本日は自衛隊の演習場に来ている。
コナン君は学校なので居ない。
寂しかったので代わりにマモーさんを連れてね。
降谷さんは先に諸伏さんと公安信者さんを連れてきて演習場にやって来ていた。
公安信者さんは上司としての出席だろう。
今回のこれは、降谷さんの権能訓練と魔術鍛錬、そしてそうしたものに関する政府の威力測定のためだ。
黒い風が実際どの程度の武力を持つのか、政府としてもデータを欲しがっていたからな。
これまで幾度も実践投入はされて来たが、あくまで現場レベル。
機材を使って数字として表せば、また話も変わってくるだろうよ。
降谷さんはまっすぐに目標物として設定された土嚢の山を見ている。
そこに、俺が後ろから声をかけた。
「どう、調子のほどは?」
「阿笠博士の上げてきた研究資料を見てから頭が痛いので調子は悪い」
「そんな。俺を眠らせる麻酔銃に次元を跨る亜空間発生装置だぞ?すごい発見じゃないか」
「凄ければいいってものではない」
平坦な真顔で降谷さんは渋面を作った。
まあ、上に正直に上げたら全員「うーん」ってなって寝込んでしまったので、見なかったことになったらしいが。
しばらくは現場レベルで運用すればいいだろう。
たぶん今もう一度話をしても、上の人が急に耳が遠くなるだけだし。
降谷さんは謎の憤りを振り払うように頭を振った。
近くの係員さんが「皆さん危険ですので退避してください」と声をかけてくる。
大人しく俺は誘導に従って後ろに下がった。
降谷さんが事前に決められた位置に立つ。
はじめっ!と横のテントから拡声器で指示があった。
瞬間、空に急速に暗雲が立ち込める。
悍ましい黒々とした雲が空を覆い、風が湿り気を帯び始める。
降谷さんは人形を保ったまま、右手をすっと上げた。
空から速やかに降りてきた黒い竜巻が、土嚢を軽々と巻き上げていく。
そして、それを弾丸のように射出した。
離れた場所にあったもう一つの土嚢を、その威力だけで吹き飛ばしたようだ。
運動エネルギーにより、爆発音のような低い轟音が響く。
吹き飛んだ土嚢は離れた場所に建てられた土嚢の壁にぶちあたり、散弾銃のように穴を残す。
まさに軍事兵器だ。
もっと威力を抑えれば上に目をつけられることもないだろうに、素直にできることをしている。
日本には嘘をつかない、ということなのだろう。
降谷さんらしい恋人への誠実さだ。
僕の恋人はこの国さ!ってこの前キメ顔で言い張ってたからな。
恋人いないからってヤケになるんじゃないよ。
降谷さんは一旦こちらに戻って来て肩を回したようだ。
「ふう。少し気が晴れたな。これで街のモックアップがあるとさらにいいんだが、そんな金のかかることはできないしな」
『お疲れゼロ。災害みたいで格好よかったぞ!』
「それは褒めてない」
憮然とした降谷さんがむすっとしている。
やはり気疲れしているようだし、ここらでそろそろ冥王星の残骸で遊び放題ツアーを開催してもいいかもしれない。
破壊衝動の溜め込み過ぎは体に良くないからな。
しばらく向こうは計測器などの確認で使えないから、俺たちはフリータイムだ。
研究員と思しき人たちが機材を覗き込んで「おお…!」と驚愕の声をあげている。
まあ、少なくとも風速400kmは出てるからな。
生きたサイクロンに人が敵う道理もない。
降谷さんはやや不機嫌そうにイライラとしている。
公安信者さんに「神の御前です。慎みなさい」と静かに注意された。
声のトーン的には「主なる神の前ではシャキッとしなさい」みたいな雰囲気だ。
ますますぶすくれた降谷さんが、それでも上司に逆らわず「失礼いたしました。気が急いていたようです」と頭を下げる。
俺は首を傾げて降谷さんに問いかけた。
「ん?あとは魔術訓練だけだろ。何が不安なんだ?」
「………僕の魔術の進捗を見られるのが嫌だ」
「そんな気にしなくても。降谷さんの成長は目覚ましいぞ?」
降谷さんは卑屈な顔でジロリと俺を睨め上げた。
空いた時間に進まない魔術練習の進捗を確認することになっていたのだが、それが不服らしい。
思えば、優秀な降谷さんは「できないやつ」認定されることが初めてなのかもしれない。
そりゃもう不機嫌極まりない仕草で眉間に皺を寄せた。
俺のおべっかにすら噛みつき、降谷さんは唸ったようだ。
「じゃあハイパーボリア基準で今僕はどの辺だ」
俺は返答に困り、隣のマモーさんにチラリと視線をつけた。
マモーさんは深く頷いて好々爺の顔をした。
「初等教育の高学年まで来ました。よく頑張りましたね」
『おお、マモーさんが引導を渡した…!これは決まったッ!ゼロ立てないッ!』
「実況やめろ!!だから嫌だったんだ!!!」
降谷さんは怪獣のように激しく暴れて抵抗した。
でも悲しきかな、この場所にいるのは魔術に深い知見のある人間だけだ。
実際赤ちゃんなのは皆知っての通り。
公安信者さんが気軽に止めを刺していく。
「エイボン君低位相当の実力はありますから、そう卑下することもないでしょう。確かに、魔術神たる神の分け身として恥ずかしくなる気持ちもわかりますが」
「殺せよ……」
『ゼロ、気をしっかり。ほら、みんなに原因を探ってもらうんだろ!』
この屈辱はプライドエベレスト妖怪に耐えられるものではなかったらしい。
ベコベコに凹んだ降谷さんが、皆に囲まれてしおしおになりながら魔術を発動する。
手の中にキラキラと星型の光を複数出現させる魔術だ。
子供用のお遊び魔術だが、比較的難しいのでハイパーボリアの時代は子供の練習に使われていた。
ボヤっとした魔術式がゆっくりと形を成して、しばらく待った後に魔術として成立。
星の光を輝かせ始めた。
公安信者さんがピシャリと「術式構築までが遅すぎますね」と指摘する。
降谷さんがカラッカラの干物になった。
続けてマモーさんが「ふむ」と術式を覗き込んで口を開く。
「初めにボヤけていたのも気になるでしょうか。おそらく術式構築に気が取られすぎて完成図がぶれていますね。構築の遅れにも繋がるので、これはしっかり意識した方がいいでしょう」
「なるほど、さすがは本物のハイパーボリアの民。私も以前より教えを賜りたいと思っていたところです」
公安信者さんの言葉に、マモーさんはニコニコと謙遜した。
「いやいや、私のこれはあくまでオーガナイザーを前提としたもの。その身一つで魔術を編む職人と比べたら、工業製品にすぎませんよ」
「ご謙遜を。本物の神の国にて生きた神話の御仁からすれば、今の魔術など児戯にも等しいと伺います」
「ははは。確かに当時の技術は洗練されておりましたが、それは神の無限の慈悲を前提としたものです。今使うにはどれも人の身には重すぎる」
穏やかな談笑のまま、二人は降谷さんを置いて濃ゆい魔術談義に移行していった。
公安信者さんの得意技「五色の虹」の術式改善について人類最高峰の知識を披露している。
「五色の虹」は何気にすごいんだよな。
公安信者さんが100人集まれば旧支配者ヴルトゥームの古びた種子ぐらいなら討滅できそうな、洗練された攻勢魔術だ。
これはまさに人類の到達点と言っていい。
降谷さんがいじけて諸伏さんに肘打ちなどをした。
俺は降谷さんの手の中の星を見て首を捻る。
「んー、こんなに頑張ってるんだから、理論は比較的いけてると思うんだけどなぁ」
「……慰めはいい。人生で初めてかもしれない。頑張って報われない、才能の無さを突きつけられるのは」
『それ人によっては嫌味だからな?』
ブツブツと文句を言うターンになってしまった降谷さんをヨシヨシと宥めて、俺はうーんと考え込んだ。
俺の化身に魔力が足りないわけないし、それにしては術式構築が遅すぎる。
俺が悩んでいると、ふと、マモーさんが何かを思い出したようにこちらに顔を向けた。
濃ゆい魔術談義がひと段落したようだ。
公安信者さんが必死で何事かメモをしている。
そしてマモーさんは全生活オーガナイザーを操作し、文献を確認していく。
これは「図書館」と言う機能で、今でいうところの電子書籍ライブラリに当たるだろう。
ハイパーボリアでは全てのデータをオーガナイザーに集約することが多かった。
だから本も紙の形式ではなく、こうしたデータとして保管することが一般的だったのだ。
マモーさんは一つの書類を確認。
頷いてこちらに見せて来た。
「ああ、ありました。神よ。この可能性はありませんか。古いコモリオム医療魔術学会の論文です」
「へえ、魂の強度と魔力の放出量について……魔術困難症の研究か」
「はい。昔齧っていたことがありまして。ようは、魂の強度と意志の強さがある一定値を超えると、魂から魔力の放出が難しくなるという稀有な症例ですが」
魔力とはMPであり、それは通常生物の精神から搾り出される。
この論文は、その元である精神と魂が硬すぎるが故、魔力の放出に支障をきたす可能性を示唆する論文である。
降谷さんの魂は旧支配者の化身になったから、人とはかけ離れた強度を持つ。
しかし意志の強さに関してはよく分からない。
正直、精神に関してはまだまだ未明の霧が多い分野だからだ。
とはいえ、やってみる価値ありそうだ。
「さっすがマモーさん!本当に博識だな!」とマモーさんを褒め称えてから降谷さんに向き直る。
マモーさんは全身から花を放出するような顔をして嬉しそうにした。
降谷さんが不安そうな顔をしているので、俺から声をかける。
「やってみようか。軽く何段階かに分けて俺が干渉するから、降谷さんは同じように魔術を使うだけでいい」
「……わかった」
まずは俺と接続して、基礎的な部分を調べてからだろう。
化身との繋がりを太くする。
速やかに降谷さんは俺の端末と化して、ぼんやりとした瞳で命令を待つのみとなった。
指示を送ると、降谷さんが魔術を構築していく。
うわなにこれ。魔力の流れ悪すぎか?蛇口を捻ってもちっとも水が出てこない。
そのまま魔術を行使させると、それでも降谷さん本人がやるよりは随分と早く魔術が発動した。
次に魂の方へのアプローチだ。
降谷さんとの繋がりを元に戻す。
状況がわからず目を白黒させる降谷さんに「魂出すからすまんね」と言い置いて彼の魂を露出させる。
「おわ!?なにするんだ!?なんでこんなとこで!?」
「いや魂を柔らかくしようと思って」
「触手で揉んでも意味が違うと思うんだが!?」
「いや揉むと同時に魔術で干渉してるので意味はあってる。見た目を卑猥にしただけ」
「なぜ!?!?!?」
遊び心だよ。
俺だって下ネタで盛り上がってみたかったんだ。
触手の俺が言うと冗談では済まなくなってしまうので自重していたけど、学生みたいなこともしてみたい気持ち。
ともかく、柔らかく降谷さんの魂に干渉する。
それから降谷さんに魔術を使ってもらった。
先ほど自分がやった時より明らかに早く術式が構築できていることに、降谷さんは目を見開いた
あとは仕上げだ。
俺は懐からお猪口をとりだし、そこに酒を注いだ。
俺が魔術で編んだ文字通りのお神酒だ。
それを降谷さんにぐいぐいと押し付けて声をかける。
「これ飲んでから魔術を発動してくれ」
「変なものは入ってないだろうな?」
「ただの酒だよ。1分で酔いが覚めるから手早くな」
「ただの酒は1分で酔いは覚めないんだが」
もっともなツッコミを無視して、俺は降谷さんをせかした。
降谷さんは渋面のままぐいっと煽って、頭を押さえて呻いた。
「う……クるなこれ、度数何%だ?ひっく、ろれつが」と苦しみつつなんとか魔術を発動する。
構築は今までで一番早かった。
酔いのせいで術式はブレていたが、それを加味してもなお早い。
しばらく頭を振ってから、1分が経過して酔いが覚めた降谷さんは呆然と瞬いた。
「ならつまり、僕の魔術の腕の悪さは魂由来のものだったということか?」
「いや普通に雑魚だけど、ちょっとマシになるかもみたいな話」
「僕の純情を弄んで楽しいか?」
ついに降谷さんは荒ぶる黒い風になって怨念を放出し始めた。
鎮まりたまえ。荒ぶっても魔術は上手くならんぞ。
「流石は神!魔術の真髄を理解しておられる!」
「そうですとも!素晴らしい御力です!」
信者二人が俺を手放しで褒めるので、俺は鼻高々になった。
いや、気付いたのはマモーさんだから褒めるならマモーさんだけどな。
なんにせよ、背後では計器の再設置が完了している。
実験は続くよどこまでも。
降谷さんは鬱憤を発散すべく、いかり肩でずんずん所定の位置に歩いていくのだった。
・降谷さんの魔術の腕
魔力が出ずらいのは確かなので、そこが改善されればもう少しだけ習得が早くなるかも。
でも周りの超エリートに比べ習得が亀の如き速度なのは確かなので、降谷さんの苦難はまだまだ続く。
さりげなく政府に軍事力を怖がられているが、本人は気にしていない。