ロボの部屋を越えてからすぐ、志保ちゃんと合流することができた。
志保ちゃんはコピー用紙10枚ほどにガリガリと何やら書き込んでいる最中だった。
俺たちが扉を開ける音に、パッと振り返って鋭く視線を配って。
そしてその音の主人が俺たちであることに気づき、大きく息をついた。
「工藤君!来てくれたのね」
「無事か灰原!博士は!?」
「わからないわ……あのロボがあちこちにいて私もここから動けなかったから。博士のロボ、管理者機能が壊れてるみたいで勝手に動き出して」
「ははは…それにしてもオメー、何書いてんだ?」
「この辺の地図よ。時々組み変わるから参考にしかならないけど」
志保ちゃんはプリプリ怒って肩を怒らせた。
「まったく!博士にはあれだけ『スポンサーがいる以上事故だけは許されない』って口酸っぱくして言ってたのに!」とお怒りの様子だ。
この辺、曲がりなりにも企業の体を取っていた研究室とは温度感に差があるのだろう。
と言うか阿笠博士、スポンサーとかいたのか。
俺の質問に志保ちゃんがため息をついて頭を振った。
「公安に頼まれてるのよ。危険な怪異の回収を遠隔ロボットでできないかってね」
「なーるほど。そりゃあるといいよね。諸伏さんも激務だし」
『そうだな。物理無効なだけの俺でも相当重宝されてるんだ。呪詛の効かないロボットは引く手数多に違いないな』
諸伏さんもうむうむ頷いて感嘆の声を上げた。
多分あまりの人手不足に、まさにロボットの手も借りたい状況に陥っているのだろう。
増えゆく怪異関連災害により、来年には対策本部も設置されるが。
警察官たちの評判はすこぶる悪く、怪対課配属だとわかると命惜しさに転職するものも多い。
その危険性ゆえに課題も山積み。
そういう意味で、金をかけてでも人員の危険を減らすことは急務だと思われた。
志保ちゃんが地図を広げて、一点を指差した。
それは8枚のコピー用紙に渡って幾重にも連ねられている。
重ねて見るものらしく、ところどころにカッターで穴が開けられて、それが簡易的な箱の形に折り曲げられていた。
「とりあえず今はこの場所。四次元的に重なり合ってるから、紙一枚じゃ表しきれなかったの。で、このロボのいる部屋の向こう。ここが怪しいと思ってるわ」
「……法則性か?」
「ええ、そうよ。たぶんこの増殖には規則性がある。現実の阿笠邸の間取りはこっち。それと比べるとわかるでしょ」
「なるほど、流石だぜ灰原!」
話を聞いたコナン君がパッと顔を明るくして志保ちゃんを褒め称えた。
何がさすがかはわからないが、志保ちゃんはねじ曲がったこの空間の地図をかきあげたらしい。
通常空間とこのねじれとの照合を短時間で解析とは、さすが志保ちゃん。
イカれていらっしゃる。
INTをせっかく15まで上げたのに、なにも理解できない悲しみよ。
でも諸伏さんもわかんないっぽい様子で口を尖らせているので、INTお化けの二人の世界なのだと思われる。
とことこと案内に従って空間を歩いていく。
星の精を見た志保ちゃんが、ニタリと冷酷に笑って星の精の触手を手に取った。
「へぇ、やっぱり生体機能として浮いてるのね。興味深いわ」と科学者の目をしている。
星の精はピュッと素早くコナン君の後ろに隠れるなどした。
「おい、星の精が怖がってるだろーが」
「ごめんなさい。でも普段は喋るオウムをそっとしておいてあげてるんだし、ちょっとぐらいいいじゃない」
【ク…クスッ…!?】
星の精が戦慄している。
いつか生きた神話生物の検体としてとっ捕まりそうな空気感だが、きっと志保ちゃんならそんな酷いことしないだろう。
多分きっとメイビー。
ロボのいるという部屋の前までやってくる。
俺が中をスキャンすれば、3体のロボが彷徨いていた。
二足歩行ロボとして足回りが大層しっかりしていて、散らかった机の上も垂れたケーブルもなんのその。
人間のように自在かつ繊細に動いている。
これなら山の中でも瓦礫の中でも活動できることだろう。
パチン、と指を鳴らす。
MPタンク内の魔力を横取りして全て揮発させてしまえば、MP魔力変換機能が停止してエラーを吐く。
くしゃっと地面に倒れ込むと、ロボは腕がぽろっと取れた。
阿笠博士の発明品、頑丈さが無いのがちょっと寂しいところなんだよな。
「博士、耐久性試験めんどくさがってやらないのよね」との志保ちゃんの発言が光る。
俺は咳払いして部屋に踏み込んだ。
「はいよ、終わったよ。ところでこのロボ何体作ったんだ?」
「一体よ。試作品『クマも倒せるんだゾウ!』よ。ほら、青い体におもちゃの耳がついてるでしょ」
『かなり無理がある』
諸伏さんが真顔で眉間に皺を乗せた。
ダンボ未満どころか二足歩行で水鉄砲型麻酔銃を構えてるんだわ。
しばらく先に進んでいくと、キッチンに突き当たった。
そこでピザの空箱を広げて爆睡する阿笠博士の姿が見える。
鬼の居ぬ間に、ということらしい。
志保ちゃんは怒り狂った。
「またこんなもの!どこに隠してたのよ!?太るからやめなさいって言ってるのに!」
『まあまあ。とりあえず全員無事だったんだし良しとしよう』
「あとはこの魔術の元を押さえる必要があるな。ともかく阿笠博士に話を聞いて、早いところこの阿笠ダンジョンをなんとかしないとな」
おーい、と揺り動かすと、阿笠博士が幸せそうにむにゃむにゃと寝言を言った。
ピザの夢でもみているのかもしれない。
そして不意にはっと起きて、辺りをしきりに見回した。
「ワシのピザは!?」
「もう無いですね……お目覚めのところ悪いんですけど、この事態収集のため、ご協力願えませんか」
俺がそう言うと、状況を理解したらしい。
阿笠博士はハハハ…と焦り笑いをしてから頭をかいた。
「いやぁ。今日の昼間、わしが『なんでも入る君』を作っとったら、うっかり機器が暴走してしまっての。こんなことになってしまったんだわい」
「うーむ、何を目指した開発だったんです?」
「そりゃもちろん!地球もポケットの中!無限に入れて出せる夢の収納箱じゃ!」
どうやら事故の規模としては最小限に抑えられていた方だったらしい。
悲しいことだ。軽率にそんなもの作らないで欲しい。
あとその規模の亜空間をポンポン作られるとハスターの瞳に負荷がかかるからやめてね。
阿笠博士ははっと息を呑んで立ち上がった。
「おお、こうしとったらいかん。早く『なんでも入る君』を緊急停止せんと!」
「どうやって緊急停止するんです?何か非常停止ボタンのようなものでも?」
「隣の部屋に赤くて大きなボタンがあるじゃろ?それを押すんじゃよ!」
「なーるほど」
ロボットがウヨウヨいた部屋に戻ってみると、たしかに部屋の端に赤くて大きいボタンがあった。
研究所が自爆しそうなデザインだ。
志保ちゃんが目を吊り上げて阿笠博士を睨みつける。
「博士、このボタンはどうしたのよ。研究費カツカツでこんなことに使ってられるお金はないはずだけど」
「最近近所であったサル顔の男にもらったんじゃよ!男のロマンについて話が合ってのぉ!もう使わないからと譲ってもらったんじゃ」
『凄い、露骨にルパン三世だけど、そんなことのために国際指名手配犯が日本をほっつき歩いてもらいたくない気持ちが湧き上がってくる!』
まあ平和な分にはいいと考えよう。
俺はとりあえずポチッとボタンを押した。
瞬時に部屋自体のシステムがウィンウィンと作動して、その奥に魔術理論の痕跡が確認できた。
動力はMP電気相互変換で無限に増やした魔力と電力だろう。
エキセントリックな科学理論がアザトースの心を射抜いたのか、それはスムーズに受理されて現実を書き換えていく。
魔術としての側面で考えるなら、とてつもなく洗練されて、一種の芸術じみている。
科学の観点から見ても最小のエネルギーで最大の効率を叩き出す実に理にかなった仕組みだ。
ただ、知性体向きではない理論の飛躍が多々見受けられる。
きちんと人間向けに整理されるのは何百年後のことか。
うむ、大天才とはかくも恐ろしいものだったらしい。
戻っていく阿笠邸に、志保ちゃんが大きく息をついてから俺に目を向けた。
「そういえば、あなた新薬の麻酔銃を受けたのよね。どうだった?効いたかしら」
「よく寝られそうだった。でも寝られて体感100年ぐらいかも。あとたぶん気持ちが昂ってたら寝るのに二時間とかかかるかも」
「それは…即効性に難点ありね。即効性を重視すると効果時間が落ちるし……」
『ゼロが聞いたら絶対公安で欲しがると思う。下ろす予定とかある?』
「まだ研究段階だからダメよ。中途半端なものを出すのは沽券にかかわるわ」
志保ちゃんが今後の研究方針を練っている。
起きたら人間文明が終わってたら泣くしかないので、俺で実験するのはやめておいて欲しいところ。
人間ってすごい。可能性に溢れてる。
俺はそう思って、未来は明るいなと確信したのであった。
小学生並みの感想である。
・クマも倒せるんだゾウ!
人型汎用ロボ。博士はゾウ型と言い張っている。
人間レベルのやけに柔軟な動きと、音声入力の命令系統を備える。
どつかれると壊れる。
・なんでも入る君
ポケット型。
公安からのオーダーは「怪異の収納ができる省スペースの隔離空間は作れないか」。
博士はデカければデカいほどいいと判断したようだ。
バグると迷宮が出来上がる。
次回、降谷さんの楽しい魔術教室。
マモーさんと公安信者さんを添えて。