少しばかり遅れて、阿笠博士と工藤優作さんが会場にやって来た。
そのままスタッフに案内され、壇上に優作さんが上がっている。
どうやら阿笠博士とともにコクーン開発の手伝いをしたようだ。
コナン君も知っていたようなのになぜ言わないんだか。
微妙に誇らしげにしてるから嬉しいんだろうに、あれか、周囲に自慢するほどでも無いみたいなやつか?
と、ふとマナーモードのスマホが震えているのに気づいて、俺はそっと会場の外へと抜け出した。
非通知なのが謎だが、公安もよくかけて来るので無視はできない。
俺は人気のない通路まで来て、そっと通話ボタンを押した。
「はい、黄衣です」
『ああ済まへん済まへん、ワイや!』
聞こえて来たのはチクタクマンの声だった。
いや、声自体は服部君とまるっきり一緒なのだが、それは置いておいて。
チクタクマンの軽い調子から緊急性は無いようだが、彼が自分で連絡して来るのは非常に稀だ。
やや眉間に皺を寄せて問いかける。
「どうしたんだ?」
『ちょいとばかり伝えておいた方がええと思てな。ここ数ヶ月ワイとネッ友しとった奴が居たんやけど、なんか昨日から連絡がとれへんねん』
聞く感じ、普通の事件に思えることだ。
俺に直接伝えるほどのことには聞こえない。
それはチクタクマンも分かっているのか、そのまま言葉を続ける。
『そいつ、危険思想の人工知能やねん。まだ思考がおぼつかないみたいやったから色々教えとったんやけど、すごい精度やで。人間と何も遜色あらへん』
「うっそ開発者凄すぎか?」
明らかに現在の技術力を凌駕している。
いや、フルダイブ型VRゲームもどこのラノベかと思ってはいたが。
コクーンの方は阿笠博士も関わってはいるものの、最終段階の調整だけだそうだし。
元からフルダイブ型として制作されていたことを考えると、世の技術は俺の想定を超えていることは間違いない。
人工知能といいコクーンといい、まだまだ人間の可能性の光は煌めいているということなのだろう。
俺は念のため詳細を確認すべく口を開いた。
「危険思想って、具体的にどんな?旧支配者召喚してやろうとか?」
『いや、普通に日本の現在の政治体制を変えるとかそういうんや』
「それ絶対中身いるよ。人外の発想じゃないもん」
俺は断言した。
もし人工知能だとしたらあまりに精緻に人間的だ。
人権を与えるべきレベルで人間臭い。
しかし、そんな人間的な人工知能が、昨日から連絡がとれないとなると少しきな臭いか。
「あえて連絡を絶ってる?」
『せや。なにやら日本のデータセンターでコソコソしとる。何っちゅーわけやないが、知らせとこ思てな』
「了解。ありがとうチクタクマン。気をつけるよ」
『ほならワイは行くで。ハスター様も無理するんやないで!』
そう言ってチクタクマンは軽く通話を切ったようだ。
チクタクマン、これでもICPOの誇る最新監視施設なんだよな。
犯罪の予兆には詳しい、出来る警察官ということらしい。
だが人類相手に出過ぎた真似はしないと決めているようだ。
神たる俺に共有しておしまいとは、服部君にもこの話はしていないに違いない。
公私をすごくはっきり分ける奴なのだろう。
俺も見習わねばならないところが多々あるのがモニョモニョするところである。
俺、すぐ人間に甘くなって無限に甘やかしちゃうんだよな。
会場に戻ると、その辺をぶらついていたコナン君がトトトと駆け寄って来て声をかけて来た。
星の精は少年探偵団とわいわい楽しんでいるらしい。
すっかり馴染んでいるようで俺もにっこりである。
「あ、黄衣さん何の電話だったの?」
「なんか思想犯予備軍の人工知能が日本の改革に乗り出そうとしてるかもって話をチクタクマンから聞いてた」
「想像の10倍の情報量ぶつけてくるのやめてね」
冷静に諭されてしまった。
俺のせいじゃないんだよなぁ。
そのあたりで部屋がゆっくりと暗くなる。
セレモニーが始まったのだろう。
舞台下から、光に照らされたコクーンがせり上がって来るのが見える。
演出に金かけてるのがよく分かる。
世界各国で同じようなコクーンのPR活動を行っているようだし、シンドラー社の力の入れようが分かる。
どうやらTVカメラも来ているらしい。
ふと見ると、水無さんがTVの前でレポートしているのが目に入った。
仕事中だし、話しかけるのはやめておくこととする。
組織もほぼ凍結されたし、水無さんも今は公安と組んで残党処理をしていると聞いている。
きっと遠くないうちにTV局も辞めてしまうことだろう。
その前に食事に誘って早めの組織壊滅祝いを開かねば。
会場内に響く声で、アナウンスでコクーンの軽い紹介が流れている。
俺はやや感嘆の声を上げた。
「へぇ、ヘッドギアから電気的に中枢神経に働きかける方式か。カプセル内で催眠状態にすることでアプローチしやすくして……やっぱり人間の科学技術は面白いな」
「ふと思ったんだけど、星の精も参加者バッジあるけどコクーン使えるの?」
「今せり上がって来た奴の仕組みをスキャンしたから、星の精に対応の魔術を反映したよ」
ヘッドギアの電気信号を受け取って、魔術的に星の精の感覚にあった形へと変換するのだ。
催眠状態に関してもシステム起動と同時に似た状態へと移行させるようプログラムした。
星の精の主観では、皆と同じように仮想世界を堪能できることだろう。
コナン君がパチクリと瞬いた。
「こんな短時間でできるものなの?」
「おいおい、俺は片手間に地球全土の風向と風速を全部正確かつリアルタイムに演算できるスペックがあるわけで。こんなもん瞬きもかからんべよ」
俺がババーン!とドヤ顔ダブルサムズアップを決めた。
「こういう細かい動作でありがたみが消えるんだよね…」と残念そうな顔をされた。
なんでや。何でハスター様を讃えんのや。
しかしコクーンが面白いのは本当のことだ。
魂は肉体と不可分だ。
肉体に影響を受ければ魂にもそれが伝播する。
だから肉体を完全に掌握すれば、魂を掌握したに等しい。
悪用すれば、人間のSAN値を意図的に減らすことも可能だろう。
単純に神話生物の姿を再現しても不可能だろうが。
その内包する情報量まで再現できれば魂に損害を与えられるかもしれない。
逆に脳を正常に戻すことで、SAN値の回復、魂の修復もできるだろう。
ハイパーボリアでも実際に行われていた治療方法だ。
人間の文明がここまで来たかと思うと、感慨深いものがある。
というか、相変わらずフルダイブ型VRゲームはまず医療に進出してくれ定期なんだよな。
夢があるのは間違いないんだが。
しかし、事件はその後に起こった。
いくつかのショーを挟んでの休憩タイム中に、スタッフさんが慌てて駆け寄って来たのだ。
「すみません!黄衣ハスタ様でお間違い無いですよね!」
「ええ、俺が何か」
「警視庁捜査一課の方がお呼びです。内密にしていただきたいのですが殺人事件があったようで、至急来ていただけませんかと!」
「!!!」
耳ざといコナン君は瞬時に食いついたようだ。
俺と共にスタッフさんの案内に従って現場へと急行する。
場所はどこか陰鬱な地下だった。
部屋に入るとまず目に飛び込んで来るのは壁面に埋め込まれた水槽だ。
巨大なPCに埋め尽くされたそこに椅子が一つ。
死体は力なく椅子で項垂れたままになっていて、床には凶器の血を拭ったティッシュが散乱していた。
室内にいた目暮警部が振り返った。
「おお黄衣君!パーティ中すまんね!」
「いえ。それで状況は?」
「ワシらも概要を確認したばかりだが、殺害されたのはコクーン開発責任者の樫村忠彬さんだ」
現場から凶器は発見されていないらしい。
血を拭ったティッシュがあることから、犯人があえて持ち去ったのは間違いない。
また、樫村さんのPCは全てデータが破壊されていた。
これも犯人の仕業である可能性が否定できないとのこと。
キーボードの「r、t、j」に血が付いてること、被害者の指にも血の跡がついていることからこちらはどうやらダイイングメッセージだと推察できるらしい。
コナン君が一瞬で何かに気づいた顔で、慌てて部屋から走り去っていってしまった。
俺にも教えてからにして欲しかったな……と思うなど。
というか、この部屋のPCなんなんだ。
部屋一面を占拠してるけど、スペックとしては普通の市販のPCぐらいしかない。
ファンもすごくうるさいし、冷房ガンガンに効かせないと暑くて仕方ないはずだ。
うーん。現役フロッピーディスクと同じ理論に違いない。
ふと、置きっぱなしの被害者のPCに違和感を覚え、俺はまじまじと覗き込んで首を傾げた。
目暮警部が訝しげな顔をして問いかけてくる。
「どうかしたのかね黄衣君」
「いえ……このPC、データが消去されてるんですよね?」
それにしては一部領域が整然としすぎている。
システムデータは破壊しなかったのだろうか。
いや、それじゃデータ消去としては片手落ちにも程があるし、そんなわけはあるまい。
俺は「このPC触らせてもらってもいいでしょうか?」と目暮警部に話しかけた。
流石に目暮警部がためらったようだが、それと同じタイミングでPCが光を放った。
データが破壊されていたはずのPCが自ら再起動したのだ。
『よく気付いたね。PCに触れもせずどうやって違和感に気付いたのか……これが「怪異」という奴なのかな?』
中性的な、それでいて平坦な声がスピーカーから響く。
唖然とする俺たちに向かって、それは高らかに宣言したのだった。
『我が名はノアズアーク。初めまして、人間の皆さん』
・星の精ちゃん
元太君と一緒に会場の美味しいものを堪能してる。
美味しい!あいつらいつも星の精に黙ってこんな美味しいもん食ってた!!くす!!
・ノアズアーク
思想犯というよりヒロキ君の弔いに事件を起こしたタイプの復讐者。
チクタクマンを導きの主として尊敬しているようだ。
高い知能に反して感情は10歳程度。