コナン君と一緒に一階ロータリーへと降りていく。
ロータリーでは、ジンが子分と共にビルを見上げてタバコをふかしてした。
ゴールデン君も一緒だ。
ふとこちらを見て、ジンがタバコを携帯灰皿に押し付けた。
「あん?なんだ、テメェらも居たのか」
「観光でーす。そっちはもしかして公安の仕事だったりする?」
「そうだ。この辺で行方不明があったり、建設業者の垂れ込みがあったりしたからな。魔術団体の犯罪の可能性も視野に捜査を進めてるってあたりだ」
コナン君が目を見開いて驚愕の表情を見せたので、俺は顔を手で覆って嘆息した。
なんたること。俺の信者のくせに許されざるよ。
ゴールデン君が俺の足元に来てころんと腹を見せて尻尾を振ってくれた。
可愛い。悲しみに満ちた俺の心を癒す。
「ここ黄衣さんの関連会社だよね!?何やろうとしてるか知ってる!?」
「普通に俺とコンタクト取ろうとしてるだけのはず……ビル全体を使って……」
俺も内部を見てわかったことだが。
あそこはビルそのものを受信機と見立てての極大術式を構築する儀式場だ。
正確には俺の擁する知識の宝物庫「セラエノ大図書館」に接続して情報を降そうとしている、と言うべきか。
セラエノ大図書館は俺が最初に作った巨大術式にして化身だ。
「彼方より来たりて饗宴に列するもの」と同じでシステムとしての側面が強い。
しかし、基本ハスターの瞳と違って生データと集積を主としているので、人用のアクセス補助や体系的整理はされていない。
アクセスするにはより人には理解しづらく負荷の大きいものとなるだろう。
コナン君は真面目な顔で考え込んだ。
俺がゴールデン君を撫で回せば、ゴールデン君は大喜びでへっへと息を荒くしている。
リードを握るウォッカがぺこぺこと俺に頭を下げた。
「TOKIWAの目的はなんだと思う?」
「AI企業みたいだし、ビッグデータを求めて?もしくはセラエノ図書館には深淵の知識があるって噂だし、それの探究のため?」
「なんで製作者のテメェが疑問符なんだよ」
「いやぁ…噂はあるけど、人間が手に入れるのは無理じゃないかな的な思いがな…」
俺は腕を組んで首を捻った。
たしかに、見方によってはアカシックレコードと呼ばれるそれに限りなく近いとは思うが。
基本はゴミデータの山だと思ったほうがいい。
SNSの掃き溜めから賢者の金言を探そうとするようなものだ。
なら本屋に行ったほうが、つまりハスターの瞳に接続したほうがはるかに早く目的を達せられるだろう。
手の届かぬ場所に夢を見るのは人のサガ。
遠いセラエノに全能を幻視するのは分からんでもないが、人間には持て余すだけだ。
まあ、一応俺が大雑把にシステムを用いてタグ付けはしてあるから、うまく使えば人間よりはるかに賢いAIは作れるかもしれんが。
うむむ、と俺は唸った。
その達成地点に危険はないが、やはり不安ではあるのだろう。
コナン君が眉を下げて問いかけてきた。
「なら接続コストはどうなるの?」
「このビル、横にデータセンターが建ってるだろ?そこのデータを『価値』に変換して、あとは魔術師がMPを出しあって道を作るみたい。意外と安全だよ」
「そっか………ならよかった」
「まぁ、それでも足りない場合は社員を生贄に捧げるとかし始めるかもしれないけど」
「ちょっと!!!!」
コナン君にポコポコ怒られてしまった。
いや俺の発案じゃないぞ!
この程度のMPなら人間でも用意できるだろうから、よっぽどのことがない限り社員を贄にはしないだろうし。
大体5秒接続するのに6000MPぐらいだろう。
大容量の魔力結晶を作って、魔術師が10人ぐらいで毎日頑張って貯めたなら、そこそこ良い量のデータがサルベージできるはずだ。
ジンが「ビルでの一般人の大量死か。面倒になる前にバーボンに連絡するか」と素早く電話。
俺の信頼のおけなさであるよ。
人間の技術なら人を殺さずになんとかできるだろうに。
憮然としつつ、俺はビルを見上げた。
富士山が一望できて、ビルの窓からの景色は素晴らしい場所だ。
俺は我知らずため息をついていた。
宙なんて見上げずに、この都市の光と山々の輝きを見ればいいのに。
宇宙なんて陰気で何もなくて、良いことなんて何もないのに。
ゴールデン君を撫でるのをやめると、ゴールデン君は憮然とした。
こんなに可愛いのに撫でるのを止めた!と俺を責めて来る。
再びコナン君と二人がかりでチヤホヤすると、ゴールデン君は至福の顔をしてとろけたようだ。
【ゲタッ……】
コナン君のポッケの中で不満げな声を出すものが一人いるが、そちらは後に機嫌を取ればいいだろう。
そのように、俺たちは一旦ジンとウォッカと別れたのであった。
二日後、俺は事件の件で軽く調査のため、改めてツインタワービルへと来ていた。
西多摩市の市議とTOKIWA専務が殺害されたのだ。
どちらも割れたお猪口が現場に残されていて、連続殺人であることを示唆していた。
魔術の痕跡はないから、普通の事件なのだろうと思われる。
株式会社TOKIWAが関わっているから、公安も念のため調べている状況だ。
俺は私服姿のジンに声をかけた。
「ゴールデン君元気?」
「テメェらに撫でられて、しばらくテンションが高すぎて家で駆け回ってソファに蹴っ躓いて転けてしょげた」
「ゴールデン君……」
「今日はウォッカに世話させてる。あいつはウォッカを部下だと思ってるみてぇで言うことを聞かねぇらしいが」
じゃじゃ馬ゴールデン君らしい。
コナン君がハハハ、と困った笑いを漏らした。
降谷さんも「あの犬は魂がミニチュアダックスだからか気が強いからな」とうむうむ頷いている。
「ゲタッ」とブスくれた声が聞こえてきたので、この話はここまでとする。
ライバル出現に星の精も迷惑しているのだろう。
降谷さんが咳払いしてツインタワービルを見上げた。
「ツインタワービルのオープンパーティは予定通り決行するようだ。儀式の一部だろうからそれも当然だろうが」
「俺のとこにも招待状来たよ。すごい豪華なやつ」
「どう考えても主賓だろうから当然だな」
降谷さんがスマホでこの辺りの見取り図を確認しながら目を細めた。
諸伏さんに加えてジン、俺、コナン君を連れての調査だ。
データセンター付近、敷地の境界線を確認してから、俺は地面のコンクリをコトコトと叩いて回った。
叩いても音なんて何も変わらないが、ハスターの瞳で中を探る基準にしている。
ようは気分だ。
ジンがスーツケースから書類を取り出して降谷さんへと渡した。
「どうだ?」
「やっぱり地下に部屋があるね。MP倉庫かな、こりゃ」
俺は眉を顰めてため息をついた。
魔術も何もない打ちっ放しの空間で、前回来た時は俺も気に留めなかった。
だが廊下の伸びる方角の魔術的意味といい、やはり関係があると見て良いだろう。
チラリと降谷さんが目配せしたので、諸伏さんがその霊体の体を駆使してトプンと中に入り込む。
地面をすり抜けて内部の調査に入ったのだ。
しばらくして上がってきた諸伏さんの顔は深刻そうだった。
『結構広い。廊下の方向からして、ツインタワービルの秘密地下空間ってとこか。死体のいくつかは資料にある行方不明者の顔と一致してると思う』
「助かる。俺も今確認する」
降谷さんから権能越しに俺のハスターの瞳へのアクセス申請が届く。
するりと許可して、負担を抑えるよう少しばかりカスタマイズ。
『見えるか?』
「ああ。確かに、中に処置された人間の遺体がたくさんあるな。MP倉庫というのは本当のことらしい」
降谷さんがジンから資料を受け取り、その顔と名前を確認してボールペンで書き込んでいく。
「行方不明の人間の顔と一致しているのは13人だな。誘拐か。国外の人間も見られるが、人身売買の可能性も視野に入れて調査が必要だろう」
降谷さんの言葉に異論を唱えたのはジンだ。
タバコを吸いながら、ニタリと邪悪そのものの笑みを浮かべて口を開く。
「日本で人の売り買いは面倒だ。管理の甘い外国人労働者を適当に攫ったほうが楽だから、そっちの線で調べたほうがいいだろうよ」
『それはそうなんだが言い方ぁ〜』
「その顔、悪の組織が公安と癒着してるみたいに見えるから早く直してくれ」
「バーボン、テメェに顔をどうこう言われる筋合いは無ぇ。邪神みてーなツラしやがって」
「やるか貴様」
諸伏さんがヘナヘナしながら仲裁に入る。
なんとも仲が良いことよ。
俺は荒っぽくどかっと腰を下ろして指でトントンとアスファルトを叩いた。
憤りをため息に変えて「はぁ………」と息を吐く。
「あーー胸糞。お前らなんかに絶対セラエノ大図書館のアクセス権やらん。出禁だ出禁。俺が人間大好きだってあんなに言ってんのに!」
「好きだって話だから捧げたんじゃないか?グロい触手の生き物が真っ当に人を愛でるわけもないと思うのはまぁ、わかる話ではある」
降谷さんの刃物のような切れ味の言葉に、俺は激しく猛り狂った。
「やめて!そのために俺は言葉を尽くしてます!死体は喰いません!だからって踊り食いもしません!魂だけもダメです!ほんと。あらゆる手を尽くして喰われにくるのやめて!!」
『黄衣も苦労してるんだなぁ』
「寝てる俺の口の中に突貫してくるのはテロでしかない。人間のくせに俺のSAN値削ってくるのやめろぉ…!」
俺がメソメソすると、コナン君が慰めてくれた。
ポッケの中の星の精と一緒に俺をヨシヨシしてくれる。
優しい……その優しさで助かる命があります……。
まだ星の精に慣れないようで、ジンが挙動不審になりながらこちらを見ている。
降谷さんがツインタワービルを少しだけ見上げて言った。
「どうする?こちらは君の動きを待ったほうがいいか?」
「すでにセラエノ大図書館側でアクセス拒否には設定してあるから、あとは公安が踏み込むのをいつにするかだけだな」
「………証拠が足りない、か。メガネで確認しても術式が映らないのはどういう仕組みなんだ?」
「相手も魔術師だから、予備動作を隠すぐらいはするってことよ」
ごく簡単な小細工だ。
術式の工程を一つ抜いておくことで、その意味を霧散させて完成させないようにするだけ。
それならばどれほど巨大な術式でも成立した術式のみを見る眼鏡には映らない。
術式の要素って世界のあらゆる場所に存在しているからな。
偶然が重なったり、過去の知恵の名残だったり。
未完成の術式まで映すようにしたら逆にメガネの機能を損なうほど見えすぎてしまう。
降谷さんは「痛し痒しだな。多少の違法捜査はやむを得ないとして、一歩ずつ詰めていくしかないか」と肩を落としたようだ。
しかしまあ。
オープンパーティには俺にも招待状を送ってきてくれていたが。
俺に唾を吐きかけるようなことをしでかしておいて、よくもこんなものを送ってこれたものだ。
なんにせよ、パーティには参加することは決定だ。
公然と証拠を集めるいい機会だろう。
「パーティ客が誤って変な場所に入ってしまい騒ぎになる」って筋書きなら変なところもないし。
俺がふつふつと怒りをたぎらせていると、降谷さんが書類を握りつぶしそうになりながら俺を睨んだ。
「また僕の心がささくれ立ってきた。これはもうある種のパワハラだろ」
「すまん。抑えきれない憤りが漏れてた。でも俺を崇めるその口で人を殺すのはマジ背教者やろ?」
「それはそう……じゃなくて!僕を洗脳するのはやめろ!!」
荒ぶる降谷さんを、諸伏さんがよしよしと肩揉みしている。
俺は深く陳謝するなどしたのだった。
・セラエノ大図書館
三つ前の宇宙の時代、ハスターが魔術勉強がてら作ったこの世の事象の集積地。
ビッグデータ保管場所。
アカシックレコードに程近いもの。
一応大雑把にタグ付けはしてあるが、データ前処理がされてないから人間は100%持て余す。
・ゴールデン君
自分の名前が「可愛い」だと思ってるタイプの犬。
ミニチュアダックスの魂なのでゴールデンより勢い付いている。
自分の胴の長さを誤解してるのでよく転ける。溝にも落ちる。
ゴールデンになったから誤解しているのではなく、生来胴の長さを誤解しているだけである。