今日は銭湯にいくことになったなり。
たまには大きな風呂もよかろうと言うことで、近場の湯屋に車で行く予定なのだ。
ニャルがバスセットを抱えて仁王立ちになり、勢いよく宣言した。
「よし!これで準備万端です!」
今のニャルは褐色肌のめちゃくちゃイケメンだ。
具体的にはAPP(容姿)23ぐらいのワイルドさの中にギリシャ彫刻じみた美が詰まっている。
一人で入ってもつまらないから俺と入るために男になる、と決意してからの行動は早かった。
シュバっと変身して、虚空から風呂セットを出す念の入れよう。
本人的にはメスの姿を俺に見せたかったらしいのだが、それは羽虫のルールで禁止と言い含めたら納得してくれた。
「女性体はまた二人で風呂の時に楽しみましょうね…♡」とのこと。
一回一緒に入った時は俺がオートモードになってしまったのでノーカンらしい。
いや二回目も三回目もオートモードにするやんね。
コナン君がほへぇ、と言う顔をして口を開いた。
「ニャルさんかっこいいね。俳優みたい」
「そうでしょうそうでしょう!審美眼のある子ですね!我が夫も惚れ直しました?」
「いや男性相手に惚れ直す概念はない」
「な゛ん゛て゛!!!」
素早くニャルはひっくり返って暴れ出した。
おおよしよし、触手を出してビタンビタンするなし。
暴れる怪獣に慄き、諸伏さんが部屋の端っこに避難している。
実は、ここ最近になって諸伏さんも俺の家に滞在するようになった。
今までは安全のために降谷さんのところで過ごしてもらっていたのだが。
そろそろニャルが人間の生活に慣れてきて暴れなくなってきたので、おっかなびっくり同居を再開したのだ。
公安としても、俺の動向はチェックしておきたいらしく、できれば同居を推奨しているとのこと。
諸伏さんは「これは危険手当出る案件だろ…」とぼやいていた。
そうして、車で5分ほどの場所の銭湯へ。
入り口で誰かと待合中っぽい女性の脇をすり抜け、銭湯に入る。
中は意外と賑わっていて、人の出入りは活発だった。
風呂上がりなのか、新聞を読んでまったりする男性などの姿も見える。
脱衣所でドキドキしながら服を脱ぐ。
俺はこのために黄色に髪の色を変えている。
これでギリ「黄衣の王」の概念は崩さずにいられるから、触手がまろび出ることもあるまいよ。
普段の風呂では遠慮なく触手ごと風呂に入っているけど、銭湯でそんなことしたらクトゥルフ神話TRPGが始まってしまうからな。
すかさず俺の隣を確保したニャルがお風呂セットをロッカーの中に置いた。
袋の中から電動歯ブラシが覗いている。
お風呂セット……?
諸伏さんが慄いて俺とニャルを交互に見比べた。
『ギリギリ銭湯に入れるヤンキーペアみたいなカラーリングだな…』
「悪口やめて。これは俺らの性質上仕方のない話でぇ」
「え?この羽虫僕らの悪口言ったんです?」
「言ってないです。褒め言葉です。ね、諸伏さん!」
諸伏さんは全身から油汗を吹き出して首がもげるほど頷いた。
ニャルは認知阻害を周囲にかけながら、ニュルンと服のない姿に変化し直した。
服も含めてニャルの体だから、言い方によっては常に全裸であるとも言える。
服を脱ぐと言う行為が面倒臭いらしく、ニャルはあまり好まないんだよな。
そうしてお待ちかねの風呂へGO。
大きな風呂は爽やかで、やはり大きいこその充実感がある。
本当は触手を全て伸ばしたいが、俺一人で風呂を埋めるわけにもいかない。
ニャルは「羽虫多くてうざ……」と不愉快そうに端っこで丸くなった。
同時に俺と手を繋いで嬉しくもあるらしく、非常に複雑な表情でむむむ、と激しく唸っている。
それを爆発に迷ってるボムヘイと見たか、コナン君はささっと体を洗ってそそくさと風呂から上がった。
うーむ、危機管理能力に大変優れている。
俺はぼんやりと己の人間体の出来栄えを見た。
俳優として見栄え良く、筋肉はある程度実装している。
だが蒼白の肌のせいでどうにもヒョロく見えがちだ。
だからTVでも知的美形役が極めて多い。
髪をかき上げた隣のニャルはワイルド系。
褐色の肌に長身、細マッチョな体型は実に強そうだ。
彫の深い顔立ちは異国情緒があって、隣の芝は青いとはこのことか。
ちなみに、諸伏さんもかなりバキバキだったりする。
今は不機嫌なニャルを恐れて風呂の反対側に避難して近寄ってこないけど。
降谷さんといい諸伏さんといい、人間だった頃はトレーニングを欠かさなかったのだろう。
果たして俺がその立場だったらそんな肉体維持を頑張れるかは疑問なところだ。
つまり俺の筋肉は努力を伴わないハリボテ筋というわけで。
俺はやや眉間に皺を寄せて腕を組んだ。
「うーむ、俺も筋肉量増やすか。白いとこう、やはりヒョロ感がな」
「人間体のデザインの話ですか?羽虫がムキムキでも意味ないと思うんですけど」
「実用性の話じゃなくて見栄えだよ。ニャルぐらいあるとかっこいい気がする」
ニャルはなんも分からんと言う顔をした。
たぶん羽虫に筋肉がついても誤差と言いたいのだろう。
でもAPP(容姿)は2ぐらい違ってくる気がする俺である。
難しい顔をする俺に、ニャルが柔らかい顔で笑顔を作る。
「我が夫の本来の姿の方がずっとかっこいいですけど…」
「触手目玉のかっこいいとは」
「触手たくさんあって大きいですし、目もたくさんついててかっこいいですよ」
俺もなんも分からんと言う顔をした。
やはり価値観の違いは十人十色ということらしい。
遠くで聞き耳を立てていた諸伏さんは「うーん宇宙センス」と首を傾げたようだ。
なお、諸伏さんは広い風呂が嬉しいのか至極幸せそうに湯に浸かっている。
ストーブやこたつなど、あったかいのが好きらしい。
肉の防護のない霊体は冷えるからな。
さて。風呂上がりの頃である。
風呂から上がると、何故かコナン君の姿が見えなかった。
トイレかとも思ったが、いつまでたっても帰ってこない。
そういえば、確かに風呂の途中脱衣所が少し騒がしかったような。
心配して番台さんに声をかける。
「すみません、ここに来ていたメガネの男の子がどこへ行ったか知りませんか?
「ああ、あの子なら脱衣所で転んでねぇ、知り合いのお兄さんが病院へ連れて行ったよ」
ええ、すぐとなりの風呂で保護者も探さずにか?
知り合いの刑事さんならコナン君には山ほどいるが。
俺たちに声をかけずに、となると名も知らぬ野生の犯人である可能性も極めて高い。
ふと見ると、ニャルがニタニタと悪質な笑みを浮かべていた。
俺はぐわしっとニャルの逞しい肩を掴んだ。
「白状!白状しなさいニャル野郎!」
「僕は無実ですよぉ。でも結構面白そうな催しをしてるみたいですね。暇つぶしにはなりそうです」
「このニャル!!!最近羽虫遊びを控えてたから見直したのに!」
「我慢してるんですから偶には良いでしょう?あ、ハスターの瞳は使用禁止でーす。ミッション、愛し子を取り返せ!スタートです!」
ニャル野郎!!!!!!
ニャルウイルスが「彼方より来たりて饗宴に列するもの」に侵入。
瞬く間にぶつりとハスターの瞳の術式が落ちる。
俺はポカっとニャルを酷くぶった。
ニャルは「なんで!?!?」と頭を押さえて俺を非難した。
諸伏さんに縋り付いて俺は泣き真似をした。
「諸伏さん!あいつがコナン君をとった!俺をいじめる!」
『おおよしよし黄衣、怖かったな』
「は???羽虫に縋って僕を捨てるんですか?その羽虫を消せば良いって話ですよね」
「そんなわけないね」
むしゃくしゃしたニャルがいきりたったので、俺はベーと舌を出すなどした。
ニャルはブスくれて丸くなってむくれたようだ。
ともかく、早めにコナン君の行方を探さねばなるまい。
ブレスレットを通して念話を接続する。
『コナン君!無事!?』
『あ!黄衣さん!ちょうど良かった、こっちは平気。怪しげな動きをしてた男の人がいたから釣り出したんだ。しばらく泳がせて様子を見るよ』
『少年じゃじゃ馬過ぎるんだわ』
諸伏さんの素直な感想に、俺は頷いて「降谷さんに通報します」と付け加えた。
コナン君は慌てて弁明したようだ。
『いやっ、でもさ!何か重大な犯罪につながるかもしれないし、相手はそもそも僕を殺すか攫うかしようとしてたから、あえてそれに乗っただけで!』
『取調室の刑です。弁明は怒り狂った黒い風にしてください』
『ケチ!黄衣さんのひとでなし!』
『その通り、宇宙ダイオウイカです。ニャルは何かあったら一言』
『僕の監修のゲームではありませんが、生き残れるよう頑張ってくださいね』
「えっ!?!?」とコナン君がギョッとした声を出した。
ともかく何か大変なことが起こる前にコナン君を助け出し、計画をくじかねば。
俺は壊れたハスターの瞳の修理を思って涙を流しながら、決意を新たにしたのだった。
・男ニャル
性格の悪い敬語イケメン。
黄衣がいない時の振る舞いはほぼ邪悪さの増したバーボンである。
最近はめっきり羽虫遊びのしない良いニャルラトホテプだった。
ハスターと一緒に暮らせて幸せ度が高い水準を維持しているため、遊ばなくて良いだけども言う。
・諸伏さん
風呂もこたつもガスファンヒーターも好き。
幽霊はとても寒いから、暖かさを感じられる黄衣の魔術と組み合わせてすごくほかほかして幸せ。
幽霊になって3年間、とても寒かったから。