誕生会に呼ばれた俺たちは、保科邸にやってきていた。
大きな時計が時計塔のように屋敷中央に掲げられており、遠目から見ても荘厳な雰囲気だ。
館の中も所狭しと時計が並べられているらしく、時計の館とも呼ばれているようだ。
降谷さんが車から降りて、むすっとした顔を見せた。
「緊張するな……。彼がほんの少しでもその気になれば、地球の遍く生命が滅び去るだろう」
「だからタウィルさんはおおらかだから大丈夫だって。門番として無礼な生き物に接してきた経験もたくさんあるし」
怒って知的生命体を族滅したことなんて数えるぐらいしかない。
諸伏さんは遠い目をして「あるにはあるんだ…」と呟いた。
そりゃ知的生命体って時にとても愚かだから、まあ0でないのは仕方ない。
タウィルさんとて流石に檻に入れられてテイムされそうになったら怒るだろう。
でも、人間はそこまで愚かではないはずだ。
皆が何故か気を引き締め直したようで、キリリとした決意の滲む顔をしている。
コナン君が「でも黄衣さん檻に入れられたことあるよね」と半目で俺を責めてくる。
米前大統領が人質を使って俺を米国に連れて行こうとした時の件だろう。
「いや、確かにあれは俺以外の旧支配者にやったらどんな温厚なやつでも族滅だけどさ。俺だからいいんだよ。ノーカンノーカン」
「………」
皆がさらに緊張で体を硬くした。
なんでや。
雨がざあざあと降りしきり、天気は悪い。
ドアのインターホンを押せば、執事さんが出てきて俺たちを迎えてくれた。
ニコニコとした執事さんが頭を下げる。
「ようこそみなさま、パーティの間までに館内をご案内させて頂きますので、しばしお待ちを。ああ、傘はお預かりいたします」
「ありがとうございます」
皆で傘を預けて館内に入る。
詳しい話を聞くためにパーティより少し早い時間に来たが、エントランスにはすでに客がいるようだ。
談笑する奥さんとタウィルさん、そして三人ほどの見知らぬ男女の姿が見えた。
奥さんが俺たちの姿を見つけて頭を下げる。
「ああ、ようこそおいでくださいました、黄衣探偵。私が当主の保科瑠華子です」
「これはこれは、はじめまして。黄衣です」
「夫から聞きましたわ。なんでも黄衣探偵とはご兄弟だとか。縁とは不思議なものですね」
テレテレェ、とタウィルさんが頭をかくようなそぶりを見せた。
俺のこと兄弟という紹介をしたようだ。
いや、同じヨグ=ソトースからこぼれ落ちたものって意味ではそうかもしれんが。
俺も「ははは。まさかこんなところで兄に再会するとは思ってもみませんでした」と話を合わせておく。
時空を歪ませて、人間には見えない角度からタウィルさんがサムズアップした。
そのポーズ気に入ったんかな。
その他の男女はこの家の関係者らしく、軽く挨拶を交わした。
館の建築を手がけた建築家さん、内装を手がけたデザイナーさん、館の大時計を作った時計職人さんの三人だ。
なにやら四年前に死んだ時計職人さんの前任者を巡って色々あったらしい。
まあ今はタウィルさんの件で忙しいし、考えても仕方ないか。
俺たちが上の時計を見せてもらうために奥に向かおうとすると。
タウィルさんが奥さんをちょいちょいと引き留めた。
ひそひそと声が小さいよう装い、奥さんに思念波を送る。
「……、……」
「本当なの!?なんてこと!青梅!技師を呼びなさい!」
急に取り乱した奥さんが、ヒステリックに怒鳴って執事を呼びつけた。
執事さんは尻に火がついたように慌てて駆け出していく。
思念波の盗聴ができないコナン君が「どういう意味?」と俺に小声で話しかけてくる。
俺は軽く笑って口を開いた。
「あそこの壁掛け時計が1秒ほど遅れてたのをタウィルさんが指摘したんだ。あの奥さん、すごく時間に厳しいタチみたいだな」
「なるほど…時間の神であるタウィルさんなら、どんな僅かな時計の狂いでも正確に把握できる、か」
タウィルさん自身は「なんで生命体がほんの数秒の時間を気にするのかよくわからない」と若干肩をすくめている。
単に奥さんが信仰の域で時を気にしているので、それに報いているだけなのだろう。
奥さんが俺たちの視線に気づいて、恥ずかしそうに俯いた。
「夫は本当に時間に正確で。私がこの懐中時計に頼っているのが恥ずかしい限りです」
「多羽さんとはいつ頃お知り合いになったのですか?」
「二年前ですわ。偶然、パーティで出会って、意気投合したんです」
という設定のようだ。
だが、ちょうどいい具合の人のところに入り込んだには違いない。
あの実に気難しそうな人の心を射止めるとは、いくら存在の割り込みでもタウィルさんもやりおるわ。
そのあとは巨大な屋敷の大時計を見せてもらって、軽く館内の案内があった。
夫婦は寄り添って、意外と親密そうに見えた。
人間の機微なんてほとんどわからないだろうに、非常に穏やか。
二人が見えない間にも執事さんが「旦那様と出会ってから、奥様は実に穏やかになられました」と涙ぐんでいた。
夫なんてどうなることかと思っていたが、心配することはなさそうに見えて俺も一安心だ。
あとは誕生日会の時間を待つだけ。
俺たちは与えられた控え室でまったりしていると、降谷さんが声をかけてきた。
タウィルさんの手前、従者のように口を利かずにいたが。
人目がなくなってようやく喋れるということらしい。
ネクタイを緩める仕草で降谷さんが息を吐く。
「彼は…時の神の分け御霊はこのままここに居着くつもりなのか?」
「どうだろう。人間の一生って考えたら、面倒だから人間として振る舞う気もする」
「適当に失踪したりしないのか?」
「奥さんのこと気に入ってるみたいだからしないと思うよ」
あくまで「頑張ってる微生物」を観察してるだけだろうが。
思ったより信者を大切にしてみようとしているみたいだし。
だから、なるべく挟み込んだ役は全うすると思われる。
コナン君は少しだけ憂いの含んだ顔をしている。
星の精が肩掛けバッグの中から「クス?」と言ってコナン君を心配そうに見上げた。
「……奥さんのこと、どう思ってるんだろうね」
「さあな。ただ少なくとも、彼は外なる神だ。人間と異なるということは覚えておいてくれ」
どれほど「光」を摂取したとして、人間と同じ意味で人を愛することはないだろう。
諸伏さんが少しだけぼやいた。
『入れ替わりパニックで人間味のなかったころの黄衣を想定すればいいか?』
「かなり近い。俺は本来システム側というか、父親似だし。というか入れ替わりパニックやめて。俺の黒歴史つつかないで」
「あれ酷かったよね……なんか僕不安になってきた」
皆ブルーな空気になってしまい、俺は憮然とした。
タウィルさんは穏やかな神だっていうとるやろがい!
そんなこんなで、そろそろ誕生日パーティーが開かれる時間になった。
多くの紳士淑女がやってきていて、この保科家が結構な財力を持つことを示している。
パーティ会場は社交場の一種となり、政治家や財界の著名人が集まっている。
一応、俺と顔見知りの財界トップ層は来ていないようだ。
俺も一俳優兼探偵として普通に挨拶するだけで済んだ。
……というか。
冷静に考えたらそんな家と親戚関係になってしまって、地味に俺の立場が面倒臭くなってしまった気がする。
タウィル・アト=ウムルがその辺考えて歴史改変してくれているとは思えないし。
後で俺の方で精査する必要がありそうだ。
広いパーティ会場は立食形式らしい。
大時計のすぐ下の部屋らしく、俺が耳をすませばその機構を支える歯車の音がここまで聞こえてくる。
部屋にも時計が並べられており、それは時計技師さんの日々の調整により正確に時を刻んでいた。
奥さんはタウィルさんと一緒に挨拶回りをしているようだ。
タウィルさんが奥さんの肩をそっと撫でて、奥さんの右手を握る。
奥さんが「あなたったら」と恥ずかしそうに微笑んだ。
妻を労っているように見えて、やっぱり思ったより気に入っているのかなと俺は感じた。
そして、誕生日のクライマックス。
バースデーの演出のために部屋が暗闇に包まれる。
外は雨模様で真っ暗だ。
月明かりも見えず、ざあざあという雨音が窓から漏れ聞こえてくる。
俺は暗がりの中で、一人ただ目を見開いた。
暗闇の中で一筋の悲鳴か聞こえる。
ハスターの瞳に夜の闇など関係ない。その光景は俺に鮮烈に映った。
数秒して、動揺する客達をそのままに再び灯りが灯る。
そこには、滅多刺しの奥さんの死体が転がっていた。
暗闇に紛れて先程の客の一人、建築家さんが奥さんを刺し殺したのだ。
犯行の時から最後のその時まで、ただ右手を握っていたタウィルさんの姿がある。
タウィルさんの左半身は返り血まみれだ。
参加者の一人が悲鳴を上げるのにも構わず、穏やかにただ、弔うように背を撫でている。
そこでようやく。
俺はタウィルさんの真の意図を理解した。
なるほど、信者なので送り出すぐらいはしてやろうと。
そういう意図だったらしい。
・タウィルさん
微生物は、終わる時は見送られた方が嬉しいらしい。
そのようにハスターの光から学んだ。
自分に人の身分を提供した褒美に、信者に寄り添ってみた。
それ以上の理由はない。