平和な日々にて通常運転。
最近はニャルも大人しくしているようだ。
悪さをしてもミ=ゴの生き残りでデスゲーム開催したり、寝てるクトゥグアをもぎ取ってキャンプファイアーをする程度だ。
もちろんクトゥグァは激怒。
異次元に広がるンカイの森が焼けたらしい。
可哀想な闇に棲みつくものが棲家を失い、今はナイ神父の元に身を寄せているとのこと。
多少大人しいが相変わらず悪いニャルだ。
ちなみに、今日も降谷さんは不在である。
飛行機事故の件の後始末のためだ。
諸伏さんはいるので、通常運転の延長線上ではあるのだろう。
コナン君もそろそろ学校から帰ってくるだろうしな。
諸伏さんが書類仕事をしながら、唇を尖らせて俺を見た。
『ところで。なんかさぁ、呪呪呪が最近強くなってるんだよな』
「普通の成長じゃなくて?」
『ああ。色々できるようになってる感じがある。何ができるかはよくわからないんだけどな』
「なるほど。ちょっと見せてくれ」
念のため、諸伏さんの魂の状態を確認していく。
魂の内部構成をチェックしつつ、外敵干渉の確認をして。
10分ほど丁寧に魂状態を観察したが、特に異常はみられなかった。
諸伏さんは三人の人間の魂がキメラ状に融合している。
彼は封印されしクトゥルフの力を降ろすための依代だ。
クトゥルフが寝ているからこそまだ無事なだけの存在。
何が起きても不思議ではないが、今のところ特に問題はなさそうに見える。
気のせい、と言うには不安だが……。
ふうむ、と俺が難しい顔をしていると。
諸伏さんが腕を組んで悩ましそうな様子を見せた。
『それとアレなんだ、何故か海に行きたい気持ちとかもある。関係あったりするか?』
「なんかすごくむしゃくしゃして来た。三億年前の雪辱を晴らす時が近づいて来たかもしれない」
俺は激しく憤って拳を繰り出すなどした。
あれから仮想敵として修練に励んできたし、今度こそ息の根止めてやるしかない。
来いよ!ぶっ殺していやる!!!
と、そのあたりで来客があった。
入って来たのは若い女性だ。
紙袋を持って、どこか不安そうにキョロキョロと事務所内を覗いている。
「あの。依頼予約をした裕木と言うものです。お時間よろしいでしょうか」
「!ようこそお越しくださいました!どうぞおかけください」
どうやもうそんな時間になっていたらしい。
お客さんがやって来たので、マモーさんも茶を持って給湯室から出て来てくれる。
綺麗な女の人で、おずおずとソファに座って、足元に紙袋を置く。
その紙袋から取り出したのは、珍しい形のオルゴールだ。
怪異品で、込められた魔術がここからでも見える。
依頼人さんは女子大生さんらしい。
ネジを回すと、オルゴールから流れる「春よこい」の曲が俺たちの耳を和ませた。
「皆さんに調べてもらいたいのは、これの本当の持ち主なんです」
「本当の持ち主、ですか。おそらくこれは怪異品でしょう。登録証の方はお持ちですか?」
「はい。これをいただいたのは去年のクリスマスなので。登録書類が届いた頃には、私が預かっていました」
なんでも、それはポケベルから始まった出会いらしい。
適当にポケベルの番号を押してメッセージを送ったことから、その人物との交流は始まった。
やり取りを重ねるうちに親密になり、このオルゴールもベル友にもらったものとのこと。
というかポケベルって凄いな。時代がかってるってレベルではない。
これまでもスマホを使う中フロッピーが現役だったりしていたが。
また古い概念が出て来たものだ。
ヨグ=ソトースがうねってるから仕方ないとはいえ、何故皆自然に受け入れているのかもよくわからない。
いや、一周回って若者の間で流行っててもおかしくはないけどさ。
お、コナン君が帰ってきたらしい。
扉を開けて小さく会釈しながら自分の席へ行ってランドセルを下ろす。
そしてトコトコと俺の隣に腰を下ろして顔を上げた。
外から話を聞いていたらしく、子どもらしく小首を傾げて口を開いた。
「ベル友さんに会う時に顔は見なかったの?」
「え?あ、ううん。私は会えなかったの。いくら待っても来ないから諦めて帰ろうとした時、足元の紙袋にポケベルとこのオルゴールが入っているのに気付いて」
なんとも豪胆なことに、このオルゴールを売って学費の足しにしてくれとメッセージを残していたらしい。
諸伏さんがごくりと息を呑んで慄いた。
『なあ…このオルゴール、実際価値はどのくらいなんだ?』
「骨董品店に持っていった時は、壊れたただの民芸品だと言われましたけど」
『いやぁ、その骨董品店が騙そうとしてたか、普通に節穴なだけだなぁ』
断定的な口調に、俺もうんうんと頷いた。
だってこれ、ハイパーボリアの時代に俺が自作したやつだもん。
限定200個。
幸せな出会いに恵まれる加護の付与された、一つ一つ俺手作りのオルゴールだ。
シリンダーが取り外せるようになっていて、好きな曲に付け替えられる仕組みだ。
現世利益というより俺のファン向けに作られたものと言えるだろう。
特定のシリンダーをセットすると流行曲を歌う俺の幻像が浮かぶようになっている。
これはフルセットだ。
当時の流行曲が2本に俺作曲の精神を和ませる曲が3本のセットがきちんと揃っている。
加えて昭和の時代に手作りされた、ピンのかけた「春よこい」がもう一本。
ハイパーボリアの時代に持ち主が保存の魔術をかけており、驚くほど綺麗な状態で保存されていた。
なんだかとても恥ずかしいが。
出すところに出せば信じられない闇の金が動くことになるだろう。
なんならマモーさんが白紙の小切手で買うに違いない。
現に茶を持って来たマモーさんの目がギラギラと輝いていて、今にも食いつかんばかりだ。
依頼人の女子大生さんが困ったような顔で眉を下げた。
「あの…これはすごいものなのでしょうか」
「民家に置いておくと身に危険が及ぶぐらいの価値がありますね。ですがご存知の通り、怪異品ですので金銭での取引は現在できません」
登録の名義変更はできるから、それで元の持ち主に戻すことぐらいはできるだろうが。
やべーなこれ。
誰が持ってても、バレたら黄色の印の兄弟団の闇討ちを受けるに違いない。
ますます心細げになった女子大生さんを宥めつつ、俺は席を立った。
ともかく、持ち主のポケベルから登録会社に問い合わせてもらうのが一番早いだろう。
降谷さんに電話すれは、相変わらずすぐに繋がった。
「すまん忙しいところ。ちょっといいか」
『今度はなんだ。爆殺か毒殺か射殺か。そのあたりだろう?』
「やさぐれないでくれ。4億年前の俺の手作りオルゴールを巡って人探しをしてるだけだ。番号を言うからポケベルの持ち主を探してほしい」
『なるほど。爆殺毒殺射殺全部盛り欲張りセットか。爆発物処理班には話を通しておく』
そうじゃないと何度言ったら。
いやこれからそうなるかもしれんが、少なくとも今は違うのだ。
ともかく、降谷さんに持ち主探しを任せ、俺はオルゴールを今後どうするかに頭を悩ませたのであった。
・ハスター手作りオルゴール
狂信者垂涎の品。
ハイパーボリアで昔、建国何千万年記念で作ったもの。
特に功績を積んだものに配布される形だった。
かかっている魔術は柔らかいが非常に高度で、それが人間種の幸せを願っていることがよくわかる作りになっている。
・クトゥグァ
ニャルとはそこまで悪い関係ではない。
ハスターがニャルの癇癪を発散させ、悪行をイタズラ程度に留めてるためである。
それはそれとしてンカイの森は焼く。
しょんぼりした闇に棲みつくものはナイ神父に凄く愚痴愚痴文句を言っている。