素早く現場は封鎖された。
到着した捜査一課が、招待客を外に出ないように指示している。
目の前で、下ろされた死体が警官達の手によって運ばれていく。
ピアノ線付きのフックをネックレスに引っ掛けられ、引っ張り上げられたことで亡くなったのだろう。
彼女も魔術師だろうが、気道が絞められて詠唱ができなかったのだと思われる。
原始魔術は言語や動作で魔術要素を構成するため、猿轡だけでも無力化できるからな。
魔術師に対するには非常に効率の良い仕留め方だ。
幕が開く間の暗転の時間に犯行ができたのは、近場にいた秘書さん、日本画家さん、建築家さんの三人。
まあ俺には自明のことだが、口出しはしない。
蘭ちゃんと園子ちゃんが不安そうにしていたので、そっとフォローに入る。
そのあたりでコナン君がようやくエレベーターを降り、こちらに駆け寄って来た。
「クッス!」と大満足星の精がガラケーを大事そうに抱えてポッケの中で丸くなっている。
多分ごちゃごちゃした配線とかコンクリのシミとかたくさん写真が撮れたのだろう。
仮眠中のどアップの降谷さんのまつ毛とかも前撮ってたし。
「事件の方はっ!?」
「問題ないよ、コナン君の方は?」
「おっちゃんの迷推理が炸裂して大丈夫じゃなさそうに見えるけど…」
視線の先では、後輩が死んだことに怒りを燃やした毛利探偵が俺並みの推理を披露している。
一応皆を交えた厳正なる協議の結果、俺のINTは15に固定されたからそれが頓珍漢であることはわかる。
みんなね、厳しいんだよ。
俺は悲しくなるから頭が悪い方がいいのにポンをなるべく減らせってINT15を強要してくる。
頭が良くてもポンは減らないのに。
俺は咳払いして毛利探偵の方を見た。
「まあ、ネックレスにフックつけられたら、その時点で普通の人間なら気づくわな」
「うん。たぶん何らかの方法でネックレスをすり替えたのが妥当かな。それに……」
コナン君は、潜入にあたり事前に降谷さんから行方不明者の一覧の資料を見せてもらっていた。
それ思い出しているのだろう。
「どうする?少し変則的だけど作戦に移る?」
「………そうだね。でもできれば…」
コナン君がパッと思いついたような顔をする。
そして日本画家のお爺さんのところかけて行って、可愛らしく子供らしい顔でにぱっと笑った。
「お爺さん!僕ビルの中に秘密基地見つけたんだ!見に行こう!」
「ッ!!」
おや、それだけで日本画家さんは乗ってきたらしい。
息を詰めて目を見開いた。
それもそうか。
おそらくあの日本画家さんはずっと探し物をしていたはずだから、「秘密基地」の単語に反応せざるを得ない。
日本画家さんは「ふむ…一人で行くと危ない。ワシもついていこう」と冷静を装ってコナン君の後を追った。
これでよし。
俺は曲がり角の向こうに隠れて、ことの次第を見守ることとする。
役員専用のエレベーターの前で立ち止まったコナン君は、静謐な顔で日本画家さんを見上げる。
透明な視線が彼を捉えた。
「ここが地下に直通のエレベーターだよ。鍵がなければ行けないけど、おじいさんはその先に行きたい。だよね?」
「な…!」
確信をついた言葉に、日本画家さんの動きが止まる。
コナン君は静かに言葉を続けた。
「トリックはまだだけど、動機はわかった。お孫さんが公安の行方不明者リストに入ってたのは知ってたからね」
「………なんのことだ」
「独自でこの企業と失踪事件の関連を調べてたんでしょ。だからいつもあんなに不機嫌そうなのにこの企業に協力してた」
日本画家さんが息を呑んだ。
反論はない。それだけの確信がコナン君の言葉に込められていたからだ。
一種、異様な空気感とも言えるものを小さな体が放っている。
探偵が故の真実への嗅覚、とも呼べるものだろうか。
なぜ公安の行方不明者リストなんて知っているのか。
なぜこんなにも確信をついた発言で己を追い詰めるのか。
日本画家さんはそれを問いかけようとはしなかった。
己の経験が、それをそういう「異界なるもの」としてコナン君を認識したのかもしれない。
コナンくんは青い青い瞳で日本画家さんを射抜いた。
「協力してくれれば、この奥に一緒に踏み込んでお孫さんを探すことができる。だから代わりに、この建物を爆破せず自首して」
「ッ、」
コナン君の発言に一瞬だけ煮えたぎるような怒りを見せ、日本画家さんが歯を食いしばる。
「なぜだ!この建物は……」
「関係ない人もたくさん勤めてる。特に隣のビルは商業ビルで、開店に合わせてたくさんのお客さんがいる。もちろん、小さな子供も」
「………」
「何の罪もない人を犠牲にするの?お孫さんにだって、何の罪もなかったのに」
日本画家さんは項垂れて、そのまま沈黙した。
懐に入れた手はもしかしたら起爆スイッチに伸びていたのかもしれない。
懐から手を離し、何かを悼むように目を伏せてから「小僧。お前の提案に乗ろう」と答えた。
コナン君がほっと息をつく。
「僕に合わせて。多分それだけでいい」と言って、魔術を纏わせた手でエレベーターの認証システムに触れた。
瞬く間に魔術認証システムがエラーを吐き出し、大音量を上げて停止する。
館内に響く大きな音に、泡をくって上階にいた目暮警部と毛利探偵達が降りてくる。
焦った顔の重役さん達も一緒だ。
「何事だね!?!?」
「僕さっきと同じでこのエレベーターに触っただけだよ?ね、おじさん。この先に見た秘密基地を教えてあげようと思ったのに」
「何やっとるんだ…コナン君、あまりイタズラしちゃいかんぞ」
呆れたような目暮警部に、そっと耳打ちした。
「でも、このエレベーターの繋がる先に死体がたくさんあったよ」
「!?!?」
目暮警部が目を剥いてコナン君を見た。
「ねっ、ほんとだよねおじさん。この先に行ったんだよ僕!」
「コラ坊主!そこは役員用のエレベーターだ!動くわけねーだろうが!」
「ふむ……ワシもこの子がエレベーターから出て来たのを見た」
「それに、ちゃんと写真も撮って来たんだ!」
コナン君は意気揚々とスマホの動画を大映しにした。
動画エレベーターを降りた先、地下空間を歩いている映像だ。
薄暗い中に、このエレベーターと同じ扉の認証システムが映っている。
そして奥へ進めば、そこには折り重なるように置かれた大量の死体があった。
眠るように折り重なるそれらは、やはり時と共に腐りゆくのか手足が黒ずんでいる。
目暮警部が驚愕に目を見開いた。
慌てて割って入った重役さんが、パタパタと目暮警部の前で手を張る。
「はは、ははは、ぼうや、映画の切り抜きか知らないが適当なことを言って大人を揶揄うのはよしなさい。警部も、はやく事件の調査に戻りましょう」
「エレベーターの細部、ここのデザインと一緒だね。撮影に使われたの?」
「……どこの子だか知らないか、いい加減にしないとご両親に──」
「俺の連れている子が何か?」
俺が平坦な声を出して物陰から出る。
どうやらコナン君は眼中になかったらしいが、流石に目に余る。
俺に意見するのか、という意味を含めて睥睨すれば、重役は震え上がったようだ。
その様子を不審に思ったのか、目暮警部が目つきを鋭くしてエレベーターを睨んだ。
刑事としての勘だろう。
「事件と関係があるかもしれません、念のためこの先を調査させてもらっても構いませんね?」
「そ、それは……」
「それとも、我々警察に見せるのが不都合なものでもあるのですかな?」
そう言われてしまえば、一企業人でしかないものに否やはない。
目暮警部と高木刑事が認証キーを受け取り、俺たちと共に乗り込む。あとは千葉刑事に任せる形だ。
乗り込むのは俺とコナン君、目暮警部と高木刑事、日本画家さんだ。
エレベーターを降りていく。
一般的なエレベーターであるはずのそれには階を示すボタンは二つだけ。
上階と、地下。それだけだ。
地下に到着すれば、エレベーターは恙なく扉を開いた。
陰鬱でじめっとした空気が流れ込む。
カビ臭く、生臭い腐臭。
動画通りの光景に、自然と目暮警部の表情が引き攣っていく。
まるでホラー映画だ。
明かりの少ないそこを歩けば、しばらく先に死体の山が現れた。
打ち捨てられた、という形容がぴったりだろう。
「なんたることだ…!これは、あまりにも重大な犯罪だぞ…!」と目暮警部が険しい表情で吐き捨てる。
その中の死体の一つに、日本画家さんが目を見開いて息を止めたようだ。
そのあまりの狼狽ぶりに、心配した高木刑事が声をかける
「どうかされました……えぇ!?」
無言で日本画家さんが崩れ落ちて、死体の頬に触れて。
「智子……!」と喉の奥から声を絞り出す。
それだけで、死体が日本画家さんの親しい人物であることに察しがついたのだろう。
汚れてベトベトの制服姿の女性の死体に、高木刑事は声をかけることもできず立ち尽くしたようだ。
無言で死体の額を撫でる日本画家さんに、ようやく言葉をまとめた高木刑事が疑問を口にする。
「どういうことですか?貴方の親しい方ですよね、その死体がなぜここに?」
「わしの孫娘だ。わしは、二年間ずっとこの子を探してこの企業に探りを入れていたんだ」
「なんですって!?」
語られたのは、苦しい日々だった。
親しい友達を含めた女子高生三人の失踪に、家出を疑われた。
無為に時が過ぎ、有力な目撃証言でようやく事件化された頃には皆はそれを忘れ去っていた。
個人的に必死で調査して、怪異が関わっていると知った。
今でこそメジャーだが、当時は気の触れた老人の戯言だった。
社長の女に取り入るのは苦痛でしかなかった。
だが一つずつ紐解いて、紐解いて。
「それでやっと!ワシはこの企業のやっておることを暴いた!多くの人を生贄に、神などという見えもせんものを宇宙の彼方から下ろして満足する!碌でもない宗教団体だということを!」
「……怪対課案件、だと…!?ま、まずい!わしらも早くこの場から撤退して公安を呼ばねば、上の人員の命が危ない!」
目暮警部が顔を青ざめて肩を震えさせた。
残して来た千葉刑事達が気がかりなのだろう。
まあ、そちらは問題ない。
突然光が全て消え、地下空間が暗闇に包まれる。
スマホを明かり代わりにすれは、少しだけ皆の顔に安堵が戻る。
上で何か騒ぎがあったらしい。
エレベーターが動かなくなっているようだ。
高木刑事がボタンを押すも、全て反応はない。
俺はまったりと床に座って肩をすくめた。
「公安が乗り込む準備をしてるから安心してくれ。俺たちも公安の依頼でパーティに出席してたしな」
「そうなのかね!?だったら早くいいたまえよ君!」
「まあのんびりと構えましょう。お爺さんの自白とか聞きながらさ」
ふっと笑って俺は日本画家さんに視線を向けた。
愛おしそうに、眠るように目を閉じる孫娘の髪を撫ぜる。
それは末端こそ壊死しているものの、魔術的に保存され、当時のままの姿を保っていた。
時折魔術でここのリソースを使おうとするアクセスもあったが、全て俺の方で遮断した。
ここからでは見えないが、空には暗雲が立ち込めている。
黒い風の権能が渦巻き、この辺り一体に吹き荒んでいるのだ。
俺の怒りが伝播してやりすぎないといいのだが。
そんなふうに。
老人の二年間の苦闘を聞きながら、事件はゆっくりと幕を閉じたのであった。
『なんか久しぶりに派手に呪呪呪かまして気持ちいー!呪っちゃうぞー!』
「と、ハッスルしたヒロによって大半の魔術師が鎮圧されたので行き場のない僕の怒りが今渦を巻いている。責任をとってほしい」
一仕事終えた降谷さんは、ぶっすりと不機嫌そうに俺に突っかかってきた。
なんかやけに不機嫌だ。
悲しいことでもあったのだろうか、俺にボスボスと絡み拳を向けてくる。
俺達は電気が復旧してから上に上がったのだが、その頃にはすっかり狂信者達は制圧されていた。
そりゃそうだ。
だって黒い風は言わずもがな、諸伏さんだって亡霊自体、攻撃が効かないから結構厄介だ。
その上かなりの大怨霊で独自のルールを持つ怪異だから、普通の魔術師では呪われて終わりだろうよ。
機動隊服の降谷さんが半目で俺を睨む。
「君、信者の管理がなってないぞ。分かってるのか。こんな国の補助金受けてた有力企業が潰れて」
「うす…言い訳しようもないっす…本日付で既に全信者には遺憾の意を伝えておいた」
「それ全然効かないやつじゃないか」
いやそれはそうなんだが、それ以外にやりようがないし。
ちゃんと今週中には信者の心得の教育動画を脳内配信する予定だし。
各団体には今後の運営方針も提出してもらう。
その実行状況も一年ごとに確認する。
これらは割と良くやってる手法だ。
コナン君が「意外とちゃんとやってた…」と困った顔をした。
そうなんだよ。でも狂信者にちゃんとやっても意味ないんだよ。
「これさ、隠れ俺信者が新しい無登録団体を作ったり子会社作ったりするんだよ。それで提出しない。教育動画も最初の一文も聞いてないし」
X民だってもうちょっと人の話聞いてるのに。
俺はブツブツ文句を言いながら黒い風をつついた。
降谷さんは「テロ対策は結果が全てだ」と取り合おうとはしなかった。
くっそ…ふて寝してやる……。
帰ったらニャルに慰めてもらお。
そのように、俺は傷ついた心を癒す決意をしたのだった。
・上の激闘
突然降臨した黒い風が権能で全部封じて、その上で大怨霊が呪呪呪で仕留めていった。
うっかりマジ怨霊顔を毛利探偵に見られて、ヤケになってる諸伏さんです。
黒い風氏も本性を見られるし、ハスターのポンが空気感染している疑いがある。
詳細は次話。
・ニャル
突然、帰宅した夫にゴロニャンと擦り寄られて大満足ニャルになった。
よーしよしよし。やっぱ羽虫は羽虫なんですよ。ここいらでいっそ処分……あっ待ってなんでもないです!なんでもないですから行かないで!