楽屋に入ると、演者たちは化粧中だった。
主演女優の牧さんが俺を歓迎して、にこやかな笑顔で俺たちを迎え入れてくれる。
「あら黄衣さん!来ていただいてありがとうございます!」
「いえいえ。こちらこそこんな素晴らしい劇に呼んでいただいて感謝しきりです。我々もそれを守れるよう、万全を尽くします」
ぺこりと頭を下げれば、牧さんは俺の様子に満足げに微笑んだ。
この人も多分かなりの女王様気質なんだよな。
主演女優であることも含め、かなりの恨みを買っていそうな性格であることが仕草の端々から皆見えた。
降谷さんが安室の皮を被ったまま、丁寧に見下すような視線を隠して頭を下げる。
先頭民族は自分以外の先頭に立つ人間が嫌いだからね。仕方ないね。
俺は部屋を見回してから、牧さんへと話しかけた。
「すでに警察の方が到着していると伺いましたが、ご存じですか?」
「ええ、今成沢君が……」
ちょうどそう言ったタイミング。
扉を開いて現れたのは、成沢と呼ばれた舞台俳優の男性だった。
衣装がかなり豪華で凝っている。
きっとナポレオン役なのだろう。
その後ろに中森警部が付いてきている。
俺を見て大層嫌そうな顔をして、しっしっと追い払うような仕草をした。
「怪異探偵じゃないか。これはキッド案件だ。出る幕はないぞ」
「ははは。今回は単なる普通の依頼ですので。大目に見てください」
「それと……そっちは見ない顔だが、たしか目暮が言っていた例の探偵か?」
首を捻る中森警部に、キッドは平然と進み出て握手を求めた。
「初めまして、工藤新一です」と堂々と言ってのける胆力よ。
初めましてがキッドで済まされてしまい、コナン君がブツブツ後ろで文句を言っている。
「俺の顔使いやがって。許せねー。なぁ星の精!」
【クッス!ゲタゲタ!】
「だよな。星の精も生意気だと思うよな!」
『はーいそこ、偏った思想教育はやめるように』
諸伏さんのストップに、コナン君は憮然として臍を曲げたようだった。
完全に教育に染まりきった星の精は、グスッとコナン君と一緒に憮然としている。
あいつ友達の大きい姿を真似した!悪くて白いやつ!きっと白黒の車に連れてかれる!
気をよくしたコナン君がポッケの中に手を突っ込んで星の精を撫でくりまわした。
最近ホームズの話もしてるみたいだし、思想教育はほどほどにな。
中森警部がフンと息をついて腕を組む。
「なんにせよお前たちの出る幕はないっ。既にこちらは暗号を解読して、キッドの予告の内容を読み解いておるのだからな!」
おお!と降谷さんがわざとらしく驚くポーズを作った。
それはこちらも同じだが、敢えて黙ってるので言うべき時ではないだろう。
俺はぺこりと頭を下げて笑顔を向けた。
「なるほど、そうでしたか。流石は対キッドに慣れてらっしゃる。では、今日の夕方の本番までは俺たちも休ませていただきますので。どうかよろしくお願いします」
「うん?夕方?」
中森警部は首を傾げた。
キッドの予告からすれば、今日の夕方、飛行機で函館へ行く際に狙うと読み取れるだろう。
それはコナン君を含め俺たちで相談して結論が出たことだ。
なんか情報に齟齬があるっぽいが、どうせキッドは上手くやるだろう。
そこまで言及する義理はないか。
気楽に退出して、楽屋を後にする。
諸伏さんが俺に声をかけてきた。
『いいのか?何やら暗号を誤読してるみたいだったけど』
「まぁ良くはないけど。中森警部の腕はキッドの方が詳しいし、誤読を前提に置いた暗号なんだろうさ」
実際後ろでキッドがピースサインしてるし、その通りだと思われる。
降谷さんが「君の頭が切れるとやはり不気味だな…」と眉間に皺を寄せた。
なんや不気味って。やんのかオラ。
暴れてやるぞ。
コナン君が心配そうに俺を見上げた。
「ところで今回の劇の『ジョゼフィーヌ』って悲劇だよね。黄衣さん我慢できるの?舞台上の役者を光り輝かせたら事案だよ」
「………怖いシーン来たら俺の手握ってくれる?ぎゅって」
「なに、幼児?」
そっけないコナン君の言葉に俺はいきりたった。
俺が我慢しきれず俳優さんをピカピカさせたらどうするつもりだよ!
なお、代わりに優しい星の精がしゅるっと触手を絡ませてくれたので安心である。
星の精の優しさが身に染みる
まだ開演まで時間がある。
降谷さんが休憩スペースの前で立ち止まって肩をすくめた。
「ところで、怪盗キッド。君の背後にいる魔術師さんは首を縦に振ってくれたかな?」
「あー。迷ってたみてーだけど、頷いてくれたぜ。時代に合わせた魔術のあり方が求められているのかもってさ」
実は最近、公安の方から紅子さんにラブレターを送っていたのだ。
内容は「その魔術の知見を警察に提供してほしい」というもの。
もちろん、それはイコールで「秘伝のタレを開示しろ」という意味でもある。
魔術師として許されるものではない。
だが、原始魔術も科学の発展に伴い先細りしてきているのは確か。
古エイボン式魔術と違って体系化が難しい原始魔術は科学技術の力と汎用性に劣り、コストも高い。
だからこそ原始魔術はならずものの片手間の技術に零落した。
彼女のような原始魔術の家系はどんどん少なくなり、いつしか日本では彼女の家ひとつのみ。
だからこそ、生き残りをかけて公安の誘いに乗ったのだろう。
せめてその技術のみでも公的な御技として残そうと。
諸伏さんが悩ましげに腕を組んで唸る。
『というか黄衣たちが使ってる魔術、あまりに難しすぎるんだよなぁ。ロンゴロンゴ文字か?』
「わかる。公安で身を守る武器として使うにはあまりに難解だ。業務と並行して身につけるのは現実的じゃない」
降谷さんが同意するようにうむうむ頷いた。
そんな降谷さんは激務と並行して学んでるわけだが、そこは気にしていないらしい。
まさしく、彼の極めて高いINTの為せる技だ。
ハイパーボリアの民のように魂に直接刻めば違うのだろうが、それは流石に心情的に拒否反応が強いだろうしな。
あとは阿笠式魔術科学があるが。
あれは俺でようやくギリ理解可能って部分を考えるに、人間には多分早すぎると思われる。
そういう意味で、実務用武器として使うのに原始魔術はぴったりだ。
「原始魔術ねぇ。紅子怒ってたぜ?『その屈辱的な呼び方は改めなさい』って」
「うお…それはもっともな意見。ハイパーボリアの一般的な呼び名だけど、現役使用者からしたら屈辱だわな。うーむ、次までに呼び方考えとく」
「それと、別に俺も手伝うのはいいけど、危険すぎるのは無しにしてくれよ」
「この前のあれ!目が増えるやつとか!」とキッドがポコポコ怒り出す。
降谷さんが満足げに頷いてキッドを労った。
「先日はご苦労だった。『目の増える箱』は事故が相次いでいたからな。君のおかげでこれ以上犠牲者を増やさずに済んだ」
「だから危険すぎるんだっつの!!」
「あー、例の『目が増えて』俺のところに三人緊急搬送されてきた件か。さすが小泉さん、あの呪いを弾くとはやるなぁ」
『目の増える箱』とは、一抱えほどもある大きな木箱だ。
木箱には目の模様が偏執的に書き込んであり、目が合うと呪詛が作動する。
呪詛が作動してから目の模様から視線を逸らすと、逸らしていた間だけ被呪者は『目が増える』……眼球が身体中にポコポコ現れるのだ。
これのせいで目が増えてどうしようもなくなった公安の人員が三人、かわいそうな状態になって俺の元に運ばれてきた。
今は職場復帰しているらしいが、心に多大なる傷を負ったことは確かだろう。
キッドは「目を隠すのは俺の得意技だけど!そう言う意味じゃねーだろこれ!」と憤っている。
あまりにもっともな発言のため、俺はほろりと涙をこぼした。
「よしよし。加護いる?沢山いる?」
「それは結構デス」
「まぁまぁ遠慮せずに」
俺は135種加護セットを怪盗キッドへと押し付けた。
ちゃんと小泉さんの術式とは干渉しないように注意して仕上げたものだ。
コナン君が「うおっまぶしっ!」と目を覆った。
これでよし。
降谷さんがピンときた顔をしてじっとキッドを見た。
「ということは、これでもう少し難易度の高い任務に送り込める…?」
「だから結構ですって言ったのに!!!」
キッドは絶叫した。
まあまあ。まあまあまあまあ。
キッドが肩を怒らせながらズンズンと背を向ける。
「そろそろ俺行ってくる。邪魔すんなよ名探偵」
「お前その眩しさで怪盗すんのか。頑張れよ」
「誰か責任取れよこれ!!!おい!おい!!!」
流石に可哀想なので光量を落とせば、キッドは涙目で「おぼえてろよ!!!」と捨て台詞を吐いた。
小さき命を虐めてしまったようだ。
コナン君が気軽に手を振ってキッドを送り出す。
「まぁ、何かあったら星の精けしかけてやるから気にせず行ってこい」
「ヤメテ!?そのもじゃもじゃすげー力強いじゃん!!」
【クッス!】
星の精が誇らしげにマッスルポーズをとった。
まあ、幼体と言えど生態系の頂点に立つ生き物、星の精だ。
人間が引き剥がせるものではない。
慌てて退散するキッドの後ろ姿を見送り、俺たちは座席へと向かった。
事件はまだ始まったばかりである。
・135種加護セット
徳用パック。春の新作。寿命以外で死なない。お得。
魔術で構成されており、紅子さんに向けて外部干渉用APIがついてる。
これを通して加護の組み替えや利用ができる。
一層目は紅子さん専用にアクセス権が付与され、中身は取扱説明書になっている。