警察が来た途端、タウィルさんが囲まれて疑念の目を向けられているなり。
「それで、素顔を見せてもらえますかな、保科多羽さん」
「まままままま待って目暮警部待って、多羽さんは違うんですお願いします!」
タウィルさんが「!?!?!?」と慄いていた様子を見せていたので、慌ててフォローに回る。
タウィルさんは奥さんと触れ合うほど一番近くにいて、半分血まみれ。
顔は包帯と仮面が隠している超不審者と来た。
そりゃ怪しく無い点を探す方が難しいだろう。
でも素顔をご開帳するとか弱い人間は魂が溶け落ちて死ぬので絶対防がねばならない。
タウィルさんもアセアセと手を振って己の無実を主張している。
「妻の心配をしてただけなのに!」と念話で頑張って言い募って必死に俺に視線を向ける。
何を疑われているかも分かっていないのだろう。
人間が暗いだけで知覚機能がほぼ失われることにも気づいていないかもしれない。
うむ、タウィルさんからしたら殺人が罪という意識すら無いかもしれんし、仕方ないなこりゃ。
目暮警部がジト目で俺とタウィルさんを見比べた。
「だがねぇ…」
「それでしたら、まず凶器の方から当たってみるのはどうでしょう?」
降谷さんがニコニコを装って声をかけてくる。
その額には一筋の汗、恐怖に細かく震える指先を後ろに隠している。
警察がタウィルさんに突っかかってもし怒らせたら、と恐怖してるのだろう。
目暮警部は降谷さんの姿を見て、慌てて敬礼しようとしてギリギリのところで体を止める。
高木刑事も同じく。
降谷さんも極度に緊張してるし、無駄に緊迫した空間が出来上がってしまった。
「実は僕、あの犯行と同時刻に開け放たれた窓の近くに立っていまして」
「本当かね!?」
「何か小さなものが飛び出して、下の井戸に落下していくのを見ました。職業柄、夜目が利くものでして」
実際には黒い風としての風の知覚だろうが。
目暮警部は「公安として夜目が利くんだ」と言っているように聞こえたことだろう。
犯人は真っ暗闇の中犯行に及んだ。
見られているとは思っていなかったのか、遠目にこちらの会話を盗み聞きしていた建築家さんの目に焦りが浮かんだ。
彼が苦労してトリックを用いて凶器を井戸に捨てたのは、既にわかっている。
タウィルさんがこれ以上警察につつかれる前に、俺たちで事件を解かねば。
タウィルさんは己の疑いが霧散した気配を悟って、ふぅと汗を拭う仕草をした。
どこからインプットしたんだそれ。
コナン君がやや笑って肩をすくめた。
「なんか僕たちの出る幕はなさそうだね」
「これ、見られてるとトリックが破綻するタイプのものだしな。三週間後に埋め立てる井戸だから、どうせ指紋もつきっぱなしだろうし」
「だね。でもタウィルさんがこれ以上疑われないことが先決だし仕方ないか」
すぐに警察が井戸を捜索すると、中からはおもりと輪っかの金具がついた傘が見つかった。
傘は返り血でべっとりしていて、石突には凶器が取り付けてある。
細く透明なテグスのようなものもついてて、それがトリックに使われたのは明白だった。
あとは傘についた指紋を照合するだけ。
これだけ揃えば、トリックの詳細は警察でもわかるだろう。
俺たちがわざわざ推理するまでもない。
凶器から指紋が出てるんだから引っ張る理由も十分だ。
まだ「自分の傘が第三者に取られて犯行に利用された!」と訴える手も残っているが。
もやはこれまで、と建築さんは観念したようだ。
あるいは本当に訴えたかったのは、その動機だったのか。
俯いた建築家さんは、観衆の前で独白した。
「……あの傲慢な時の支配者に思い知らせてやりたかったんですよ。幼馴染を酷使の末に殺した罪の重さを」
「幼馴染?というと、四年前に亡くなったという時計技師の方のことかね」
どうも、四年前に死んだ時計技師さんと建築家さんは幼馴染だったらしい。
時間に厳しい奥さんのせいで嵐の日に大時計を修理する羽目になって。
その末に風にあおられて井戸に転落。
今日と同じように誕生日パーティだったらしく、奥さんは探すこともせずパーティを続行した。
時計技師さんは溺れて亡くなったのだという。
「『壊れた時計は捨てるしかない』『早く代わりの時計技師を探せ』。これ、あいつの葬式の場での発言ですよ?……動機はそんなものです」
本当に、時しか愛していない人だったのだろう。
だがタウィルさんに、時の神に人の善悪はわからない。
ただ時を祀るものを気まぐれに祝福するのみだ。
運ばれていく奥さんの遺体をぼんやりと眺めているタウィルさんに、俺は声をかけた。
「これからどうするんだ?」
「?」
どうって?みたいな疑問符乱舞の様子に俺は渋面を作った。
「いや、こんな資産家の家の夫とかさ、こう、今後相続で揉める気配しかしないぞ」
「……?」
「え?放棄して俺んとこ来る?ダメです親と同居の期間は過ぎました!俺はニャルと暮らしてます!」
「!!!!」
タウィルさんは衝撃を受けてのけぞった。
ニャルと同居しているとは思っていなかったらしい。
ポコポコ怒って俺に詰め寄ってくる。
「!!!…!!…!!!」
「わかったわかった、わかったから。ニャルは大丈夫だって。騙されてないし良い奴だってば」
「!!!!!」
凄く説教されてしまった。
ニャルの悪行を列挙されて、俺は梅干しみたいな顔になってしまう。
こうやって聞くと悪いことしかやってねぇな、あいつ。
え、つい先日アザトースの触手をもぎ取って、油断したヨグ=ソトースにぶつけて逃走したのか。
そのせいで父上は重傷を負ってご立腹、と。
やべーよドン引きだよ。
ともかくガミガミとした説教を聞き流しつつ、タウィルさんの今後について考える。
タウィルさんに資産管理なんてできないし、親族間抗争している間にタウィルさんが腹を立ててもいけないし。
割と放棄安牌かもしれない。
俺はうーんと腕を組んで首を捻った。
「聞くけど、門の守護に帰る気は無いんだよな?」
「…!!」
「OK。もし本当に相続放棄して手ぶらで家を出るなら、今なら黄昏の館が空いてるし、そこに住んでもらうのも手かもな」
ニャルが出てきてから、黄昏の館は空き家になっている。
そろそろ売ろうかと思ってマモーさんに相談していたところでもあった。
豪邸だし、中は外なる神にも暮らしやすいように魔術で補強してあるからタウィルさんが住むにもちょうど良い。
他に人もいないから、怖いことも起きづらいはずだ。
俺の家に住むという響きに、タウィルさんの雰囲気がキラキラと輝きだす。
俺は目暮警部と現場の話をしている降谷さんに声をかけた。
「降谷さーん!ちょっと良いか!」
「どうした黄衣君………ッ!」
一緒にトコトコやってきたタウィルさんの姿を見て、降谷さんが一瞬硬直して頭を深々と下げる。
タウィルさんは鷹揚に「良いって良いって」のポーズをとった。
これ本当ラーニング元どこなんだ。
まさか俺か?
ちょっと首を捻りつつ、降谷さんに話しかける。
「あのさ、今、長野の黄昏の館って公安の方ではどうしてる?」
「ニャルラトホテプの移動に伴い周囲の警戒を解除しているが……」
「タウィルさんが今後住めたらなと思ってさ。保科家から出て俺のマンションに住むつもりだったみたいだけど、ニャルと化学反応を起こして地球がなくなったら困るし」
「すぐ周囲の手配と警護体制の構築をしよう」
降谷さんがかつて無い迫真の顔で頷いた。
視線を受けた諸伏さんがシリアス映画並みの表情でシュバっと行動を開始する。
そんなマジにならなくても大丈夫なのに。
ニャルだって、もしマンション同居となったとしてヨグ=ソトースの化身とやり合ったら本体が降臨して殴られることは分かってるんだし。
……いや、いま本体が重傷だしこの隙に化身を虐めるとかあるかな……。
俺はタウィルさんにううむと説明を続けることにした。
「俺が前にニャルのために誂えた家なんだ。それを改修して、タウィルさんが住みやすいように作り直すよ」
「……」
「そんな目一杯不満そうにしないでくれ。術式は一から入れ替えるから!」
ニャルのお下がりと聞いて露骨にぶすくれるタウィルさんである。
たぶん感情はそこまで濃くないはずないから、場面ごとにプログラム通りに動かしているだけなんだろうが。
凄く人らしくて笑ってしまう。
「あと、飽きて帰る際は気にせずいつでも言ってくれ。時々は手土産持って行くから、ゆっくりしてってくれよな」
「!」
タウィルさんはヨシヨシと俺をもう一度撫でて満足そうにした。
納得してくれたようならなによりだ。
おや、執事さんが呼んでいる。
当主が亡くなって保科家も荒れるだろうから、本格的な引越しはしばらく先になるだろう。
タウィルさんは非常に気が長いから大丈夫だとは思うが…。
相続争いで失礼なことを言われないといいなと思うなどする。
そのように祈りつつ、本日の血塗られたバースデーパーティは解散の運びとなったのであった。
・タウィルさん
ハスターが悪い友達に誑かされたと思っている。
悪い友達ニャルラトホテプ概念。
感情は薄いが無いわけではない。
ハスターと一緒に暮らしたいのとニャルが気に食わないのは本当。
この「一緒に暮らす」とは、同じ星系内に住むぐらいの意味合いである。