事後処理は時間がかかりそうだ。
なにせ世界の融合を防ぐため、大々的にニュースにするわけにはいかないからだ。
だが死者が出ている以上、各旅行会社に当たって旅行者の特定はせねばならぬ。
可能な限り死者・行方不明者を割り出そうと試みるものの、黒焦げ死体の身元調査は困難を極めた。
また夕闇島の方の地図問題は結構でかい問題になったようだ。
向こうではこれに協力した権力者の割り出しに躍起になっているようで、混乱はしばらく続きそうだ。
なんにせよ、人がいない間に一旦切り離して距離を維持。
二界間の被害者引渡しは俺が後で門を開くことになった。
魔術でタプっとした腹回りに体を滑り込ませ、二界間の距離を離す。
「???」と疑問符を浮かべるヨグ=ソトースに「父上、腹、腹くっついてますよ」と語りかけた。
俺が触手を伸ばしてタプタプとした段腹を揺り動かす。
ヨグ=ソトースは酷く落ち込んだようで、次の瞬間シュンッと腹を引っ込めた。
ちょっといじけているようにも見える。
なんか段腹が千切られた跡もあるし、俺が話しかける前に何かあったのだと思われる。
わからんが、ヨグ=ソトースはいかにもずっとシャープな体型だったといわんばかりの澄ました様子を見せた。
お茶目かな。
まあ、そんなこんなで俺たちは通常運転に戻ったわけだ。
若干凹んでるコナン君とともに、通常通り探偵事務所の業務を進めていく。
数日空けていたから結構な数の依頼が溜まっている。
諸伏さんがからから笑いながら口を開いた。
『なんか大変だったみたいだな。怪物は出るわ爆弾魔は出るわ。君永副総監が頭抱えてたけど』
「おう。なんかドロドロとしてて大変だったよ。星の精も拗ねちゃうし」
金田一君に悲鳴をあげて逃げられた星の精は大層傷ついたようだ。
今日も犬ベッドの中でふて寝している。
いいんだ…星の精なんて…小さいし、見た目も友達と違う…。
拗ねた星の精にナイトゴーントがブランケットをかけてやる。
星の精はグスングスン言いながらお礼を言ったようだ。
うーむ、優しい世界。
降谷さんは例の件の処理でここにはいない。
ジンニキと共に今日もひいこら働いているらしい。
ウォッカという部下が、ヒンヒン悲しそうに鳴くゴールデン犬とともにシュンとした様子で見送っていたのは俺も見た。
可哀想だが、これも仕事だしな。
単身赴任するお父さんを見送る会かと思ったけど。
さて。
俺はせっせと溜まっていた依頼を片付けていく。
いつも通り人の事件のみをコナン君へと流していくのだが、コナン君は憂鬱そうにため息をつくばかりで身が入っていないらしい。
コナン君の方もだいぶダメみたいだ。
マモーさんが出してくれたアイスコーヒーとデザートにもあまり手をつけていない。
目の前で犯人に自殺されたのがかなりこたえたようで、俺も少し心配になってきた。
と、そのように思っていたその時である。
バッ!と不意に空間を引き裂いてニャルラトホテプが現れたではないか!
裂いた空間をそのままに俺にゴロニャンと擦り寄る。
嫌な予感がする笑顔だ。
あと空間の裂け目早く元に戻して。
「帰ってきましたね我が夫!ちょうどいい!渡したいものがあるんです!」
「お、おう。なんだいニャル。また手作りスイーツでも作ってくれたのか?」
「はい!今回は力作ですよ!!!ジャーン!」
自分で効果音を口にしながら、出現させた豪華なホールケーキだ。
俺は派手に吹き出して咳き込んだ
ケーキは虹色に泡立っていた。
だが二層目は打って変わって鋭角でできていて、鋭いそれがウニのように激しく周囲を威嚇している。
時間を歪ませて、層のように重なった生地は険悪にお互いを攻撃しあっている。
落ち込んでいたはずのコナン君が素早く星の精を抱っこして机の裏に隠れた。
ナイトゴーントは恐怖のあまり動けないようで、マモーさんに給湯室に連れ込まれて保護された。
俺は慎重に開けっぱなしの空間の裂け目を修繕したあと、ケーキを机の上に置いた。
ケーキは俺を前にトーンダウンし、少しだけ争いをやめたようだ。
だが鋭角層は納得していないらしく、隙を見てチクチクと虹色層を刺している。
凄い……お腹を下す……形をしている……。
俺は苦悶の顔でニャルに声をかけた。
「なあニャル、これ俺前に食ったやつ…」
「前よりバージョンアップして、円と鋭角抱き合わせセットです!美味しいですよ!」
俺は全身の触手をカラカラに萎びさせた。
ニャルは料理好きで、時折こうして挑戦的な料理を俺に振る舞う。
意外にも昔から外神の味覚としては美味しく作っている。
そして料理ができるということは、味見も結構しっかり行っているということ。
なのにニャルが平気なのは、そのアザトースのメッセンジャーとしての頑強さがあるだろう。
多分何回か内側から破裂してるだろうが、それを含めてエンターテイメントとして「美味しい」と評しているのだ。
俺は覚悟を決めて体内に防壁を張った。
もしダメだったら体調が治るまで俺だけ時間を早回しにしよう。
今後100年ずっとトイレに籠るハスターでいたくはないし。
期待に満ち溢れるニャルの前で、俺はパクリと縦に切ったケーキを口に運んだ。
瞬間、咀嚼されて激情した鋭角層が俺を串刺しにした。
それに憤慨した虹色層と取っ組み合いになり、体の中で大乱闘を始める。
双方が魔術を乱射する。
俺が体内に展開していた超多層防御魔術をあっという間に剥がして胃壁を突き破る魔術の群れ。
俺は全身から攻性魔術を噴出して息絶えた。
根性で体表30cmのところに貼った門の創造だけは維持した。
俺の体から放出された攻性魔術を遠い宇宙に放り投げるためのものだ。
俺はヤムチャのポーズで倒れ伏し、コナン君に「黄衣さんッッッ!」と悲鳴をあげられた。
体内で鋭角層と虹色層がドッグファイトしてそこらじゅうで戦っている。
可哀想な俺は銀河系を消しとばすレベルの攻性魔術で穴だらけだ。
そうして激しく発光して爆散。
おお、復活まで1000年コースかな……。
給湯室からこちらを覗き込んだマモーさんが「神ーーーッ!?!?」と悲鳴を上げた。
俺は炭化した肉塊がちょろっと残るだけの残骸と成り果てるのであった。
翌朝。
俺はニャルを正座させてがみがみと説教した。
「あのね、痛い味は嫌なの、俺は。分かる?」
「でも…刺激的だし喧嘩してて面白いしいいかなと…」
「少なくとも地球上で楽しむ味ではない。人間滅亡するじゃんあれ」
「羽虫は別にうっかり滅亡するなら大歓……なんでもないでーす」
俺が般若の顔をすると、ニャルはしょげかえって小さくなった。
このニャル野郎はまったく、許されざるよ。
今、俺は一晩明けて喋る炭程度には回復した。
時間を早回しにして回復を間に合わせたのだ。
炭化した小さな塊のまま、ぶつぶつニャルに文句を言っている。
星の精が「黄色が…動かないになった…白黒の車呼ばないと…!」と凄くゲタゲタ言っていた。
単なる男女のじゃれあいだから、警察を呼ぶほどのことではないのだが。
流石の諸伏さんとコナン君も戦慄して、俺を遠巻きに眺めている。
復活した俺に少しだけ安心したらしい。
どうやら俺を心配して、マモーさんも含めて三人とも事務所に泊まり込んでくれたらしい。
マモーさんが「コーヒーは飲まれますか…?」と恐る恐る聞いてくれた。
口はないが、炭の表面からコーヒーを吸えるだろう。
「ありがとう、いただくよ」とマモーさんに感謝を述べた。
マモーさんがるーー、と涙を流して「神…おいたわしい姿に…!!」と泣きじゃくりながら去っていく。
コナン君が星の精を抱きながら恐る恐る問いかけてくる。
「黄衣さん、それはどのくらいで人の姿に戻れるの?」
「昼頃には問題なく。まったく酷い目にあった。前のヨグ=ソトースパウンドケーキの次ぐらいにとんでもない出来だった」
「え!?!?前のヨグケーキ美味しくなかったですか!?」
「俺が虹色のゲロ吐いてたの忘れた…?」
「僕も食べましたけど、ゲロが虹色になって踊り出すの楽しいでしょう?」
ちゃんと味見はしてるんだよなぁ!!
星の精が俺にグミを渡して「ゲタ…!」とナムナムして去っていく。
黄色、ヒゲと同じで動かないになった。動かないのに動いてる。ナムナム。
待て、誤解だ、俺は幽霊ではない。
そのように俺は憮然としつつ、ニャルの頬をとりもちのようにグニグニ伸ばすなどしたのだった。
・ニャルラトホテプ
味見はするタイプ。
外なる神に食事は必要ないので、食事という行為を娯楽の一種と捉えている。
味を楽しむ料理も作るが、爆発したりとんでもないことになったりとイベントを楽しむ料理も好む。
悪意は一切なく「美味しい」と思ったものを出してる。
・ヨグ&ミゼーアケーキ
名状し難い味がする。
普通なら食べると角に貫かれて虹色のゲロを吐き出す程度のホールケーキ。
今回は食べたのがハスターだったので、息子を傷つけられてご立腹のヨグ=ソトースとミゼーアがドッグファイトになって消し炭になっただけ。