あれから、俺たちは事情聴取を終えてつつがなく家に帰ることができた。
探偵事務所の事務は多少滞ったが仕方ない。
俺はエプロンをつけたニャルに出迎えられ、マフィンを家で堪能することになった。
ちなみに。
マフィンにはニャルが急いで引っこ抜いてきた外なる神トルネンブラの一部が練り込められている特別製。
当然俺はとんでもない目にあった。
神の音色が……こんがり焼けた匂いがする……。
俺が頼んだ手前拒否もできぬ。心底嬉しそうなニャルを悲しませることもできぬ。
俺は「吐いたゲロは一応無害なのは…評価できる…」と辞世の句を読むなどして一晩寝込んだのであった。
やっぱりね、ニャルはこうでなきゃね…。
なお瀕死である。
さてそんなわけで今日。
いつもの仕事の合間に、俺たちはちょっとばかりリラックスしていた。
【クス……クスッッックスゥーー】
「はーいお客さん、力加減いかがですかー」
ヨガマットの上に転がる星の精を、俺はゆっくりマッサージしていた。
魔術も交え、触手を使って星の精の全身をじっくり揉みほぐすこと30分。
星の精はすっかりほぐれてふにゃふにゃになっている。
モニョモニョと動く触手は気持ちよさそうに揺らめいていて上機嫌そう。
きちんとゼリー体も揉みほぐしたし、魔術で細胞を修復したからいい具合だろう。
普段、星の精は学校に通うためにポッケに入りっぱなしだからな。
いくらゼリー体の星の精でも体が凝るのは当然だ。
一応、体に悪いところが出てもいけないし、今後は魔術でポッケを拡張してやる手筈になっている。
机に敷いたヨガマットの上でふにゃふにゃになってる星の精を、コナン君がととと、とつついた。
「星の精、しばらく寝てる?」
【クス…………スゥ】
一瞬で寝た……。
グゴゴゴゴ、と寝息を立て始めた星の精に、コナン君がブランケットをかけて給湯室までヨガマットごと持って行こうとする。
こんなところに広げといて万が一お客さんが来たらびっくりしちゃうからな。
不要不急のSAN値チェック。
探偵事務所に入ったあなたは、来客用の机の上に一塊の臓物のごとき怪物が寝息を立てているのを目撃した。
流石に事案である。
と、ちょうど噂をすれば影。
タイミングよく事務所に入ってきたのは、来客というか降谷さん達であった。
後ろにナラトゥースとムンビ3体の姿もある。
「なんだ…その星の精の開きは……?」
「アジの開きみたいに言わないでよ。普通に黄衣さんが星の精のマッサージしてくれただけだよ」
後ろの諸伏さんが宇宙猫と化して「触手マッサージ店…?」と何やら思いつきそうな顔をしている。
馬鹿者!
大人向け薄い本みたいな表題をつけるでない!
降谷さんが諸伏さんを素早くゴツンとぶって咳払いする。
黒い風にぶたれ、諸伏さんは悶絶した。
「なにはともあれ、今回の件で地球に侵入したムーンビーストの処遇が正式に決まったから、顔合わせに連れてきた」
「お、そっか。ナラトゥースの下につくことになったのか。なら文化的なすれ違いも無くて安心だな」
ムーンビーストの処遇の決定には、俺たちもかなり苦労した。
まず本国に今回のような事例の処置を確認。
ムンビ政府の話によると、神に見咎められた時点で処刑確定。
そうで無くともかなりの重罪になるとのことだった。
送り返しても死ぬだけ、となると流石に皆良心が咎める。
いや俺は別にいいんだが、コナンくんたちの良心が痛むという意味でな。
元はといえば人間側が誘い出したのだし。
そのため、本人が希望すれば地球で公安の下で働けると提案させてもらった。
怪異回収は万年人手不足だ。
おまけにムーンビースト達は皆魔術師で、頑張れば軽い身隠しの術ぐらいは使える有益な人材だ。
もちろん本国では死亡した扱いにして体面は保つ算段である。
本人達に提案すれば、「こうなりゃヤケだ」と言うことで皆地球で働くことを希望した。
ナラトゥースの配下になったのは驚いたが……まあ安牌ではあるのだろう。
こいつほど文化に精通しているやつもいないから、命令の解釈の齟齬で戸惑うこともないだろうし。
ナラトゥースがビシッと敬礼してキメ顔をした。
【ギャウッ!ギャウ!】
「おお、ご苦労さん。みんな人間に悪さしないようにな」
ムーンビーストは今後怪異回収任務に当たることになる。
三匹とも原始魔術は嗜んでいるし、身体能力も人間より高い。
ムンビ三匹は槍を手に軽くおしゃれにマフラーを巻き、特注の背広を羽織ってという感じにビシッと決めている。
かなり緊張しているようだが、これから頑張ってほしいところだ。
奴隷労働ではなくきちんと段階的に娯楽や報酬も支給されるし、働きがいはあるだろう。
ナラトゥースがキラン!と歯を見せて、その一つ目でムーンビースト達に流し目を送った
そして鼻先につけたピンクのビニールテープを魔術でもじょもじょ動かす。
【ギャウギャウ】
【ゲッ……!】【ゲッゲッ?】【ゲゲ!】
ギャウとゲッの応酬に何も分からず、諸伏さんが困惑して俺に話しかけてくる。
『あのビニールテープのボンボン何?』
「あのピンクの部分動かしてコミュニケーションするのがムンビの正式な言語だから。それを再現してるんだと思う。それにしてもビニテはエコすぎると思うけど」
『へぇー……なんて言ってるんだ?』
「みんな槍も決まってて素敵だよって、ムーンビースト流儀でモーションかけた。ムンビっ子さん達は『トゥンク…』ってなってる」
『なぁんだいつものか』
諸伏さんは興味を失ったらしい。
そんないつも女の子にモーションかけてんのかあいつ。
というかムンビ3体は女の子だったのか。
神話生物のメスオスは全然わかんねぇもんな。
ともかく、話すことも済んだ。
顔見せも終わり、降谷さんはいろいろ仕事……と見せかけて休憩タイムに入るらしい。
ばん!と俺のあげた寄木細工の木箱を自らのデスクに設置し、大満足顔で席についた。
「なにはともあれ僕は一時間休憩する!あとは頼んだ!」
『ずるい!あっ、一応黄衣に顔見せしたし、ナラトゥース先輩は予定通り研修に移ってください』
【ギャウ】
ぞろぞろ帰っていく彼らを見送れば、窓の外に車を待たせているのが見えた。
どうやら元々長居するつもりはなかったようだ。
降谷さんはニッコニコの笑顔で寄木細工をよしよしする。
「この時を待っていたんだ。せっかく休憩時間に使ってもみんな箱を叩いて僕を呼び出してくる。緊急です!って。『休憩中のためそっとしておいてください』って張り紙もしたのに」
『でも実際緊急だし出て来ざるを得ないゼロなんだよなぁ』
「しかしここは違う。ここに僕の楽しみを邪魔するものはいない」
降谷さんがうっとりして木箱に頬ずりする。
よほど気に入ったらしい。
そりゃ旧神はそのまま封印されて出て来なくなるぐらいいい場所だし、降谷さんが気にいるのも当然か。
俺はそこまでハマらなかったんだけどな。
というか、魔術でちょいとやれば自分で用意できる程度の娯楽でしかないからハマりようが無い。
降谷さんはキリリとして、これからの休憩に思いを馳せている。
緊急事態がなくなるわけでは無いんだが、その辺りは気にならないらしい。
すっかりもみほぐされて元気になった星の精が、「クス…?」と少し目を覚ましたらしい。
自分の癒しを分けるべくお疲れの降谷さんをモミモミし出した。
きちんと肩を揉むあたり、よく人間に馴染んだ星の精である。
降谷さんは余計にニコニコして星の精の触手を握った。
「ありがとう、星の精はいい子だな。コナン君もやってくれてもいいんだよ?」
「風を揉んでも意味無いんじゃないかなぁおじさん」
「なっ……僕はまだ29だ!そりゃ高校生からしたらおじさんだが!」
『俺26歳だから若者だし』
諸伏さんが享年理論を振り翳して若者ぶっている。
俺はダブルピースをして「どうも、お爺さんでーす」とカニさんの如くチョキチョキした。
白けた目が四方八方から突き刺さる。
『年相応の落ち着きがない定期』
「定期になるほど毎回そう思われてんの!?」
「僕ちょっと擁護できないかも」
「百億歳オーバーの発言でないことは確かだな」
【クスクッス】
なんでそんな塩対応なんやみんな。
俺は旧支配者ぞ?偉いんだぞ???
俺の様子が嬉しそうだと判断して、マモーさんがニコニコ顔で「スイーツを用意いたしました」とナイトゴーントと共にさらっとチーズケーキを出して去っていく。
平和な探偵事務所の昼下がりである。
・トルネンブラさん
突然来たニャルに体を毟られて、もっとニャルのことが嫌いになった。
・ムンビ
実は年頃の女の子たち。
人間種の雄雌の見分けはつかないので、今でも清水麗子のことは男子だと思っている。
新しい恋を見つけて三匹ともときめいている。