置いてったら触手とヤクザの2人旅になって事件が何も解決しなさそうだし。
あーーーもーーー。