なんと、狙われていない被害者候補の最後の一人が姿を消してしまったらしい。
京都にいたはずが、明日には戻ると言ってホテルの裏口からこっそり抜け出してしまったのだ。
それを受けてコナン君は今日一日、諸伏さん達と協力して走り回っていた。
目の前で世良さんを撃たれて、責任を感じているのだろう。
俺は世良さんのお見舞いに来ている。
撃たれてから、世良さんは近くの救急病院へと搬送された。
いくら俺の魔術で回復したと言っても、脳を破壊されているのだ。
公安の手引きで一晩検査入院になったのはそこまで変なことでも無い。
お見舞いの時間をずらしたので、蘭ちゃん達と行き合うことは無いだろう。
ノックして病室に入ると、暇そうな世良さんがベッドに転がっているのが見えた。
もう面会時間ギリギリだ。
夜の闇はとっぷりと東都を覆って、都市の光が空の雲を照らしている。
世良さんがパッと顔を明るくした。
「よお、黄衣さん」
「コナン君を庇ってくれてありがとな。無事でよかったよ」
「ははは。今思えば、コナン君は黄衣さんがついてるんだから僕が庇わなくてもよかった気がするんだけどな。ママにもすごく叱られたし」
「思わず身体が動いて」と語る彼女の瞳に後悔は無い。
全く危なっかしい子だ。
ハート型ペンダントの新しいやつを世良さんに渡して、俺は精一杯眉を釣り上げた。
「これ、一個で5回分使えるから持っててくれ」
「いいのか?前のやつ、僕が無意味に壊しちゃったけど」
「あれを壊しちゃうようなお転婆さんは肌身離さず持っておくこと。命を大事に。いいね?」
「はーい」
もー、俺の説教に唇を尖らせるような子はニャルが攫っちゃうからな。
……いやこれ冗談にならねぇな。
おどし文句にしても不吉すぎるのでやめておこう。
世良さんが視線を険しくして外を眺めた。
「ところで、コナン君は?」
「今犯人と対決中。中継見るかい?」
「!!!見せて!」
すごい食いつきに気圧されつつ、俺は空中モニターを出現させた。
世良さんは目を丸く「SFみたいだな。発達した科学は魔法と見分けがつかないというけど、逆もまた然りって話か」と口をへの字に曲げる。
まあ、魔術国家ハイパーボリアは割とSF感満載の都市だったからそれも合っていることは合っている。
それは画面を四分割したモニターである。
コナン君の様子、犯人の様子、二人の位置関係の地図、そして昴さんを映している。
昴さんはおまけだ。
情報統制は解除されたし、家族にぐらい生存を教えればいいのにという俺の配慮でもある。
というか、昴さんは基本が非常に淡白なんだよな。
家族に対しては「全部終わった後明美さんの紹介がてら説明しに行けばいいか」ぐらいの気持ちだけだ。
羽田名人に教えるのも「頭脳を借りたいからそのついで」としか思ってない。
生来、感情が常にフラットな人なのだろう。
そのせいで感情の出し方が致命的に下手。
明後日の方向に思いやりを発揮するなどして、激情家の降谷さんに嫌われるなどしているのだ。
まあそれはともかく。
画面にはスナイパーライフルを構える犯人が映っている。
その先には被害者候補、ウォルツさんの無防備な姿がある。
ウォルツさんはまんまと罠にハマってしまったというわけのようだ。
世良さんが眉間に皺を寄せて画面を覗き込んだ。
「なんだあれ?何か……光みたいなものが見えるけど」
「コナン君の作った防護壁だよ。撃たれても衝撃で気絶ぐらいはするだろうけど、死にはしないってね」
「便利だなぁ。なら、これで犯人の気を引いているうちにこの人がカウンタースナイプするのか?」
「多分ね」
「でもこの距離で撃てるのか?かなり離れてるけど、600mはあるんじゃないか?」
そういえば赤井さんの狙撃手の腕ってあんまり詳しくは聞いたことがなかったか。
凄腕って聞いているし、コナン君達の監修の案なのでこのぐらいならば問題ないのだろう。
まず、犯人の狙撃が放たれる。
ライフルの弾丸が窓ガラスを破り、派手な破壊音を立てた。
しかし弾丸は「被害を逸らす」魔術によって、驚いたウォルツさんを派手に転けさせる程度で無力化される。
同時に昴さんがカウンタースナイプを行う。
正確に銃のターゲットサイトを打ち抜き、犯人は銃弾が掠って激しく出血した。
倒れ込んで呻いた犯人が、荒い息でなんとか立ちあがろうとする。
その後ろから忍び寄る、異星の狩人が一匹。
【クス!】
「ッ誰だ!…ッうわあああああ!?」
血によって色付いた星の精の、禍々しい触手が犯人を捕える。
慌ててナイフを引き抜き爆弾のスイッチを構えようとするが。
残念ながら、いかに幼体とはいえ星の精の方が遥かに力は強い。
鍛えられた軍人程度に抵抗できるはずもなく、星の精に引きずり倒される。
死に物狂いの抵抗も虚しく、犯人はそのままずるずると銃と爆弾のスイッチから引き離されていく。
世良さんがドン引きで慄いた。
「え……なにあれ?邪悪な怪異?」
「コナン君の弟分。実はすごく賢くて優しい」
「でも大の大人全力の抵抗をものともせず引きずってったけど」
確かにちょっと見た目は悪かったかもしれない。
エイリアンが巣穴に人間を引き摺り込む光景に似てたし。
でも星の精はコナン君からの言い付けを守って傷つけないように拘束していた。
多分同時に公安が突入して、星の精から犯人を受け取る予定なのだろう。
星の精は犯人を押さえてなお余裕の表情だ。
上半身に触手を伸ばして軽々と拘束、そのまま男を持ち上げて無力化した。
空中に釣り上げられた男は「やめろ!やめろ!!!」と英語で喚き散らかして絶叫している。
世良さんは難しい顔をした。
「しかし、あのスナイパーすごく腕がいいんだな。彼、工藤邸に住んでるっていう大学院生だろ?」
「表向きはそうだね」
「正体はアメリカ海軍?どうせ、海軍は犯人の射殺を目論んでたと思うし」
「ならさっきの一撃で殺してただろ」
「なんだよなぁ。ならFBI?日本警察ならこんな迂遠な手は使わないだろうし」
むむむ、と腕を組む世良さんの姿に、俺は頷いて肩をすくめた。
「そういうわけだ。じゃ、俺はそろそろ帰るよ。コナン君達が帰った時俺がいないとバレたら詰められる」
「はは。ありがとな、黄衣さん。キーホルダー大事にするよ」
「それは本当に大事にな。壊れてるの発見するたびに母君に言いつけます」
「それは勘弁!」
そのように軽口を言い合って、俺は病室を後にした。
きっと家ではニャルダックス君が怒って待っているだろう。
たくさん可愛がって噛むおもちゃを投げる必要がありそうだ。
何事も形から入るニャルだから、犬になったら犬っぽいこともしてみたいらしい。
ベルツリータワーでは公安警察が星の精から犯人を受け取っている。
星の精はダブルピースののち、夜の空へと姿を消した。
あんなふうにかっこよく退散して、道に迷わないといいのだが。
そのように、長いようで短い時間は幕を閉じたのであった。
・星の精
小さくても軍人一人完璧に押さえつけるぐらい軽い。
悪い奴を捕まえて鼻高々。
なお、カッコつけて空飛んで帰宅しようとして道わからんくて泣いて泣いて泣いた。
しばらくしてコナン君が迎えに来てくれて号泣。