状況はどんどん悪くなっている。
まず、次なる被害者と見られていた日本人一人が殺害された。
コナン君が阿笠邸を抜け出し、世良さんと被害者を見張っていた時に起きた出来事だ。
まんまと目の前で狙撃されてしまい、コナン君も考え込んでいた。
さらにその晩、犯人と目されていたティモシー・ハンター自身も凶弾に倒れることとなった。
すなわち警察の推測が間違っていたという意味で。
犯人の狙いは完全に読めなくなってしまったわけだ。
降谷さんと電話する中で、俺も眉間に皺を寄せて状況を知ることとなった。
『君も聞いていると思うが、残る被害者候補の二人は宿屋で待機になった。ジャック・ウォルツとビル・マーフィーだ』
「俺なんかやることある?」
『君は神社の方に協力してくれ。社会不安が高まりすぎてる』
犯人がわからなくなったのは警察としても大きな痛手だったようだ。
それ以上にテレビ関係者の失言が大きかったか。
事件は無差別狙撃事件、なんて変な解釈をされたせいで東都はパニックに陥っていた。
無意味に傘を差したり、爆竹の悪戯のせいで交通事故が起きて重症者が出たり。
俺の神社にも客が殺到している。
こちらは今はエメラルド・ラマが管理してるから俺が直接加護を授けることはないが。
普通に売ってるだけの俺のマーク付きお守りがバカ売れしている。
「不安に対応ってったってなぁ。ありがたいお言葉でも配布する?」
『それもいいな。お守りでもいいしお札でもいい。とりあえず傘をやめさせてくれ。視界が狭まって変な事故が多発してる』
「厄除けは厄除けであって銃弾避けじゃないんだけどなぁ。まぁいいか」
『形のない不安を統制するのは至難の業だ。そういう意味で、君の存在は非常にありがたい』
「多分そのうち財界からも声がかかるぞ」言われて俺はゲンナリした。
トイレットペーパーは無くならないよと全国民に囁く仕事かぁ。
俺は広報ちゃうんやぞ。
降谷さん再度、慎重に俺に問いかけた。
『繰り返しになるが、魔術絡みではないんだよな?』
「おうよ。コナン君の引きが強いだけ。ただしニャルが何か企んだ場合はその限りではない」
『………ニャルラトホテプの様子は?』
「今ミニチュアダックスになってる」
降谷さんは「なぜそうなった」と平坦な声を出した。
なってしまっているものは仕方ない。
次の女性体の造詣が決まらず、そうこうしているうちに人間体そのものに飽きてしまったのだ。
そして今現在進行形で膝の上だ。
大満足ダックスが長くなって膝の上に転がっている。
俺がずっと電話していることにむっとして、鼻先で肘を突いて来ている。
軽く降谷さんに「ニャルが俺をご所望なのでまた電話する」と言い置いて通話を切った。
ニャルダックス君は大きな目をうるうるさせて俺を非難した。
「どうして僕を構わないんですか!好きなんでしょうこういうの!微生物が目うるうるさせてるの!」
「俺、人間の方が好き……」
「でもネットには『人間は嫌いだけど犬と猫は好き』って羽虫が散見されましたよ!」
世の中には人間を見限ってしまった人もいるようだ。
それはそれで悲しいことだが、犬猫が癒やされるのは確かだからな。
でも俺は人間の方が好き。
俺はニャルダックス君の柔らかな毛並みを撫でて言った。
「俺にとっての犬猫ポジションが人間だから…ニャルダックス君も可愛いけどさ。そもそも犬は喋らないからいいみたいなところはある」
「!!!」
ニャルはショックを受けてしゅんと尻尾を落とした。
すごく罪悪感が刺激される姿だ。
なお、この会話の間ずっと気配を消してるコナン君と星の精が部屋の端で書類仕事をしている。
阿笠邸のお泊まり会から帰ってきたらニャルダックス君がお出迎えだったからな。
そりゃ静まり返りもするだろう。
星の精は黙って宿題をこなしている。
最近は習い事も始めたいと言っているので、内容の選定の最中だ。
本人は水泳とプログラミングが気になってるらしい。
水泳どうしようかな……星の精が入れるプールなんてねぇんだよ。
と、そのあたりでジョディ先生が事務所にやってきたようだ。
扉から入り、軽く手を振ってコナン君にアピールする。
「クールキッド!それに黄衣探偵。少し話したいことがあったの」
「ジョディ先生!何かわかったの?」
「いいえ。シュウの提案で、ティモシー・ハンターの病理解剖と頭部のMRIをとったぐらいで」
「!!!どうだった!?」
「胃の中は鎮痛剤だらけ。頭の中には銃弾の破片が残っていて、視神経を圧迫。頭痛を誘発して、そのうえ目も良く見えてなかっただろうって」
なるほど。
とすると、ハンターは最初の一件を含めて長距離狙撃のできる状況ではなかったようだ。
四六時中激しい頭痛に加えて目が見えてないんだから、狙撃しようがない。
コナン君も同じ理解に達したようだ。
いや、それより一歩先を行っているか。
「なるほど。ハンターを殺したのはそういうことか…!」と眉間に皺を寄せてコナン君が息をついた。
膝の上のニャルダックス君が大欠伸をしている。
毛並みを撫でるとスベスベで心地いい。
顔を擦り付けてきたので、俺は頭を撫でながら顎下をたるたるしてやった。
ニャルダックス君は憮然として俺を見た。
そんな俺らに関わらず、コナン君が推理を披露する、
「距離が近くて軽い弾を使って狙撃してたのに、ティモシー・ハンターを一発で撃ち抜くのに失敗してる。この心境ってもしかしたら、『殺したくない』だったかもね」
「え、どういうことクールキッド!?」
「自殺幇助だよ。ティモシー・ハンターは殺してもらったんだ。その苦しみから解放してもらうように、代わりに恨みを晴らしてもらうように」
なんとも、物悲しい結末だ。
脳に残った弾丸は激しい頭痛を伴い、家族は亡くなり、財も名誉も失われてしまった。
人生に幕を閉じたい、と思っても何ら不思議ではない状態だ。
ジョディ先生の瞳が揺れる。
「……クールキッドは犯人に目星はついているの?」
「まだだよ。黄衣さんもそうだよね」
「ああ。正直、サイコロの謎がまだ未着手なのがな。堂々としてるし、たぶん解かれても大勢に影響のない謎ではあると思うんだけど」
「そうだね…そこは僕も同意見。復讐に関わる自己満足の類じゃないかとは思う」
コナン君にしては辛辣な言い回しだ。
まあコナン君は「どんなゲス野郎でも私人が殺しちゃダメ。司法の元きっちり責任取らせるべき」論者だからな。
そういう俺も概ね同意見だ。
復讐はほっとくと収拾つかなくなって集落間戦争に発展して死傷者が大量発生するからな。
復讐するは我にあり。
復讐は人でなく神たる俺の領域に委ねるべき、という思想は古代からあったものだ。
だからこそ司法の全てを俺が引き取り、ハイパーボリアでは超厳格な罪刑法定主義が規定された。
法の全ては先んじて俺が未来視で整備して。
法典は「過去・現在・未来における人の罪の証」とある種忌むべき存在として恐れられた。
そうして作り上げられた法典は、現在もハスターの瞳に格納されている。
数千年前、そこに生まれつき接続できる異能者が生まれ。
法典から教えを抽出して、今に続く西洋の教えの基礎を築いたのだ。
ジョディさんは少しだけ目を伏せて肩を落とした
「なんにせよ、まだ情報が足りないということね。こっちは引き続き調査するわ。また何かわかったら連絡する」
「ありがとうございます、ジョディ捜査官」
去っていく後ろ姿を見ながら、ニャルダックス君がフンと鼻息をついたのであった。
・星の精の習い事
水泳して強い星の精になりたい。
それとプログラミングで賢くて頼れる星の精になりたい。
そんな純粋な気持ち。
・ニャルダックス君
小生意気な顔をしている。
呼んでも来ない。人間がミスすると「ブスッ」って鼻で笑う。
・西洋の教えの基礎
時々天然で生来ハスターの瞳に接続できる人間が生まれる。
神の機構から人の来歴を知り、その愛に触れて人を救おうとする人も現れたかもしれない。