着陸後の空港は、まさに大惨事であった。
乗客は全員、非常用の脱出シートから荷物も持たずに逃げ出すことになった。
そこを、駆け寄って来た消防警官ほかたくさんの人に先導されて。
素早く空港内に退避したのである。
滑走路は脱落・炎上したエンジンと上から垂れ流しだった燃料で使えなくなっていた。
遠目からでもわかる燃え盛る滑走路に、乗客たちは肩を寄せ合って自然と足早になった。
もちろん、函館空港は全便欠航状態。
とどめを刺すように近場から大量の記者が押しかけ、もはや生中継で全局が注目する有様だ。
まあそれもまた仕方のないことか。
なにせ機長と副機長が倒れ、爆発して翼が折れた状態で嵐の中素人の乗客の操縦で着陸を試みたのだ。
多くの死者が出ていないのが、それこそ奇跡と言えるだろう。
俺も「明日の仕事遅れるかも」という旨の連絡を日売テレビにしたのだが。
話題に出した途端神速で系列の記者を送り込まれて、取材を受けることになった。
コナン君も一般人Aとして出演。
「僕怖かった!」と怯える役を完遂した。
実際急降下したし揺れたし爆発音もしたし、乗客たちはとても怖かったことだろう。
「また、このスカイJ865便には俳優の黄衣ハスタさんも…」という滑り出しで俺の話題がニュースになり、お茶の間を慄かせるノルマも達成。
鬼みたいな速度で黄色の印の兄弟団から被災者支援の提案が出る予感を覚えつつ。
マモーさんはなんと卒倒して、かわりに大慌ての秘書さんから事実確認の電話が来たりもした。
いやぁ、旧支配者が飛行機事故程度で死ぬかいな。
なお降谷さんは公安と共に後処理に当たっていてホテルには戻っていない。
諸伏さんも同じくだ。
俺とコナン君は空港で簡易的な検査を受けた後、手配してもらったホテルでゆっくりしているところである。
ベッドに寝転がり、俺はうーんと大きく伸びをした。
「キッド、逃げられたかなぁ」
「キッドだしどうとでもなるでしょ。というか博士からもメッセージ来てたみたい」
「なんて?」
「今後こういう時に脱出できるようアンカー式の次元間転移装置の作成を目指すって」
「『門の創造』の上位互換気軽に作るのやめてね」
高速で飛行する飛行機を起点にするためにアンカー式を採用しているのだろうが……。
いや待てよ。
つまり普通の次元間転移装置はもうできてるってことになるのでは…?
これ以上考えるのはやめよう。
何か技術的な先人が居ないか聞かれてたけど、これはいよいよイ=ス人を紹介するより他に道が無くなってきたな。
俺は枕に顔を押し付けて、疲労した四肢を伸ばした。
「あー、風呂入らないと。星の精の調子はどう?」
「今テレビ見て今更怖くなってるみたい。飛行機乗ってた時はアトラクション気分だったのに」
コナン君を覗き込むと、ブルブルとマナーモードになった星の精がコナン君の膝の上で震えているのが見えた。
コナン君が干からびた触手を撫でている。
星の精は「クス…」とか細い声を出すのみだ。
友達も星の精も動かないになるところだった…?
聞いてない……。
星の精はニュースを見て、あれが命の危機だったことに気づいてしまったらしい。
可哀想に、ヨシヨシしてやろうね。
コナン君が相変わらず空港の様子を映すニュースに嘆息して肩をすくめた。
「これは一週間はこのニュースで持ちきりだね」
「だな。俺明日帰ってからテレビ局に直行だよ。特集作るんだって」
「あれ?でも探偵の仕事入ってたよね」
「俺も分裂してるから。黄衣①、黄衣②、忙しいと黄衣③まで増える」
「プラナリアじゃん」
そんな単純な生命じゃねーし。
まあ、管理が大変になるので④以降はなるべく作らないようにしているが。
降谷さんも割とその方針で活動している。
気持ち安室っぽい分身、気持ちバーボンっぽい分身、どことなく公安味の強い本体、みたいな感じだ。
ほぼ降谷さんの素にしか見えないが、いつも俺たちの事務所にいるのは安室個体とのこと。
あ、そろそろマモーさんも起きる頃合いだろう。
倒れてしまったから心配だし、こちらから電話をしてやるとしよう。
登録してあった番号に電話をかけて。
繋がった瞬間、クソデカ声がこっちの鼓膜をすごい勢いで震わせた。
『神よ!!!!!!!!』
「はーい。落ち着いてねマモーさん。俺は無事です。コナン君もみんな全員無事。明日には帰るから」
『神よッッ…!私は、私は……!!!』
声出ないほど泣くんじゃないよ。
旧支配者はそもそも死なねぇのよ。
多分少し前から起きていたのだろうが、俺の負担にならないかとか心配で電話がかけられなかったのだろう。
そんなの気にしなくていいのに。
軽く業務連絡…つまり「先に事務所開けといて」「客来たら遅れることを伝えて欲しい」という旨を伝えてから、電話を切る。
明日事務所に帰ったら塔みたいな見上げるほどのホールケーキがお出迎えしたらどうしようかなと少し危惧もしつつ。
俺が甘いもの好きって知られてから、とりあえずあらゆる甘味を捧げられてるんだよな。
自作にも手を出して、このままだとマモーさんの老後の職業がパティシエールになっちまうよ。
ふと見ると、コナン君は灰原さんと少し電話していたらしい。
俺も毛利探偵とかそのほか親しいテレビ局と探偵仲間に連絡を入れておかないと。
コナン君が通話を終えてから、半笑いでひとりごちた。
「君永さん無事かな…裏で動いててくれたみたいだけど。マモーさんの声こっちまで聞こえて来てたよ」
「降谷さんがいるから大丈夫だろ。最悪降谷さんが封筒はち切れそうな袖の下貰うくらいで済むはず」
「で、怒った降谷さんが事務所で愚痴ると。そういえばニャルさんは?」
俺ははっと顔を上げた。
そういえば連絡入れてなかった。
いや冷静に考えて羽虫の飛行機事故程度で連絡入れるのは変なんだが。
でも後から知ったら拗ねるかもしれないし、伝えるぐらいはしておくべきだろう。
電話で前に渡したスマホの電話番号にかけると、すぐに繋がった。
『はーい。今ペルセウス座あたりです。なにかありました?』
「そんなとこまで電波届かないんだよなぁ。魔術か?」
『はい。基地局の一つに細工をして、どこでも電波を拾うようにしました!』
またなんかすごく悪いことをしでかした気配がするが、今日は疲れているので突っ込まないでおく。
いつか未来のハスターさんが対処してくれるでしょう。
俺は首を傾げて目をぱちくりした。
「ん?ペルセウス座って、オサダゴワアの家がその辺りだよな。何かあったのか?」
「美容ミストにしようと思って。捕まえに来たんです」
さよけ………。
旧支配者オサダゴワア。
ヒキガエルみたいな姿と、霧の体の姿の二つの形態を持つ神格。
美容ミストって、また変な雑誌でも読んで感化されてしまったらしい。
「絶対地球には持ち込み禁止だからな」と念を押せば、「えー」と非難の声が上がった。
当然なんだよなぁ。
まあこの分なら飛行機事故の件は軽く伝えておくだけでよかろうよ。
俺は極々軽い調子で口を開いた。
「そういや、少し俺が交通事故に巻き込まれたから周囲がしばらく騒がしくなる。迷惑をかけるが、悪いな」
『!?!?!?!?』
突然ニャルが絶句してモゴモゴ言い出した。
なんだ一体。
ニャルは言葉をまとめるのにしばらくかかった後、猛然と言い募った。
『それって前読みましたよ!死に別れるやつですよね!!!』
「俺がどうやって死に別れるのさ。無理でしょ」
『わかりませんが、なにかこう、アザトースの気分でそうなるかも。今そっち行きます!』
「待ってここ二人部屋!!!」
返事を待つ前にニャルラトホテプがダイナミックエントリー。
ギリ美容ミストは置いて来てくれたらしい。
良いニャルだ。
ニャルは俺に抱きついて真剣な顔をした。
「僕のこと愛してますか?」
「愛してる。愛してるけどどうした急に」
「そういうの言えないまま死に別れるやつ見ました。怖いですよね。羽虫って怖いこと考えるの得意なんですよ」
「死ぬの俺かい。いや人間怖いこと考えるの得意なのは同意だけど」
「我が夫、僕より脆いじゃないですか。僕なら回復に500年で済むところを5万年ぐらいかかりましたよね?」
俺は言い返せずぐぬぬと黙り込んだ。
そうです。ニャルよりずっとへぼい、外なる神ですらない単なる旧支配者ハスターです。
コナン君は空気に徹して怯える星の精を撫でて息を殺している。
本当はホテルでこういうこっそり人数超過はやってはいけないのだが。
言っても聞かないのがニャルだ。
俺は仕方なく、ポンと触手一本に変化した。
そう、二名と触手型抱き枕一本。
これなら二名の予約にも抵触しないだろう。
コナン君の「いや意味わかんねぇよ」のツッコミを浮かべた顔を極力無視する。
ニャルは喜んで俺抱き枕を抱きしめて、布団に潜り込んだ。
俺はニャルに全身抱きしめられて役得である。
ぐへへ。今の俺は抱き枕だからノーカンだぜ。ぐへへ。
あっ待って力強い中身出ちゃうから出ちゃう出ちゃうギブギブぐへぁ。
そのように、穏やかな夜は過ぎていったのであった。
・ニャルニャル
少女漫画を読むのが密かな趣味。
些細なすれ違いとかで悲しい結末になるのを読んで、「いや僕と我が夫は違いますけどね(震え声)」とかやって一人で怯えてる。
羽虫のくせにこのニャルラトホテプを怖がらせてくる(憤怒)
・スカイジャパン航空865便爆発事故
偶然神座神社の神が気付いて、風の手を伸ばして事故を防いだことになった。
第N次参拝ブーム来たる。
函館に分社を建てようの機運も来たる。
なんなら各地に建てて空の安全を守ってもらおうというプロジェクト。
・黄色の印の兄弟団
後方古参信者顔。
我らが神は風の旧支配者と呼ばれていましてね…。