「堂本音楽ホールでのコンサート?」
俺が問いかけると、コナン君は照れくさそうな様子で視線を逸らしながら頷いた。
この頃は平和で、米花市内での爆発事件も少ししか起きていない。
大きなところだと堂本音楽アカデミーで爆発騒ぎがあって、二名死亡の一名重症者が出たぐらいだ。
春ごろになるとよくあるから、警察に任せればいいかと思っていたぐらいのものだ。
コナン君がもじもじと視線を下に反らせた。
「蘭がさ、堂本音楽ホールのこけら落としの演奏会に招待されたってさ。園子の伝手でリハーサルも含めて見学できるらしいんだ」
「あー。確か堂本ホールを作ったのは鈴木建設だっけ」
「ん、黄衣さん知ってるの?」
コナン君が不思議そうな顔をして聞いてきたので、俺はやや得意げにニコッと笑った。
「少し前にオペラを題材にしたドラマに出演した時、撮影に使ったんだ。まあともかく、いいじゃないかデート!盛り上がるじゃん!」
「いや、黄衣さんにも念のため付いてきて欲しくて」
「うっそ親同伴のデートは嫌われるぞ」
「バーローんなんじゃねぇよ!!!」
すごく怒られてしまったので、しおっと肩を落として反省する。
羞恥で顔が真っ赤のコナン君がポコポコ怒りながら口をへの字に曲げた。
星の精もコナン君の肩口から顔を出して「ゲダゲダ!」と怒っている。
また友達を怒らせた!悪い黄色!
コナン君が星の精をヨシヨシしつつ、咳払いして怜悧に目を細める。
「なんか胸の辺りがざわつくって言うか、嫌な予感がするんだよ。何か恐ろしい隠し事があるような気がしてさ」
「……ふぅむ。ダオロスさんの加護を考えると、それは捨て置けないか」
「流石に僕だけじゃ何かあった時対処できない。黄衣さんにも念のため来て欲しいんだ」
他ならぬ真実を司る外なる神ダオロスが、コナン君に加護を与えている。
その「秘密を嗅ぎつける」加護のことを思えば、念には念を入れることは間違っていない。
俺は頷いて了承の意を示した。
「了解。なら俺も同行して、蘭ちゃんには当日きちんと防護魔術をかけるよ。降谷さんにも別途連絡かな」
「うん。堂本音楽アカデミーでの爆破事件との関わりも気になってるから、そっちも調べるつもり」
「了解。そっちは、あー、怪異関連ではない気はする、けど」
少なくとも犯人が魔術を使用した痕跡はない。
大丈夫だとは思うんだが、どことなく不安なような、引っかかるような。
もやもやとした気持ちを抱えつつ、俺は頷いた。
まあ一緒に俺も行くし、変なことにはならないだろうよ。
星の精も「クスッ!」とやる気を見せた後、なぜか歌い出した。
【クスゥ〜〜クスックスゥ〜〜】
「うーん、星の精君や、君がホールで歌うとかではないです。それに今回コナン君のデートを邪魔しないように俺と一緒にいるんだよ」
【グズッ!!】
「ブスくれない。友達の応援しないの?」
【……ゲタ】
星の精は憮然としつつしぶしぶ俺の頭に乗り、ゆらゆら盆踊りみたいな仕草をした。
応援のポーズらしい。
ああ、なるほど。小学校の運動会の応援か。
コナン君は星の精をもう一度よしよしと撫でくりまわしたのだった。
さて、時を早めること一週間。
リハーサルの日がやってきた。
コナン君は工藤君となって蘭ちゃん達と共に堂本音楽ホールへと向かっているはずだ。
ちょっとだけおしゃれして、いい青春の気配を感じさせる。
俺は諸伏さん、降谷さんとともに車でホールへ別ルートで進行中。
運転手の降谷さんは眉間に深い谷間を刻んでため息をついた。
「工藤君が言ったのか、何かあると」
「そうだよ。ダオロスの加護込みで考えるに、今日じゃなくともいずれ100%何かが起きると思って間違いないだろうな」
『まあまあ。起きる前に分かったことを幸運に思おう。少年の引きが強いのは今更だし』
降谷さんのささくれ立った心はその程度の慰めでは晴れないらしい。
車は降谷さんの不機嫌に伴って安全運転を続けている。
まあ、そりゃ公安も災難続きだしため息の一つもつきたくなるのはわかる。
この間もルパンと謎の忍者軍団が銀座でやり合ったらしいし。
なんだよ忍者軍団って。そんなもん日本にはねぇんだよ。
国際的にニュースになったらしいし、そりゃ思うところはあるに決まってる。
到着した駐車場に車を停めて、堂本音楽ホールへと歩いて向かう。
いい天気だ。
先導は俺。前に来たことがあるし俺も慣れたものである。
ホール手前では、蘭ちゃん達が談笑していた。
毛利探偵に工藤君と蘭ちゃん、園子ちゃんだ。
おや、少年探偵団と阿笠博士も一緒にいるようだ。
ポアロで話が出て誘ってもらえたのだろうか。

工藤君にたかっていた子供達は、俺の姿に気づいてわっと駆け寄ってきた。
「あっ黄衣探偵です!星の精はいますか!」
「歩美お花の冠の作り方教えられるよ!」
「俺も俺も!シャボン玉やろうぜ!」
「今日は星の精はいませーん。コンサートホールにオウムさんは連れて来れないからね」
えーー!!と非難轟々を浴びつつ、俺は子供達を宥めすかした。
子供達はぶつぶつ言いながら去っていく。
熟練の羊飼い志保ちゃんが「みんな。黄衣さんが困ってるわよ。あの高校生探偵さんが代わりに面白い話を聞かせてくれるそうよ」と発言。
子供達は「新一お兄さんなあに!」とわっとまた駆け出した。
おお、上手く工藤くんをダシにしている。
工藤君が「灰原のやつ…!」とむすっとしているものの、中身はコナン君。
子供達をうまく操縦して盛り上がっているようだ。
デートの空気は完全に破壊されてしまっている。
だがまあ、子育ての予行演習と思えばこれもまた乙なものか。
一応諸伏さんも「よーし、お兄さんが肩車してやろうか」と腕まくりして参戦。
安請け合いして元太君の重量に押しつぶされそうになっている。
元太君、重くて抱っこしてもらえないから抱っこするとすごく喜ぶんだよな。
ちなみに、当の星の精は俺の懐の中に作った亜空間で「グズッグズッ」と不満をぶちまけている。
よしよし、鎮まりたまえ星の精。
「友達が星の精を捨ててつがいと仲良くしてる…」ってブスくれないで。
さて、みんな揃って堂本ホールの中へと入る。
受付は園子ちゃんの顔パスだった。
流石は日本有数の財閥令嬢、財力の違いを見せつけてくれる。
通されたのは、大きくて荘厳なパイプオルガンのあるホールだ。
中では今回のリハーサルで演奏予定の人物達が集まっていて、打ち合わせをしていた。
パイプオルガンを見上げている男性がオルガニストの堂本さんか。
公式HP顔写真を見たからわかる。
さらにその手前の気弱そうな女性が本物のストラディバリウスを持っているのが目についた。
今回の演奏のために、堂本音楽アカデミー所有のものを持ってきていたらしい。
椅子に座っていた女性がチラリとこちらを振り返り、次いで驚いたように立ち上がって声を出した。
「あら、黄衣さん。あなたがリハーサルの見学に来てたのね」
「お久しぶりです秋庭さん。ドラマの撮影以来ですね」
きょとんとした園子ちゃんに「知り合い?」と言われるので頷いておく。
秋庭怜子。
ソプラノ歌手で、圧倒的歌唱力でもってその地位を盤石にして多くの舞台で主役を張っている女性だ。
「オペラ会を舞台にしたドラマの脇役として出演した時があってね。秋庭さんはその時の助言役だったんだ」
「貴方なら十分こっちの世界でもやっていけると思うけど。声量も声域も並外れてたし、歌うフリだけであそこまで惹きつけられたのは初めてよ」
惜しみない賛辞が送られて、なんとなく気恥ずかしくて頭をかく。
あの時は舞台で歌うシーンの撮影をしていて、後から本職のオペラ歌手の声を当てるのを前提に、軽く撮影を盛り上げるために歌ったのだ。
俺は国外から来た若き天才オペラ歌手の役だったからな。
それっぽく皆の気分が高まるようにという意味だけだ。
俺はトルネンブラさんほどではないとはいえ、音楽神としての側面もある。
本職の秋庭さんもいたし、恥をかかない程度には気合を入れはした。
………その結果、思ったより騒ぎになった。
最終的にサウンドトラックにおまけで俺の歌ったオペラのワンシーンが付属されるなどてんやわんやであった。
雑誌の役者インタビューでも「撮影の時の黄衣さんの歌が本職並みだった」みたいなのが乗って切り抜きでSNSを騒がせるし。
まあ、どちらにせよ俺はすでにテツチャプトルの別名義を使っている。
黄衣として音楽家になる予定は無いのでよしとしよう。
「ははは、ありがとうございます。ですが俺は探偵と俳優で手一杯ですので」
「そう。気が変わったらいつでも言ってちょうだい。口利きぐらいするわ」
秋庭さんはツンとした表情でこちらを見もしないが、言っていることは親切だった。
取っ付きづらい性格だが、意外と面倒見はいいんだよな、秋庭さん。
ツンデレEXみたいな味わいがある。
すかさずニヤニヤした園子ちゃんに耳打ちされた。
「奥さんいるのにいいの?焼いちゃうわよ」
「大丈夫だって。俺がニャル一筋なのは向こうも理解してるから」
「あら、お熱いことで」
さらにチェシャ猫みたいな顔つきになってきた園子ちゃんに、俺はむすっと唇を尖らせた。
我旧支配者ぞ。ラブコメ時空に引き摺り込んだら酷いぞ。
いやそもそも旧支配者ラブコメって何って話だな。
宇宙猫量産コメディか?
おお、行っている間にそろそろリハーサルが始まるようだ。
俺たちは黙って端の座席に座り、その音色に聞き入ることになる。
そのように、事件の一歩はゆっくりとスタートしたのであった。
・テツチャプトルの近況
安定して大ヒットを出している。
強烈な要望を受けていくつかのレーベルで楽曲配信もしたら小金稼ぎのレベルではなくなってしまった。
現在法人化してる。
癒し音楽が中心。
明るく楽しい音楽も出したいが、音楽神が作るとすぐに電子麻薬になってしまうので調整が難しい。
・外なる神トルネンブラ
力を溜めている。