毛利探偵事務所にて、お通夜みたいな空気が流れている。
明後日の方向を向いて険しい顔をしている降谷さん。
沈鬱に項垂れてる諸伏さん。
そして引率の俺。
先日のツインタワービルでの一件で有耶無耶になった降谷さん達のやらかしが、今牙を剥いて二人に襲いかかっている。
大層困った様子の毛利探偵が、額を押さえながら問いかけた。
「あーー、それで。まず聞きたいんだが。俺が詳しく知ってていいやつか?」
毛利探偵の言葉に、二人は気まずげに視線を逸らした。
このたび、株式会社TOKIWAの行っていた連続誘拐事件は白日の下に晒された。
殺人事件は、孫娘の誘拐の復讐として動いていた老人の仕業。
役員は逮捕され、有望企業の陰惨な犯行に世間は震撼している。
先日の事件の最後、やぶれかぶれにセラエノ大図書館にアクセスしようとしたTOKIWA側に、公安が強制摘発に乗り込んだ。
それで現場では魔術戦になったわけだが。
なんと、その光景を毛利探偵がバッチリ目撃してしまったのだ。
誤魔化せないレベルで大怨霊顔してるの見られてしまった諸伏さんは現場で硬直。
満面のニャル笑顔で風を纏う降谷さんも凍りついて無言。
黒い風が魔術師達を蹂躙し終えた後、諸伏さんの纏う怨念が急速に萎んで消える。
死屍累々の現場には謎に沈鬱な空気が流れていたと言う。
トイレに行っていて毛利探偵の避難が遅れたのは偶然だったはずだが、何とも間が悪いものだ。
俺のポンがうつったのかと疑うレベルである。
今日毛利探偵事務所に俺たちが来ているのも、事情説明と口止めのためである。
毛利探偵が相変わらずすごく困った顔をして口を開いた。
「説明しづらいようなら俺も見なかったことにするが……どうすんだ?」
非常に優しい。
しかもこう言う事柄について冷静に見ぬふりのできる分別が備わっている。
元刑事として、探偵としてやはり非常に優秀な大人なのだろう。
降谷さんは長い沈黙を挟んでから、何とか心を立て直したようだ。
自分のやらかしにずっと凹んでいたからな……。
俺の事務所で星の精を抱き込んでずっとぶつぶつ言っていたし。
よほど自分のポンのショックが大きかったのだろう
「いえ。お話できる部分はさせてください。それが貴方への礼儀であり、誠意ですから」
「……なら聞かせてもらおうか。ありゃ一体なんだったんだ?黒い風を出してるように見えたが」
ぐ、と一瞬堪えるような表情をしてから話し出す。
「僕もヒロも、一般人ではありません。怪異と呼ばれる物が人に化けているだけです」
「お……おいおい。それ本当に言ってよかったのか?繊細な内容だろ、特に昨今は」
毛利探偵が眉を顰めて聞き返す。
人に化ける怪異への恐怖は根強く、SNSやニュースでも度々話題に上るほど。
世論に合わせて社会制度も怪異への対策を強化してきている。
降谷さんが視線を真っ直ぐに頷いた。
「貴方とは長くお付き合いして便宜を図ってもらっています。バレるのも時間の問題でしたでしょうし、きちんとお伝えするのが筋だと思っています」
「そうか。まあ、黄衣君とこには面倒ごとが山ほど来るからな。オメーらも若いんだから無理すんなよ」
返ってきた暖かい言葉に、降谷さんはぱちくりと目を瞬かせた。
ふと、毛利探偵が首を傾げる。
「いや、若いのは見た目だけだったりするのか?」と訝しげに唸った。
降谷さんが少しだけ破顔して、くすりと笑う。
「僕もヒロも怪異ではありますが、見た目通りの年齢です。29になります。僕は風の怪異。ヒロは幽霊です」
「幽霊!?居んのかそんなもん!?」
『あんまり居ませんよ。こう、幽霊でいるのって気合いが必要なので』
「なるほど…そうか。若い身空で死んじまったってことか」
少しだけ目を伏せた毛利探偵に、焦った諸伏さんが力こぶを作って元気さをアピールした。
『死んでしまいましたけど元気に呪ってますので大丈夫です!犯人制圧もお手のもの!』
「ヒロ、それは余計に相手に気を遣わせるぞ」
『ゼロだって邪悪な怪異の顔してただろ!と言うか俺って享年26だけど年齢29でいいのか?永遠の26歳じゃダメか?』
「ダメに決まってるだろ幼馴染の僕の年齢がバグるじゃないか。というか邪悪な怪異の顔は余計だ!」
愉快な怪異二人の後ろで、俺はぺこりと頭を下げた。
すまぬ。弊探偵事務所はこういうノリの怪異集団なのです。
意外と愉快にやっているのが分かったからか、毛利探偵の顔に安堵の笑みが浮かぶ。
そしてぴらぴらと手を振った。
「まあなんだ。困り事があったら頼ってくれていい。いっつも世話になってる礼だ。俺が力になれるんなら安いもんだ」
そう言って淡く笑う姿に、俺は思わずときめいた。
トゥンク……毛利探偵素敵……!
同じ顔をしている怪異二名を添えて。
毛利探偵ファンクラブかな?
それはそれとして、と毛利探偵が若干の苦笑いで口を開く。
「だが安室君、あの顔で高笑いはどうかと思うぞ?俺も一瞬口封じされるかと思ったぐらいだ」
「いやっそれはその、あー、僕も本来穏やかなタチの怪異ではないといいますか。はい。破壊を好む性質の存在でして…」
降谷さんがしょぼんと肩を落とした。
黒い風は、根本的に破壊と騒乱を齎す厄災だ。
俺の化身になったことで幾分かその攻撃性は落ち着いているとはいえ、破壊への嗜癖は依然として残っている。
降谷さんは鉄壁の理性でご馳走にかぶりつくのを我慢している人みたいなものだ。
あまりやりすぎれば危険視されかねないのは本当のことでもある。
しょげかえる降谷さんと言うレアな代物を、俺はまじまじと観察した。
ギロリと睨み返されて素早く知らないふりをする俺である。
毛利探偵は「日色君もホラー映画さながらだったしな。なんだっけ、一昔前に話題なった映画みてえな」と言葉を続けて無差別爆撃している。
諸伏さんが撃沈し、現場は死屍累々となった。
それでも。
毛利探偵は決して俺の異常性に触れたりはしなかった。
絶対怪しいだろうに、怪しくない点なんて無いだろうに、俺について話題に出すことはかけらもなかった。
本当に優しい人であることよ。
あるいは聡く、身の回りの人を護り危険に突っ込まない処世術か。
と、そんな中に「ただいまー」と蘭ちゃんの明るい声が響いた。
どうやら高校が終わって帰宅したらしい。
俺たちもそろそろお暇せねば邪魔になってしまうだろう。
部屋に入ってきた蘭ちゃんが、俺を見てパッと笑顔になった。
「あら、黄衣さん!こんばんは!昨日の新作ドラマ見ましたよ!」
「ありがとう蘭ちゃん。ふふふ、今回は資金的にも気合いが入ってるドラマだから、次回以降も楽しみにしててくれ」
「もっちろん。ちゃんと録画してるし、お父さんも見てたのよ、ね!」
毛利探偵は「ヨーコちゃんが出てんだから見るに決まってんだろ!」といきりたった。
昨日から放送し始めた新作ドラマのことだ。
タイトルは「廻廻怪異探偵事務所」。
俺が怪異探偵としてあらゆる不気味を解決していく、伝奇ものとミステリーの中間のような作風のシナリオだ。
かの工藤優作がシナリオを手がけ、人の悪意と怪異の理不尽がどろりと混じり合ったような作風が売り。
怪異探偵役が俺で、物語の主役たる助手役を沖野ヨーコさんが演じている。
俺は沖野さんが集めてきた情報を見て全部わかったふうな口で推理を語る役割である。
最近の俺いつも超高INT役ばかりなのよね。
蘭ちゃんが「安室さんも日色さんも来てたんですね。何か依頼があったんですか?」と問いかけてくる。
降谷さんが安室の皮をかぶってやけに爽やかな笑顔を浮かべた。
「いや、近場を通ったから少し世間話に来ただけだよ。蘭さんは最近工藤君とは順調かい?」
「えっ、と。新一とは、その、改めてトロピカルランドに行く予定で…」
かあっと赤くなる蘭ちゃんに、毛利探偵が気に食わないのか「ケッ」と吐き捨てた。
一応工藤君があらゆる筋を通して蘭ちゃんにアピールしているので文句は言わない様子。
でも気に食わないものは気に食わない。そんな男親心である。
『いいなぁ、青春だなぁ。こんな日々は二度と来ないと思って楽しんできなよ。おじさんになってからでは遅いんだ…』
「そうだな。恋は生ものだ。足も早い」
「そんな、二人ともイケメンだしいい人はいないんですか?」
「『……………』」
怪異二人は沈黙して各々別の方向を向いた。
公安にて仕事一筋。
裏社会で酸いも甘いも噛み分けた彼らが、今更色恋にうつつを抜かせるわけもなし。
夢が枯れたと言ってもいいか。
蘭ちゃんが失言を悟ってマジトーンで「すみませんでした」と謝罪する。
それもまた現実の虚しさを加速させるのだ。
なお、そう言う意味では俺は大勝利ハスターなのであしからず。
ニャルは可愛いぞ。高確率でとても悪いニャルだが。
毛利親子と別れて車に戻ると、降谷さんがポツリと呟いた、
「僕の恋人はこの国だからいいんだ。熱愛なんだ」
『あっそれいいな。俺もそれにする!』
「僕の恋人を取る気か!?戦争だぞそれは!」
『三角関係だなぁ。昼ドラの予感』
「ヒロが引いてくれれば健全なままなんだが。僕はあれだ、同担拒否なんだ」
『警察機構を敵に回す言葉が聞こえてきた気がした』
俺はにっこり笑顔を作って車を発進させた。
うむうむ。
仲良さそうでなによりである。
・降谷さん
身を固めたらどうだって職場で言われる今日この頃。
バーボンやってて恋と愛には不信感しか残ってない。
でも青春の甘い恋には夢も見たい、そんな葛藤。
実はヒロって堂々と呼んでるが、「日色の略」と言い張っている。
・ハスター
凄くピュア。コナン君並みにピュア。
女性の裸なんて恥ずかしくて逃げ出す。
微生物の剥き出しの鞭毛に赤面して右往左往するハスターに、ニャルは大宇宙ニャルになった。