本日は沖縄に出張だ。
首里城、玉泉洞などなど行きたいところはたくさんあるが、それは仕事終わりに予定している。
今回はTV撮影のため、はるばる沖縄まで来ている。
なんでも、東西名探偵対決ということで。
俺と服部君を呼んだ孤島にて、謎めいた暗号をめぐり世紀の名勝負が幕を開ける!
などと銘打たれた企画が進行しているらしい。
しかも放送はゴールデンタイム。企画爆死しても知らねぇぞそれ。
とはいえ、俺も最初はあまり目立ち過ぎるのは良く無いと考え、断ろうとはしたのだ。
組織に狙われている身で、そこまでメディアに露出するのも都合が悪かろう。
しかしそれに待ったのかけたのは降谷さんであった。
諸伏さん達曰く「いやもうここまで組織に狙われてるなら特大の有名人になった方が逆に安全」とのこと。
加えて、俺を隠れ蓑に降谷さんもコナン君も動きやすくなるおまけ付き。
また、話を持ってきたのが黄昏の館の事件でお世話になった茂木探偵なのも断りづらい要因になった。
このTV企画は本来は彼が出るはずだったらしいのだが。
「俺はこういうのはシュミじゃねぇんでな」とのことで、俺に話をパスしてきたのだ。
そうして無事俺はTV出演が決定し、コナン君と共に沖縄へと飛ぶことになったのであった。
もちろん、TV撮影ということで降谷さんは欠席である。
諸伏さんと共に精力的になにやら別件調査に出ている。
俺なんていう偽探偵をTVに出した責任ぐらいは取って欲しかったのに。
というわけで、やってきました沖縄!
透き通る海に晴れ渡る空は非常に美しく、シュノーケリングでもすればさぞ気持ちよさそうだ。
ひとまず天気は良好で、明後日までは晴れの日が続くようだ。
俺たちは該当の島に渡るための船が出る港に集まり、出航の時間を待っているところだ。
まだ服部君達の姿が見えない。
少し俺たちは早く来過ぎてしまったようだ。
手持ち無沙汰に港を彷徨いていれば、コナン君がなにくれとなく隣に並んで来た。
そして俺を見上げて、「いい加減教えてよ。降谷さんに呼ばれて別れたあの日、何があったの?」と言ってくる。
あの日、とは降谷さんの頭が台風になっちゃった珍事の件についてだ。
そういえば説明がしづらくて話を濁したままだったことを思い出す。
その時は下手するとSAN値が減るから、とか考えていたのだが。
冷静に考えたら、コナン君はブレスレットの加護があるためちょっとやそっとでSAN値は減らないんだった。
それでそのまま説明を忘れていた…と言う流れで今に至る。
コナン君は俺が話さないことを「降谷さんに口止めされているのか」と考え、律儀に待ってくれていたらしい。
すまんな…完全に忘れてたわ……。
そこまで思い至って俺が咳払いする頃には、コナン君はジトっと半目で俺を睨んでいた。
どうやら俺が忘れていただけだと気付いたらしい。
本当にすまんやで。
「────というわけで、本当に大変だった」
「地獄絵図じゃん」
改めて概要を説明すれば、コナン君は頷き、一言で簡潔に言ってのけた。
まあ……地獄絵図だったね……。
コナン君は透明度の高い海を覗き込み、その下に泳ぐ魚をぼんやりと見ている。
「けど安室さん、ついに人間辞めたんだね」
「そんな仕事辞めたみたいな言い方…いやそうなんだけどさ」
「それ、寿命とかどうなるの?」
「あー。肉体に関しては自然現象であって寿命は無いから半永久的に存続するとは思うけど」
「……肉体に関しては?」
コナン君が俺の言葉にやや目を細めて聞き返した。
外なる神に寿命なんてなまっちろい概念は無い。
だからニャルラトホテプの化身「黒い風」に滅びなどないし、人類文明が終わった後も続いていくことだろう。
だが、人間の精神と魂はそうではない。
その存在のほとんどがニャルラトホテプに乗っ取られた降谷さんだが、魂に関してはそのままだ。
だから、肉体が永劫を生きたとして、魂がそれについていくのは難しいだろう。
何らかの方法で無理やり寿命を克服したとしても。
人間は大抵、数100年を超えたあたりで時間経過と共にSAN値がガリガリと減っていく。
繰り返される発狂、四六時中希死念慮に苛まれ、いずれ言葉も話せなくなる。
それを防ぐために俺の秘奥でもってSAN値を定期的に回復しても無駄なことだ。
やがて耐えきれず魂が崩れて、人としての体裁も保てなくなる。
それでも何とかしようと、魔術的処置でもって魂を補強したとしよう。
生半可な改造では時の流れには抗えないから、その際には非常に長く困難な処置が必要になるだろう。
魂の要素を抽出して、もっと長命な種へと置き換える一大工事だ。
元になる魂を凍結。複製して各要素に分けて骨子を構成。
元の魂を可能な限り原型を保ったまま移植し、組織を置き換え、記憶や人格を傷つけないよう慎重に慎重を重ねて。
そうして魂を丁寧に腑分けして、隅々まで別種に作り変えて、ようやっと完成して。
そうして気付くのだ。
【自分は、友人と呼ぶ何かを一から作ったのだ】と。
嫌なことを思い出した。
陽気な沖縄の観光地でなかったら泣いていたかもしれない。
「………まあ、降谷さんについては俺がなんとかするよ」
「そっか」
コナン君は深く追及せず、それだけ言ってまたぼんやりと海を眺める作業に戻った。
聡い彼のことだ。
俺の様子がおかしいことぐらいとっくにお見通しだったろう。
と、そのあたりで「居た居た!黄衣さんですね!」と番組撮影陣がいくらか駆け寄ってきた。
カメラを回しながらのあたり、番組冒頭とかのためのインタビューとして流すつもりなのかもしれない。
俺は咳払いしてから、心持ちINT(知性)とAPP(容姿)が上がるようにキメ顔した。
「僕がどこまでできるかは分かりませんが、全力を尽くさせていただきます」とやや儚げに微笑んでみる。
おお、と取材陣から歓声が上がった。
とりあえず合格ラインには達したらしい。
途中から合流したらしい服部君が、コナン君と共に遠巻きにこちらを見てボソボソと会話している。
「なんや黄衣サン、ちっとはそれっぽい顔できるやないか」
「まあ、母さんにみっちり仕込まれたからな…」
「ほーん。まあええわ。今回は負けへんで工藤!」
服部君の目から見てもちっとはそれっぽい顔ができてるらしい。
これはいい滑り出しだ。
このTV出演に際し、俺は急遽コナン君にお願いして藤峰有希子さんにご指導いただいている。
というか、俺がめちゃくちゃ不安がって怯えていたらコナン君が呼んでくれたのだ。
珍しい息子の頼みとあって有希子さんも快諾。
緊急帰国し、短い間ながら俺にTV映りを良くする方法を濃密に伝授してくれた。
顔の作り方ひとつ、立ち方ひとつとってみてもプロの技というのは光るものだ。
有希子さんいわく、「素材はいいはずなんだけど、どこかこう、顔が強張っててイケてないのよね。顔色も悪いし」とのことだ。
考えてみればそりゃそうではある。
皮膚の下は触手を丸めたものだから血色が良いわけないし、
表情筋なんてそもそも実装してないから無理やりそれっぽい形を作っているだけだ。
今回は顔色の悪さを隠すための男性用の化粧の仕方を伝授してもらうとともに、表情筋を動かすためのしばらくの特訓を受けた。
流石に触手では表情筋にどうしても無理が出るため、筋肉を模した触手を張り巡らせて代用。
また、キャラの方向性にも指導が入った。
新進気鋭の若手探偵、しかも線が細くコールドケース専門とあってミステリアスな印象が強い。
「となると、一人称は『僕』にですます調で決まりね!儚げな好青年文学探偵っぽく!」
「なるほど???」
「ちょっと萌え袖なくらいか、ピシッとしたフォーマルに近い格好がベストね!やっぱりハスちゃん結構素材いいし!盛り上がってきたわよ!!」
「?????」
「母さん、もうちょっと速度落として、黄衣さんが振り落とされてる…」
好青年文学探偵ハスター……?
なるほど、クトゥルフ神話乙女ゲームってやつか。
と、そんなこんなで俺はAPPを少しばかり上げることに成功したのである。
コナン君が俺におもむろにスマホを向け、「はいチーズ」というテンションの低い言葉と共にパシャリと一枚堂々と写真を撮る。
まあ俺もキメ顔するけど。
「え、なに?どしたのコナン君」
「そういや安室さんから黄衣さんの写真撮って送ってくれって言われてたの思い出してさ」
「何故に!?!?」
「知らね」
彼なら下手な使い方はしないだろうが、俺の写真など一体何に…?
ともかく、今から行くのは下見も兼ねた無人島見学だ。
スタッフ数人と今回の番組のディレクター、そして俺たちだ。
服部君は前に少し会った彼女の和葉ちゃんを連れていて「あ、黄衣さん久しぶり!」と手を振ってくれた。
「和葉ちゃん久しぶり」
「これから例の島行くんやろ?なんや不気味な暗号がある島って聞いててん、ちょっと怖いわぁ」
これから行く島は、去年死体と共に奇妙な暗号めいた文章が見つかっている無人島だ。
名前は鬼亀島。
まあ、確かに名前まで揃って完璧に不吉ではある。
「アホぬかせ」とくだらなさそうに服部君が鼻で笑うが、この状況割と笑えない感じだと思うんだよね。
俺は深く頷いて海を見た。
「探偵が二人、無人島、怪しげな事件の香り……何も起きないはずがなく」
「だから何もない言うとるやろが」
そして、話を巻かせてもらうのだが。
無事、その二時間後。
無人島で一つ目の死体が発見されるのであった。
・公安信者さん
疑惑の部下から「君永課長、これを」と言ってすれ違いざまにキメ顔の神の写真を奉納された。
「データは?」
「USBをいつものロッカーに」
「……いいでしょう。例の件、便宜を図ります」
「ありがとうございます、課長」