証拠が全て揃ったので依頼人の元へ行くなり。
長かったデスゲームもこれで終わり。
時刻も夕方に近くなっている。
とはいえ、この結論は全て警察がすでに出していたことだ。
新しく提示できる話は清水麗子がまだ生きているかもぐらいの事だろう。
それで依頼主が納得できるかは……また別問題だ。
キッドについては深山商事にお礼参りに行くらしい。
引っ掻き回して来るつもりのようなので、降谷さんが風見さんを遣わした。
あちらに関しては問題なかろうよ。
ミラクルランドのホテルに戻り、スタッフさんの指示に従って会議室に入る。
服部君も一緒だ。
大きなモニターが映り、そこで依頼人は画面越しに少しだけ笑って見せた。
『では、聞かせてもらおうか。事件の真相を』
「もうあなたも、盗聴器越しに俺たちの出した結論を聞いているでしょう」
『…………』
俺の問いかけに犯人は答えなかった。
まあ、推理については今更繰り返す必要はない。
犯人は清水麗子だ。
現金輸送車襲撃の金を独り占めしようとして、伊藤と西尾を殺害を決行した。
なんのことはない、警察が掴んでいた結論通り。
俺たちが再調査する必要などまるでなかったのだ。
長い沈黙を挟んで、依頼主は深く息をついた。
『……君たちに仕掛けた盗聴器から、ずっとおかしな声が聞こえていた。君たちの持つ怪異の伝手をもってして、その結論は動かないのか?』
「せやな。清水麗子には怪異も惚れられてたっちゅーことで、怪異は西尾殺害の手伝いまでさせられそうになっとったわ。罪なやっちゃで」
『ふふふ。麗子は昔から皆の心を奪うのが得意だった』
呆れたような服部君の言葉に、依頼主は少しだけ笑ったようだった。
すでに彼としても、心の整理はつけた後だったらしい。
俺はそっと依頼主に語りかけた。
「そういう意味では、清水麗子が生きているという話はあなたに取っては多少朗報かな?」
『なに!?自殺したと聞いていたが』
「怪異を使って死亡偽装していたらしい。途中俺たちが騒がしかったのは清水麗子に命を狙われていたからだ」
そのことも話していたと思うが、聞いていなかったらしい。
いや、それも当然か。
依頼主はもう長くない。
事故の後遺症で頻繁に意識が飛んでいるようだから、情報が歯抜けでも仕方ないのだ。
俺たちも初めからそれはわかっていた。
だから相談して、俺たちは繰り返しあえて清水麗子に関する情報のやりとりを口に出していた。
「麗子……」と依頼主が吐息と共に憂いを吐き出す。
「そこまでよ」
背後の扉が開いて、するりとそこから入ってきたのは拳銃を持った清水麗子だった。
嘲笑うような笑みを浮かべ、清水麗子がこちらへと拳銃を向ける。
「ご名答。だからこそあんた達は生かして置けなくなったのだけど、おわかり?」
女優のような美人さんだ。
峰不二子似で愛嬌があり、なるほど人誑しだということが理解できる顔立ちだ。
APP(容姿)だけでなく、口も頭も回るのだろう。
まあ、それで警察に疑われていては片手落ちだが。
俺は両手をあげて降参のポーズをした。
降谷さんと諸伏さんも同様に肩をすくめて軽く手を上げる。
「依頼主さん。いや、伊藤末彦さん。俺たちの次に狙われるのは貴方だ。彼女を犯罪者として取り押さえてもかまいませんよね」
『……愛していたよ、麗子』
「はっ、拳銃が見えないのかしら。皆手を上げて下がりなさい」
やや苛立った様子で清水麗子は拳銃を構え直す。
というか、正体を隠す気の無い俺らに向かって拳銃ひとつで良くぞそんなに強気に出られたものだ。
魔術師なのに存在規模の違いも見分けられないのか?
そもそもその程度の武力で槍持ちムーンビースト三匹を相手に罵ったのか。
普通に反抗されたら死ぬぞ。
いや、人間殺してたら俺が無条件で処すからムーンビーストは絶対反抗しなかっただろうけど。
これは俺の法の欠陥かもしれない。
すごく悪い人間に騙された可哀想な神話生物、という場面を想定していないからな。
でも悪い子猫と清廉潔白なゲジゲジなら、悪い子猫の方が可愛いから仕方ないね……。
しかし、依頼主はやけにあっさり清水を見放すものだ。
どうせ清水麗子の無実を証明するために俺たちに依頼をしたんだろうに。
いや、そうか。
ナルシストタイプの愛であるからして、それは自分への愛を超えないだけだ。
「自分自身の次に愛してる」と、そういう話なのだろう。
降谷さんがため息をついて前へ出た。
「くだらない。その程度の話のためにムーンビーストを地球に招いたのか。面倒なことをしてくれる」
「…まさかあんた達、魔術師!?」
「そういう君も、腕のある魔術師ではなさそうだ」
僕の存在規模がわからないなんて。
降谷さんの目が暗く輝き、細められる。
その次の瞬間。
風が収束。
その存在規模からすればアリを殺さず摘むような繊細さで、清水麗子が一瞬のうちに捻りあげられる。
「キャァアア!」と悲鳴が聞こえて、それでも依頼主は反応一つしなかった。
拳銃を取り上げられ、黒い風の縄で縛り上げられた。
風に揺らぐ降谷さんを見て「バケモノ!」と吐き捨てる。
元気が良くて何よりである。
降谷さんはふっと笑った。
「そうですが、なにか。貴方も知っているでしょう。バケモノとは、『よく居る』ものだと」
「っ末彦!助けて!あたし殺されちゃうわ!!」
『…………』
依頼主は返事ひとつ返さなかった。
自己愛と裏切りのみに裏打ちされた醜い破局だ。
なおも抵抗しようとするので、諸伏さんが怨霊全開の笑みでグルンと振り返って清水麗子を見やる。
『それ以上動くなら俺が暴れられない体にしてやるけど、どうする?』
「ひっ………!」
『警察が来るまで大人しくな。呪い殺されるのは辛くて苦しいぞ』
膨れ上がった頭部と血涙と嘲笑に満たされた笑顔に、清水はへなへなと座り込んだ。
まじでホラー映画に出てくる悪霊の相貌だったからな。
見た目の怖さは黒い風の遥かに上だ。
というか純粋にSAN値が減る。
次いで降谷さんは風で壁付きの収納棚をむしり取り、そこに隠されていた隠し通路をあらわにした。
ひょい、とコナン君のポケットから星の精が 顔を出した。
【クスックス……?】
恐る恐る、まるで怖いものでも見るように震えて清水麗子を見ている。
「友達を殺すの?白黒の車来るのに、どうして……?」と、その悪辣さを理解できないらしい。
コナン君がそっと星の精を抱っこして、よしよしした。
俺はヨヨヨと涙した。
「ごめんよ星の精……人間は種の倫理に反することにかけては本当に悪い種族なんだ……」
『え、そんなに?俺らそこまで悪い?』
「うん。体感人間より悪いのはニャルぐらい。イゴーロナクとか悪ぶってるけど全然人間の方が邪悪だよ」
『ボロクソ言われてて笑う』
【クッス……】
星の精はよくわからないままコナン君に身を寄せた。
怖い……みんな悪いことする……。
星の精ほど優しい人間ばっかじゃなくてごめんね…。
さて、隠し通路をそっと進んでいく。
そこにあったのは小さな部屋だ。
半分が俺たちの監視や爆弾の制御に使う機材で、もう半分は生命維持のためのモニターだろうと思われる。
元から、依頼人がここにいることはわかっていた。
風が通じてるんだから降谷さんが気付かぬはずもない。
俺はモニターの前に座す依頼主に声をかけた。
「さて。爆弾を外してくれ。別に自分で外せるけど、情状酌量の余地は作りたいだろ?」
「どうせ私の先は長くない。が、そうだな。そういう約束だ。外そうか」
何やら操作すると、IDからかちりと音がする。
「これで外すボタンが機能するようになった。爆発もしない」と依頼主は平坦な声を出した。
全て外して、皆の分を集めて俺の亜空間へとしまう。
降谷さんが冷淡な声で罪状を読み上げるように話し出した。
「間も無く警察が到着します。常用の薬や健康についての注意事項は聞いておきましょう」
「あまり圧迫されるとすぐに息ができなくなる。見ての通り、目も見えないし立てない。丁重にもてなしてくれると助かるよ」
「担当刑事には共有しておこう」
遠くパトカーのサイレンが鳴っている。
独白するように依頼主が息をついた。
「私の計画は完璧だった。それを西尾が軽率に銀行員を殺して御破算になった。麗子も、愚かな独占欲に目が眩んだ。世は愚か者ばかりだ」
「………」
「それに比べて、君たちは聡明だ。素晴らしい探偵だったよ」
服部君は吐き捨てるように嫌そうな顔をした。
「アホ吐かせ。俺らが抜群の探偵なのは当然やけどな、お前は最低の人間じゃドアホ!」
『せやせや!人に爆弾仕掛けて謎解きさせるなぞ漫画の中だけにせいっちゅーねんアホンダラ!』
関西二人の説教を背に、「今日中に終わって良かったな」と思う俺なのであった。
・神話生物の倫理観
「決まりを守る」という意味ではイ=スの偉大なる種族が一番律儀。
地球で過ごして族滅されない程度には律儀なやつばっか。
人間に近い欲望のあり方をしてるのはミ=ゴあたり。