事務所に帰って来たのは翌日早朝だった。
やはりイゴーロナクを追い立てるのに時間がかかったのが大きい。
追いついた時点で地球では夜が明けてたからな。
まだコナン君達は帰って来ていないようだ。
心配してマモーさんが事務所を閉めないでいてくれたのか、すでに事務所の明かりがついている。
扉を潜って「疲れたー」と言って事務所に入る。
するとまず、マモーさんが光の速度で奥からかっ飛んで来た。
震えて腫れぼったい目に黒々としたクマもあり、彼が一睡もできていなかっただろうことを示している。
俺は彼を安心させるように「ただいま!」と殊更明るく言った。
マモーさんは暫く硬直して。
それからだばー、と滝のような涙を流して崩れ落ちた。
「うおぉ!?マモーさん泣いてる!?」
「私は………おお、神よ、神よ……ッ!」
声もなくすごい泣いてるマモーさんの後ろから、ぬっと姿を現したのは星の精だ。
【ゲッタ……】
もう心底怒っている星の精がドスの利いたゲタゲタ声を出して俺を睨みつけた。
お前ら星の精をのけものにした。友達は帰ってこない。ヒゲは適当に星の精にご飯投げ渡して出てった。お茶の人は寂しがって泣いてる。
怒りの炎が背後に見えるようだ。
というか、諸伏さんが説明はしょったのかよ。
いや多分何言っても怒られるから適当にヨシヨシして出て来たのだろう。悪い幽霊め。
食べないままの血液ご飯が残っていて、星の精の怒りの深さを物語っている。
俺が撫でようと手を伸ばせば、ペシっと触手で払われた。
嫌そうに口を歪めた星の精がそっぽをむく。
星の精にさわんな。星の精は怒ってる。
うーむ、これは機嫌を直してもらうのにかなりの誠意と贈り物が必要そうだ。
俺は星の精の前に正座して口を開いた。
「まず言い訳を聞いてほしい」
【ゲタ】
「コナン君が悪いやつに攫われたから、俺たちは取り返しに行ってたんだ。銭湯で犯罪に巻き込まれてさ」
【ゲタッ!?!?】
星の精は流石に驚愕したようで、大慌てでオロオロと触手を踊らせ始めた。
友達のピンチにいても立っても居られなくなったようだ。
というか静かに言い訳聞いてくれるの優しい。
俺はピンと人差し指を立てて説明した。
「で、俺は主犯を叩いて来たんだが、コナン君奪還班の降谷さんと諸伏さんがまだ帰らない。だからこれから合流しようと思ってる」
【ゲタ!】
万事理解したという凛々しい顔で星の精は頷いた。
そして前まで使っていた星の精を入れる肩掛けカバンまで二足歩行ダッシュ。
急いで持って来たようだ。
そしていそいそと中に入り、「ゲタッ!!」と宣言だ。
星の精は準備できた!早く行くぞ!
行く気満々らしい。
仕方ないので星の精入りバッグを肩からかけて、マモーさんに声をかける。
「俺、コナン君の方を見てくるよ。安心してくれ、すでにイゴーロナクは討伐したから、怖いことは起こらない」
「はい……神よ、お気をつけて」
マモーさんは貞淑な妻のよう眉を下げて心配そうに声をかけてくれた。
マモーさんヒロイン概念が爆誕しちまったようだ。
まあそれはともかく。
降谷さん達の反応は横浜の赤レンガ倉庫にあった。
事務所の車は諸伏さんが使ってて無かったので、「門の創造」にて跳躍する。
独特の意識が明滅するような感覚に、星の精がテロンと触手を垂らして元気なさそうにする。
到着した赤レンガ倉庫には、いく人ものスーツ姿の人物が行き来している。
その少し離れたワゴン車の中に降谷さんはいるようだ。
とことこと向かえば、その手前でスーツの人に止められた。
侵入禁止らしい。
困ったので降谷さんを念話で呼び出…そうと思ったところで、降谷さんが現れた。
化身の繋がりを通して俺の接近を感知したらしい。
俺は手を上げて挨拶した。
「よーっす、そっちの進捗どう?」
「ん、戻ったのか。遅かったな」
「超銀河団をいくつも跨いで追いかけっこだからな。やっぱ距離があると時間がかかるよ」
降谷さんが公安の部下らしきスーツさんに「気にするな、僕の客だ」とフォローしている。
頻繁に公安に出入りする俺を知らないと言うことは、新入りさんなのかもしれない。
新入りスーツさんは慌ててペコペコする。
その時ちょうど、俺のバッグに手が当たって中から星の精がチロッと顔を出した。
神話生物・星の精の幼体の目撃。
1/1D10のSAN値チェック。
新人さんはその場で静かに凍りついた。
それに全然気づいてない降谷さんが腕を組んで難しい顔をする。
「向こうで座って話そう。捕まえたイゴーロナクの依代が吐いたんだが、もともとヤツらはニホリカ国の王女と子息を狙って犯行を計画していたらしい」
「だからなんでそんな貴人が犯罪大国に旅行を…」
「本当に逮捕されたいのか?」
素早くいきりたった降谷さんが手錠をちらつかせるので、俺は口笛を吹くなどした。
日本過激派の前で下手な口を利いてはいけない。
あと固まってしまって動かない新人さんにはSAN値回復魔術をかけておいた。
不幸な事故だったんだ、あれは…。
星の精も訝しげに「星の精に何か用?この大きいのはなんで星の精を見てるの?」と言っている。
「じゃあ、赤レンガ倉庫なんだ?」
「今日の10時からの仮面ヤイバーショーのため、王女とその子息が観光にやってくる予定だからだ」
「仮面ヤイバーIPが思ったより強い件。海外展開してたんか」
「当たり前だろう。日本の誇る世界規模の人気コンテンツだ。ともかく、その時に犯人を連れたコナン君もやってくる。そこを確保する予定だ」
「了解。諸伏さんは?」
聞くと、やや心配そうにみじろぎした。
「イゴーロナクの依代の前のアジトを探索してもらっている。危険があればすぐ引き返せと言ってあるが」
「ううむ、それは不安だな。俺の方からも声をかけてみるか」
ワゴンにお邪魔しながら念話を繋げる。
取り込み中ならまずいので、俺の念話が繋がってくる感覚を先行して送ることとする。
これで、急に集中が途切れて敵に不意打ちされる危険性が減るだろう。
満を持して、慎重に念話を開通させる。
『今話をするけど大丈夫か?』
『よっ、黄衣。問題ない。見たところ普通のマンションの一室だしな』
軽い感じで挨拶が返ってくる。
どうやら危険はないらしい。良いことだ。
『そっちは何があるんだ?』
『不審なものは……あるな、ここ、本棚が二重になってるのか』
ゴソゴソと調査してから、諸伏さんが「よっと」と声を上げてから返事をした。
『変なハードカバーの洋書がたくさんある。英語に加えてどこの文字かもわからない本が多数。英語のやつは「グラーキの黙示録12巻」か?』
『うん、絶対読むなよ。チラ見もダメだ』
実に碌でもないものだったようだ。
グラーキの黙示録は、大体はグラーキ教団が執筆したものだ。
しかし12巻だけは別で、旧支配者イゴーロナクの記載で占められている。
これを読むとイゴーロナクがその知識をアンカーに憑依・接触を図ってくるのだ。
原本は貴重だから、たぶん写本の類だろう。
視覚を共有して貰えば、他の本は名もない魔術師の書いた無名の本ばかりだった。
だが、それでもしっかり読み込めば原始魔術の一つ程度は習得できるだろう。
ビッグネームはグラーキの黙示録ぐらいなのは不幸中の幸いか。
少しだけ降谷さんと相談し、頷きあう。
違法捜査のお時間だ。
正式な手続きを踏む前に、この危ない本は俺たちで回収する。
旧支配者降臨の危険を少しでも少なくするためだ。
『よし、本は危険だから回収してくれ。もし間違って誰かが読んでしまったら大惨事だからな』
『了解。今から帰還………ッ!?』
諸伏さんが不意に声を上げた。
開演時間が近いのか、子供達がわっと駆け込んで走っているのが見える。
細かくて可愛いのぉ。ってそれどころではない。
『どうした!?』
『本の間から紙が落ちたんだ。これ、爆弾の設計図だ。しかも、魔術の組み込まれた爆弾だ』
『な……!』
俺も共有された視界から爆弾の設計図を確認する。
「降臨すべき運命」と副題が英語で書かれたそれは、爆発で死んだ人間を生贄にして、イゴーロナクを召喚する悪辣なものであった。
俺はスンッとなった。
いや、冷静に考えたら今イゴーロナクはバーニングボールだしな。
ニャルが手足製ゴール気に入って持ってっちゃったし。
恒星に叩き込んだから特に意味は……ッ!!!
俺は背筋に衝撃を受けて、勢いよく立ち上がってその拍子に天井に頭を強かに打ちつけた。
『痛ッ!?っ、絶対にそれ阻止しないとダメだ!イゴーロナクは今恒星にいるから、ほっかほかのイゴーロナクが素早く地球にお届けされて地球は吹っ飛ぶ!!』
『それどういう状況だ???』
おお、イゴーロナク!
ボールになっても気に食わないやつ!!
俺は嘆いて、またサッカーすることを決意したのだった。
・新人さん
初めて公安に入って疲れてたんだと自分を納得させた。
とんでもないものがバックにいたような気がしたけど気のせいに決まってる。
・イゴーロナク
恒星に蹴り込まれたバーニングボール。
現在温度は約1億度。
魔術も手足もなくて動けないので大人しく恒星内をぷかぷかしながらしょぼくれている。